悪代官

神社巡り

エピソード1(脚本)

悪代官

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悪代官
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〇狭い裏通り
  その男は街中では不釣り合いな奇妙な格好をしていた・・・
  まるで時代劇から飛び出して来たかの様なその姿は明らかに周囲から浮いて見えた・・・
  もしかして彼は江戸時代から今の時代へ迷い込んだタイムスリッパー?
  私は興味心から彼に話しかけずにはいられなかった・・・
山田つとむ「あの~すみません・・・ もしかしてタイムスリッパーの方ですか?」
伊藤正彦「たいむすりっぱー? 何ですか・・・それは・・・?」
  私としたことが大きな間違いを犯してしまった・・・
  江戸時代の人間にタイムスリッパーと言ってもわかる筈がない!!
山田つとむ「江戸時代から来たんですよね!?」
伊藤正彦「えどじだい・・・!? う~ん・・・」
  彼は江戸時代という言葉に悩み始めた!!
  もしかすると江戸に暮らしていた当時の人間はその時代の事を江戸時代と言わないのかも知れない・・・
山田つとむ「貴方はどこから来たのですか?」
伊藤正彦「足立区です・・・」
山田つとむ「(江戸時代に足立区なんて無いんじゃ・・・)」
  もしかして彼は映画の撮影か何かでその格好をしているだけの現代人なんだろうか?
山田つとむ「もしかして映画かテレビの撮影でそんな格好をしてるんですか?」
伊藤正彦「違いますよ・・・」
山田つとむ「じゃあ、どうしてそんな格好を・・・?」
伊藤正彦「辻斬りをしてみようと思って・・・」
山田つとむ「刀の切れ味を試したくてそんな格好を・・・」
  私は関わってはいけない人物に話しかけてしまった・・・
  彼は手に入れた刀の切れ味を試すために人を手にかけようとしてるに違いない・・・
  しかもその為にこんな格好までしている・・・
  この男はサイコパスだ・・・
伊藤正彦「試しに切られて下さい・・・」
伊藤正彦「うぉりや~」
山田つとむ「うわぁ~やられたぁ・・・」
伊藤正彦「何を言ってるんです・・・大の大人がみっともない・・・」
山田つとむ「へっ?」
  切られた筈の箇所には傷一つ付いていなかった・・・
伊藤正彦「これ・・・竹光ですよ・・・子供みたいな真似はしないで下さい!!」
山田つとむ「本物じゃなかったの・・・?」
伊藤正彦「街中で本物の刀を振り回す人間なんて狂ってますよね?」
山田つとむ「(まあ、そうだが・・・街中そんな格好をしてる人間も充分変人だろ・・・)」
山田つとむ「しかし・・・竹光で辻斬りをする為にわざわざそんな格好に?」
伊藤正彦「これですか? これは普段着です・・・辻斬りをする為に刀だけ用意したんです・・・」
  この男は普段からサムライみたいな格好をしてるというのだろうか?
  まともな社会人であればそんな事はしない・・・
  どう見ても20後半は超えている・・・そんな事をしているのであれば世間から浮いてご近所からも腫物扱いだ・・・
  きっと社会のレールから外れたニートなんだろう・・・頑張っても認めて貰えず目立つ事で少しでもアピールしたいに違いない・・・
山田つとむ「大変だったんだね・・・」
伊藤正彦「・・・・・・・・・?」
山田つとむ「オジサンが話を聞いてあげるよ・・・」
伊藤正彦「・・・・・・・・・?」

〇屋台
山田つとむ「さあ、飲んで・・・飲んで・・・」
伊藤正彦「あっ、どうも・・・」
山田つとむ「辛い気持ちもわかるが・・・馬鹿な事をしちゃダメだよ・・・」
伊藤正彦「ん? 何の話ですか・・・?」
山田つとむ「辻斬りなんて目立ちたくてやったんだろ?」
伊藤正彦「違います・・・僕はですね・・・悪代官になってこの世のあらゆる悪行の限りを尽くしたいんです・・・」
山田つとむ「悪代官!?」
伊藤正彦「僕が悪代官になろうと決めたのは子供の頃に見た時代劇の影響です・・・帯を引っ張って女中をクルクル回す姿は衝撃でした・・・」
伊藤正彦「いつか僕もあんな事が出来たらと・・・今は悪行を重ねる修行中です・・・その一環が辻斬りだったのです・・・」
山田つとむ「・・・・・・・・・」
  ようやくわかった・・・この子は少し頭の弱い子なんだ・・・本気で悪代官になれると信じている・・・だからこの格好なんだ・・・
山田つとむ「き、君はいくつなの・・・?」
伊藤正彦「31歳です・・・もういい年ですが決して夢は諦めません!!」
  夢を追い求める宣言は威風堂々とをしている・・・しかし、それは夢ではなく幻想だ・・・
山田つとむ「働いた事はあるの・・・?」
伊藤正彦「働くなんて悪代官には無意味です!!」
山田つとむ「・・・・・・・・・」
  多分、意欲はあってもその格好ではどこも雇ってくれないだろう・・・
山田つとむ「収入が無くてどうやって生活してるの・・・?」
伊藤正彦「親の金です・・・親の脛をかじって生きています・・・これも悪行を重ねる修行です・・・」
  私はこの子を何とかしなくてはと使命感が沸いた・・・親も何も言わなくなった所をみると諦めてしまったのだろう・・・
  しかし、この子をこのまま放っておくと社会には悪影響だ・・・親が居なくなり現実を知った時、何をするかわからない・・・
  しかし、私は関わらない事に決めた・・・こういう人間に関わると碌な事にはならない・・・

〇オフィスのフロア
伊藤正彦「拙者、伊藤正彦と申しまする・・・ 山田つとむ殿はおられるであろうか?」
山田つとむ「き、きみぃ・・・何しに来たの・・・!?」
  昨日の彼がなぜか職場に現れた・・・しかも昨日は使って無かった武士の様な言葉を使っている・・・
  私は職場で注目の的ととなった・・・職場の同僚たちが訝しげな顔でこちらを見ている・・・
伊藤正彦「昨日は世話になり申した・・・昨日の礼をしたいと思うておりまして・・・」
山田つとむ「君、昨日はそんな話し方じゃなかったじゃん・・・」
伊藤正彦「ハハハハハハ・・・そうでしたのう・・・」
  嫌な予感がした・・・礼がしたいというのは仕事を手伝うとかじゃないだろうか・・・?しかしどうして私の職場がわかったのか?
山田つとむ「ところでどうして私がここに居るってわかったの?」
伊藤正彦「昨晩から付けておりました・・・」
山田つとむ「え~っ!」
  やはりこんな人間に関わるべきでは無かった・・・訳のわからない人間は常識では考えられない事をする・・・
山田つとむ「じゃあ、私の家とかも知ってるの?」
伊藤正彦「もちろんでござる・・・」
山田つとむ「もちろんでござるって・・・それで礼がしたいっていうのは?」
伊藤正彦「実はですな・・・我が家に山田様をお迎えしたいと思いまして・・・」
  このままでは私は彼にずっと付き纏われると思った・・・家に招かれて両親に事を説明し説得して貰おうと考えた・・・
山田つとむ「わかったよ・・・伺います・・・」
  こんな訳の分からない人間に家まで知られているのだ気が気ではない・・・
  まともな親御さんなら彼を私に近づけないようにしてくれるはずだ・・・

〇一軒家
伊藤正彦「さあ、どうぞこちらへ・・・」
  私は招かれて彼の家にやってきた・・・そこは思っていたのとは違って普通の一軒家だった・・・
  彼の身なりから想像すると武家屋敷の様な所に住んでると思っていた・・・普通であった事に少し安堵した・・・
伊藤正彦「父上、母上・・・客人をお連れいたしました・・・」
正彦の父「良くお越しに・・・正彦の父です・・・」
正彦の母「正彦の母です・・・」
  私の希望は音を立てて崩れ去った・・・世間を知らない可哀そうな家族だった・・・

〇古めかしい和室
正彦の父「息子が世話になったそうで・・・」
山田つとむ「は、はあ・・・」
  私はこの両親がまともに話ができる人物かを探っていた・・・正彦と同じなら何を言っても聞く耳は持たないだろう・・・
山田つとむ「ご両親まで何故そんな格好を・・・」
正彦の父「父上は越後屋だと言われました・・・」
山田つとむ「え、越後屋ですか・・・?」
正彦の父「実は正彦・・・可哀そうな子でして・・・」
  それはわかっている・・・頭の弱い可哀そうな子だというのだろう・・・
正彦の父「病気で先が長くないのです・・・」
山田つとむ「えっ!」
  意外な話だった・・・あんなに元気に見えるのに・・・
正彦の父「残りの人生は息子の好きに生きて貰いたいと思っております・・・」
山田つとむ「それで息子さんが望んだ通りに、そんな格好を・・・」
正彦の父「貴方には迷惑をかけてると思いますが、何とか正彦に付き合って頂けないでしょうか?」
  返答に困る話だった・・・息子を私に近づけないように両親を説得しに来たのに・・・
山田つとむ「私が力になれる事なんて無いと思いますが・・・」
正彦の父「話を合わせてくれるだけで良いんです・・・悪代官なんてなれないと息子も薄々は気が付いてる筈です・・・」
  私には何のメリットもない不都合な話だ・・・話を合わせるだけと言っても彼がしつこく付き纏う様なら迷惑でしかない・・・
山田つとむ「お願いがあります・・・息子さんを私の職場や家にはあまり来させないで頂きたい・・・」
正彦の父「わかりました・・・正彦には職場や家にはいかないように話しておきます・・・」

〇オフィスのフロア
伊藤正彦「こんにちわ・・・山田殿は居られますか・・・?」
  しかし正彦は毎日の様に職場に現れた・・・私はいい加減ウンザリしていた・・・
  職場に来ては何をする訳でもなく私の仕事っぷりを眺めている・・・そして私が退社する時間に一緒に帰って行く・・・
山田つとむ「正彦君・・・毎日、職場に来られても困るのだけど・・・」
伊藤正彦「申し訳ござらん・・・」
伊藤正彦「山田殿が働いている姿を見るのが楽しくて・・・つい・・・」
  正彦は働いた事が無い・・・働く人間の姿を見るのが新鮮なのだろうか・・・?
伊藤正彦「しかし今日が最後でござるよ・・・拙者、入院することになったでござる・・・」
  入院することは気にならなかった・・・正彦が病気であることは聞いている・・・
  正彦の今日が最後だと言った言葉が気になった・・・もしかして自分の死期を把握しているのだろうか・・・?
山田つとむ「ああ・・・そうなんだ・・・」
  気にはなっても私は疑問を投げかける事は出来なかった・・・

〇葬儀場
  暫く音沙汰が無かったが正彦の父親から息子が亡くなったと急に連絡が入った・・・私は最後の別れをするべく葬儀場に出向いた・・
  参列者は身内ばかりなのか、ごく少数で行われていた・・・棺の中の正彦は満足そうな顔をしている・・・
  目指していた悪代官に近づく事は出来たのだろうか・・・関りは少なかったが私は悲しみに暮れていた・・・
正彦の父「参列ありがとうございます・・・」
山田つとむ「これはご丁寧に・・・」
正彦の父「貴方には何とお礼を申し上げたらよいか・・・」
正彦の父「貴方に出逢えてから正彦は見違える程、別人の様になりました・・・」
正彦の父「以前のあの子は病を知ってからいつもどんよりとして感情も出さない人間になってしまいました・・・」
正彦の父「自分の我が子ながらまるでロボットの様で不気味だった・・・しかし貴方に会ったあの日、正彦は笑顔で帰って来たのです・・・」
山田つとむ「えっ!」
  私は彼に何かをした覚えは全くない・・・
正彦の父「覚えてませんか・・・? 正彦は自分と同じ人間がいると言ってましたよ・・・」
山田つとむ「もしかして・・・タイムスリッパーと言った事が・・・」
  彼に最初に出逢った時、私は疑いも無くタイムスリッパーかと尋ねた・・・
  異世界小説の好きな私は物語に出てくるタイムスリップが実在したらと考えていた・・・現実にあっても可笑しくは無いとも・・・
  それは私にもあり得ない事を信じる思いがあり正彦は通じるものを感じたのだろうか・・・?
正彦の父「正彦にとって貴方は心のよりどころだったのでしょう・・・」
山田つとむ「悪代官か・・・」
  そう言えば彼の悪代官になるという夢を否定した事は無かった・・・私もどこかで通じるものを感じていたのかも知れない・・・
正彦の父「正彦が最後に貴方に渡してくれと・・・」
山田つとむ「これは・・・」
正彦の父「正彦がいつも腰に差していた竹光です・・・」
  手渡された竹光はいつも正彦が腰に差していたものだ・・・良く見ると鞘には小さく文字が刻み込まれている・・・
  『残りの人生、道化を演じきってみせよう』
  正彦は自分が道化だと知っていた・・・死んでゆく自分が暗く落ち込んだ様子を見せると周囲も巻き込まれる・・・
  自分が滑稽な出で立ちで道化を演じる事で周囲を巻き込まんとしたのではないだろうか・・・?
  正彦の胸の内は今となってはわからない・・・
  しかし来世では正彦が悪代官になっていることを強く願った・・・
  END

コメント

  • 「道化を演じる」という言葉が切ないですね。自分の死期が近いことを知り、家族を心配させないための彼なりの配慮でもあり、自分でも何か突拍子もないことでもしてないと心の安寧が保てなかったのかもしれないですね。山田さんとの出会が人生の最後の時間に少しでも彩りを添えたのなら良かった。どんな願望も一人で達成することに意味はなく、誰かに理解してもらうことが大切なんだと実感しました。

  • 悪代官を志すなんて、って笑いながら見ていたら感動ストーリーに変わっていて感情の変化が追いつきません!笑
    二人のやりとりにお互いの優しさが詰め込まれておりとても良いお話でした!

  • 究極の願望達成は、死期のせまった人間をこんなにまで満たされた気持ちにするものなのでしょうね。私達は生きる前提で自らの夢を語るけれど、死ぬことを前提としてみれば、それはまた違う夢を生むのかもしれませんね。

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