シャーロット

がっさん

エピソード1(脚本)

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〇SNSの画面
  ずっと放置していたSNSアカウントを、
  仕事の合間に、つい覗いてしまった。
  『トウコが亡くなった』
  『手紙を預かってるから、取りに来て』
  ―Mikko, Faroe Islands

〇オフィスのフロア
  誰からだろう...?
室長「長谷川ー」
室長「K社との共同リリース原稿、明日出せそう?」
  ...
室長「長谷川やーい」
由希「えっ!?あっ、はい!」
由希「予定通りです...」
室長「んー?」
室長「どったの、顔青くして」
由希「...」
由希「なんか、その」
由希「母が、亡くなったみたいで...」
室長「はっ!?」
由希(しまった)
由希(何ゲロってんだ、私)
室長「いやいや、仕事してる場合じゃないでしょ」
由希「えっと、大丈夫です...」
由希「...」
由希(そもそも私は──)
室長「長谷川よ」
室長「休暇、取りな」
由希「えっ」
由希「いやいや、そんな必要ないですって」
室長「だめ、取りなさい。室長命令」
由希「はぁ...」
由希(急にホワイト企業面されても...)
室長「長谷川、実家どこだっけ?」
由希「両親は東京住みです」
由希「ただ、亡くなったのが実の母みたいで...」
室長「えっ、長谷川って、養子なの?」
由希「まぁ...」
由希「そうなりますね」
室長「ふーん」
室長「産みのお母さんは?」
由希「それが、聞いたこともない国でして」
由希「ここなんですが...」
  Faroe Islands
室長「どここれ、島?」
室長「んーどれどれ...?」
室長「フェロー諸島、北欧だって」
由希「北欧...」
室長「...色々と事情はあるみたいだけど」
室長「まずは一週間」
室長「お母さんとこ、行ってきな」
由希「...はい」
  私は、実の母親に会ったことがない。
  彼女について知っていることは、たったの2つ。
  母親の名前と──
  私を産んですぐ、捨てたこと。

〇水中
  寒いよ...
  怖いよ...
  助けて...

〇飛行機の座席
由希(...)
由希(なんで...このタイミング...?)
添乗員「お客様、シートをお戻しください」
添乗員「当機はまもなく、ヴォーアル空港に到着します」
由希「あっ、はい」
由希「...」
  コップを持つ手が小刻みに震えている。
  爪の血色が白い。
  これから向かう、見知らぬ土地。
由希(島...寒いだろうなぁ...)
  この震えは、きっと寒さのせいなんだと、
  冷え切った両手に、何度も息を吹きかけた。

〇空港の待合室

〇走る列車
由希(のどかな島だな...)
由希(人が全然見当たらない...)
由希(羊ばっかり...)
由希(人間より羊の方が多そうだな...)

〇教室
  道徳の授業が嫌いだった。
担任教師「今日は命のすばらしさについて学びます」
担任教師「宿題で出していた「お母さんの気持ち」」
担任教師「みんなが赤ちゃんだった頃の写真を見せながら、発表してね」
  ...
  養子の私は、写真が無かった。
  母親の気持ちは適当にごまかせても、写真だけは言い逃れできなかった。
女子生徒「何で由希ちゃんの写真だけ無いの?」
男子生徒「赤ちゃん経験してないんじゃね?」
担任教師「長谷川さんは『養子』と言ってね──」
  やめて...
女子生徒「えー、じゃあお母さんいないの?」
男子生徒「親無しだ!親無し!」
担任教師「こら!そういう言い方はやめなさい!」
  ...
  おぇ...げぇ...
女子生徒「きゃー!!」
男子生徒「こいつ吐きやがった!」
男子生徒「気持ち悪ぃ!」
  ...
  もう...やめてよ
  あぁ...ダメなんだ。
  絶えず溢れ出るぐちゃぐちゃな感情は、
  私の中のゴミ箱に投げ入れるしかない。
  私が、かわいくなかったから捨てられた。
  私が、お母さんを失望させたんだ。
  自分自身を責め続ける。
  ねぇ、お母さん、
  はやく、会いに来てよ...。
  ちがうよって、
  私を、抱きしめてよ...。

〇草原
由希(...)
由希(周りに何もないけど...)
由希(もしかして、降りるところ間違えた?)
由希「やばいかも...」
由希「電波も入らない...」
由希(どうしよう...)
由希「...?」
運送屋「Hvor skal du hen?」
由希「えっと...」
由希「ごめんなさい、英語話せますか?」
運送屋「もちろん」
運送屋「お姉さん、どこへ行くんだい?」
由希「クラクスヴィークって町なんですけど」
運送屋「おおっ!奇遇だねぇ」
運送屋「俺の家もクラクスにあるんだよ!」
運送屋「何かの縁だ、乗っていきな!」
由希「あ、ありがとうございます...!」
由希(よかった、助かった...)

〇トラックのシート
運送屋「...」
由希「...」
運送屋「あんた、トウコの娘だろ?」
由希「えっ、何で!?」
運送屋「ハッハッハ!」
運送屋「わかるさ、若い頃のトウコにそっくりだ!」
由希(そっくりって...)
運送屋「一晩中パブで騒いでた頃が懐かしいよ」
運送屋「俺たちは時々顔を合わせては酒を飲むんだが」
運送屋「周りの連中は老けていく一方で」
運送屋「トウコだけはまるで歳をとらねぇ」
運送屋「ずっと若くて、きれいだった」
運送屋「ま、このことを本人の前では最後まで言わずじまいだったがな」
運送屋「ハッハッハ!」
由希(...)

〇草原
運送屋「ほらよ、着いたぞ」
運送屋「ここから先の丘を上がると、トウコの家だ」
由希「ありがとうございました」
由希「それでは、また」
運送屋「おっと、一つ聞き忘れてた」
運送屋「あんた、名前は?」
由希「由希...です」
運送屋「そうか、ユキか!」
運送屋「よく帰ってきてくれた!」
由希「えっ...えっ!?」
  おじさんは私を力強くハグしてくれた。
  でも不思議だ、
  嫌な感じはしない。
運送屋「達者でな!ハッハッハ!」
由希「...」
由希「ビックリした...」

〇一軒家の玄関扉
由希「ついた...」
由希「この家で合ってる...よね?」
  このまま、
  何も受け取らず、引き返す選択肢もある。
由希(でも、何も知らないままで、いいの?)
  いろんなことが、わからないまま。
  帰国して、このまま何も変わらないのか──
  ここで──
ミキコ「...!」
ミキコ「待ってたわ、ユキ」

〇西洋風の部屋
ミキコ「日本から島まで遠かったでしょ」
由希「はい、かなり...」
ミキコ「遠いところきてくれて嬉しいわ、ユキ」
ミキコ「私は姉のミキコ」
由希「ではあなたが、私にメッセージを?」
ミキコ「ええ、妹の遺書にあなたの名前があったから」
由希(私のことを、既に知っていた...?)
ミキコ「妹はあなたに手紙を残していたの」
ミキコ「あなたが来たら渡すようにって」
由希「...」
由希「あの、今さらここへ訪れてなんですが」
由希「手紙なら、郵送でもよかったのでは?」
ミキコ「いいえ」
ミキコ「妹は“直接”あなたに渡すようにと」
ミキコ「私自身も、それが一番良いと思ってる」
ミキコ「だって、こうしてあなたに会えたのだから」
由希「はぁ...」
由希(直接...?なんでだろう?)
由希「...」
ミキコ「...」
ミキコ「あなた、トウコそっくりね」
由希「見た目ですか?」
ミキコ「顔もそっくりだけど、そのしぐさ」
ミキコ「イライラすると、指で机を叩いていたわ」
由希「...」
由希「...そうですか」
  もやもやして、落ち着かない。
  目の前に、実の母親からの手紙。
  私がどんなに喚こうが、もう彼女には届かないと思うと、
  それがどうにも...納得できない。
由希「この手紙、1人で読んでも?」
ミキコ「ええ、もちろん」
ミキコ「家の向かいの岸壁から海が見えるわ」
ミキコ「そこでなら──」
ミキコ「...」
ミキコ「気持ちの整理の仕方も、あの子そっくりね」

〇赤い花のある草原
  はぁ...はぁ...
  許せるわけがない。
  32年間、私を捨ててほったらかしにした母親。
  死んでしまったらもう、
  ゴミ箱から溢れたぐちゃぐちゃな感情を、
  一体誰が処理してくれるの...?
  ズルいよ...
  先に逃げるなんて、ズルいよ...
  愛しい娘へ。
  震える手で、この手紙を書いています。
  今まで、送るあての無い手紙を何百通と書いてきたけれど、
  いざ本当に読まれると思うと、何を伝えようか言葉に悩みます。
  一つだけはっきりと伝えたいこと。
  あなたは、私のすべて。
  毎日、心の中であなたの名前を呼んでいました。
  だったらなんで、会いに来なかったの...?
  でも、私はあなたに失望されることが怖かった
  恨まれているとさえ思った。
  そうだよ、とっくの昔から失望してる
  あんたにも、勝手に産まされた自分にも...!
  あんたが私に、一番初めに、失望したから...!!!
  私は──
  16歳の時、あなたを産みました。
  あなたを手放したことは、後悔しかありません。
  ただ、それは過去のこと。
  もしまた会えるなら、
  過去ではなく、未来で会いたい。
  そう思えるようになりました。
  ...また...会えたら?

〇赤い花のある草原
  大人になった、あなたに伝えたかった。
  私にとって、本当に貴重な、
  あなたと過ごした、ひと夏の思い出を。

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コメント

  • 泣ける準備は十分です!!
    タップノベルを始めた頃、本作を拝読し、映画のような演出力に打ちのめされた記憶があります。
    その時はコメントもリアクションも残せなかったのですが(すでに多くの方が立派なコメントを残されていたので)
    非礼のままでもいけないと思い、再読いたしました🙇

  • 北欧に魂を飛ばそうとしたのは、初めての感覚です。遠い親戚にアルバムを見せてもらっているような、妄想をしながら、お話しの世界に浸っていました。コロナで旅行から遠ざかっていたので、いい気晴らしにもなりました。感謝。

  • 面白かったです! 最後の演出が素敵でした!!
    なぜ手紙を「直接」渡さなければならなかったのか、なぜお母さんはフェロー諸島で暮らしていたのか、気になります……!

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