第3話:「星の徴のもとにある運命」(脚本)
〇バスの中
外の雨はどんどん強くなってるみたいだ。道路脇の排水溝は、ところどころ水びたしになっている。
家に着くまでに、靴とかビチャビチャになっちゃいそうだな。
帰ったら、マンガの続き、描かないと。
ふと去年の夏休み前を思い出す──
〇生徒会室
ナギ「カナ、文化祭で出す同人誌、一緒にマンガ描かない?」
ナギちゃんは、アニ同の会室で、まるでふと思いついたかのように、こう尋ねた。
カナ「描かない」
ナギ「即答かよ!」
カナ「私、『チェリ占』しか描けないもん」
ナギ「もちろん、『チェリ占』描くんだよ!」
カナ「だから、その『チェリ占』がダメなんだって!」
この話には前振りがある。
ナギちゃんが描きたいのは、正確に言うと、「アル様xペト様」というカップリングのBLマンガなのだった。
アル様とは、イエズス会修道士アルフォンソ・デ・トレド、『チェリ占』ファンの間でペト様と人気を二分するほどのキャラのこと。
BLはナギちゃんの得意分野で、本人いわく「ライフワーク」だそうだ。
私にも、いろんなBL本を「課題図書」と称して、山ほど貸してくれた。
六月のある日、突然の出会いはやってきた。
課題図書五冊の間に忍び込ませるかのように、一冊の同人誌が潜んでいた。
『修道士アルフォンソ・デ・トレドの秘密報告』と題された薄い冊子。
そこには、アルフォンソが「攻め」となり、『チェリ占』の主要男性キャラ六人が
一人また一人と篭絡されていく、幻惑的な世界が描かれていた。
そのアルフォンソの毒牙にかかる最後のキャラが、ほかならぬペト様だ。
それは、私が心のどこかでずっと思い描き、見たいと思っていた世界だったのかもしれない。
パズルの最後のピースがはまったときみたいに、何かがやっとハッキリと姿を見せたような、
と同時に、何かがガラガラと音を立てて崩れていくような、不思議な感覚だった。
アルフォンソというキャラがどうしても好きになれなかった理由を、私はようやく理解した。
ナギ「どう? 気に入ってくれた?」
ナギちゃんは満面の笑顔で尋ねる。
前日に『秘密報告』を読んだばかりの頭の中は、まだ嵐が過ぎた後のように混乱していた。
カナ「・・・はめられた」
ナギ「え~! 人聞きの悪い!」
ナギ「でも、読んだんでしょ。最後まで?」
カナ「それは、そう、だけどさ・・・」
すると、なだめるような口調で、ナギちゃんが言った。
ナギ「星の徴(しるし)のもとにある運命(さだめ)。死すべき者には変えるべくもない」
それは『チェリ占』第一巻に出てくる、ペト様の有名なセリフの引用だった。
カナ「あのさ、なんか今、うまいこと言った気になってる?」
ナギ「ほら! 課題図書の続き、持ってきたよ」
そう言うとナギちゃんは、もっとディープそうな『チェリ占』BL本を十冊ほどカバンから取り出した。
カナ「どんだけ貯めこんでんだよ!」
ナギ「遠慮はいらんよ。まだまだおかわりあるから!」
〇文化祭をしている学校
結局、文化祭の同人誌では、ナギちゃんにうまいこと言いくるめられ、BL企画に参加することになってしまった。
まさか自分が、ペト様のあんなお姿やこんなお姿を描くことになるなんて・・・・・・。
マンガ描くのは初めてだったし、最後まで戸惑いは残ったけど、それまでになかったくらいワクワクしたのもたしかだ。
完成した作品には、それなりの反響もあった。
文化祭のすぐ後、マンガの一部が無断でネットに転載されてるのをアニ同会員が見つけ、ちょっとした騒ぎになった。
アルxペトで絡む、かなり気合を入れて描いたカットだ。
描いた当人としては複雑な気持ちだったけど、逆に、これがきっかけになって、同人誌の在庫問い合わせが殺到した。
文化祭の期間中、刷った部数の三割も売れなかったけど、一週間足らずで残りを売り切った。
BL、おそるべし。
ナギちゃんは、自分の妄想がマンガになっただけで満足だったから、最初からあまり売れ行きは気にしてなかったらしい。
でも、この反響を見て、次の年の――つまり今年の――文化祭では、『チェリ占』BLだけで一冊作ろうと意気込んでいた。
ユウト「いいんじゃない?」
アニ同会長 兼 同人誌編集長だったユウトさんも、乗り気だった。
ユウト「一つだけ不安なのは、奥菜の筆の遅さだな」
いや、まだ来年描くとは一言も言ってませんが?
ナギ「ですよね~。画力はあるんだけど、致命的に遅い」
ナギちゃんに言われると、なんだかなぁ。まあ、そのとおりだけどね。
去年のBL企画が決まったとき、好きなことになるとめっちゃ行動が速いナギちゃんは、二日後にネームを上げてきた。
四十五ページの超大作。
さすがに素人二人でそれは無謀だと納得させ、私的に描けそうにない場面なんかを削りに削って
ようやく十五ページまで圧縮してもらったけど、私の絵が全然間に合わなくて、結局九ページの超短編になってしまった。
それまで、楽しいから描いてただけで、描くのが遅いなんて、気にしたこともなかった。
ひとつひとつの絵を描くのが楽しすぎて、いくら時間をかけても苦にならなかったんだろう。
でも、そのせいで編集長のユウト先輩には、相当な迷惑をかけたのも事実だ。
次の企画では、春からスケジュールを考えて動くことになった。
ユウト「でも、奥菜の絵、いいと思う」
ユウトさんは言った。
ユウト「オレ、自分では描けないから、ウマいとかヘタとか、よくわからないけど」
ユウト「絵の世界っていうか、リアリティが伝わってくる感じがする」
『ギルボア』の話になると人が変わる先輩も、その他のジャンルにはこだわりのない人だ。
BLでもなんでも、人から勧められた作品はとりあえず何でも読んでみるらしい。
カナ「あ、あざーす」
男の人に自分のBLマンガが褒められることになるなんて、夢にも思ってなかった。
第4話:「異世界へようこそ!」に続く