糠星に聖なる願いを

眞石ユキヒロ

渡したいバナナ(後編)(脚本)

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〇森の中
見藤祐護「ダービーに連れて行って・・・・・・? アスター、ここでダービーなんて開催してないけど」
キャロルアスター「いいから、ダービーにつれてって!」
見藤祐護(ダービーの会場、東京競馬場に連れて行けってことか? 黒板で設置することはできるけど・・・・・・)
見藤祐護(お金が苦手なツカサがどう思うか、それが問題だよなぁ・・・・・・)

〇ダブルベッドの部屋
見藤祐護(ツカサはこっちに背を向けて寝てる。 昼なのに眠るなんて、もしかして体調が悪いんだろうか)
三ツ森ツカサ「すぅ・・・・・・祐護さん・・・・・・」
  寝息の合間に名前を呼ばれる。
  続けてツカサが寝返りを打ち、体がこちらを向く。
見藤祐護「・・・・・・!?」
見藤祐護(大丈夫、起きてない。 まぁ、起こしに来たんだけどさ・・・・・・)
三ツ森ツカサ「祐護さん、行かないで・・・・・・すぅ・・・・・・」
見藤祐護(・・・・・・それにしたって苦しそうな寝顔だ)
  一気に近寄って、ベッドに両手を置く。
  ツカサの両手が俺の右腕を掴んだ!?
見藤祐護「うわっ!?」
  そのまま強い力でベッドに引きずり込まれる。
三ツ森ツカサ「行かないで、そっちは、ダメ・・・・・・」
  極めて近くに、涙を浮かべたツカサの顔がある。
  寝言の内容よりも、そちらに意識が向く。
見藤祐護「泣かないで」
  先ほどツカサに見とれて切った指で、湿った暖かさをゆっくりと拭う。
三ツ森ツカサ「んん・・・・・・?祐護、さん・・・・・・?」
  ツカサが正真正銘驚いた顔をして、腕を抱く力が弱まった。

〇ダブルベッドの部屋
  ツカサはベッドの上であぐらをかいて、俺は椅子に座った。
三ツ森ツカサ「起きた瞬間、急に幸せになった」
見藤祐護「そっか。 それはともかく、聞いてほしい話がある」
三ツ森ツカサ「こっちの話もあとでじっくり聞いてくれよな! で、何?」
見藤祐護「単刀直入に言うよ。 ここに東京競馬場を建てる」
三ツ森ツカサ「いや、え、何?」
見藤祐護「アスターがダービーの会場に連れて行ってくれって。 だから森に東京競馬場を建てたいと思っている」
見藤祐護「・・・・・・ツカサは賛成してくれる?」
三ツ森ツカサ「・・・・・・あんまり」
  ツカサはあぐらに視線を落として、掴んだ臑をもんだ。
三ツ森ツカサ「でも、一つだけ。 一つだけ約束してくれるならいいぜ」
三ツ森ツカサ「『ずっとここに、アスタリスクにいる』って、俺に誓って」
見藤祐護「そこまでしなくても、そもそもどうすればここから出られるかすら知らないし・・・・・・」
三ツ森ツカサ「いいから誓ってくれ!!」
  背筋が痺れて、汗が一筋流れる。
三ツ森ツカサ「・・・・・・驚かせてごめん。 でも、誓ってくれれば、耐えるから」
見藤祐護「わ、わかった。 『ずっとここに、アスタリスクにいる』」
見藤祐護「・・・・・・これでいい?」
三ツ森ツカサ「本当に、本当に守ってくれよ。 俺も、耐えるから・・・・・・」
  なぜそこまで必死に誓わせたのか。
  その疑問を投げることもはばかられる、頼りない声だった。

〇競馬場の座席
  アスターの手綱を引いて、芝のコースに出た。
キャロルアスター「ダービーだー! 兄ちゃん、待ってろ~!」
見藤祐護(ダービーは芝の2400メートルを走るんだったな。 『日本ダービー』って書かれたゴール板が設置されてる)
見藤祐護(スターティングゲート牽引車も設置されてる。 アレに乗り込んで、ゲートを移動させるんだよな)
見藤祐護「ツカサ、アスターをゲートまで案内してあげて。 それ以外は極力、俺がやるから」
  ツカサに手綱を預ける。
三ツ森ツカサ「・・・・・・うん。 アスター、ついてきて」
キャロルアスター「ツカサ、元気ない?落ちてた変なもの食べた?」
三ツ森ツカサ「・・・・・・アスターは落ちてた変なものを食べたことあるのか?」
キャロルアスター「ないよ~!」
見藤祐護(ツカサは俺といるよりアスターといる方が気が楽なんじゃないかな)
  俺は胸にわいたモヤモヤを振り切るように、スターティングゲート牽引車の台上へと駆けた。

〇競馬場の座席
  アスターが4番のゲートに入った。
  ツカサはゲートの後ろからこちらを見上げている。
  俺は旗を数回振ってから、スターターレバーを取り出して、引いた。
  ・・・・・・パァン!
  弾かれたようにゲートが開き、アスターが芝を駆け抜けた。
見藤祐護「今からゲート移動するから、ツカサは外ラチ側に下がってて!」
  ツカサがうなずいて、外ラチ側に逃げていく。
  俺は旗とスターターレバーを戻して、運転席に向かった。
見藤祐護(ツカサ、多分スターティングゲート牽引車も怖いんだろうな・・・・・・)
  いつだったか、ツカサが車に轢かれたときの話をしてくれたことがあったけれど、今はそれを回想する余裕もない。
見藤祐護(早くエンジンを入れて、ゲートをどかさないと!)

〇競馬場の座席
  ゲートを移動し終えた俺は、ツカサと協力して内ラチを整えた。
  二人でゴール板の近くに移動し、アスターの追い込みを待つ。
  うつむき加減のツカサが腕に抱きついてきた。
  少しは驚くが、されるがままになっておく。
見藤祐護「アスターが最後の直線に入った!」
三ツ森ツカサ「・・・・・・アスターには見えてるのかな、キャロルスペースが」
  「わからない」という解答は、芝を飛ばす轟音にかき消された。

〇競馬場の座席
  2400メートルを駆け抜けたアスターが、息を切らしながら芝の上に寝転んだ。
  俺とツカサは内ラチをくぐってアスターの元に向かった。
キャロルアスター「兄ちゃん、いなかった・・・・・・。 ここに、兄ちゃん、いないんだ・・・・・・」
  ツカサがしゃがんでアスターの首を撫でる。
キャロルアスター「おれ、もっと他のところに兄ちゃん、探しに行きたい!」
三ツ森ツカサ「もういない、かもしれないのに?」
キャロルアスター「そんなの、わかんないよ! わかるまで探す!」
  アスターが立ち上がって、地下馬道に消えていった。
  ツカサはアスターの後ろ姿を眺めたまま震えていた。
見藤祐護「・・・・・・追いかけよう」
  俺はツカサの手を引っ張り、立ち上がるよう促した。
  アスターは競馬場の外で、どこに向かえばいいかわからなくなって立ち止まっていた。

〇森の中
  ツカサにアスターの手綱を任せて、玄関ドアを開く。
  玄関にあふれる青い光が、暗い森を照らした。
見藤祐護「アスター、ちょっとまぶしいけど大丈夫かな?」
  遠くのツカサが手綱を引いて、アスターの体がゆっくりと玄関の方を向く。
キャロルアスター「どうしたの!すっごい青いよ!?」
見藤祐護「気にしなくていいよ。 アスターはスペースに会うことだけ考えればいいから」

〇神殿の門
キャロルアスター「キューシャだ!」
  どうやらアスターは青い光の向こうに、自分が預けられている厩舎を見ているらしい。
三ツ森ツカサ「・・・・・・スペース、見つかるといいな」
キャロルアスター「みつけるよ!ツカサにもあわせたげる!」
見藤祐護「俺も会っていい?」
キャロルアスター「いいよ!」
  ツカサが俺のシャツの背を握った。
キャロルアスター「兄ちゃん、待ってろよ~!」
  アスターの蹄の音が、ドアの向こうの青に溶けていった。

〇地下室
  黒板に『東京競馬場 除去』と書いた直後に、背後のツカサに抱きつかれた。
三ツ森ツカサ「祐護さん、今日こそ一緒に寝ない?」
  反射的に思う。
  「今日だけはいいかもしれない」と。
見藤祐護(そもそも一緒に寝なくなったのは、このままツカサに入れ込んだら、ツカサがいなくなるんじゃないかって思ったからだ)
見藤祐護(まぁ、そんなこと言うわけにはいかないし。色々ごまかしてたんだけど)
見藤祐護(『ツカサは俺のそばからいなくならないって、少しずつ信じよう』って誓ったわけだし・・・・・・)
三ツ森ツカサ「祐護さん、返事は?」
見藤祐護「いい、のかも?」
三ツ森ツカサ「なんだよそれ。 まぁ、いいけど」
  俺の背中にツカサが頭を寄せる。
三ツ森ツカサ「絶対逃げるなよ」
  いつもより低いツカサの声が耳に届いた瞬間、誓わされたときと同じように背筋が痺れた。

〇ダブルベッドの部屋
  夕食も風呂も、ぎこちないやりとりをする内に終わっていた。
  ツカサの部屋に行く前に、日記を書いてしまう。
見藤祐護(『六月五日、競走馬のキャロルアスターがやってきた。 馬が迷い込んだのは今回が初めてだ。』)
見藤祐護(『アスターはいなくなった兄のキャロルスペースを探していた。 俺もあの人を探していたらとか、今更考えた。』)
見藤祐護(『あの人は今、どこにいるんだろう。 俺のことを覚えていてくれるんだろうか。 たまには思い出してくれたりするんだろうか。』)
見藤祐護(『あの人はなんでいなくなったんだろうか。 もしも、俺が過去の話をしたことが原因じゃなかったら?』)
見藤祐護(『・・・・・・こんなの今更、今更だ。』)
見藤祐護(『数時間後にはツカサの誕生日だ。 三年ぶりに一緒に寝ることになった。』)
見藤祐護(『久しぶりだからか、なぜか緊張している。 今もちょっと手が震えている。変な感じだ。』)
見藤祐護(『今日の紅茶:リンゴの香り。』)
  ・・・・・・コンコン!
三ツ森ツカサ「祐護さん、準備はすんだ?」
  ツカサの目つきが鋭くて、気後れする。
見藤祐護「日記は書いたけど・・・・・・」
三ツ森ツカサ「なんかまだ準備すること、あるのか?」
見藤祐護「ないけど・・・・・・」
  閉じた日記に視線をやる俺の頬に、ツカサの手が触れる。
三ツ森ツカサ「こっち見てよ」
  顔を上げることを、心が躊躇った。

次のエピソード:家族のありよう(前編)

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