読切(脚本)
〇研究所の中枢
君はたしか幼なじみの・・・なんだっけ?
そうそう、うん、大丈夫おぼえているよ。
忘れもしない、たしか・・・えっと、小学校の二年生から四年生の間だっけ、同じクラスでその、うん、学校行って、帰って・・・。
「全然、おぼえていないってことでいいかな? 何一つ具体的なこと言っていないよね?」
ごめん、本当に忘れたわけじゃなくて、ちゃんとおもいだせなくて・・・。
「いいよ、仕方ないよ。生きるか死ぬかだったからね。だけど、覚悟はしていたけれど・・・ちょっと、びっくりしたね、うん」
目の前にいる少女が俯き、哀しげな顔をしている。
事前に「幼なじみが会いに来る」という話を聞いていなければ、彼女が幼なじみであることすら断言できなかっただろう。
彼女は嘘を吐いているようには思えない。
サーモグラフィによる体温、脈、視線、瞳孔の動き、手の置き方などから判断して、多少の動揺はあるものの、
嘘を吐いている状況ではなかった。
さて、状況を再び整理しよう。
今から36時間ほど前(正確には35時間と28分41秒前)に、
空から降ってきたブロックに体を押し潰される事故に遭った。
その際、俺の生命活動は一旦止まり、そのまま死亡届けが出されるのが通例なのだろう。
だが、俺はこうして「人間」のように会話をし「人間」のように思い出をふりかえろうとして・・・失敗している。
「まさか、魁(かい)くんが改造人間になっちゃうなんて、思いもしなかったよ」
そう、幼なじみの彼女曰く、改造人間――世間では「怪人」――となってしまった。
〇落下する隕石
今から五年前、ユーラシア大陸の砂漠に隕石が落ちた。
周囲に10メートルほどの大きなクレーターを産み出した隕石は、すぐに調査団が派遣され、調べられた。
それが全ての始まり。
直径三十センチほどの隕石には、一センチほどの知能を有する地球外生命体が複数存在していたらしい。
その生命体は一瞬にして調査団を殺傷し、その脅威を示した。
そう、一昔前までSFでしか存在しなかった世界が、小説や映画、漫画やゲームでしか存在しなかった宇宙からの侵略者である。
すぐさまその場所を囲い、対策されたが、囲いから漏れた一部の地球外生命体は他の大陸や島国──
そう、日本へも侵略の手を伸ばしてきたのだった。
〇サイバー空間
だが、人間も「武力」を持たない者たちではない。
世界中で対侵略者の研究が進められ、現在は主に「改造人間」通称「怪人」と呼ばれるヒーローたちが戦果をあげていた。
しかもその状況に慣れてきた人類は、まさに「ヒーローショー」のようにこの状況を楽しむようになったのである。
今では子どもたちの憧れの職業に「怪人」があがるぐらいだが、その怪人になる方法は誰も知らない。
あまりにも秘匿されているために、ネットや週刊誌などでは怪人になる方法についての「噂話」の特集が後を尽きない。
〇研究所の中枢
怪人になる方法・・・真相はあっさりとしたものだ。
病気や事故で死にかけた人間の中で、回復した場合に地球外生命体と闘えるだけの身体能力が期待できるか、
という者を選んで改造手術を施すというものだ。
もちろん他にも色々条件はあるが、適合する者はそれほど多くないらしい。
何よりも体が適合しても、記憶や心に問題が生じることがある。
だから親族など、被験者に近い者からの反対もあって改造手術の件数はとても少ない。
自分――魁という名前らしい――は、一昨年にあった「埼玉大襲撃」の際にちょうど修学旅行中だったゆえに難を逃れたが、
家族全員がその際に亡くなったという。
そのため天涯孤独で、改造手術を受けるにあたって一番自分を知ると思われる存在が幼なじみの彼女だったというわけだ。
改造手術は成功し、腕に埋め込まれたアークファクターを脳波で起動させれば怪人に変身できる。
最初はその仕組みがわからず、彼女と話している最中に何度も変身してしまった。
ともあれ改造手術をうけ、無事に怪人として復活したが、人間だった時の記憶はほとんどない。
もちろんこれまでの経緯を説明してもらったが、ぼんやりと子どもの頃から現在までのことしか思い出せない。
この手術の原因となった事故に関しても、記憶があいまいだ。
幸いにも一般的な常識や情緒、そして地球外生命体に対する知識は喪われていなかった。
そう、身寄りのない自分を生き返らせてもらった代わりに、自分は怪人として地球外生命体と闘うか、
より高度な改造手術の検体になることが条件だった。
それを非人道的だとは思わない。
こうして人間だった時の名残として、憶えていないが親しい人間に会わせてくれたのだから。
「魁くん、それじゃ私は帰るよ。ここ、一般人がいちゃいけない場所なんだ。家族だったら別だけど。だから、これでお別れだね」
怪人の秘密を護るため、彼女は二度と俺とは会えないという。
名前もおぼえていない彼女が自分の前からいなくなることに、特段心が動くことなどないはずだと思っていた。
自分の脈も心拍も正常、常識的な判断をすれば彼女をこの世界に関わらせない方が平和なのも理解している。
だが――。
「待ってくれ!」
「え、どうしたの?」
「結婚しよう。そうすれば、ずっと一緒にいられるんだよね?」
一般的なプロポーズとは異なるが、それでも彼女はOKしてくれた。
こうして俺は妻帯者となって、妻となった幼なじみの彼女と施設で暮らすようになった。
彼女も「埼玉大襲撃」で身寄りを喪っている、俺と同じ境遇だった。
だから俺との結婚にも、施設で暮らすことにも何のためらいもなかった。
そして出撃要請があれば地球外生命体と闘う日々が続いている。
無事に帰ってくると、彼女がねぎらいの言葉で迎えてくれた。
彼女がいるから、闘い、生きて帰るという明確な理由を持てた気がする。
「私は魁くんといっしょにいれて嬉しいけれど、魁くんは私のこと、おぼえていないんだよね」
寂しそうに彼女が微笑む。
「私にはもう魁くんしかいないのに・・・」
彼女は未だに名前を教えてくれない。
俺が思い出すのを待っているようだ。だから彼女を呼ぶ時は「奥さん」と声をかけていた。
闘いの中で死ぬかもしれない俺は、せめて彼女の名前を思い出しておきたいと願っていた。
戦闘で片腕を喪ってもすぐに新しいものが接合され、足も、腹も、頭以外はすげ変えの利く体となっていた。
いつも彼女はそんな俺を労わり、まるで自分のことのように痛みを分かち合い、心配して泣いてくれた。
食事を一緒に取ることはできないが、俺はエネルギー補給をしながら、
彼女はそんな俺を眺めながら頬笑み、語らう。そんな時間が何よりも心の安らぎになった。
彼女は「今日の闘い、大変だったって聞いたよ。無茶はしないでね」とか
「研究所の人から昔の映画のデータもらったの、明日出動がなければ一緒に観ましょう」とか、
怪人になってからどこか情緒の欠けていた俺を大事にしてくれる言葉が何よりも嬉しかった。
しかし一度も「行かないで」とは言わなかった。
どんなに心配しても、どんなに不安そうにしていても、出撃を止められたことはない。
彼女はとても強い。
自分には記憶がないが、彼女も自分も侵略者たちによって大切な家族を喪っている。
そのために同じような悲劇を繰り返さないように俺には闘ってほしいと願っている。
だからこそ、生きて帰らなくては。
彼女にまた会うために――そして、名前を呼んであげるために。
〇砂漠の滑走路
だが、闘いは激しさを増した。
たび重なる戦闘によってパーツ交換も厳しい状況になった頃、俺と彼女は初めてふたりだけでほんの一時間だが、
外を歩くことを許可された。
場所は日本から離れたところ。
結婚してもう二年は過ぎているのに、新婚旅行のようなものだった。
それはユーラシア大陸にある砂漠。
そう、あの全ての始まりである隕石が落ちた場所だった・・・。
この一時間の新婚旅行の後、俺は他の怪人たちと地球外生命体の本拠地を破壊する任務に着く。
「負けないでね。私、基地で待っているよ」
「君のために帰ってくる・・・その時は、きっと君の名前を思い出すよ」
俺の言葉に、彼女は「ずっと一緒だから」と微笑んでくれた。
やがて約束の時間になり、俺たちは一旦前線基地へと戻って行った。
砂漠に残った ひとつ の足跡を、やがて風は何もなかったように攫っていった。
〇研究所の中枢
「改造人間CS-503機、頭部損傷73%。修復不能領域に入りました。機体修復不能、イレースします」
???「二年前から試作した『プロジェクト・イヴ』、それなりの成果があったようだな」
謎の女性「はい、改造人間たちに架空の恋人や家族を設定し、護る者のために闘う・・・・・・
精神バランスの安定と戦闘可能回数の向上に繋がりました。残念ながら、CSシリーズは今回すべて喪ってしまいましたが・・・」
???「まだ次の改造人間候補が待っている。君はまた『恋人』たちを優秀な戦士に鍛え上げるといい。人類の勝利はまもなくだ」
謎の女性「はい・・・・・・」
モニターに映るのは、激しい戦闘の痕跡を残した砂漠。
怪人であった者たちは、体の大部分を喪いながらも、敵へと向かおうとした姿のまま事切れていた。
まるで背後にある〃何か〃を護ろうとして――。
だがそれはやがて全て砂漠の砂に埋もれていくのだろう。怪人は、灰塵となった。
「カイくん、甲斐くん、そして魁くん・・・・・・ごめんね。そして、ありがとう――」
愛する者を喪った少女のような声で、ひとりの女性がそっと呟き、モニターを消した。
真実を知ることが必ずしも幸せとは限らない、「信じたいこと」のために命を落とすならそれも幸せ、という概念が生み出したシステムなんですね。人間から怪人になっても戦い続けるモチベーションは変わらずに「守るべき人を守ること」なんだなあ。最後のシーンで複数のカイくんが灰塵と化したのが切ないですね。
作られた偽りの恋人だったのですね。
例えそうだとしても、自分であれば怪人になっても思い出をくれて、守るべきと思わせてくれることには、逆に有難さを感じるかもしれません。その立場になったら気持ちは変わるかもしれませんが…。
たとえ騙された愛情でも、せめて情緒が安定するように仕込んでいたことはよかったのかもしれません。ただ、人間がこういう形で改造され、挙句の果て消耗させられると考えると悲しくなります。