シヅカ×シヅカ

さかがも

3.恋しくば尋ね来て見よ和泉なる(脚本)

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〇ゆるやかな坂道
  記憶の中にひとつ道がある
  通いなれた道で、多分どこにあるのかは知っている

〇マンションの共用廊下
  マンションの二階の、奥から三番目の部屋の。鍵は一階の郵便受けの中。

〇ファンシーな部屋
  ピンクでそろえられた部屋は、はじめはもっと物があったような気がするのだが、
  段々減って行って、ついに空っぽになってしまった。

〇ファンシーな部屋
  あれは、どこの部屋だったのだろうか

〇黒

〇綺麗なリビング
吉野「光、もう出るから鍵お願いね」
吉野「朝ごはんは?」
光「眠い・・・」
吉野「遅くまでゲームやってるからでしょうが」
吉野「じゃあね、行ってきます」
  母は、相変わらず会社勤めで

〇川に架かる橋
  僕は相変わらず母の息子だ。
光(学校って言ったって、今日休みなんだけどな・・・)
光「家に食べ物あんまりなかったし、買い物行くか」

〇スーパーマーケット

〇アパレルショップ

〇雑貨売り場
光(買い出しの内容、連絡しておくか)
光「あれ?」
光「気のせいか・・・」
  友人からはよく、ぼうっとしていると言われる。
ナツカワ「お、吉野じゃん」
ナツカワ「またロングのおねーさんを目で追ってる」
光「はあ?」
ナツカワ「ロングの清楚系で、どっちかっていうと年上が好みなんだろ?」
ナツカワ「自覚無いんだ?」
「光~」
吉野「会社閉まってた! 出かけるとき、何で日曜だって言ってくれなかったの」
ナツカワ「噂をすればロングの年上美人じゃん」
光「お袋だって」
ナツカワ「なんだ、ただのマザコンか」
ナツカワ「じゃーな!」
吉野「学校のお友達? 一緒に来てたの?」
光「たまたまあっただけだよ」
吉野「買い物ありがと。ママが持って帰るから、一緒に遊んでらっしゃいよ」
吉野「じゃあねー」
光「あいかわらずそそっかしいっていうか、人の話を聞かないっていうか・・・」
光「今さら夏川と合流するのもなあ」
光(適当に時間を潰して帰るか)

〇駐車車両

〇ゆるやかな坂道
光「・・・あれ?」

〇ゆるやかな坂道

〇ゆるやかな坂道
光「この道、どこかで・・・」

〇ゆるやかな坂道
  建物の横の植え込みの、樹木の形は記憶とは少し違って大きくなっているようだったが、確かにあの道だ。

〇ゆるやかな坂道
光「やっぱり、この道」

〇マンションの共用廊下
  マンションの二階の、奥から三番目の部屋。
  郵便受けの中はちらしが累積していて、探すのにも一苦労だった。

〇ファンシーな部屋
  ピンクで統一された部屋は薄暗く、見ると全ての家具に埃が薄く降り積もっていた。
光(冷蔵庫は動いてる・・・ でも空っぽだ)
光「おばさん?」

〇ファンシーな部屋
  思わず口をついて出た言葉に、返事をするものは何もなかった。
  おばさん、と口の中で繰り返す。

〇ファンシーな部屋

〇ファンシーな部屋

〇ファンシーな部屋

〇ファンシーな部屋
光「・・・母さん?」
  母さんがおばさんなのだろうか。

〇ファンシーな部屋
吉野「だからあんまりここには来ないでね」
吉野「仕事中にママが光と遊んでいるのが判ったら、怒られちゃうから」

〇ファンシーな部屋
光「そう言えばこの部屋、母さんが仕事に使ってたんだっけ・・・?」
  一体何のためにだろう。
  職場は別にあるし、近頃はリモートで仕事を進めることは少ない。
光(確かに生活感が少ないけど、何だか落ち着かないな)
  仕事部屋なら、仕事の書類でもありそうなものだ。
  ぶん、と冷蔵庫がなった。
光「・・・台所、」

〇安アパートの台所
  冷蔵庫の中は空っぽだった。
  ただし使い込んであるのか、溝に薄く汚れがこびりついている。冷凍庫の中も同様だ。
光(やっぱり、しばらく誰もいなかったみたいだ)
  柱に貼られたゴミの分別表はすっかり黄ばんで、経過した年月を物語っている。
  冷蔵庫の中についていたのと同じ種類の汚れがシンクと空のゴミ箱の周りと、床と壁とについていた。
光(何かを派手にひっくり返したのかな)
  だからといって、冷蔵庫や冷凍庫の中にまで汚れつくだろうか。
  ぶーん、とまた冷蔵庫が低い音を立てた。
光「ここのネジが緩んでるからか」
  浮いたパネルを持ち上げる。
光「わ!」
光「粉?」
  よく見ると粉よりも粗かった。礫程のとがった粒で、色は灰色から白、所々赤黒い。
  本来断熱材の入っている筈の空洞にみっしりそれが詰められていたのが隙間から見えた。
  当然、断熱効率は悪いはずだ。
光(だからあんなに音を立てていたのか)
光「片付けないと」
「袋か何か・・・」
  とはいえ、引き出しの中は空っぽだ。ビニール袋の一枚もない。

〇黒

〇安アパートの台所
  探し回って、挙げ句のぞき込んだガステーブルの奥にも灰のような何かがあり、

〇黒

〇安アパートの台所
  戸棚の奥の、来客用らしいティーセットの奥に白くつややかで不思議に曲がった、マドラーにしては膨れすぎの棒がしまわれてあり、

〇黒

〇安アパートの台所
  流しの下の、排水管の
  曲がりくねったトラップの、影に隠れるようにして
  日が経って灰の降り積もったような色をした、頭蓋の──

〇黒
光「おばさん、」

〇安アパートの台所
  誰のものかはわからなかったが、頭骨を眺めているうちに日が暮れていた。

〇綺麗なリビング
吉野「光、今どこ?」
吉野「遅くなるようだったら別にいいけど、帰りにトマト買ってきてもらえない?」

〇安アパートの台所
光「母さん、」

〇綺麗なリビング
吉野「夕飯は出来てるけど、お友達と食べて帰るの?」

〇安アパートの台所
光「いや、・・・」
  しばらく考えて食べて帰ると答えた。
光「あのあと夏川に、吉野のかーちゃん美人じゃんって散々からかわれたんだけど」
光「そう言えば最近は、あのつり目っぽいメイクしてないね」

〇綺麗なリビング
吉野「ああ、あれは・・・」

〇黒

〇綺麗なリビング
吉野「一応、仕事だから気合いを入れるために変えてたんだけど」
吉野「あんまり似合わなかったからやめたんだ」
吉野「どうしたの、急に」

〇安アパートの台所
光「もっときつめの美人の方が好きだ、って夏川が言ってたから思い出しただけだよ」
光「遅くなると思うけど、トマトだね。買って帰る」

〇綺麗なリビング
吉野「助かるわ。買い物用の財布、この間お金足したばっかりだからまだ残金あるよね?」
吉野「あんまり遅くならないでね」

〇安アパートの台所
光「はいはい」
  乾ききった流しの上に置かれた頭骨が、スマホの画面の光消えて暗くなった台所の中でもぼんやり白い。

〇ファンシーな部屋
  記憶の中であれは母さんだったし、
  母さんとは別の人間の気もする。

〇安アパートの台所
  事実としてはここに頭骨があって、
  冷蔵庫や、戸棚の奥や、床や、ガスレンジの中に何か──赤黒いしみや、灰や、礫のような何かの破片があるだけだ。
光(母さんがおばさんなのか、おばさんが別にいるのか、どっちなんだ?)
  迷うこともないでしょうに、と髑髏が笑う。

〇ファンシーな部屋
帽子の女「可愛い子には旅をさせよと言うから」
帽子の女「煙草を買いに広島へ、お使いに行ってもらおうかしら」

〇安アパートの台所
光(やっぱり、母さんとおばさんは別人か)
光(そうだとしたら、母さんがおばさんを騙る原因は──)
  おばさんの死を隠蔽するため、および記憶を書き換えるためだ。
光(少なくともおばさんがいなくなったことは、自分には気付かれないわけだし)
  生活感のない部屋は、元々がそうだったのかも知れない。
  冷えの悪い冷蔵庫があれば、少なくとも電気メーターは回る。家賃も税も口座にしておけば、貯金が尽きるまでは誰も気にしない。

〇スーパーマーケット
帽子の女「ねえ、おばさんの家に遊びに来ない?」
帽子の女「光くんみたいな可愛い子が、たまに来てくれるとうれしいんだけどな」
帽子の女「おばさん、家族も友達もいないから」

〇ファンシーな部屋
帽子の女「可愛い子には旅をさせよと言うから」

〇安アパートの台所
  煙草を買いに広島へ、
  少なくとも大きめの、スポーツバッグがいるなと思った。ショッピングモールならまだやっている時間だ。
  鞄に頭骨と灰と着替えを詰めて、広島へ行こうと思った。

次のエピソード:4.煙草を買いに広島へ

コメント

  • 成長した光くん、またこれはイケメンキャラですね!
    あの凄惨な話の次話とは思えない日常光景で、底流に漂う狂気にゾッとしました。

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