エピソード1(脚本)
〇書斎
小笠原翔太「何ページまで来ました?」
別府孝「うるさいな まだ6ページだよ」
小笠原翔太「間に合いますか?」
別府孝「そうやって急かすから進まないんだろ?」
別府孝「昭和の小説家じゃあるまいし」
小笠原翔太「ご自分で時間管理できる先生ならそうします 別府先生はすぐサボるでしょう?」
別府孝「あーうるさいうるさい 休憩休憩!」
〇書斎
「ではちょっとよろしいかな?」
別府孝「ん?」
怪人ハングリー「たくさんの文字を扱う仕事をしているな?」
別府孝「どちらの出版社の方でしたっけ?」
小笠原翔太(先生、見たことない人です しかも見た目が明らかに怪しいです!)
別府孝(・・・強盗か?)
小笠原翔太(冷静に対応しましょう)
別府孝「あいにくここは仕事場なんですよ 現金は財布にあるぐらいで」
怪人ハングリー「腹が減った」
別府孝(えっ!?)
小笠原翔太(夜食のラーメンがあったはずです)
別府孝「それならキッチンに・・・」
怪人ハングリー「だから文字を食わせろ」
別府孝「はっ!?」
小笠原翔太「文字!?」
別府孝(意味がわからん 電波系か?)
小笠原翔太(刺激しないように話を合わせましょう)
別府孝「文字ですか 文字でしたら、その本棚にいくらでも」
別府孝「「ぷろぼうらーの憂鬱」という本は 最近出版された私の本なんですよ」
怪人ハングリー「おお、なるほどな お前は別府孝というのか だが何も片っ端から食おうというのではない」
怪人ハングリー「あまり使わない文字があるだろう そういった不要な文字を食いたいのだ」
別府孝「不要な文字・・・」
別府孝(要らない文字ってことだよな?)
小笠原翔太(使う機会が減った、とかですかね)
別府孝「不要というのは、こういうことですか?」
別府孝「見られる、ではなく「見れる」と書く 「ら抜き表現」というのがありまして その小説にも出てくるんですよ」
怪人ハングリー「ほほう、どれどれ」
怪人ハングリー「・・・「テレビ見れる?」なるほどな 「ら」が蔑ろにされているわけか」
小笠原翔太「蔑ろというのも大げさですが 「ら」の省略は浸透していますね」
怪人ハングリー「意味が同じで省略できるのなら もはやその文字は不要ということだろう」
怪人ハングリー「「ら」か・・・食ベ頃かもしれんな、どれ」
別府孝「え? ・・・あっ!」
怪人は本の紙面を器用にこすり
やがて糸くずのようなものをほじくりだした
よく見ると「ら」の文字だ
「ら」が怪人の口へ吸いこまれていく
怪人ハングリー「まだ食えたものではないな、青臭い」
怪人ハングリー「だいたい、「ら」抜きといったところで 別の言葉で「ら」は使うのだろう まだ不要ではないではないか」
小笠原翔太(急に正論を言いだしましたね)
別府孝(狂ってるのかマジメなのかわからん)
怪人ハングリー「いいか、文字にも食ベ頃というものがある 別府も文字を扱う立場なら心得ておけ」
怪人は座り込んであぐらをかいた
〇綺麗なコンサートホール
怪人ハングリー「あれは旨かった・・・「ゐ」といったかな 懐かしさを感じる素朴な味わいだった」
別府孝(何の話だ?)
小笠原翔太(「う」と「い」が合わさった発音でしたね)
別府孝(となると・・・「ゐ」のことか)
怪人ハングリー「「ゑ」も忘れられん 濃厚な中に鋭い刺激があった」
怪人ハングリー「あの二文字を食えたことは、わしの財産だ」
小笠原翔太「もしかして、あなたが食ベたから その二文字は消えたのですか?」
怪人ハングリー「使わないのなら、食っても構わないだろう」
〇書斎
小笠原翔太(どうやら冗談ではないようですね)
別府孝(とんでもない怪人に出くわしたな)
小笠原翔太(文字を食わせてはダメですよ)
別府孝(わかってる 俺だって小説家の端くれだ)
怪人ハングリー「ところで別府のこの本はどんな内容だ?」
別府孝「人生に挫折した男が プロボウラーとして再起を果たす物語です」
小笠原翔太「ぷろぼうらー、とひらがなにしたことに 大事な意味があるんですよね?」
怪人ハングリー「ほう」
別府孝「「ぷ」と書いて句点のマルを打つと ボーリングをしている人のように見える というニュースが話題になったんですよ」
ぷ。
別府孝「ほらね? 右へボールを転がしているようでしょ?」
別府孝「でもこれを見て感じたんです」
別府孝「「ぷ」はきっとボーリングが下手だろうと でも誰よりもボーリングにひたむきだろうと 人格や物語を感じちゃったんです」
別府孝「そんな「ぷ」にインスピレーションを得て 「ぷろぼうらーの憂鬱」を書いたんです!」
小笠原翔太(熱弁してるとこ申し訳ありませんが あの怪人、スマホいじってますよ)
別府孝(ええっ!? 怪人もスマホ持ってんのかよ)
怪人ハングリー「いや、聞いてるぞ 別府は読者の感想を気にしないのか?」
別府孝「感想ですか・・・ 気にしすぎてもいいことはありません 作品をどう読むかは読者次第ですから」
すると怪人はスマホを見せてきた
別府孝「なんですか?」
怪人ハングリー「読んでみろ」
別府孝「どれどれ・・・」
「こんなにダサい文字を使っていたとは」
「やだ、みっともない字」
「恥ずかしくて海外の人に見せたくない」
小笠原翔太(散々な言われようですね)
別府孝(小説の感想ですらないな)
怪人ハングリー「わしが知る限り、こんな文字はなかったな ここまで嫌われた文字は」
別府孝「こんなにネガティブに思われるとは意外です」
怪人ハングリー「別府も罪なやつだ 結果的にお前が、「ぷ」を貶めたわけだな」
別府孝「えっ・・・俺が? そんな・・・言いがかりですよ!」
怪人ハングリー「昔、タイという国で文字を食ったんだが」
〇綺麗なコンサートホール
小笠原翔太(また回想が始まりました)
別府孝(なんでこの場所なんだよ)
怪人ハングリー「タイプライターを導入したいのに キーボードのキーよりも文字の数が多くてな どうしたものか困っているときだった」
別府孝(聞いたことあるぞ)
小笠原翔太(タイ語は文字が多いらしいですからね)
怪人ハングリー「結果どうなったか」
怪人ハングリー「キーボードに余る文字は捨てることになった 使用頻度が少ない文字を除外したんだな」
怪人ハングリー「わしが食ったのは、除外された文字たちだ」
怪人ハングリー「ちょうど食ベ頃で旨かったぞ 香辛料の国だけあって、スパイシーでな」
〇書斎
別府孝「何が言いたいんですか」
怪人ハングリー「食ベ頃になる文字には、いくつか理由がある」
怪人ハングリー「役目を終えて不要になった文字 泣く泣く除外した文字 そして・・・」
怪人ハングリー「嫌われて捨てられることになった文字だ」
別府孝「私のせいだと言うんですか!?」
別府孝「違います・・・悪意はないんです!」
怪人は本に顔を埋めた
怪人ハングリー「そーら熟した香りがしているぞ 食ベ頃に違いない」
怪人は先ほどと同じように紙面をこすると
「ぷ」の文字をほじくりだした
怪人ハングリー「・・・うまい!」
怪人ハングリー「これはもう食ベ頃と言って差し支えないな」
怪人ハングリー「気に入った 「ぷ」を食い尽くす」
小笠原翔太「食い尽くす!? どういうことですか!?」
怪人ハングリー「一文字残らず食う」
怪人ハングリー「この本も、本棚の他の本も そしてこの世にあるすべての「ぷ」を食う」
怪人ハングリー「「ぷ」の存在そのものを すべて食い尽くしてやろう」
別府孝(「ゐ」や「ゑ」に続き 「ぷ」が俺のせいで消えてしまうのか・・・ 小説家がとんだ恥さらしだ)
小笠原翔太(先生、これは大変なことになりました)
別府孝(わかってる!)
小笠原翔太(別府先生のお名前についてです 別府の「ぷ」だけカタカナになるんですよ?)
別府孝(そうか・・・これはまずいぞ! ベっプなんて収まりが悪すぎる)
小笠原翔太(いちいち言わないでくださいよ)
別府孝「一生のお願いを聞いてください」
別府孝「「ぷ」だけは食べないでもらえませんか」
怪人ハングリー「バカ言うな 空腹でいる目の前に馳走がある 食わずに帰れるか」
別府孝「「ぷ」は私の名前にも使う文字です いわば私の一部 身勝手と言われようが差し出せません」
怪人ハングリー「しかし、「ぷ」を貶めたのもお前だ」
怪人ハングリー「お前の責任で無用にされた文字だ 責任ある者がけじめをとるのが道理だろう」
小笠原翔太(相変わらずの正論ですね)
別府孝(くそう・・・)
怪人ハングリー「しかし日本語はくねくねしていて 似たような形の文字が多いのだな」
別府孝(いや・・・まだ交渉の余地はありそうだ)
別府孝「そうなんですよ、似た文字も多いですし まったく同じ音に2種類の文字があるんです ひらがなとカタカナっていうんですけどね」
小笠原翔太(別府先生、何を言いだすんですか)
別府孝(「ぷ」は俺が守る)
怪人ハングリー「本当だ よく似た文字もあるじゃないか」
怪人ハングリー「音も形も同じなら、片方だけでよかろう」
別府孝「ですよね! これこそ不要ですよ! 例えばこの文字は・・・」
怪人ハングリー「どれどれ、試食してみるとするか・・・」
怪人ハングリー「ふうむ、なかなかの珍味だ」
怪人ハングリー「では今回はこの文字を食うことにする」
別府孝(よし!)
〇オフィスのフロア
数日後
小笠原翔太「たしかに原稿いただきました」
別府孝「邪魔が入ったけど、間に合ってよかった」
小笠原翔太「そういえば先生、 怪人に何の文字を食わせたんですか?」
別府孝「ひらがなの「ベ」を食わせてやった」
小笠原翔太「「ベ」?」
別府孝「俺にけじめを求めるからには 名前の文字を差し出すしかなかったし、 それに・・・」
別府孝「「ベ」はひらがなもカタカナも似てるだろ?」
別府孝「食い尽くされて無くなったとしても カタカナがあれば事足りる」
小笠原翔太「ま、まぁ、確かにそうですけど・・・」
別府孝「「ベっプ」は収まり悪いけど 「ベっぷ」ならおかしくない」
小笠原翔太「ほんとですね」
小笠原翔太(なに言ってんだろ)
別府孝「だから今後、この世にあるすべての「ベ」が 使えなくなるかもしれないんだけど、 先回りしてその原稿にも反映しといたから」
小笠原翔太「ん? どういうことですか?」
別府孝「「ベ」の文字はすべてカタカナにしといた」
小笠原翔太「ええー! 勝手なことしないでくださいよ!」
別府孝「気にすんな 何か食ベ行こうぜ」
小笠原翔太「カタカナで言わないで・・・」
使わない文字を食べる怪人っていう発想が狂気じみてて天才ですね。文章から文字が順番に消失していって最後の文字「ん」も消えて全てが消えた筒井康隆の小説を思い出しました。いくつかの文字はこの怪人ハングリーが食べたのかなあ。
面白い設定で、斬新な着眼点ですね。文字の要不要を文字喰らいの怪人さんの観点からアプローチするのは。諸外国では不要となった文字・言語が多々あるので、ハングリーさんの更なる活躍が期待できそうですね
3にん!の会話がボケと突っ込み要素もあってとっても楽しかったです。ハングリー怪人には、日本語を使う日本人としてハッとさせられ、思わず納得してしまいました。するどいです!!