糠星に聖なる願いを

眞石ユキヒロ

家族のありよう(中編)(脚本)

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〇ダブルベッドの部屋
  懇願するような表情のツカサが、至近距離で俺を見つめる。
三ツ森ツカサ「だから・・・・・・この続きをちゃんと教えてくれよ」
  言っている意味がわからない。理解したくない。
   それなのに全身の体温の上昇を感じる。
三ツ森ツカサ「このあとキスするんでしょ。で、服脱がすんだろうなっていうのは想像つく。 でも、そのあとがどの漫画でも大体ぼかされててさ」
三ツ森ツカサ「そのぼかされてる部分、絶対知ってるでしょ。 教えてくれよ、祐護さん。俺、頑張るから」
三ツ森ツカサ「俺が頑張れば、祐護さんは、きっと・・・・・・」
  ツカサの指が俺のパジャマの裾を握る。
   嫌でもツカサの言葉を噛み砕かざるを得なくなる。
  自分が何を言っているのか本当に理解しているのか、ツカサは。
見藤祐護「ツカサ、後悔は先に立たない。 ・・・・・・今のはよく考えた上での発言か?」
三ツ森ツカサ「考えるだけでどうにかなることじゃないから言ったんだろ」
見藤祐護「そんな言い方でごまかすなら、俺は絶対に教えないからな!」
  ツカサを押し返しながら叫ぶと、寝不足の頭に自分の声が響いてクラクラした。
見藤祐護(なんてやりとりをしているんだろう、今日の俺たちは)

〇L字キッチン
  向かい合って食べる冷えた朝食。
   説明するまでもなく、言葉はない。
見藤祐護(誕生日を祝うどころじゃなくなってしまった)
見藤祐護(ケーキ作りはもちろんやるつもりだけど。 ケーキの口移しを頼まれた場合は・・・・・・)
  今、俺は何を考えた?
見藤祐護「そんなことあるか!」
三ツ森ツカサ「何が?」
見藤祐護「な、何でもないから!」
三ツ森ツカサ「ああ、そう・・・・・・」
  今だけは素っ気ない態度に感謝する。
見藤祐護(余計なことは考えるな。 俺はただケーキを作って誕生日プレゼントを渡せばいい)
見藤祐護(毎年のようにやっていることだし、今更、意識することでもない。 家族みたいなモノだし、兄弟みたいなモノだし)
  ぐるぐると十回は同じことを考えながら、ゆっくりと朝食を咀嚼した。

〇L字キッチン
  事務的に家事を終わらせた俺とツカサはスポンジを冷ましつつ、生クリームを泡立てていた。
  ツカサが生クリームの入ったボールを両手で固定して、俺がハンドミキサーでかき回す。
   その間も、やっぱり無言。
見藤祐護(このまま一緒にいても気まずいだけだ。 体調も良くないし、昼食を食べたら部屋で一人になろう)
見藤祐護(そういえば机の上にアスターのぬいぐるみを出しっぱなしだった気がする。 プレゼント用の袋を用意しないと)
見藤祐護(受け取ってもらえる自信が、今はないけど)
見藤祐護(それにしても、色々予想外のことがあったとはいえ、本当に今回は段取りが・・・・・・)
見藤祐護「ひゃっ!!」
  泡立つ生クリームがボールから飛び跳ねて、俺の首に飛んできた。
   ひんやり柔らかくて、なんだか背筋がぞわぞわする。
三ツ森ツカサ「祐護さんってどうしようもなくドジな時あるよな。 俺にかまってほしくてやってる時とかあるのか?」
三ツ森ツカサ「・・・・・・なら、取ってやるよ」
  ツカサがボールから手を離して、親指を俺の首に近づける。
見藤祐護「いっ、いいから! 俺はイチゴ切っておくから、残りはツカサ一人でやって!」
  ツカサに電源を切ったハンドミキサーを押しつけて、タオルで雑に首を拭う。
  まな板の上の包丁を手に取った瞬間、昨日のツカサの発言が脳裏によみがえった。

〇L字キッチン
三ツ森ツカサ「指、なめてあげるから包丁置いて!」

〇L字キッチン
見藤祐護「いぃっつ!!」
  手から力が抜けて、包丁を落としてしまった。
   庇おうと動かした左手の指が二本切れ、血がにじんだ。
見藤祐護(昨日は一本切って、今日は二本切るって・・・・・・)
  本当に何をやっているんだ、俺は。
三ツ森ツカサ「祐護さんが本当にドジなのはわかってるから落ち着けよ!」
見藤祐護「ドジとかではないよ!ちょっと色々考えてただけだから。 ・・・・・・バンドエイド貼らなきゃ」
三ツ森ツカサ「指、貸してくれよ。俺が貼るから!」
  ツカサがハンドミキサーを置いて、食器棚の引き出しから消毒液とバンドエイドを取り出した。
見藤祐護「舐めたりしない?」
三ツ森ツカサ「祐護さんの余計なドジを誘発しそうだから今はやめとく」
見藤祐護「・・・・・・ああ、そう」
三ツ森ツカサ「もしかして・・・・・・なめてほしかった?」
見藤祐護「ばっ、バカ!そんなわけ!」
見藤祐護(・・・・・・そんなわけ、ない、よな?)
  ツカサが俺の手を取って、傷を消毒してバンドエイドを巻いていく。
見藤祐護(ごく普通の家族のありように、なんで寂しさを感じるんだ)

〇ダブルベッドの部屋
見藤祐護(昼食はツカサに作ってもらった。 それどころか晩餐までツカサに作ってもらうことになった)
見藤祐護(そして今はベッドに転がっている。 落ち着かない、全然落ち着かない)
見藤祐護(ツカサがいると落ち着かない。 ツカサがいなくても、ツカサのことを考えて落ち着かない)
見藤祐護(いっそツカサの誘いに乗って特別な関係になってしまえばすべてすっきりするんだろうか)
見藤祐護(・・・・・・そんな最低な解決法、思いつくだけで卑怯だ。 自分が恥ずかしい)
  コンコンッ。
  ノックの音に心臓がはねる。叫びそうになる口を両手で押さえた。
見藤祐護「・・・・・・どうぞ」
三ツ森ツカサ「祐護さん、ちゃんと寝てる? 一晩寝てなかったとかそういうことはもっと早く言ってくれよな」
三ツ森ツカサ「気づけなかった俺も悪いけどさ・・・・・・。 あんまり無理すんなよな」
見藤祐護「・・・・・・ごめんね、今日に限って情けないことばっかりで」
三ツ森ツカサ「何の話だよ? 祐護さんはいつもそんな感じだろ?」
見藤祐護「ツカサから見て、俺っていつもここまで情けないのか?」
三ツ森ツカサ「違うよ、俺の前では大体油断してるっていうか、俺に気を取られてるっていうか」
三ツ森ツカサ「祐護さんって、本当に俺のこと好きだよな」
  頬がかあっと熱くなって、思考がひどく混乱した。
   どういう返事が正しいのかわからない。
三ツ森ツカサ「そこで黙んなよ! くっそ!また照れてきた・・・・・・」
三ツ森ツカサ「あー、もういい! ・・・・・・これ、覚えてるか。九年前のだけど」
  ツカサが俺の眼前に切符に似た形状の紙切れを差し出した。
   紙切れには昔の俺の字でこう書かれている。
見藤祐護「『なんでもいうことをきく』・・・・・・」
三ツ森ツカサ「コレ、有効期限、無いよな? だから、今日使う」
  ツカサは紙切れを俺の胸に置いて、自分のシャツの裾を掴んだ。
三ツ森ツカサ「・・・・・・今日は一緒に風呂に入ろう。 朝みたいに迫ったりしないから、お願い」
  縋るようなツカサの表情から目が離せなかった。

次のエピソード:家族のありよう(後編)

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