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カザグルマン

怪人ベクターXの誕生(脚本)

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〇殺風景な部屋
坂神宗也「やあ、やっと来てくれましたか相羽翔太くん」
坂神宗也「私は坂神宗也、一介の外科医だった者だ」
坂神宗也「今日は私の随想録を聴いて頂こう」

〇病院の診察室
  私はかつて聖人と呼ばれていた。遺伝子治療の最先端を行く医者として各界から一目置かれる存在だった。
  遺伝子治療は時間を要する根気の要る医療だ、健康な体、生命維持の飽くなき探求、永遠の命、
  それらへの希望を胸に私は私の行く道へと邁進していた。
  そんなある日私を訪ねてやって来た患者、それが相羽翔太くんだった。彼は私に会うなりこう切り出した。
相羽翔太「あの、僕、他の人と違うんです、先生だけに僕の秘密を教えます」
  そう言うと彼は僕の顔を見つめた。そして視線を少しずつ上にずらしていく。
  彼の目の動きに応えるかの様に私の眼鏡が持ち上がっていった。
  彼はそこから視線を素早く上げ、それに合わせて私の眼鏡は頭上へと飛び上がり、そこで停止していた。
坂神宗也「ほう、君は手品師か何かかい?私には全く種も仕掛けも分からないよ。どうやったんだい?」
  彼はそのまままぶたを閉じた。
ナース「キャア!」
  私は座っていた椅子を回転させ声を発した者の方を向いた。彼女は僕の上を直視している。
  不思議に思った私が上を向いたその瞬間、いきなり水が降ってきた。そこには私の机の上にあったはずのマグカップが浮かんでいた。
  彼が大きく長く息を吐くと、傾いたマグカップは正しい向きに戻りながらゆっくりと僕の前に降りてきて、回り始める。
相羽翔太「僕は真剣です、茶化さないで下さい」
  そう言うとマグカップからは浮力が失われ、そのまま重力を感じて落下し始める。
坂神宗也「おっと」
  私は急いでマグカップの取っ手に指を通した。確かに何の変哲も無い何時もの私のただのマグカップだった。
  私は少し驚いて唾を飲む。ついでにマグカップに残っていた水を一気に飲み干した。
坂神宗也「それで?君の秘密ってこの事かい?」
  彼はうなずいた。そして私はいつもより大分真剣になって事情を聴いた。
相羽翔太「僕は病気なんです。これは不治のやまいなんだ。僕は僕を治してくれる医者を探してるんです」
  相羽翔太は不思議な事を言う少年だった。発症したのは半年前で、丁度18歳の誕生日の頃だったと言う。
  彼の家庭は母子家庭で、父親は警察官として幼い頃に殉職していた。
  父に似て正義感が強く、ある時不良グループに絡まれていた友達を助けようと割って入った彼に悲劇が襲った。
  乱闘の末に襲いかかった暴漢が持っていたナイフがその暴漢の胸に刺さり、それが致命傷となって数日後に亡くなったという。
  この時、多分自身の防衛本能によってこの現象が発現し、以来少年は罪の意識にさいなまれている様だった。
  可哀想に、彼は直接手で触れた訳では無いし、この場合正当防衛もある。犯罪として彼を責める事は無理筋だ。
  それに彼は正義の行動だった訳だからね。
  俗に言う超能力。サイコキネシス、日本語で念動力と言うそうだ。普通の町医者は相手をしてくれない。
  それで遺伝子学の権威でもあるこの私を頼って相談に訪れたという事らしい。
坂神宗也「君の遺伝子を調べて欲しいって事かい?できればその力も封印・・・治して欲しいって事?」
相羽翔太「はい。僕は結果的に人を殺してます」
相羽翔太「この先、自分がとんでもない事をしでかしてしまいそうで・・・怖いんです」
相羽翔太「よろしくお願いします」

〇化学研究室
  それから私は定期的に翔太くんを呼んで研究を始めた。
  患者のDNA情報をこっそりコレクションしていた私はそれらを見比べ、翔太くんの中の特異な配列を見つけ出した。
  すぐに翔太くんのお母さんにも来て頂いて遺伝子を採取した。母親の遺伝子にはこの特異配列は確認できなかった。
  もしかすると男の子にだけ継承される遺伝情報なのかも知れない。
坂神宗也「クロモソーム・アダム。 男系にしか受け継がれないY染色体。か」

〇神社の石段
  私は彼の父方の実家のある和歌山へ飛んだ。和歌山は熊野の国か、熊野神社の総本山、八咫烏、実に興味深い。
  もちろん観光で熊野本宮大社にも行ったんですよ。
  大社の主神は家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)、どうやら素戔嗚尊(すさのおのみこと)の別称らしい。
  スサノオですか。私はこの時得体の知れない不思議な感覚に襲われたんです。
  超能力遺伝子と荒ぶる神スサノオ。あの時既になんとなく結びつけていたんですね。

〇平屋の一戸建て
  ご実家は代々神職をなされていたとの事でした。既にご実家は断絶。
  その血筋を探った所、お一人だけ生き残っておりました。
老人「ハハハ」
  92歳のおじいちゃん。

〇総合病院
  早速私は自分の病院にご老人を迎え入れました

〇化学研究室
  DNAを採取し、翔太くんのDNAと照合しました。
  すると思った通り、老人の物には多少の劣化が見られましたが、特異配列はほぼ一致したのです。
  私は本格的に研究を開始しました。ええ、汚い手も使ってね。
  老人の一切の情報を消させて頂いた。
  私を支持してくれる米国の組織はCIAとも繋がってますからね、面白い研究にはお金が付く。
  ましてや超能力遺伝子の可能性です。
  フフフ。
  ロックフェラー財団からお墨付きを受け、研究資金を得ました。

〇大きい病院の廊下
  もちろん老人の存在は全て秘匿にして頂いた。始めから居なかった事にしてもらったのですよ。
  私の病院では献体X(えっくす)と呼ばせています。
  名前すら剥奪。まあ、痴呆症が進んで自分が生きているか死んでいるかも分からないような有様ですから、かえって良かった。

〇手術室
  私の研究は続きました。特に解剖などを行ったのは献体Xの方。
  超高齢の割に免疫力がとても強くてね、メスで切り開いて組織サンプルを得た時でも、傷口が直ぐに閉じてしまうんです。
  これがスサノオの遺伝子かと感心しましたよ。
  そんな中で見つけたんです。
  老人の金玉をメスで開いたときにね、卵巣の組織の中に居たのは、人類が未発見の未知のウイルスでした。
  それは遺伝子組み換えで使うウイルスベクターの類いに近いウイルスでした。
  私は震えましたよ。
  素晴らしい世紀の大発見ですからね。
  もしかしたら長年の夢だった不老不死だって夢じゃ無いかもしれない。

〇総合病院
  このウイルスを知ってしまった私はすぐにでも使いたくて仕方なくなった。
  早速病院の患者をリストアップし、回復の見込みの無い死を待つばかりの患者数名をピックアップして、
  ウイルスベクターを投与した。

〇殺風景な部屋
坂神宗也「最高の気分でしたよ。 上手く行けば超回復だってあるかもしれない」
坂神宗也「献体Xの奇跡的な回復力を見ていましたからね」
坂神宗也「狂ってるとお思いでしょうが、研究者は常にこうやって妄想するものです」
坂神宗也「でなければ人類の進歩など無かった。 フフフフ」
坂神宗也「それに犠牲者はいませんよ。 どうせ余命数ヶ月です」
坂神宗也「だったら 生かせてもらえた方がありがたいでしょう?」
坂神宗也「遺伝子治療は兎に角時間がかかるものです」
坂神宗也「実験体にされた患者の容態は安定していました」
坂神宗也「既に全員余命を越えて生存していました」
坂神宗也「ですが、投与から丁度半年を経た頃でした」
坂神宗也「患者に異変が起こったんですよ」

〇大きい病院の廊下
  生きながらに全身がゆっくりと硬化し、根のような触手のようなものが全身から伸び始めました。
  患者の肉親との面会は謝絶となり、ICUでの緊急治療中と嘘をついた。
  あの化け物のようになった患者をお見せするわけにはいかないのでね。
  経過観察は続いて、硬化が始まって丁度1ヶ月経った頃。
  患者は人の形をした植物の根のようなものになった。
  私は悟りましたよ。
  患者達は不老不死、永遠の命を手に入れたのだと。
  水だけ与えていたら生きているんですから楽なものです。
  そうこうしているうちに人型の根からつぼみが生えた。
  そしてそれは花開きました。
  美しい花でしたね。
  とてもいい匂いもするんです。
  極楽浄土の香りというのでしょうか。
  フフフフ失礼。

〇化学研究室
  その頃私は翔太くんに精子を提供してもらっていました。
  このウイルスはもちろん翔太くんにも有ると考えていたのでね、案の定でした。
  しかも翔太くんのウイルスはとても美しかった。
  老人の劣化したウイルスでは無い完全なる神ウイルス。
  私はこの時このウイルスに名前を付けました。
  ベクターGとね。
  Gは神、ゴッドのGですよもちろん。
  早速人工授精で培養した胚性幹細胞を調べましたよ。
  男の子になるはずだった受精卵を使った細胞達。
  じつに美しい。
  そしてそこから得られた特異配列はまさにパーフェクトでした。
  翔太くんよりも美しいDNA。
  私は培養しました。
  翔太くんの精子から分離したベクターGを。
  そしてこれも死を待つ別の患者に投与した。
  結果は上々で、彼らはみなウイルスが投与されてからすぐに効果が現われ、超回復をしていきました。

〇殺風景な部屋
坂神宗也「話を戻しましょう」
坂神宗也「根患者から生えた花は花粉を飛ばしたんですよ」
坂神宗也「それが院内の空調設備を介して広がった様でね」
坂神宗也「フフフ、恐ろしいことになりました」
坂神宗也「人を植物化させる謎のウイルスの出現と大規模な院内感染です」
坂神宗也「あんなに大きなニュースになったんです」
坂神宗也「フフフ、貴方もご存じでしょう?」
坂神宗也「そして病院は長期の閉鎖になった」
坂神宗也「もちろん私も感染しましたよ。 死ぬかと思いました」
坂神宗也「だから使ったんです」
坂神宗也「私も死に物狂いでね。 残っていたベクターGを自分に投与した」
坂神宗也「そしたら見て下さいよ」
  フフフ
ベクターX「アハハハハハ こんな素敵な体になったー」
ベクターX「全身の細胞が独立して生きているんです。 凄いでしょう?」
ベクターX「どんな物にも形を変えられる。 生きられる」
ベクターX「液化して身を隠すことだって容易い。 もはや私には死の概念がありません」
ベクターX「フフフ。 私の体の中でベクターGと融合し完成したんです」
ベクターX「ハイブリッドウイルスベクター。 名付けてベクターXですよ」
ベクターX「私は裏社会に逃れた。 そして悪の組織EVOLVEを作ったんです」
ベクターX「やっと帰ってきました。 君の元へね」
ベクターX「ああ植物化ウイルスの件は心配は要りませんよ」
ベクターX「ベクターGを投与した患者がウイルスの変異種を早急に体内で作り出して拡散したために一瞬で無毒化してしまいました」
ベクターX「まさに神業、神ウイルス」
相羽翔太「坂神宗也、僕は貴方を許さない」
ベクターX「それが聞けて良かった」
ベクターX「貴方とはこうなる運命」
ベクターX「宣戦布告ですね」
ベクターX「次に会う時を楽しみにしていますよ、相羽翔太」
相羽翔太「坂神宗也が生きていたなんて」
  おしまい

コメント

  • マッドサイエンティストが徐々に狂って暴走していく展開、読み応えがありました。坂神が誰に向かって事の経緯を説明しているのかと思ったら彼でしたか。いわば自身の生みの親に立派になった自分の姿を見せに来た息子のような心境なんだろうか。

  • 少し難しい話でしたが、恐ろしいなと感じました。
    DNAやらウイルスやら、好奇心の為に犠牲を払うのはまた違う気も…。天才が故の考え方なのでしょうか。

  • ここ数年の流行り病は、このウイルスに比べると大したことないと思えるほど、この研究者が犯した罪は重大ですね。不老不死って、聞こえはいいけど、現実になれば困りますよね。

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