エピソード24(脚本)
〇海岸線の道路
住職の視線の先には、池一面に咲き乱れる蓮(はす)の花があった。
そしてゆっくりと、俺たちに語り始める。
住職「ここの海では、何百年も昔から数年に一度必ず人が消えてるんです」
住職「いわゆる「神隠し」というものですね」
茶村和成「・・・・・・」
住職「住職たちは奇妙に思いながらも、生活を海に頼っていたためどうすることもできずに過ごしていました」
住職「神隠しを恐れた人々が次々とこの地から離れいよいよ町の存続が危ぶまれたとき、・・たしか、30年ほど前のことです」
住職「町の財政は持ち直し、この地域に再び活気があふれたのです」
「しかし」と住職は続ける。
住職「この海での神隠しのことが広まれば、観光客の足が遠のいていくのは間違いありません」
住職「・・・それは、この町の終わりを意味します」
住職「だからこのことが広まらないように住民全員で嘘をつくように決めたのです」
住職「しかも、どういうわけかこの数十年、・・・いなくなるのは地元の人間ではありません」
茶村和成「・・・というと」
住職「観光客が狙われるんです。 君たちのようなね」
ひやりと背筋が寒くなる。
昨夜見た、2つの瞳を思い出した。
住職「住民たちは、それを見て見ぬふりをします」
住職「地元に住んでいる人間にとっては都合がいいですから」
住職の話が終わり、場が静まり返る。
じりじりとした日差しが眩しかった。
しばらくの沈黙のあと、スワが口を開く。
諏訪原亨輔「なんで俺たちに話してくれたんですか?」
諏訪原亨輔「もし、自分が話したと広まったら・・・」
4人の視線が住職に集まる。
住職は静かに瞼(まぶた)を閉じた。
住職「君たちがなにをしようとしているのか、なんとなく分かりましたから」
そう言って住職は俺たちに会釈すると、背を向けて本堂の方へ戻っていった。
去り際にちらりと薬師寺を見たのは、きっと気のせいじゃないんだろう。
俺たちは住職の背中を見送り、寺を後にする。
来た道をゆっくりと戻りながら、俺は薬師寺に語りかけた。
茶村和成「なあ、薬師寺」
茶村和成「これってやっぱり俺が昨日見た怪異の仕業なんだろ?」
茶村和成「それなら、いつものパターンでどうにかならないのか?」
茶村和成「俺が囮になってその隙に薬師寺が倒せれば・・・」
薬師寺廉太郎「それは無理だねぇ」
茶村和成「なんで・・・」
薬師寺廉太郎「おそらく、「アレ」は彼世(あのよ)のものだから」
薬師寺の言葉に、俺たちは首を傾(かし)げる。「うーん」と薬師寺が唸(うな)った。
薬師寺廉太郎「正しく言うとね、あれは怪異じゃない。 “妖(あやかし)”なんだよ」
薬師寺廉太郎「前にも言ったよね。 怪異は此世(このよ)のズレが生んだ存在だ」
薬師寺廉太郎「怪とは異なるもの・・・だから“怪異”なんだよ」
薬師寺廉太郎「彼世の存在である怪が、なにかしらの理由で此世に紛れ込んだんだ」
茶村和成「・・・つまりお前には倒せないってことか?」
薬師寺廉太郎「そういうこと。 もし倒せるなら、あのときに倒してたよ」
昨夜のことを思い出す。
たしかにいつもなら、薬師寺はあれをとっくに倒しているだろう。
薬師寺廉太郎「俺は“怪異探偵”だからね。 基本的に“怪”は専門外なんだ」
薬師寺は俺をじっと見つめた。
由比とスワも、つられて俺の方を見る。
茶村和成「・・・じゃあこのまま犠牲者が出てもいいのか?」
薬師寺廉太郎「だって別に、他人を助けるためにやってるわけじゃないからね」
・・・たしかにそうなのかもしれない。
知りもしない赤の他人が、どこでどんな目に逢おうと人は自分を犠牲にしてまで助けようとは思わない。
俺は、両親を亡くしたときに痛感した。
皆、口を揃えて「かわいそうに」と言ったが、手を差し伸べてくれたのはごく一部の人たちだけだった。
・・・だから薬師寺が言うことはもっともなのだろう。
茶村和成「・・・そうだな」
俯(うつむ)き、手を握りしめる。
そんなことは俺にも分かってる。
身を持って痛感した紛れもない事実だ。
——ただどうしても俺は、それを割り切ることができない。
茶村和成「薬師寺、俺は——」
薬師寺廉太郎「でも茶村のお願いなら、聞かないわけにはいかないねぇ」
茶村和成「・・・!」
驚いて顔をあげる。
3人とも、仕方ないとばかりに笑っていた。
諏訪原亨輔「お前はそういうやつだもんな」
由比隼人「お見通しだって! ま、俺としても好奇心が疼(うず)きますし」
茶村和成「・・・ありがとう」
薬師寺廉太郎「ねえ。なんでこの暑い中俺がストールをしていても誰も気にかけないか、わかるかい?」
その口振りに、もしかしてと俺たちは薬師寺を見つめる。
薬師寺廉太郎「ふふ、そう。 これも怪異に縁のある人間にしか見えないんだよ」
薬師寺廉太郎「狐面と同じようにね」
茶村和成「たしかにこのクソ暑い中、ストールつけてて目立たないわけないもんな・・・」
薬師寺は手触りを確かめるようにストールに触れた。
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