優しい手

じゃぁっく

読切(脚本)

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〇空
  終戦を迎えた。
  生物兵器を操り世界征服を目論んだ組織と、それに立ち向かった戦士たちの争いである。
  異形の姿を持つ生物兵器に恐怖した人々は彼らをこう呼んだ
  怪人。

〇開発施設の廊下
  終戦後、組織の施設は大国に押収された。
ダージ「怪人は全て殲滅しろ!」
  部隊を率いるダージ大佐の声が廊下に響く。
  彼は怪人に家族を殺された事で怒りに駆られていた。
レベッカ「待って下さい!洗脳処置がまだの個体は条約に基づき・・・・・・」
ダージ「条約だと?あんなもの律儀に守ったところで、怪人共はサンプルとして貴様らの研究機関に回されるだけではないか」
レベッカ「それは・・・・・・」
ダージ「一思いに殲滅してやった方が奴らも喜ぶだろう」
レベッカ「っ・・・・・・」
ダージ「いいな!一匹足りとも残すな!」
デニス「はっ!」
レベッカ「(戦いはもう終わったのに)」
  かつて戦士たちと共に戦っていた政府研究機関所属のレベッカはアドバイザーとして本作戦に同行していた。
レベッカ「(行き過ぎた正義は独善的な悪でしか無いという事が、何故分からないの?)」

〇手術室
ダージ「居たぞ!包囲しろッ!」
  善悪も己の存在意義すらも知らぬ無垢な怪人を、武装した兵士が取り囲んで駆除する。
「ぐぁぁ」
  それは痛みを感じている声に聴こえた。個体によっては命乞いのような動作すら行う怪人さえも居る。
  肉片が飛び散り、血と体液とも似つかぬ液体が施設と兵士たちを汚した。
デニス「(相手は怪人だ。なのに何故心が苦しい)」
デニス「(引き金にかけた指が、鉛のように重たい・・・・・・)」
連合国兵士「おっと、逃しゃしねェよ」
「ぐがぁ」
  しかし兵士一人が躊躇ったところで他の誰かがトドメを刺す。
デニス「(これじゃあどっちが正しいのか)」

〇牢屋の扉(鍵無し)
連合国兵士「クリア!」
  兵士たちが地下の房を一つ一つ見て回っている。
  中に怪人が居た場合は
連合国兵士「クリア!」
  排除される。
デニス「(頼む。居ないでくれ)」
  デニスは房をそっと足で押し開けた。
  ・・・・・・
  中には一体の怪人が居た。退屈そうに床に座り込んで居たが、兵の姿を見るなり飛び跳ねながら声を発した。
?「が、ががが!」
  その声は幼く、素振りはまるで子犬のようだ。彼を遊び相手と思ったのか、扉付近まで近寄ろうとする。
デニス「(なんでいるんだよ)」
?「がが、あがが!」
  房の前で立ち尽くすデニスを不審に思ったダージが声を掛けた。
ダージ「何をやっている貴様?」
デニス「あ、いえ、その・・・・・・」
?「あーががあ?」
  怪人は首を傾げる。
デニス「ッ、ごめんよ」
  彼は小声で呟いた。
  弾を撃ち尽くすと、デニスは鈍い金属音を立てながら房の扉を閉める。
デニス「・・・・・・クリア」

〇大きい施設の階段
レベッカ「は?」
レベッカ「それで良いんですか!?彼らだって、利用されていただけで!」
レベッカ「・・・・・・了解しました」
レベッカ「(武器には湯水のように金を出す癖に、人道的支援には資金を渋るクズ共め)」
  怪人は生み出された後に洗脳処置を施す事で任務遂行が可能な兵士となる。
  処置が施されていない段階では大型犬の子犬程の知性しか持ち合わせていない。決して自ら進んで人間を襲おうとはしないのだ。
  彼女はそれを知っている。故に怪人を救おうと奮闘している。しかし、世は怪人への理解が無かった。
  ダージ大佐が行った掃討作戦を上層部は黙認。サンプル回収は施設と死体からで充分と判断された。
レベッカ「(なんとか一体だけでも)」
  そんな苛立つレベッカの元へ一人の兵士が近付いて来た。
デニス「あの」
レベッカ「・・・・・・あぁ。もう片付いたんですか?」
デニス「いえ。自分も、心苦しくて」
レベッカ「そうでしたか。軍があなたみたいな人だけならもう少しはマシな結果になったかも・・・・・・」
デニス「えっと、それでお願いが」
レベッカ「ん?」
デニス「おいで?」
?「あがっ?」
レベッカ「怪人!?」

〇牢屋の扉(鍵無し)
デニス「房でこの子を見付けたんですけど、自分には出来なくて。それで、部隊が地下区画を制圧しに行った隙に連れ出そうと」

〇大きい施設の階段
レベッカ「そうだったんですね・・・・・・」
デニス「あなたなら、この子を助けてくれるんじゃないかと思って」
レベッカ「っ・・・・・・」
?「あが?」
レベッカ「この子は、私が責任を持って保護します」
デニス「良かったぁ。ありがとうございます!」
レベッカ「直ちに収容の手配を行います」
デニス「いっけね!自分は下に戻らないと」
?「あ、あががぁ?」
デニス「また、どっかで会えるよ」
?「あがぁ・・・・・・」
デニス「・・・・・・元気でな。お前は怪人じゃなくて、ヒーローに成長しろよ?」
?「あーがー・・・・・・?」
レベッカ「至急待機中の輸送機への収容を願います」

〇秘密基地のモニタールーム
  地下区画に集結している部隊にデニスは合流した。
ダージ「貴様。今まで何処に居た?」
デニス「房に生き残っていた怪人を掃討しておりました!」
ダージ「・・・・・・」
ダージ「まぁいい。よし、これからこの区画のデータを吸い出・・・・・・」
連合国兵士「ご報告致します大佐!」
ダージ「どうした?」
連合国兵士「無線によりますと、上空で待機していた輸送機が怪人一体をサンプルとして回収したとの事です・・・・・・」
ダージ「なんだと!?」
デニス「っ・・・・・・」
ダージ「貴様ぁ」
デニス「自分は正しいと思った事を・・・・・・」
連合国兵士「た、大佐!?」
ダージ「命令に従わん兵など必要ない」
デニス「ッ、く・・・・・・」

〇宇宙船の部屋
  それまで輸送機の中で大人しくしていた怪人が突然鳴いた。
?「あ、あががぁ!」
レベッカ「どうしたの?」
  怪人が何を訴えているのか彼女には分からない。
レベッカ「大丈夫よ。ここは安全だから」
?「あが・・・・・・」
  二人の視線が静かに空中で交わる。レベッカは怪人の手を優しく握ると微笑みかけた。
?「あががっ」
レベッカ「痛ッ・・・・・・!!」
研究機関職員「お前急に何しやがる!」
  レベッカの手を握り返した怪人だったが、その握力はいとも簡単に彼女の骨にヒビを入れた。
?「あ・・・・・・あがが・・・・・・」
  怪人は明らかに狼狽えている。そして申し訳無さそうに声を漏らす。
レベッカ「ッ。大丈夫。あなたは何も悪くないわ。私がちゃんと人間と共存する為の生き方を教えてあげる」

〇白
  交渉の末、怪人はレベッカによって引き取られ、彼女の監督の元人間社会で生活する事になった。
  それから半年後。

〇高級マンションの一室
?「あが」
レベッカ「おはようあーちゃん。今日もご機嫌ね」
アーガ「あががっ」
  怪人はレベッカによってアーガと名付けられた。
  アーガは声帯を損傷しており正確な言葉を発する機能を失っていたという。
レベッカ「今日は一週間ぶりに外出許可出たからね。どこ行こっか?」
アーガ「あがっ!」
レベッカ「海か。あーちゃん好きだもんね」
  レベッカはアーガとの生活を通して彼が訴えかけている事を何となく理解出来るようになっていた。
アーガ「あががっ」
  アーガもまた、自分と接してくれるレベッカの事がたまらなく好きだった。
  二人は強い絆で結ばれた主人と愛犬のような関係になっていた。

〇車内
レベッカ「ごめんねあーちゃん。本当はもっと外に連れて行ってあげたいんだけど」
  信号待ちをしているレベッカはハンドルから片手を離すと、助手席に座ってるアーガへ手を伸ばした。
アーガ「あがが!」
  アーガは彼女の手を優しく握り込む。
  レベッカとの生活を通じて、アーガは人間が自分と違い繊細で脆い存在である事を知った。
  人間と触れ合える優しさをアーガは学んだ。
レベッカ「あーちゃんの手大きいよね」
アーガ「あががが」

〇街中の道路
「あれ怪人じゃない?」
「ほんとだ」
「早くどっか行けよ」

〇車内
  歩道の声がアーガには痛かった。詳しい内容は分からないが、自分を批難している事は容易に理解出来た。
アーガ「あが・・・・・・」
レベッカ「あーちゃん」
アーガ「あがが?」
レベッカ「人間は理解出来ないものを怖がって遠ざけようとする臆病な生き物なの」
レベッカ「でも、あーちゃんが優しいって皆に知ってもらえればきっと皆あなたの事を好きになってくれる」
レベッカ「だからね・・・・・・」

〇車内

〇車内
  一瞬だ。
  車体が大きく揺れたと同時に車のフレームが異音と共に曲がった。
  砕けた窓ガラスが弾丸のように車内に舞う。
アーガ「あが・・・・・・?」
  アーガは動けなかった。自身の身体を押し潰された車体が覆っていたからだ。
  彼は怪力でそれらを退かすと、直ぐにレベッカの方に視線をやる。
アーガ「あ・・・・・・あが・・・・・・」

〇車内
レベッカ「あ、あーちゃん・・・・・・」
  彼女は血まみれだった。皮膚にガラス片が突き刺さり、腹部から下は変形したダッシュボードに抉られている。
アーガ「あっ、あが」
レベッカ「だいじょ、ぶ」
  喋るのも苦しそうだ。アーガはレベッカを覆う車の破片を退かそうとするが、彼女に制止される。
  アーガの手をレベッカの血まみれの手が包んだ。
レベッカ「私がいなくても、優しいあーちゃんでいてね・・・・・・」
アーガ「あっ、あ・・・・・・」
  レベッカは静かに眠りに着いた。
  波を流す機構が備わっていないはずのアーガだったが、視界が酷く歪んでいる。
  嗚咽し、喪失感に震えていた。

〇街中の道路
  レベッカの運転していた車と衝突し、大破させた装甲車から降りてきたのはダージだ。
アーガ「あが!?」
ダージ「お前は特殊個体らしいんでな。怪人殲滅の為の新技術開発に利用させて貰う」
ダージ「大人しく渡せばいいものを、あの女は何度も拒みやがった。アイツが死んだのは自業自得だな」
  ダージの言葉を聞いたアーガは湧き上がる殺意のまま地を蹴り飛び掛った。

〇街中の道路
アーガ「あ"あ"あ"あ"ッが」
ダージ「ぐ、この、化け物がッ」
  ダージはアーガによって地面に組み伏せられた。馬乗りにされダージは顔面を殴られている。
  ダージは脚部に備わったホルスターから自動拳銃を取り出すと至近距離より発砲した。
アーガ「あ"?」
  しかしアーガの前では無力だった。
  アーガは右手を力いっぱい握り込むと思い切り振り被った。
ダージ「うわぁぁぁ!」
  その時である。

〇街中の道路
「助けて・・・・・・」
  その声をアーガの聴覚はしっかりと捉えた。
少女「助けて」
アーガ「あが!?」
  装甲車との接触に巻き込まれた別の車から少女が必死に声を上げている。
  アーガは一寸ダージを睨むも、相手は既に気絶していた。

〇黒背景
デニス「ヒーローに成長しろよ」
レベッカ「優しいあーちゃんでいてね」

〇街中の道路
アーガ「・・・・・・」
アーガ「ァガァァァァ!」
  彼は吠えると憎しみを殺し、幼き命を救う為に走った。
少女「か、怪人!?」
アーガ「ぁあがっ!」
  アーガは窓ガラスから手を伸ばすと少女とその奥で気を失う少女の母親を引き摺り出した。
少女「ぁ・・・・・・っ」
  少女は圧倒されている。自身を助け出した目の前の怪人に恐怖していた。
アーガ「・・・・・・あが」
  これ以上少女を怖がらせたくない。その思いから彼はその場から立ち去ろうとした。
少女「待って!」
  踵を返したアーガの手を少女が掴む。
  優しい手だ。
アーガ「あが・・・・・・?」
  怪人に臆することなく勇気を出して少女は告げた。
少女「ありがとう!」
  その瞬間彼は胸の内側に何か暖かいものが沸き立つのを覚えた。
  ただ作られ、実験を受け、忌み嫌われ。心を通わせてくれた人は奪われた。
  無敵の身体を持ちながら傷を負った彼だったが、今確かに少女によって何かがもたらされた。
アーガ「あ、」
アーガ「あーがと・・・・・・」

〇空
  親子を救出したアーガは一躍ヒーローになった。
  彼は怪人である事を受け入れ、亡くした人たちの思いを胸に人間の為に生きる事を誓った。
  人間を助け、人間と怪人との架け橋となる彼の事を人々はこう呼んだ
  介人。

コメント

  • レベッカやデニスが差し伸べた優しい手によって助けられた怪人が、今度は人間に優しい手を差し出せる立派な介人になったなんて。「アーガト」というセリフには胸が一杯になりました。ストーリー展開や構成も素晴らしかったです。

  • とても素敵な作品でした!
    生物兵器モノとして王道な脚本ながら、主人公の怪人がラストシーンで初めて喋る“言葉”に最高の感動があると思います。
    1つのセンテンスが長めなので自動タップだと追いきれないかも…ぜひ1回1回を噛みしめながらタップして欲しい物語です!
    もっと多くの人に読んで欲しい!

  • 本当の強さ、優しさとは何かを問いただしてくれるようなお話でした。強さは誰かからの優しさで生まれ、こうしてその連鎖が続くことは理想です。途中から彼が怪人だということを忘れるほどでした。

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