流しのMCフジモト

今井雅子(脚本家)

エピソード3 政治に巻き込まれるの巻(脚本)

流しのMCフジモト

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〇ホールの舞台袖
MCフジモト「俺は流しのMCフジモト」
MCフジモト「MCとはMaster of Ceremony(マスターオブセレモニー)」
MCフジモト「つまり司会者」

〇開けた交差点
MCフジモト「今日の現場は政見放送の事前収録」
MCフジモト「引退が決まった大物国会議員の後釜として立候補する男性を」
MCフジモト「俺のいい声で紹介することになっている」

〇オフィスビル
MCフジモト「政治の世界は縁起を担ぐらしい」
MCフジモト「俺の声で候補者が当選したら、他の候補者からも指名が来るかもしれない」

〇会議室のドア
MCフジモト「取らぬ狸の皮算用でニヤけた顔を引き締め、」
MCフジモト「スタジオのドアを開けた」

〇テレビスタジオ
MCフジモト「おはようございます。フジモトです」
ディレクター「羽振センセイ、フジモトさん到着されました」
羽振良男「おお。君かね。マムシのフジモト君」
MCフジモト「いえ、マムシではなく、エムシーです」
羽振良男「マムシーフジモト君。精がつきそうな名前だ。ガハハ」
MCフジモト「マムシの生き血を飲んでいそうなこの男が、依頼主の大物国会議員、羽振良男(はぶりよしお)」
MCフジモト「企業献金を受け取って、料亭に通っていそうなにおいがする」
羽振良男「マムシー君。ひとつよろしく頼むよ」
MCフジモト「こちらこそよろしくお願いします」
羽振良男「うん。いい声だね」

〇スーパーマーケット
羽振良男「その無駄にいい声で、おばちゃんたちのハートをグッとつかんでよ」

〇テレビスタジオ
羽振良男「選挙なんてものはイメージ合戦なんだから。有権者を騙したもん勝ちだ。ガハハハハ」
MCフジモト「・・・ご期待に添えるよう頑張らせていただきます」
MCフジモト「発言のどこを切り取っても失礼な羽振良男。失言問題で引退に追い込まれたというのも納得だ」
羽振良男「ちょっと縁ノ下君! 何突っ立ってんの? 君の政見放送だよ!」

〇綺麗な会議室
縁ノ下忍「・・・はい」
MCフジモト「羽振良男に呼ばれて、灰色の壁と一体化している男が返事した」
MCフジモト「この男が羽振の後釜なのか? 影が薄すぎる」

〇テレビスタジオ
縁ノ下忍「はじめまして。クラハマ3区から立候補いたします縁ノ下です」
縁ノ下忍「よろしくお願いします」
MCフジモト「こちらこそ。縁ノ下さん、いいお名前ですね。下のお名前は力持ちさん?」
縁ノ下忍「・・・忍です」
MCフジモト「縁ノ下忍は鶏ガラのように痩せ細った体をいっそう縮こまらせた」
MCフジモト「長年、羽振良男の秘書を務める間に吸い取られてしまったらしい」
MCフジモト「国会議員になって、やっていけるのだろうか」
MCフジモト「その前に当選できるのだろうか」
MCフジモト「俺の「縁起を担いで政見放送でガッポガッポ計画」に暗雲が垂れ込める・・・」
羽振良男「押しが弱いんで、しっかりアッピールしてやってよマムシー君」
羽振良男「その無駄にいい声で。ガハハ」
MCフジモト「・・・」
ディレクター「では、フジモトさん、まずは原稿の確認がてら、テストで読んでいただけますか」
MCフジモト「わかりました。経歴から読み上げます」
MCフジモト「縁ノ下忍は、クラハマ市出身」
MCフジモト「ケンブリッジ大学に留学し・・・」
縁ノ下忍「してません」
MCフジモト「え?」
縁ノ下忍「ケンブリッジ大学なんて行ってません」
MCフジモト「あれ? 原稿間違ってます?」
ディレクター「羽振センセイ、こちらの原稿は・・・?」
羽振良男「縁ノ下君、ケンブリッジに留学してたって言ってなかったかな?」

〇古い洋館
縁ノ下忍「ケンブリッジ大学のそばの英会話スクールに通ってました」

〇テレビスタジオ
MCフジモト「語学留学ですか・・・」
縁ノ下忍「2週間だけ・・・」
MCフジモト「・・・・・・」
ディレクター「では、『ケンブリッジ大学に留学し』を、『ケンブリッジで学び』に変更しましょうか」
MCフジモト「あかんやろ、そんなセコいゴマカシ」
羽振良男「いいね。それで行こう」
MCフジモト「ええっ」
羽振良男「ケンブリッジはケンブリッジだよ」
縁ノ下忍「大丈夫ですかね。経歴詐称になりませんか」
MCフジモト「ですよね。後から問題になりますよ」
羽振良男「マムシー君、『東京で学んだ』と言われて、『東京大学で学んだ』と思うかね?」
MCフジモト「いえ。東京だけでは、東京大学とはならないですね」
羽振良男「それと同じだよ。ケンブリッジだけならただの地名だ」
縁ノ下忍「なるほど。さすが先生」
MCフジモト「ですが、この文脈ですと・・・」
羽振良男「文句言われたら押し切ればいい。グレーだけど黒じゃない」
羽振良男「庶民は好きだよケンブリッジ。これで千票変わるよ」
MCフジモト「いや、しかし・・・」
ディレクター「フジモトさん、私からもお願いします」
MCフジモト「わかりました。では、もう一度頭から読み上げます」
MCフジモト「縁ノ下忍候補は、ケンブリッジで学び、身につけた英語力を活かして」
縁ノ下忍「英語、話せません」
MCフジモト「2週間、ですからね。語学留学」
縁ノ下忍「はい」
ディレクター「『英語力』を『国際感覚』にしましょう」
MCフジモト「またセッコイな」
羽振良男「いいね。それでいこう」
MCフジモト「は?」
羽振良男「国際感覚。感覚は点数で測れないからね」
縁ノ下忍「そうですね、羽振先生」
MCフジモト「いや、2週間の語学留学で身につきますかね、国際感覚?」
羽振良男「いいんだよ。感覚なんだから」
MCフジモト「いいんですか?」
ディレクター「フジモトさん、ちょっといいですか」

〇廊下の曲がり角
MCフジモト「なんですか?」
ディレクター「実は、縁ノ下さん、当落ラインぎりぎりなんです」
MCフジモト「ギリギリなんですか」
ディレクター「勝たせたくないですか」
MCフジモト「そりゃあ勝たせたいです」
ディレクター「もし縁ノ下さんが当選したら打ち上げしましょう」
MCフジモト「打ち上げ?」

〇シックなバー
ディレクター「二人きりで」
MCフジモト「二人きり・・・!?」

〇テレビスタジオ
MCフジモト「はい、では、喜んで『国際感覚』で行きましょう!」
羽振良男「わかってくれたかねマムシー君。では、次、公約のところ、読んでもらおうか」
MCフジモト「わかりました」

〇闇カジノ
MCフジモト「公約その1 市民の悲願であるカジノ誘致を必ず実現させます!」

〇闇カジノ

〇テレビスタジオ
縁ノ下忍「反対です」
MCフジモト「はい?」
縁ノ下忍「僕はカジノには反対です」
羽振良男「そういうわけにはいかないよ縁ノ下君」
羽振良男「私の支持者は9割方カジノ賛成派だよ」
羽振良男「地盤看板カバンだけ引き継いで、支持者置いてけぼりとは行かないよ」
縁ノ下忍「僕の同級生が取りまとめてくれている消費者団体は反対派です」
羽振良男「あの署名大好き団体だろ? あんなの数のうちに入らないよ」
縁ノ下忍「反対派の票を取り込まないと勝てません」
MCフジモト「あのー。こういうの事前にまとめておいていただきたいんですが・・・」
ディレクター「『カジノ誘致については、検討会を重ね、慎重に進めます』というのはいかがでしょう」
縁ノ下忍「そのようにできるとありがたいです」
MCフジモト「では、それで行きましょう」
羽振良男「いや、『慎重に』だと、反対派におもねっている感じだな。『積極的に』でどうだろう」」
ディレクター「『カジノ誘致については、検討会を重ね、積極的に進めます』ですか?」
縁ノ下忍「それだと賛成しているように聞こえます」
MCフジモト「まとめてもらえます?」
ディレクター「『カジノ誘致については、検討会を重ね、市民にとって良い形で進めます』で、いかがでしょう」
縁ノ下忍「どちらとも取れますね」
羽振良男「そこを落としどころにするか」
MCフジモト「では、その形でよろしいですか?」
ディレクター「フジモトさん、どちらとも取れるニュアンスで読んでみてください」
MCフジモト「はい。なんとかやってみます」

〇闇カジノ
MCフジモト「カジノ誘致については、検討会を重ね、」

〇公園の砂場
MCフジモト「市民にとって良い形で進めます」

〇テレビスタジオ
MCフジモト「いかがですか」
縁ノ下忍「ちょっと、乗り気に聞こえました」
MCフジモト「乗り気、ですか」
縁ノ下忍「もう少し慎重さが欲しいです」
MCフジモト「ではもう一度・・・」

〇闇カジノ
MCフジモト「カジノ誘致については、検討会を重ね、」

〇遊園地の全景
MCフジモト「市民にとって良い形で進めます」

〇テレビスタジオ
MCフジモト「いかがですか」
縁ノ下忍「いい感じです」
MCフジモト「ありがとうございます」
羽振良男「ダメだよ」
羽振良男「今のだと腰が引けて、カジノやらないって聞こえる」
MCフジモト「腰が引けてますか」
羽振良男「反対派に気を遣って、こうは言っているものの、本心はやりたい、やりますよ」
羽振良男「そういうハラを見せて欲しいね」
MCフジモト「ハラ、ですか」
ディレクター「フジモトさん、できそうですか」
MCフジモト「おっしゃってることの意味がよくわかりません」
ディレクター「羽振センセイ、お手本を見せてもらえますか」
羽振良男「手本?」
ディレクター「センセ、お願いします」
羽振良男「ミサキちゃんにお願いされたら、断れないね」

〇闇カジノ
羽振良男「カジノ誘致については、検討会を重ね、」

〇華やかな広場
羽振良男「市民にとって良い形で進めます」

〇テレビスタジオ
MCフジモト「なるほど。悪徳政治家らしい玉虫色の口八丁、いえ、敏腕政治家らしい説得力・・・」
MCフジモト「方向性がつかめました!」
羽振良男「よかったよマムシー君。この調子で進めてくれたまえ」

〇コンサート会場
MCフジモト「よし。羽振良男のモノマネで行こう」

〇テレビスタジオ
ディレクター「ではレコーディングしていきます。本番5秒前。4、3、2、1」

〇テレビスタジオ
MCフジモト「縁ノ下忍は、クラハマ市出身」
MCフジモト「ケンブリッジ大学に留学し、身につけた国際感覚を活かし、政治に新しい風を吹き込みます」

〇闇カジノ
MCフジモト「カジノ誘致については、検討会を重ね、」

〇華やかな広場
MCフジモト「市民にとって良い形で進めます」

〇学校の校舎
MCフジモト「公共事業を臨機応変に進めたり進めなかったりしながら、」

〇閑静な住宅街
MCフジモト「高齢者はもちろんのこと」
MCフジモト「子育て世代も若者もネコもシャクシも住みやすい街を作ります」

〇テレビスタジオ
羽振良男「いいねマムシー君。当選が見えたよ」
縁ノ下忍「難しい注文に応えていただき、ありがとうございます」
MCフジモト「プロですから」
羽振良男「その無駄にいい声。長いつきあいになりそうだな。ガハハ」
ディレクター「フジモトさん、お疲れ様でした」
MCフジモト「打ち上げ、よろしくお願いします」
ディレクター「打ち上げ? 何のことですか?」
MCフジモト「え? さっき、二人きりで打ち上げしようって・・・」
MCフジモト「おいおい、とぼけられてるのか!?」
アケミ「探したよ、よっちゃん!」
羽振良男「アケミ! なんでここに!」
MCフジモト「アケミ?」

〇ホストクラブ
アケミ「み・み・た・ぶ」

〇テレビスタジオ
MCフジモト「ああっ! キャバクラ勇猫(ユーニャン)のアケミさん!」
アケミ「その節はどうも」
ディレクター「すみません。関係者以外立ち入りはご遠慮しています」
アケミ「関係者です。この人の赤ちゃんがおなかに・・・」
羽振良男「アケミと俺の愛の結晶が!?」
MCフジモト「はめられてるかもしれませんよ」
MCフジモト「彼女、俺の耳たぶなめましたからね。俺を買収するために」
アケミ「余計なこと言わないでよ」
羽振良男「アケミ、そんなことしたのか!」
アケミ「昔の話だって」
羽振良男「否定しないんだな?」
アケミ「よっちゃんに会えなくて、さみしくて、つい目の前にあった耳たぶをペロンって」
羽振良男「アケミ・・・」
アケミ「よっちゃん・・・」
MCフジモト「はいはい、どうぞお幸せに」
MCフジモト「では私は失礼します」
羽振良男「待ちたまえマムシー君」
MCフジモト「はい?」
羽振良男「原稿差し替えだ!」
MCフジモト「差し替え?」
ディレクター「今からですか?」

〇闇カジノ
羽振良男「俺とアケミの子が生まれて来る街にカジノはいらない」

〇幼稚園の教室
羽振良男「子育てに優しい街を作る!」

〇テレビスタジオ
MCフジモト「いや、もうオッケーいただきましたから。録り直すなら、誰か他の人に頼んでください」
ディレクター「そしたらギャラはお支払いできませんよ。いいんですか?」
MCフジモト「良くないですよ。喉から手ぇ出るくらい欲しいですよ」
MCフジモト「せやから今の今まで文句言わんと、付き合ってたんやないですか」
MCフジモト「寿限無みたいなええとこどり盛り込みまくりのわけわからん原稿読ませやがって!」
ディレクター「フジモトさん、怒ってます?」
MCフジモト「怒ってますよ!」
MCフジモト「MCが何読まされてるかわからんものが、生活者の心をつかめるわけないやないか!」
縁ノ下忍「おっしゃる通りです」
羽振良男「だから録り直そうと言っているんじゃないか」
MCフジモト「今週入っている仕事はこれだけ。今日のギャラで家賃を払うつもりでした」
MCフジモト「けど、俺にかて意地がある」
MCフジモト「あんたらの金は受け取らん! そのかわり、この仕事、降ります!」
ディレクター「フジモトさん。打・ち・上・げ」
MCフジモト「は? さっきはとぼけやがったくせに、都合のええときだけシッポ振りやがって!」
MCフジモト「もう懲り懲りや!That's enough. I can’t take it anymore!」
縁ノ下忍「英語ペラペラ」
羽振良男「ケンブリッジか?」

〇ライブハウスのステージ
MCフジモト「アメリカ村のライブハウス仕込みじゃ💢」

〇テレビスタジオ
羽振良男「アメリカで身につけた活きた英語! 押しも強いし、声も無駄にいい」
羽振良男「マムシー君、政治家に向いてるよ」
縁ノ下忍「・・・」
羽振良男「うちの幹事長に紹介してあげよう!」
MCフジモト「あんたらの世話にはなりません。ほなサイナラ」

〇オフィスビル
MCフジモト「俺はケツをまくってスタジオを出た」

〇開けた交差点
MCフジモト「俺の声で庶民の心の叫びを届けて政治を変えてやる」
MCフジモト「受付ギリギリ、消費者金融で金を借りて」

〇役所のオフィス
MCフジモト「立候補を届け出て、縁ノ下忍の対抗馬の3人目に名乗りを上げた」

〇二階建てアパート
  投票日まであと3日。

〇アパートのダイニング
MCフジモト「俺のツイッターのフォロワー数は」
MCフジモト「135人で止まっている」

〇アパートのダイニング
  あ、電気・・・

コメント

  • 一気に読ませていただきました。とても面白かったです。エフェクトによるイメージの演出がとても素敵です。

  • 背景でイメージを伝える技、最高ーです🤣

  • すごく面白かったです❣️
    そして藤本さんがかっこよかった✨✨✨

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