〇レトロ喫茶
　　退院日の少し前、再び外出届けを出して、ケンさんと「春近し」へ行った。岡田さんにも来て頂いた
　　ナナさんと、みあの話をするために。私だけではうまく話せそうになかったから
　　それと、みあを知る第三者が必要だったから。嘘のような本当の話
　　みあと猫のリサの事を話し合うために
　　マスター達もお店を早めに閉めて、話に加わってくれた

〇レトロ喫茶
　　話は夜になっても終わらなかった。病院には急遽、外泊届けを無理やり申請した。外泊先をカモミールにして
　　猫が人間に変わって過ごしていたという、まったく信憑性のない話
　　しかしリサとみあを知る私達の会話は、おどろく程かみ合っていた。
　　唯一聴いてなかった話は、ナナさんがギターを弾ける事だけだった

〇ソーダ
なな「あの子は覚えてなかったのね。無理もないかも。あの子がまだとても小さかった頃に、楽器を弾く事はやめたから」
アリサ「なんで弾くのをやめてしまったの」
　　昔の事のはずなのに、まるでつい最近あった事のように、ナナさんは話をしてくれた

〇神社の本殿
　　あの子はお寺で暮らしていた地域猫が産んだ子なの。耳に切れ目があった親猫。誰もが去勢手術をしていたと思っていたんだけど
　　そこの住職と私の父が友達でね、子どもを引き取ってほしいと言われたので、皆で見に行ったの
　　小猫は５匹。４匹の猫は茶色と白が入った色をしていたのに、あの子だけが白１色。私はこの子だって思ったの

〇おしゃれなリビングダイニング
　　小猫のリサもとても可愛かったけど、好きだった音楽も毎日かけてたの
　　その時に音楽を聴くリサを見て、この子も音楽が好きなんだって、すぐにわかったの
　　だから私のギターも聴いてもらおうと思ってね
　　とても興味をもったみたいで、私のすぐ隣に座って聴いていたわ

〇風
　　でもある時、リサが私とギターの間に入りこんできて。私はそんなリサも可愛かったから、そのまま弾いていたの
　　そしたら、リサも手を出して弦を引っ掻いて。でも猫のリサの手には爪があるから・・・
　　ギターの弦が切れてね、その弦が私の顔に当たって、当たったところからは少し血も出たの
　　そしたらあの子、凄く悲しそうな声で、ミャー、ミャーって私に謝るように泣いて
　　きっとあの子も弾きたかったんだろうけど、それが出来ない猫のリサ。それにあんな謝り方されたから
　　その日から、自分で楽器を弾くのはやめて、リサと一緒に聴く事だけを楽しむようになったの

〇レトロ喫茶
なな「再び弾き始めたのは約１年前から。でも始めたのはピアノ。リサが亡くなって２ヶ月後くらいかな。改めて習い始めて」
なな「ピアノだったら一緒に楽しめたんじゃないかなって思って」
なな「元々ギターを弾いていたからって、背伸びしてカーペンターズの「yesterday once more」から始めたんだけど」
なな「難しかったなぁ。でも、その頃からかな、ピアノの練習をすると、どこかでリサが聴いているような気がしてね」

〇レトロ喫茶
なな「あのーリサ、じゃなくて、みあさんの写真とかってないかなぁ。どんな顔か見てみたいわ」
　　みあの写真は皆のスマホに入っていたので、皆がスマホを取り出して探し始めた
アリサ「これ、最後の日に私が撮った写真なんだけど」

〇車内
　　それは本人にせがまれて車内で撮った、インディゴガールズのCD「SWAMP　OPHELIA」と一緒に撮った写真だった

〇レトロ喫茶
なな「猫のリサとは全然見た目が違うけど、間違いないと思う、みあさんはリサよ」
なな「実は私も同じCDを持っていて、まったく同じポーズをしている写真を旦那に撮ってもらっていたの。見ますか？」
　　そう言ってナナさんは自分のスマホに入っている、その写真を見せてくれた
アリサ「なぜリサさんは、みあになってやってきたんだろう」
　　リサとみあが同じだというのなら、どうしてそんな事になったのか、改めて疑問に思った。多分それは皆一緒だと思うが

〇幻想空間
なな「さぁ、猫は気まぐれだから」
なな「でも本当に猫だったのかな？馬鹿みたいな話だけど、黒猫は魔女のパートナーなんでしょ？」
なな「だったら白猫のリサは、天使の使いだったんじゃないかな？適当な話だけど。みあは天使の仕事、ちゃんとやってましたか？」
　　そう言われれば、みあは音楽を通じて、色んな人に楽しい気持ちを与えてくれていた
　　他の皆も、どこかに心当たりがあるようだった
　　その日の時間では話が足りなかったため、私達はまた集まる約束をして、その日を終えた

〇レトロ喫茶
　　私の退院後、さっそくみんなで集まった。いつもの「春近し」で。お店の方は休業にしてもらった
　　その日はナナさんの旦那さんやご両親もやってきた
　　ナナさんについて、雪乃には全部伝えたが、ミモザは混乱すると思ったから、みあのご家族と伝えてあった。
　　みあが記憶喪失だった事にして

〇レトロ喫茶
ミモザ「みあさんのご家族さんですか。私はミモザです。みあさんのお友達でした」
　　ナナさんのご両親や旦那さんは、私達の事を事前にナナさんから聴いていた
　　知的に障がいのあるミモザ、聴覚障がいの雪乃、うつ病の私の事も。でもご両親と旦那さんは、私達を偏見なく見てくれた
　　雪乃は画用紙に自分の事を事前に書いていて、それをご両親に見せていた
　　そして私も、自身の「うつ病」について
　　伝えた
　　少し前まで入院していた事、そこでナナさんと出逢った事も

〇ポリゴン
　　ナナさんのお母さんが不思議そうな顔をしていた
お母さん「あのー、アリサさんのお母さんって、もしかして保母さんの仕事をしていなかった」
　　亡くなった母は、確かに保育士として働いていた。でも何でナナさんのお母さんが知っているのか
お母さん「アリサさんと似ていたから。名前は梓（あずさ）さんよね」
アリサ「そうですけど・・・何で知っているのですか？」

〇ゆめかわ
お母さん「ナナが保育園の時の先生。絵描き歌が上手でね。ナナはその影響で音楽を始めたのよ」
なな「えっ私？でも確かに・・・絵描き歌の先生・・・少しだけだけど覚えてる」
お母さん「だけどしばらくして、急にお仕事を辞めて、実家の方へ戻ったとか。多分あなたを身ごもった時かも」
　　少し混乱したが、そういえば私は絵を描くことの楽しさを母から教えてもらっていた
お母さん「でも梓さん、亡くなってしまったのね」
お母さん「梓さんはナナに音楽を教えてくれた先生。天使になったリサちゃんも、その影響を受けてたんでしょ。きっと何か縁があるのね」

〇レトロ喫茶
　　一人ぼっちになって辛かった私。お母さんの力なのか、みあの力なのかはわからない。でも私は、ずっと助けられていた
　　それに一人ではなく、仲間もたくさん増えていた。
　　天使なんて誰かの作り話。これからもきっとそう思う。みあはそんな特別な存在じゃない
　　でも、みあはリサだったのだとは思っている。それが「みあとリサ」だから。後は私達がどう受け止めるかだけの問題なのだ

〇レトロ喫茶
　　みあがいなくなってからは、みあの話していると、いつも誰かが泣いていた。全員泣いてる日も多かった
　　でも、今日は割と笑顔も多く話せている。猫のリサと人間のみあの話
　　みあっぽいところに、優しい気持ちを感じたが、猫っぽかったところには、改て納得が出来て、そこがとっても可笑しかったから
　　猫のリサだったみあ、突然消えた事が、みあだからそうなんだと、変に受け止められるようになってきた

〇レトロ喫茶
なな「あの布が被っているのが、みあの弾いていたオルガンですか」
なな「ちょっと弾いてみたいんですけど」
　　パパマスターは笑顔でうなづき、布を外した。久しぶりのオルガンは、どこか皆に会いたかったように光沢を見せていた
　　ナナさんは、オルガンの椅子に座ると、笑顔で雰囲気を味わっていた
　　数分後、スッと目を閉じた
なな「今の気分は・・・そうね、ジャニス・イアン「WILL YOU DANCE」かな」
　　そう言ってナナさんはオルガンを弾き始めた。歌もそえて
　　その音楽を聴いて、みあの築いた仲間達は、全員確信した。ナナさんがみあのお姉さんに間違いない事を