罪  恋―TSUMIKOI―

望月麻衣

エピソード19 罪恋(脚本)

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望月麻衣

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〇商業ビル
  数日後。
  私は、地下鉄有楽町駅で降りて、銀座方面へと足を速めていた。
  徒歩数分もないだろう。
  高宮グループ東京支社のビルディングが目に入る。
  壁面がすべて強化ガラスとなった近代的な高層ビルだ。
  沈みゆく夕陽が反射して、眩しさを感じさせる。
  喉がカラカラに乾くような緊張感を覚えながらも、しっかりと拳を握りしめた。
  ――行こう。

〇高層ビルのエントランス
  息を呑んで、一歩一歩歩き出す。
  吹き抜けとなった、広く開放的なロビーに足を踏み入れ、
  そのまま受付へと向かった。
梓「高宮支社長に面会したいのですが」
  すると受付の女性は一瞬怪訝な表情を浮かべた。
  もしかしたら、こうした若い女の面会がよくあるのかもしれない。
梓「申し遅れました、 弁護士の河村梓と申します」
  慌てて名刺を差し出しつつ、スーツにつけた金バッジを見せるようにした。
  すると、瞬時にスタッフの表情が柔らかくなる。
  弁護士になっていて良かった、
  
  
  なんて、心から思った。
「アポイントメントはございますか?」
梓「・・・はい」
  もちろん、嘘だ。
  ここでアポなんてないと言うと、絶対に門前払いだろう。
  久弥に私の名前を伝えてもらえたら・・・
  その上で門前払いだったなら、
  もう、諦めるしかないんだろうな。

〇高層ビルのエントランス
  スタッフが確認を取るまでの時間、それはとても長く感じた。
  ドキドキと心臓がうるさい。
「――河村様」
梓「は、はいっ」
「確認が取れましたので、フラッパーゲートを通りまして、左手のエレベータで25階まで上がってください」
「出まして、右突き当りに支社長室がございます」
  と、ゲートに必要なパスカードを差し出す。
梓「ありがとうございます」
  面会が、許された。
  久弥に会えるんだ。
  さらに鼓動が強くなって、
  息が荒くなりそうだ。
  気持ちを落ち着けながら、パスカードを受け取って、ゲートを通り抜けた。

〇空
  開いたエレベータの中からたくさんのビジネスマンが出てくる。
  一瞬、気後れしそうになるものの、皆は私の胸のバッジをチラチラ見て、『若い弁護士さん』と小声で漏らしていた。
  久弥を救いたいと、必死で勉強して、なんとか手に入れたこのバッジは、
  私が思う以上に、
  
  
  大きなものを与えてくれたのかもしれない。
  エレベータに乗り込むと、かなりのスピードで上昇していき、
  心の準備が出来ぬままに25階に着いた。
  『ピンポーン』という柔らかな音と共に扉が開く。
  うちのビルのエレベータは『チン』って音なのに、やはり大企業のエレベータは音からして違う。
  緊張からか、そんなことを思いながらエレベータを降りた。

〇空
  胸に手を当てて、右突き当りへと急ぐ。
  通路側面の大きな窓からは、東京の街が見下ろせた。
  久弥は今、毎日この景色を眺めているんだろう。
  どんな気持ちで眺めているのか。
  そう思うと、また胸が苦しなる。
  突き当った扉の前で、足を止める。
  扉横の壁には
  
  
  【支社長室】
  ―Office of the Branch Manager―
  
  
  という札。
  ずっと、久弥は別世界の人間だったけれど、
  更に別世界に行ってしまったような気がした。
  ゆっくり深呼吸をして、扉をノックした。
梓「河村梓です」
  すぐに開かれる扉。
  扉を開けたのは、スーツを着た若い女性だった。
「お待ちしておりました」
  冷静な表情で社交辞令として、そう告げる。

〇個別オフィス
  バツが悪いような気持ちの中、部屋に一歩足を踏み入れると、
  まず、目に入ったのは、ソファーが向かい合って並んだ応接スペース。
  その奥に、デスクがあり、
  そこに久弥がいた。
  鼓動が強くなる。
久弥「君島さん、申し訳ないけど、席を外してもらっていいかな」
  手にしていた書類をデスクに置いてそう告げた久弥に、
「かしこまりました」
  と彼女は頭を下げて、私を一瞥をくれたあと、部屋を出て行った。
  その視線の鋭さから、
  
  
  私を訝しく思っていることが伝わって来た。

〇個別オフィス
  彼女はきっと秘書なのだろう。
  やはり久弥に特別な感情を抱いているのかもしれない。
  そんなことを思いながら、
  
  
  視線を久弥に移した。
  ゆっくりと立ち上がる久弥。
  
  
  きちんとネクタイをしたスーツ姿。
  あの頃よりも伸びたように思える背に、少しガッチリとした肩幅。
  柔かそうな焦げ茶色の髪は変わらず、
  整った顔立ちは、
  大人の魅力を加えていた。
  本当に・・・
  
  今も変わらず、どうしようもないほどに魅力的な男(ひと)だ。
  鼓動の強さに、目眩を感じていた。

〇個別オフィス
  デスクを離れて、
  近づいてくる久弥。
  鼻腔をかすめる、ほんの少しの甘い香り。
  それと同時に、この香りに包まれて抱かれていた、あの頃の記憶が鮮明に蘇るようで、思わず目を伏せた。
  ずっと久弥に会いたいと願い、もう一度会えたなら、話したいことがたくさんあったというのに、
  言葉が何も出て来ない。
  ただ、息が苦しくて、
  
  
  胸が苦しくて、
  
  
  涙が出そうだ。
  何も言えずに立ち尽くす私に、
  
  
  久弥は少し可笑しそうにクスリと笑った。
久弥「梓・・・」
  思った以上に優しい口調で、
  
  
  涙が出そうになるのを必死で堪えた。
梓「久弥・・・」
  名前を言うことしかできない。

〇個別オフィス
久弥「驚いた。 梓が弁護士になっていたなんて」
  その言葉に、
  私は曖昧な笑みを返した。
  私が弁護士になったのは、
  
  
  あなたを守りたかったから。
  あなたがどんな状態でも、救ってあげられる職業に就いていたいと思った。
  それは口にはできなかった。
梓「私も驚いた。 ・・・支社長だなんて」
  ためらいながら言うと
  久弥はニコリと口角を上げた。

〇個別オフィス
梓「何より、久弥が無事で良かった」
  久弥は少し驚いたように目を開く。
  
  その後に、いつも頬笑みを浮かべた。
久弥「ああ、 梓は俺が死にかけたのを知ってるんだ」
梓「知ってるよ。 だけど、その後どうなったのかまったく分からなかった。 すごく心配で・・・」
  ずっとずっと、
  久弥の安否を気にしていた。
  眠れない夜も、何度もあったんだ。
久弥「ありがとう。 本当に死にかけたけど、今はこうして元気だよ。 背中に大きな傷跡があるけど。見る?」
  イタズラっぽい視線を見せる彼に、頬が熱くなる。
梓「ううん、遠慮します」
  頬が熱くて、誤魔化すように、
  目をそらした。

〇個別オフィス
梓「久弥は『高宮』になったんだね」
  静かに尋ねると、久弥は小さく頷いた。
梓「人づてに色々聞いたの。 高宮グループの会長って、久弥のお客さんだったんだよね?」
梓「・・・久弥、大丈夫?」
  切なさを感じながら、
  私は前のめりで尋ねる。
  久弥は、ぱちりと目を瞬かせた。
梓「久弥、つらい思いをしてきたんじゃない? 今も檻の中で苦しんでいたりしない?」
梓「今の私なら、もしかしたら何か力になれるかもしれないよ? 新米弁護士に出来ることなんて知れてるかもしれないけど、」
梓「本当に何もできなかった、あの頃よりは、マシだと思っているから・・・」
  溜め込んだものを吐き出すように、一気にそう言った私に、久弥は心底驚いたような表情を見せた。
  その後にクシャッと自分の前髪をかきあげて、まるで泣き顔のような笑顔を浮かべた。
久弥「・・・ありがとう、梓。 あの日、梓と別れた後、俺にもいろいろあったんだ」
  私はすぐに口を閉ざす。
久弥「佐竹の秘書に刺されて、生死の境を彷徨う中、俺を助けようと奮闘してくれたのが、高宮のじいさんだった」
久弥「彼のお陰で・・・金に糸目をつけずに最高の医療を施してもらえたお陰で、俺は助かったと言えるのかもしれない」
久弥「正直、どうしてそこまでしてくれるんだろう、って思ってたよ」
久弥「高宮のじいさんは俺を買っても、顔を眺めて、頭を撫でるだけの人で、そういう趣味なのかと思ってたけど、違ったんだ」
梓「違った・・・?」
久弥「ああ、高宮のじいさんはさ、 俺の本当のお祖父さんだったんだ」
  久弥は静かにそう告げた。
  思いもしない事実に、
  私は何も言えず、ただ立ち尽くす。

〇個別オフィス
久弥「母親がよく言ってたんだ。 『お前を生むことにしたのは、相手が金持ちの男だったからだ、」
久弥「生むことに賛成してくれて、その後も援助してくれるって話だったのに、交通事故でポックリ逝っちまった。約束が違う』って」
  ・・・信じられない。
  久弥の本当のお父さんが、
  高宮グループ会長の息子だったということだ。
久弥「その交通事故は・・・車に息子一家が全員乗っていて、みんな亡くなってしまったらしい」
久弥「高宮のじいさんは、一人息子もその嫁も孫も一度に失ったんだ」
久弥「失意の中、京都に引きこもって、隠居生活をしていたらしい」
  やがて、高宮会長は、風の噂で、死んだ息子が銀座のホステスに子供を産ませていたことを聞きつけて、探しはじめたそうだ。
久弥「で、ようやく孫だと思われる俺を見付けたら、男娼でさ」
久弥「じいさんも孫とは認めたくないけど、やっぱり孫かもしれないしと葛藤していたところだったらしくて」
  そう、だったんだ。
  それで、久弥を買って、対面しては葛藤の中、亡き息子の面影を感じて、愛しさを募らせていたのだろう。

〇個別オフィス
久弥「だけど、俺が刺されて、死ぬかもしれないとなった時、」
久弥「じいさんは『もう二度と身内を失いたくない』と思ってくれたみたいで。必死になって、助けてくれたんだ」
  その後、医師の勧めでDNA鑑定をし、孫であることが確定した、と久弥は話す。
  想像を絶する事実に、しばらく言葉が出なかった。
梓「そう、だったんだ」
久弥「完治した後、正式に養子にしてくれて、 留学したんだ」
  そっか、と私は相槌をうつ。
  それは、ちっぽけな私がいくら探しても、見付かるわけがないはずだ。
  想像もしてなかった、事実に圧倒されていた。
  私は久弥が悲惨な状況に置かれていることしか、考えていなかったから・・・

〇個別オフィス
梓「久弥は、あの日から、 生まれ変わったんだね」
  久弥は前髪をかき上げながら、なんとなく頷く。
久弥「そうなんだろうな。 あの時に、過去の俺は一度死んだのかもしれない」
  久弥は遠くを見るような目で、囁いた。
  彼は、復讐を誓い、愛憎の世界に身を置いていたのだ。
  久弥を死の淵に追い込んだあの刃物は、
  すべての因果の象徴であり、
  なおかつ、すべてを断ち切る運命の刃だったのかもしれない。
  文字通り地獄を見た彼だけど、
  そこから生還した彼の前に
  待っていたのは、
  それは明るい未来だったんだ。
  ・・・・・・良かった。
  本当に良かったよ。
  久弥がつらい思いをしていなくて、今も囚われていなくて。

〇空
  良かったと思うのに、
  苦しさも襲う。
  過去のすべてを清算した久弥。
  その中には、
  もちろん私も含まれていて・・・
  今の久弥は、
  高宮家の血を引く、立派な後継者だ。

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コメント

  • 文章に力がありすぎて、上画面が霞むほどでした。小説と挿絵くらいの感覚です。
    台詞多め推奨のtapnovelですが、地の文が読めた人はきっと同じ感覚だったと思います。
    序盤のNTR展開は苦手なのですが、読み進めていくうちにその気まずさが薄れ、ラストを説得力を持って読者に受け入れさせるテクニックにただただ驚いていました。
    先にテキスト組み終わってるのでしょうか、更新早くてびっくりです。

  • 最後の最後でハッピーエンド!
    あー、最後まで読んで良かったー!と、思わず声を出してしまいました!
    私もずっと長い夢を見ているような気分でいましたので、「今、目が覚めた」といった感じです^_^

  • 久々に、大人なお話に浸りました。
    読んでいた筈なのに、更新が待ち遠しかったです( *´艸`)

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