美しい炎(脚本)
〇河川敷
──今でもまだ、あの頃と同じ夢を見る。
夜明け前の河川敷で音もなく燃える、美しい炎。
その前に座る背中を、私はじっと見つめている。
〇渋谷のスクランブル交差点
2035年 東京
事件か、自殺か?
謎の連続焼死事件、今月すでに3件目
同一犯?深まる謎
〇大企業のオフィスビル
「財団」 本部ビル
〇異世界のオフィスフロア
特定症例調査室 オフィス
鳴沢凛「これで何件目だ?」
野々宮熾己「分かっているだけで──15件目かと」
鳴沢凛「犠牲者は、表向きは「善良な市民」ばかり。だが・・・・・・」
野々宮熾己「婦女暴行、汚職、殺人。 犯罪の疑惑をかけられながらも、法の網の目を逃れて来た連中ばかりです」
野々宮熾己「それも、極めて悪質な・・・」
鳴沢凛「──救いたい、と思っているのか?」
野々宮熾己「え?」
鳴沢凛「どうにかして救いたいんだろう。 「セラフ」が、悪人しか手にかけない「正義の味方」だからか。それとも、君と「彼」が──」
野々宮熾己「室長、私は──」
野々宮熾己「──!!」
鳴沢凛「我々の使命は、勿論理解しているだろうな。野々宮調査官」
野々宮熾己「「特定症例」発症者が国民の安寧を脅かすと判断された時は──あらゆる手段をもって、これを排除すること」
鳴沢凛「──私刑は、犯罪だ。 たとえ、相手がどんな極悪人だったとしてもな」
鳴沢凛「そして──「セラフ」が「特定症例」の発症者である限り、手を下すべきは我々なのだ」
野々宮熾己「分かって──います」
鳴沢凛「期待しているぞ。君は、行く行くは我が調査室を背負って立つ存在なんだからな」
野々宮熾己「・・・・・・」
──10年前。
人類は、新型ウイルスによる未曾有のパンデミックからようやく立ち直りつつあった。
だがその頃から、幼少時にウィルスに罹患した者のごく一部に、超常的な能力を発現するものが現れ始めた。
──いわゆる「特定症例」である。
〇学校の校舎
2025年
〇体育館の裏
野々宮熾己「やめて──やめてください先生!」
担任教師「何を今さら。 そのつもりでこんなところまで来たんだろう?」
野々宮熾己「そんな・・・・・・私はただ、先生に相談したいことが」
担任教師「進路のことだろう? 希望する高校への推薦を出してやってもいいんだぞ。 そのかわり──分かっているよな?」
野々宮熾己「やめて──離して!誰か、誰か──」
担任教師「この時間にはもう誰もいないよ」
野々宮熾己「いや・・・・・・嫌あぁっ!」
担任教師「・・・・・・!?」
担任教師「な、何だ? 身体が、身体が燃え・・・・・・ うわあぁぁっ!」
野々宮熾己「せ、先生・・・・・・?」
担任教師「熱い、身体が、身体が!! た、助けて。 助け・・・・・・」
担任教師「・・・・・・」
野々宮熾己「そんな・・・・・・そんな・・・・・・ 一体なにが──?」
神狩光志「やあ、危なかったね」
野々宮熾己「あなた──神狩くん?」
神狩光志「悲鳴が聞こえたからさ。 でも、野々宮さんだとは思わなかった」
野々宮熾己「これ──あなたがやったの? 私を助けようとして・・・・・・?」
神狩光志「こうやって話すの、小学校の時以来だよね。 僕、滅多に学校に来ないから」
野々宮熾己「きゅ、救急車・・・・・・! 救急車を呼ばないと──」
神狩光志「呼んでもしょうがないよ。 もう死んでるから」
野々宮熾己「──! そんな──」
神狩光志「そんなこと、どうだっていいじゃないか。 それよりも、一緒に続きを見よう」
野々宮熾己「続き・・・・・・?」
神狩光志「こいつの死体を、河原に運んで行って燃やすんだ」
神狩光志「きっと君がこれまでに見たこともないような、美しい炎が見られると思うから」
野々宮熾己「な、何──? 神狩くん、あなた何を言って──」
神狩光志「僕はね、こういう屑みたいな連中は許せないんだ。でも、ひとつだけこいつらにもいいところがあるとすればね」
神狩光志「この世界から消えていく間際に、とても綺麗な炎を見せてくれるところかな」
野々宮熾己「本気で言ってるの・・・・・・? あなた──どうかしてるんじゃないの」
野々宮熾己「──!!」
神狩光志「どうかしてるのは、この世界の方だよ。 一体何のために、僕にこんな力を?」
野々宮熾己「それ──どういうこと? まさか、超能力──」
神狩光志「この力のせいで、みんな僕から逃げていく。 でも、気づいたんだ。 これは神様が僕に与えてくれた浄化の炎だって」
野々宮熾己「・・・・・・」
神狩光志「不思議だよね。 薄汚い屑ほど、美しい炎に包まれて死んでいく」
神狩光志「知ってたかい? きっとそうやって、世界は正しさを取り戻して行くんだよ」
神狩光志「だからさ。 僕と一緒に、こいつが燃えるのを見よう。きっと──」
野々宮熾己「──ごめんなさい。近寄らないで」
神狩光志「──!!」
野々宮熾己「助けてくれて、ありがとう。 でもこれは──犯罪よ。人を殺して許されるわけがない」
野々宮熾己「警察を呼ぶわ」
神狩光志「やれやれ、君もか」
野々宮熾己「一緒に警察に行って、全部話しましょう。 ちゃんと事情を説明すれば、きっと──」
神狩光志「超能力で人を殺しましたって言うのかい」
野々宮熾己「それは・・・・・・」
神狩光志「残念だな。 とても残念だよ」
野々宮熾己「待って。 どこに行くの」
神狩光志「──どこだろう。 僕はどこに行くのかな」
神狩光志「ずっと思ってたんだ。 いつか君と一緒に、とびきり美しい炎を見たいって」
神狩光志「きっとそうしたら、僕が向かうべき場所も分かるかも知れない。 でもそれは、叶わなかったみたいだね」
野々宮熾己「待って!神狩くん──」
神狩光志「──さよなら」
野々宮熾己「・・・・・・」
あれから、10年が経った。
私は「財団」の一員となり、「特定症例者」を追う立場に身を置くことを選んだ。
もしかしたら、彼と再び会えるかも知れない──そう思いながら。
そして──その日は来た。
〇河川敷
神狩光志「──やあ。来たね」
野々宮熾己「──神狩光志。 あなたを、拘束します」
神狩光志「拘束? 君たちの仕事は、僕らの排除じゃないのかい」
野々宮熾己「お願いだから、大人しく投降して。 生命だけは保証されるよう、私がかけあうから──」
野々宮熾己「──!!」
セラフ「力を使い続けた代償かな。 いつしか、こんな姿になってしまったよ」
野々宮熾己「あなた、その姿・・・・・・」
セラフ「君の目に、今の僕はどう見えるのかな。 醜いかい。それとも、美しいと言ってくれるかい」
野々宮熾己「──近寄らないで」
セラフ「やはり、君は僕を受け入れてはくれないんだね」
野々宮熾己「それ以上近づいたら──撃つ」
セラフ「──そうか。 なら、仕方ないね」
野々宮熾己「お願い。やめて。 私はあなたを、殺したくない」
セラフ「いつか、君に言っただろう。 僕の手に宿るこの火は、浄化の炎なんだ」
野々宮熾己「止まりなさい。 止まって。 止まらないと、止まらないと、私は──」
セラフ「この力はきっと、世界を正しい場所に導く。 だから僕は、君に──」
野々宮熾己「やめなさい!」
セラフ「ぐふっ・・・・・・!」
野々宮熾己「──!!」
野々宮熾己「・・・・・・! ──身体が、身体が炎に・・・・・・!」
──でも、熱さは感じないだろう?
野々宮熾己「!! 何・・・・・・?」
僕には結局、力を正しく使いこなすことができなかった。
僕自身が、自分の力に呑み込まれてしまっていたんだ。
でも、この力は世界に必要な力だから──
だから、君に託すことにしたんだ。
野々宮熾己「!? 私に──?」
君なら──
真っ直ぐな正義感を持った君なら、この力を正しく使いこなせる。
そして、世界を、きっと──
野々宮熾己「待って! 神狩くん、私に、こんな・・・・・・」
ああ、とても綺麗な炎が目の前に広がっているよ。
これは全てを浄化する炎だ。
僕の中に凝った、何もかもを──
野々宮熾己「神狩くん・・・・・・」
野々宮熾己「私が──私が、あなたの力を・・・・・・?」
一年後
〇通学路
若い女性「いや! 助けて、誰か!」
暴漢「ひひひ、おとなしくしなよ。 どうせ誰も来ないんだからさ。 あんまり騒ぐと刺しちゃうよ?」
若い女性「いやああぁー!」
暴漢「うわっ? な、何だ? 熱い・・・・・・た、助けてくれえー!」
若い女性「な、何・・・・・・? どうなってるの・・・・・・?」
セラフ「大丈夫?」
若い女性「──!!」
セラフ「ちょっと火傷させて脅かしてやっただけだけど、これに懲りてしばらくはおとなしくしてるでしょうよ」
セラフ「でも、夜道の独り歩きは危ないわよ。 これからは気をつけるのね」
若い女性「あ、あなたは・・・・・・?」
セラフ「私? そうね、私の名前は──」
セラフ「セラフ、と呼んで」
若い女性「あっ・・・・・・」
若い女性「セラフ──」
〇河川敷
今でも、夢を見る。
河川敷で揺らめく、美しい炎。
その前に座る背中を、私は見つめている。
やがてその背中が立ち上がり、振り向いて私を見る。
揺れる炎を背負うように、私を見つめ返しているのは──
──私だった。
特定の個人に宿った力ではなくてセラフという存在として継承可能であるならば、炎による社会の粛清=浄化は永遠ですね。歌舞伎役者じゃないけど「三代目セラフは慎重だったけど四代目は燃やしすぎだよな」とか言われるようになっていったりして。
確かに炎って浄化する手段だと思いますね。人間の犯した悪事をこのような力で炎にかえることができるのなら、現実に存在してほしいと強く思います。
きっと自分が拒否していた炎を美しく感じることがくることなんて、過去の自分じゃ想像もできなかったでしょうね。
でもこうして成長や考え方の変化で物事の捉え方も変わるんだなあというのがよくわかりました。