エピソード1(脚本)
〇駅のホーム
そろそろ列車がやってくる。うみねこ列車に乗ると、もうこの土地へ戻ってくる事はない。
そう思うとなんだか急に寂しさを感じた。
心地良い風が吹いた。
この土地の風を感じるのも、今この時が最後なのだと思うと、風ですら愛おしく思ってしまう。
胡桃祐介「・・・良い街だったな」
僕はぽつりと呟いた。二度と来る事のないこの街での思い出を振り返った。
〇オフィスのフロア
重役「全く・・・。なんてことしてくれるんだ。返品不可の商品をこんなに大量に注文して。一体どうするつもりだ?」
胡桃祐介「申し訳ございません・・・」
それはクソ上司の飯田のミスだ。僕は何度も確認したんだ。本当にこれで注文していいんですね?と。
しかし飯田の奴は・・・
飯田「あー、大丈夫大丈夫。今、忙しくてそれどころじゃないんだよ。お前、何度もしつこいぞ」
胡桃祐介「分かりました。ではこれで注文しておきます」
そう言ったんだ
〇オフィスのフロア
~数日前~
飯田「おい!!お、お前。あれ注文したのか!?」
胡桃祐介「はい」
飯田「お前なんてことしてくれたんだ。あんなのダメに決まってるだろ」
胡桃祐介「僕は飯田さんに何度も確認しましたよね」
飯田「こんなの普通、考えればわかる事だろう。どう考えてもおかしいだろ」
胡桃祐介「いや、だから・・・」
飯田「言い訳するな。今回の事は上に報告するからな」
その結果がこれだ。
重役「君にはね、本社は難しいようだ。支社でぴったりな仕事があるからそちらに行ってもらう」
胡桃祐介「転勤ですか?」
重役「ああ、良い所だよ。海の見える綺麗な街さ。きっと気に入るはずだよ」
こうして僕は、出世コースから外れた。
苦労して本社勤務になるまで上り詰めたというのに、その苦労はこんなにも簡単に崩れてしまう。
あっけないものだ。
〇海辺の街
うみねこ列車に乗り込み、僕は初めての土地を訪れた。
海猫町と呼ばれるこの街は、綺麗な海が見れる観光スポットとして有名だ。
つまり・・・
胡桃祐介「つまり、海しか取り柄がない田舎ってことだろ」
シティーボーイである僕にとって、このような田舎は新鮮に思える。
しかしそれもどうせ数日で飽きるだろう。
〇本棚のある部屋
胡桃祐介「さて引っ越しの荷物の整理も終わったし、ここらを散策してみるか」
〇商店街
辺りをぐるりと歩いてみた。買い物する為の大型ショッピングモールすらないし、街の商店街だけだ。
胡桃祐介「本当に田舎だな」
パン屋のおじさん「お?兄ちゃん。見ない顔だな。観光客?」
商店街の中を歩いていると、パン屋のおじさんが話しかけてきた。
胡桃祐介「いえ、転勤で引っ越してきたんですよ。これからよろしくお願いします」
パン屋のおじさん「おー、そうかい。兄ちゃん名前は?」
胡桃祐介「胡桃です。胡桃祐介と言います」
パン屋のおじさん「胡桃か。変わった名字してんだな。兄ちゃんにぴったりのパンがあるぜ。引っ越し祝いだ。やるよ」
胡桃祐介「これは?」
パン屋のおじさん「くるみパンだよ。胡桃さんには、くるみパンをってな。ははは」
胡桃祐介「ありがとうございます」
パン屋のおじさん「美味かったらまた買いに来てくれよ。って言ってもパン屋は、商店街じゃうちしかないけどな。はははは」
それから歩いていると、花屋を見つけた。花を店頭に並べている綺麗な女の人がいた。
水原満里奈「いらっしゃいませ」
胡桃祐介「あ、いや・・・」
水原満里奈「え?」
胡桃祐介「綺麗だなーと思って見てただけで、客じゃないんです」
胡桃祐介(見てたのは花じゃなくて、お姉さんだけど・・・)
水原満里奈「いえいえ。花は沢山の人に見て欲しがってますから、遠慮せず見ていってください」
胡桃祐介「ありがとうございます」
水原満里奈「花、好きなんですか?」
胡桃祐介「あー、まあ・・・」
胡桃祐介(いや、お姉さんが綺麗だったから見ただけで、別に花に興味はない)
水原満里奈「私も花大好きなんです。綺麗ですよね。見ない顔ですけど観光の方ですか?」
胡桃祐介「あ、いえ。転勤でこっちに引っ越してきたんです」
水原満里奈「そうなんですね。大変ですね」
胡桃祐介「ええ、まあ・・・」
水原満里奈「また寄ってくださいね」
胡桃祐介「はい。また寄ります」
それから歩いていると、美味しそうな匂いがしてきた。そっちの方に歩いていくと、威勢の良いおばちゃんの声がした。
肉屋のおばちゃん「コロッケ揚げたてだよー。おひとついかが?」
胡桃祐介(コロッケか。丁度小腹が空いていたところだ)
胡桃祐介「コロッケひとつ下さい」
肉屋のおばちゃん「はいよ」
肉屋のおばちゃん「あれ?見ない顔だね。観光の人?」
胡桃祐介「いえ、転勤でこっちに来たんですよ」
肉屋のおばちゃん「そうかい。じゃあこれからは良く見る顔になるね。うちは良い肉揃ってるから是非買いにきておくれよ」
胡桃祐介「はい」
コロッケを頬張った。
胡桃祐介(・・・美味いな。また買いに来よう)
それにしても田舎だからか、ここの人達は良く話しかけてくるな。都会とは大違いだ。
〇神社の石段
商店街を抜けてしばらく歩いていくと、神社に辿り着いた。
鳥居をくぐり、お参りをする。
するとおばあさんが話しかけてきた。
水原のおばあちゃん「この辺の人かい?」
胡桃祐介「あー、引っ越してきたばかりなんですよ」
水原のおばあちゃん「そうかい。今晩のおかずは、カレーライスかい。楽しみだねえ」
胡桃祐介「ん??」
水原のおばあちゃん「秋ちゃんは元気かい?」
胡桃祐介「あ、えっ?あの・・・」
水原のおばあちゃん「カレーライスがいいねえ」
胡桃祐介「ん?」
水原のおばあちゃん「満里奈は今日も仕事かえ?」
胡桃祐介(おばあちゃん。ぼーっとしてるし、もしかして認知症?)
胡桃祐介(まさか徘徊してる?)
胡桃祐介「おばあさん。家分かりますか?」
水原のおばあちゃん「家?知らないよ。ここはどこだい?」
胡桃祐介「今から僕と一緒に警察行きましょう」
水原のおばあちゃん「そうだねえ。カレーライスがいいねえ」
僕はおばあさんを連れて警察署へと向かった。
〇警察署のロビー
胡桃祐介「すみません」
警察官「あれ?水原のばあちゃん。どうしたの?」
胡桃祐介「神社のところでいて、家が分からないっていうんで連れてきました」
胡桃祐介「なんかぼーっとしてるし、この人認知症じゃないかなって。昔、祖父が認知症だったので似たような感じで」
警察官「そうなんだよ。水原のばあちゃん、認知症なんだよ」
警察官「また徘徊してたの!?助かったよ。満里奈さんに連絡だな」
胡桃祐介「では、僕はこれで」
警察官「あー、ちょっと待って。暑いだろ?せっかくだし、茶でも飲んでいってよ」
胡桃祐介「はぁ、どうも」
僕が警察署でお茶を飲んでいる間に、おばあさんのお孫さんに当たる満里奈さんという方に連絡がいった。
警察官「うん。ちょっと待ってね。あのね、満里奈さんが君に電話変わって欲しいって」
胡桃祐介「えっ?僕にですか?」
胡桃祐介「・・・はい、お電話変わりました」
「あの祖母を助けて頂いてありがとうございます。お礼をしたいので、連絡先を教えて頂けませんか?」
胡桃祐介「ああ、いえ。結構ですよ。そんなお礼される程の事はしていないですし」
「いえ。命の恩人です。徘徊している老人は、道路に飛び出したりするかもしれないんですから」
胡桃祐介「ま、まあそれはそうですが」
そう言われ押し切られ、結局僕は連絡先を教えた。そして家に帰ってきた。
〇本棚のある部屋
胡桃祐介「ふぅ。なんだか大変な一日だったな」
水原満里奈「胡桃祐介さんですか?水原満里奈です」
水原満里奈「・・・えっ!?あっ!!昼間の!!」
胡桃祐介「花屋さんのお姉さん!?」
世間は狭いというが、偶然にもあの認知症のおばあさんは、花屋のお姉さんである満里奈さんのおばあさんだった。
水原満里奈「引っ越したばかりならお花ないですよね?丁度良かった。これよかったら部屋に飾ってください」
胡桃祐介「ありがとうございます。綺麗な花ですね」
それから満里奈さんを部屋にあげ、長々と話をした。
〇商店街
後日、買い物に行くと、僕はヒーロー扱いだった。
パン屋のおじさん「水原のばあちゃんを救ったんだって?凄いじゃないか!!」
肉屋のおばちゃん「聞いたよ。水原のおばあちゃんを警察まで連れて行ってあげたんだって」
田舎は情報が伝わるのが異常に早かった。
僕はそんな感じで、この街にすっかり溶け込んでいった。
それから一年が過ぎた頃。
僕は本社に戻るように言われた。
どうやらクソ上司の飯田のミスが発覚し、僕に落ち度はなかったという事が分かったらしい。
この一年で沢山の素敵な人達に出会った。
皆が良くしてくれた。この街が本当に大すきになった。
〇海辺の街
まるで海のような広い心と穏やかな波のような優しさを持った人達ばかりだった。
〇駅のホーム
でも僕は別れの挨拶をすると寂しくなるからと、誰にも言わず黙って出てきた。
パン屋のおじさん「おーい!!兄ちゃん!!」
肉屋のおばちゃん「コロッケ、持っていきなー!!」
水原満里奈「胡桃君ー!!おーい!!」
水原満里奈「よかった、間に合った!!」
誰から聞いたのか、沢山の人が僕の為に駆けつけてくれていた。
そろそろ列車がやってくる。うみねこ列車に乗ると、もうこの土地へ戻ってくる事はない。
そう思うとなんだか急に寂しさを感じた。心地良い風が吹いた。
この土地の風を感じるのも、今この時が最後なのだと思うと、風ですら愛おしく思ってしまう。
胡桃祐介「皆さん、ありがとうございました!!お世話になりました!!」
胡桃祐介「僕はこの土地に来て皆さんと出会えて本当に良かった!!」
胡桃祐介「一生の思い出です!!」
沢山の人達に見送られながら、僕はうみねこ列車に乗り込んだ。
時間ができたら遊びに来るのもいいかもしれないな。
その時は、東京のお土産を沢山持って来よう。
・・・満里奈さんにだけは、他の人よりも高いお菓子をこっそり渡す事にしよう。
またいつか会いに来ます。皆さん、お元気で。
田舎ならではのコミュニケーション(距離の詰め方)や情報の広まり方などがとてもリアルで、海猫町の空気感が伝わってきますね!
そして、ラストシーンからどんな1年間だったのか感じられます。とっても心に染み入るお話ですね!
最初のシーンとラストが回想を挟んで繋がる演出が素敵でした。海沿いの町って住んだことない人もなぜかノスタルジックな気分にさせる独特な魅力がありますよね。主人公の祐介と花屋の満里奈さんがいい感じになって海猫町にそのまま住みつくのかと思ったけど、そうならないのもまた良しですね。
今自身が10年過ごした国から日本へ戻る準備をしている最中で、主人公とは違う経緯とはいえ異国で感じた人の温かさ、それを失う寂しさなど共感する部分がありました。いつの時代も、人と人が出会い結びつくことって素敵ですね。