陽のあたる花 吉田陽花(脚本)
〇けもの道
陽の中たる場所は嫌いだった。
日陰に生きているのが楽で、前に立って何かを成し遂げようと言う強い意志は、
ほとんどなかった。
そうこうして、見えない柔らかい何かを削っているうちに、喪うものはもう、自我と命しかないと思っていた。
吉田陽花(よしだようか)(そんな私が)
と吉田陽花は鬱蒼と視界を覆う、くすんだ針葉樹林を悄然と見上げていた。
吉田陽花(よしだようか)「ああ、何で私はこんなところに居るんだろう」
思い立った時には人いきれの感じない、どこかも分からない山のただ中。
もうどうにでもなってしまえと思いながら、いつの間にかこんな場所まで来ていた。
かと言って、こんな場所を靴なしで歩く気にはなれない。
吉田陽花(よしだようか)「ああ、疲れたなあ。のどが渇いたなあ。面倒臭くなってきたなあ」
吉田は方向感覚を完全に狂わされながら、忘我の表情で歩いていた。
その時、地面が微かに揺れて、
葉を揺らす衝撃波を感じた直後、
どーんと花火が爆発するような音が聞こえた。
吉田陽花(よしだようか)「何の音だろう?」
不思議と、枯れ果てた興味が沸いた。
憔悴しきっていた躰に不思議と力が巡って来る。
痛む足を無理矢理にでも運んで、何が起きたのか見たくて仕方がない。
どれだけ歩いたのか走ったのかも分からない。
徐徐に視界が拓けて、陽光が強さを増し始めた。
そのうち木木が途切れて、荒野を思わせるような不思議な場所に出くわした。
〇荒野
ガシッと硬いもの同士がぶつかる音が聞こえた。
それ以外にも喋る声がどこかから聞こえる。
その方向を見やると土煙が上がっているのも確認できる。
気絶している人間の近くに、光に反射する欠片が散り散りに落ちていた。
その残骸の中で一際、目を引くものが落ちている。
吉田陽花(よしだようか)「何だろう、あれ」
吉田の脳内は今までの逡巡していた思考から逃れて、
胎の下の奥の方から、どくどくと力が溢れて感じている。
思わず下唇を摘み、下腹を抑える。
半死半生、否、九死一生、それよりも死んでいたような心身の鋼材に、
一糸の弛緩剤が心臓に注入された快感を覚えた。
こんな恍惚に奮わせるのがいつ以来なのか、分からないぐらい久し振りで、
潤いに満ちていた。
服が汚れようと擦り切れようと破れようと、猫すら殺す好奇心に殺されても構わない、
死んで元元の捨て鉢な気持ちすら捨てていた。
荒野に着底した。
吉田陽花(よしだようか)「多分!」
無様に地面に転がっていた。
吉田陽花(よしだようか)「これが!」
前につんのめって立ち上がる。
吉田陽花(よしだようか)「私の欲しかった!」
縺れる足もそこそこに駆けた。
吉田陽花(よしだようか)「変わりたい気持ち!」
吉田の心の奥底に、最後までこびり付いていた自我の残り滓、
この瞬間に肥大して膨脹して破裂しそうになっている。
爪の間に土が入る勢いで強く両手で握り締め、
吉田陽花(よしだようか)「私はッ! 変身するんだぁー!」
泣き叫んでいた。
堅牢堅固なしこりが解されていく。
吉田陽花(よしだようか)「変身、するんだぁ・・・・・・」
泪が次から次へと流れて、嗚咽も止まらない。
吉田陽花(よしだようか)「変身・・・・・・するん、だ・・・・・・」
ぐしゃぐしゃに乱れた行方不明の感情が、取り留めなく千千に全身から放出する。
相反するように、震えるほど握られた柄から、淡い光を発して全身を包み始めた。
それに従って滲んでいた視界が明瞭に晴れる。
〇荒野
がっちりと手をロックアップさせていた。
川内桂也(かわうちかつや)「毎度毎度、お前達にはうんざりしてんだよ!」
組み合いながら、がちがちと頭突き合うように仮面がぶつかり合う。
大館桜海(おおだておうみ)「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎、俺達の邪魔をしてよォ!」
負けじと、押し込まれまいと頭突き返す。
タイミングを同じくして反り返って、激しく頭突きをかましあった。
互いの手が解けて間合いを計り合おうとしていると、咽喉の焼き切れるような叫び声が断末魔のように聞こえた。
何か。
違う、
誰かが転がり落ちて来ている。
二人は見つめ合い、声のする方へと自然に視線が移ろって行った。
あの辺りには何があったのかを、やはり同時に気が付いた。
走り出した瞬間にはもう遅く、女の手は『柄』まで肉迫していた。
何かを金切り声で叫んでいるが、愚図愚図になっていてよく聞き取れなかった。
しかし、それを持っているだけでは意味はない。
「変身、するんだぁ」
そう聞こえた。
二人には、はっきりと、変身、と聞こえた。
どこのどいつか知らないが、適応しなければ発動はしない、むしろ簡単に発動して堪るかと二人は思った。
しかし一方で、こんな糞辺鄙な場所に、襤褸襤褸になって後先も考えずに突っ走って、髪を振り乱して縋るように叫ぶ人間が居て、
そして、光が女のことを包み込んだ。
立ち上がったその背中、妖艶な姿勢に二人は思わず見蕩れていた。
〇荒野
絶叫が剝き出しの窪地に反響する。
全身を高密度の電流が貫く。
吉田陽花(よしだようか)「あっ! あっ!」
吉田陽花(よしだようか)「声にならない」
吉田は身を悶えるように捩じらせ、地面を這いずり回る。
神経を走る痛みに順応して馴染みだすと、快楽にも似た痛みに変容し始めた。
大きくブリッヂして寝そべると、後ろ回りの要領で立ち上がった。
釜の底に居て、終わって楽になりたい、
もしくは、
魂を売り渡しても変わりたいと言う、一毛の希望を手中に収め、離反させることなく起立する姿勢は、
美美しさを醸し出していた。
吉田陽花(よしだようか)「こんな力、初めてだわ」
とーんと軽く飛んでみる。
吉田陽花(よしだようか)「良い! 良いわぁ! 凄く良いわぁ!」
吉田ははしゃいだ。
こんなに浮き浮きするのはここ最近にある訳がなく、その場で足踏みさせて小躍りしていた。
吉田陽花(よしだようか)「あ」
と思ったままのことが口から出た時には、遅かった。
見られていた恥ずかしさが、全ての感情に勝った。
吉田陽花(よしだようか)「何だろう、性格が何かに引っ張られてりゅ」
吉田陽花(よしだようか)「あの、初めまして。吉田陽花です」
通り一遍の挨拶に、二人は毒気が抜かれたように立ち尽くして、反発し合っていたのにもかかわらず、
大館桜海(おおだておうみ)「大館桜海です」
川内桂也(かわうちかつや)「川内桂也です」
と返礼した。
吉田陽花(よしだようか)「あ、やだ、これ、どうやって頭を外せるの?」
適当に触っていると、シャッターのように仮面が首元に収納された。
吉田陽花(よしだようか)「改めまして、吉田陽花です」
二人も同調してお辞儀した。
吉田陽花(よしだようか)「二人は、何をしてるんですか?」
「こいつが突っ掛かって来るから!」
同時に言うものだから、二人は睨み合った。
原因は分からないが、なかなか、話が進みそうになかったので、吉田は大館を示して、
吉田陽花(よしだようか)「貴方から、お願いいたします。何で喧嘩してるんですか?」
大館桜海(おおだておうみ)「喧嘩じゃない、戦いなんだ」
川内桂也(かわうちかつや)「そう、戦ってこいつらに勝たなきゃならないんだ」
吉田陽花(よしだようか)「勝つと、何かあるんですか?」
吉田は素朴に思ったことを言った。
〇荒野
吉田陽花(よしだようか)「勝つと何かあるんですか? 何か守りたいものでもあるんですか?」
大館桜海(おおだておうみ)「ある。あるからこそ、勝たないといけない」
大館は正面を向いて、決然と言いきった。
川内桂也(かわうちかつや)「俺もそうだ。何もなく戦うことはない」
川内も真っ直ぐとした意思を届ける、真剣な声音で答えた。
吉田陽花(よしだようか)「・・・・・・仮面って外せます?」
二人はお互いを怪しむように、仮面を収納させた。
吉田陽花(よしだようか)「わ、イケメン」
吉田の感想は二人の反応に掻き消された。いがみ合っていた手が、握手をする手になっていた。
吉田陽花(よしだようか)「お知り合いなんですか?」
大館桜海(おおだておうみ)「小坊ン時の同級だ」
と大館が言うと、続けて川内が、
川内桂也(かわうちかつや)「同じチームに居たんだよ」
と少年のように破顔して答えた。
吉田陽花(よしだようか)「なら!」
と吉田は勢い込んで前のめりになって、
吉田陽花(よしだようか)「二人は何かを守りたいんですよね? なら、最初に私のことを守って下さい!」
突然の提案に二人は面食らって顔を見合わせた。
それもそうだと思ったが、ここで引いてしまっては、また争ってしまう。
それは、今の私にとっては良くないと反射的に思えたのだった。
一方で、私の一種のわがままに付き合わせても良いのだろうかという思いもあった。
戸惑う二人に吉田は矢継ぎ早に、
吉田陽花(よしだようか)「私は、何者にもなれませんでした」
吉田陽花(よしだようか)「何者かになろうという、変化を嫌って何もしないうちに、何者のことも嫌いになって、」
吉田陽花(よしだようか)「自分のことも嫌いになって、それでも何かを捨てきれない私のことも嫌いになって、」
吉田陽花(よしだようか)「何もかも捨ててしまおうとここに来ました」
吉田の鬼気迫る告白に気圧されて引いていた二人だったが、
段段とその表情は真剣そのものになっていった。
自身の命を軽視していることに対する同情や憤怒ではなく、痛痛しさを伴った顔つきにも見て取れた。
吉田陽花(よしだようか)「その時に、これを見て、躰が動いて、突拍子もないけど、全然違う私になれるんじゃないかと思って、こんなことになって」
川内桂也(かわうちかつや)「吉田さん」
川内が口を開いた。
川内桂也(かわうちかつや)「俺たちには、その、吉田さんの言う、何者かに憧れる前に、死んだ奴が居たんだ」
大館は驚いて川内のことを見た。
その目は直ぐに真摯で、静かに落ち着いたものだった。
少し沈黙があったが言葉を繫いで、
川内桂也(かわうちかつや)「正直、子どもだった俺たちには守れなかったけど、今は違う。それに、こんな形でも、こいつともまた会えた」
川内は少し考える表情になって、
川内桂也(かわうちかつや)「そういうのも、良いかも知れない。ただ・・・・・・」
大館の方を向いて、何か同意を求めるような空気が流れている。
大館桜海(おおだておうみ)「最後に吉田さんを守ることになるのは、吉田さん自身だから、俺たちにできることが何も、何もできなくなるかも知れない」
二人の言いたいことは、おおよそ、一致していたようで頷き合っていた。
大館桜海(おおだておうみ)「それでも良いなら、俺たちも何者かに変身するよ」
そう言って仮面を装着し直し、二人は右手を差し出した。
吉田も応えて仮面を被り、両手で挟むように強く握り返した。
〇荒野
川内桂也(かわうちかつや)「にしても、だ、チームを抜けるとなると、ただ事じゃ済まないだろうなぁ」
大館桜海(おおだておうみ)「まぁ、的に掛けられるだろうなぁ」
大館は心なしか笑っているように見えた。
川内も釣られるように薄っすらと笑みを浮かべた。
大館桜海(おおだておうみ)「となりゃ当然、一番の的は」
川内桂也(かわうちかつや)「そうなるしかないだろうな」
大館と川内の柔和な視線が、吉田へと熱視線となって注がれる。
吉田陽花(よしだようか)「え? 何ですか?」
交互に見やって、
川内桂也(かわうちかつや)「それも悪くないか、理由ができたし」
川内の軽い口振りに大館も、
大館桜海(おおだておうみ)「しんどいことになるだろうなぁ」
川内桂也(かわうちかつや)「でも、これ以上ないスリルだろうな」
大館桜海(おおだておうみ)「バテるなよ?」
川内桂也(かわうちかつや)「ったりめーだろ」
二人は一しきり笑い合って、
「「よろしくなお姉さん」 「よろしくなお嬢さん」」
そこは違うだろうと言いたげな顔になったが、すかさずに吉田は、
吉田陽花(よしだようか)「よろしくお願いします」
今までにない明るい声で答えた。
そこの底から見える碧天は、しがらみが解けた三人の心のように、透き通っていた。
了
具体的な出来事は何一つ語られないまま、主人公の激烈な心情の吐露で埋め尽くされていくストーリー展開に圧倒されました。後半でも背景の説明はなかったけれど、人間の心を救うのは人間の心しかないんだということが読み取れました。
二人とも、なんだかんだで良い相棒であることが伝わってきました。
そして変わりたいという気持ち、私も痛いほどわかります。こうして行動できてる時点で、私は素晴らしいと思います!
自身のすべてに絶望し行き場のをなくした主人公が、まるで生まれ変わったかのように相対する二人を前に堂々としている雰囲気が何か希望の光のように感じました。