糠星に聖なる願いを

眞石ユキヒロ

家族のありよう(前編)(脚本)

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〇ダブルベッドの部屋
  逃げる理由をひねり出せず、無言でツカサと一緒に部屋に入る。
  去年の誕生日に取り寄せたアジアゾウの巨大ぬいぐるみがベッドの近くに寄せられていた。
見藤祐護(そうだ、ツカサの今年の誕生日プレゼントのこと考えないと・・・・・・)
見藤祐護(アスター・・・・・・馬のぬいぐるみ。 ワンパターンかもしれないけど、大きく外すこともないし、いいかもな)
見藤祐護(競走馬のぬいぐるみって昔見たことあるけど、アスターはそういうの売られてるのか? ないなら作るしかないか)
見藤祐護(裁縫は三年前にツカサに教えたきりだな。 正直苦手な方だし、時間がかかりすぎるか?)
見藤祐護(でも、ツカサのために時間をかけて何かをするのも良いんじゃないかな・・・・・・)
三ツ森ツカサ「祐護さん、余計なこと考えてるだろ」
見藤祐護「・・・・・・余計じゃないよ、明日のことだし」
三ツ森ツカサ「今はそれより俺のそばで俺の話を聞いてくれよ。 ・・・・・・とりあえずベッドに座ろうぜ」
  ツカサが座って、隣をぽふぽふと叩く。
  ぎこちない足取りで近寄って、腰を下ろすと緊張がさらに高まった。
見藤祐護(三年。三年ぶりなんだよな。 三年前はツカサに請われて毎日のように一緒に寝てたのに)
見藤祐護(今更緊張することか? 異性ならともかく、同性で兄弟みたいなものなのに・・・・・・)
  そう考えると余計に緊張して、呼吸すらしづらくなった。
三ツ森ツカサ「なに固まってんの、祐護さん」
見藤祐護「あ、え・・・・・・。 ね、ねぇ、ツカサが寝付いたら俺は部屋に帰るから・・・・・・」
三ツ森ツカサ「は?今更何言ってんだよ? 最後までちゃんと付き合ってくれよ。誕生日プレゼントはそれでいいからさ」
見藤祐護「ほ、他のモノならあげるから!」
三ツ森ツカサ「他じゃダメだから」
  まっすぐなツカサの視線を受け止めきれずに、目をそらした。
見藤祐護「・・・・・・他で、いいでしょ?」
三ツ森ツカサ「何照れてるんだよ。 もしかして俺のこと好きなの、ようやく自覚した?」
見藤祐護「・・・・・・!?」
  そうなんだろうか。
  ツカサが好きだから照れているんだろうか。
見藤祐護(わからない。わからないけど。 今の俺は平常心じゃない)
  手のひらに汗がにじんでいる。
  瞳が勝手に潤む。耳まで熱い。
三ツ森ツカサ「ちょ、ちょっと待って! な、なんか、俺まで・・・・・・!」
  六月六日、午前零時。
  二人とも黙ったままになり、むずがゆい沈黙に支配された。

〇ダブルベッドの部屋
見藤祐護(眠れないまま朝が来た。 ・・・・・・我ながら、馬鹿すぎると思う)
  自室の机の上には既製品のキャロルアスターぬいぐるみ。
  その周囲にキャロルスペースになり損なった生地が散らばっていた。
見藤祐護(アスターぬいぐるみは黒板で入手できた。 それで満足すれば良かったのに、スペースと一緒にしてやりたいとか考えた)
見藤祐護(アスターぬいぐるみを参考に生地を裁断したはいい。 そのあとが問題だった)
見藤祐護(指を針で刺しまくる。 ようやく縫えたと思ったら縫った箇所が間違っていた。 それの繰り返しで生地がボロボロになる)
見藤祐護(気を紛らすにしたって、もっと他にやることあったんじゃないかな・・・・・・)
見藤祐護「・・・・・・朝食作ろう」
  立ちくらみがしたけど、何かしていないと落ち着かないので、ふらふらとキッチンに向かった。

〇L字キッチン
見藤祐護(いつも通り目玉焼き乗せサラダ、鮭、味噌汁、ご飯。 あとはツカサを起こしに行けば・・・・・・)
見藤祐護(行けば・・・・・・。 眠い・・・・・・。体、重い・・・・・・)
  廊下側のドアが開く音がした。
見藤祐護(そっちを向きたいのに、体が動かな・・・・・・)
見藤祐護(あっ・・・・・・!)
  地面が大きく揺らいだような感覚がして、ぼんやりとした視界が大きく動いた。

〇黒
見藤祐護(・・・・・・遠くに人がいる。 あれは・・・・・・)
  見間違えるはずがない、あの背中は―――。
見藤祐護(前のアスタリスク管理人。 俺の前から消えた、『あの人』―――)
見藤祐護「茜!!」
南樹茜「・・・・・・なんだぁ、『ゆうくん』かぁ」
  振り返ったあの人―――南樹茜に、ふらつきながらも歩み寄る。
見藤祐護「茜、なんで・・・・・・」
南樹茜「なんでいなくなったかって? そんなの、ゆうくんが一番わかってるでしょ?」
  茜の口角が不自然につり上がった。
南樹茜「ゆうくんがいらない人間だから」
南樹茜「わかるよね? 色んな人がゆうくんを置いていったもんね?」
南樹茜「僕だけじゃないからね! ゆうくんのお母さんに弟くん。 みんなゆうくんを残して死んじゃった」
南樹茜「ゆうくんが考えないようにしているお父さんだって、ゆうくんがいらないんじゃないかな。 会いにきてくれないもんね!」
南樹茜「僕のあとに新しく来た子がいるんだって? ・・・・・・へぇ。 ゆうくん、その子のことが気になるんだ?」
  「お前は茜じゃない、偽物だ」
  「二度と現れるな」
  何か一つでも言い返したかった。
  言い返したかった、のに・・・・・・。
見藤祐護(なんで涙が止まらない? 頭の中にうっすらあることを並べられてるだけなのに)
見藤祐護(俺の頭の中の代弁者が茜の姿をしているだけなのに。 なんで、こんなに・・・・・・!)
南樹茜「浮気者だなぁ、ゆうくん。 二人きりの時は、僕だけをあんなに熱っぽく見つめていたのに」
南樹茜「まぁ、僕からすればその子に興味が移ってくれた方がいいかな」
南樹茜「ゆうくん、いらないし」

〇L字キッチン
見藤祐護「なんで、そんなこと、言うの、茜・・・・・・!」
  誰かが俺を逆さにのぞき込んでいる。
  体の背面が冷たいのに、後頭部だけ妙に温かい。
見藤祐護「茜、茜ぇ・・・・・・!」
  不安と安堵が入り交じって勝手に涙があふれてくる。
  誰かは俺が落ち着くまで、そのままじっとのぞき込んでいた。

〇ダブルベッドの部屋
見藤祐護「ありがと、ツカサ」
  ツカサに支えられて部屋のソファにたどり着いた。
  寝転んだソファは俺の体を受け止めてくれて、安心感をかさ増しする。
三ツ森ツカサ「で、茜って何者?」
  俺を見おろすツカサの目は冷たいような、熱っぽいような感じで。
  不安も同じくらいかさ増しされた。
見藤祐護「言わなきゃ、ダメ?」
三ツ森ツカサ「言わなかったら祐護さんには一生誕生日祝われないから」
見藤祐護「言ってもいなくならない?」
  かさ増しされた不安が、本音を口から押し出した。
  あまりに幼すぎて、言ったあとに恥ずかしくなる。
三ツ森ツカサ「いなくなるような何かがあるのかよ?」
見藤祐護「そうじゃなくて俺の側の問題というか・・・・・・」
三ツ森ツカサ「なら、祐護さんとりょ・・・・・・両思いの俺の問題にもなるだろ」
見藤祐護(ツカサにとってはそうなんだ。 ・・・・・・そう思っていいんだろうか)
見藤祐護(ツカサはいなくならないって信じようとしてるんだから。 ここで言って、はっきりさせるべきなんじゃないかな)
見藤祐護(・・・・・・ツカサがいなくなったら、俺は一人で冷めた紅茶を飲めばいいだけだから)
  そう思うだけで、心が急激に冷えた。
  言えると確信できた。
見藤祐護「・・・・・・茜は俺の前のアスタリスク管理人。 ツカサが来るちょっと前にここからいなくなった」
見藤祐護「その茜にちょっと、夢で色々言われて。 思い当たることがあったんで、悲しかっただけ」
見藤祐護「現実の茜は俺がここに迷い込んだ理由を教えたすぐあとに、ここからいなくなったんだ」
見藤祐護「夢の中の茜は俺がいらない人間だからそうなったって言ってた」
  心が冷たくなるだけで、こんなにも楽に真実を口にできた。
三ツ森ツカサ「祐護さん、おかしいよ。 そんな風に言われることに思い当たったってことか?」
  目を閉じて、沈黙で肯定する。
三ツ森ツカサ「なんでだよ、祐護さんが自分をどう思おうが、俺には祐護さんが必要だよ! それじゃダメか?それでいいよな!?」
三ツ森ツカサ「祐護さんがそう思うような何かが祐護さんにあるのかもしれないけどさ!? けど、俺は!俺には祐護さんが・・・・・・」
見藤祐護「今は必要な気がしてても、それが錯覚だと思い直したり、必要なくなることはある」
三ツ森ツカサ「そこまで思うのかよ。 ・・・・・・なぁ、祐護さん。祐護さんはいつか俺が必要なくなるって思ったりするか?」
  紅茶の海に突き落とされたような、苦しくて熱い心地がした。
  息ができない。
  未だに茜のことだって引きずってるのに。
  ツカサがいなくなったら、ツカサが必要なくなる?
見藤祐護「そんな、ことは・・・・・・」
三ツ森ツカサ「逆もまた然り、だろ。 俺はこの先、祐護さんが必要なくなるなんて全く考えてない」
三ツ森ツカサ「俺からすれば、そんなこと考えるような相手じゃないんだよ、祐護さんは!」
見藤祐護(ツカサが必要で必要で。だからツカサが離れていくのが怖かった。 自分がツカサを必要に思わなくなるなんて、考えてもなかった)
  そしてそれは、ツカサも同じなのだと教えられた。
見藤祐護「馬鹿みたいなこと言ってごめん・・・・・・」
三ツ森ツカサ「隠される方が嫌だから全然いいんだけど。 っていうか隠してたって事実にイラついてる」
三ツ森ツカサ「なんだよ茜って! 性別どっちだよ! 年齢は!? 祐護さんにどんな感情持ってたの!? 祐護さんはどんな感情持ってるの!?」
  ツカサが俺の腹に跨った。
見藤祐護「ちょ、ちょっと、ツカサ!?」
三ツ森ツカサ「茜とかいうヤツより絶対俺の方がいいよ!!」
  重い。
  紅潮したツカサの顔が近づく。
  熱い。
三ツ森ツカサ「わかるよな、祐護さん」

次のエピソード:家族のありよう(中編)

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