カスケード(脚本)
〇保健室
柊圭太「あー授業だる。ずっとここにいたい」
田村先生「全然元気じゃないか。さっさと教室に戻りたまえ」
柊圭太「元気じゃないっすよ。身体が重くて動けません」
柊圭太「多分、熱中症じゃないかな」
田村先生「君のクラスは冷房が壊れてるのか。それは大変だな。今すぐ空き教室に全員移動させよう。電気工事会社にも連絡した方がいいな」
柊圭太「その前に先生は頭を冷やした方がいいですよ」
田村先生「さっさと出てけ」
柊圭太「・・・はぁ」
柊圭太「人間の身体って、どうしてこう不便なんでしょうかね」
田村先生「そうか? 人間の身体はよくできていると思うが」
柊圭太「肉体に依存しすぎなんですよ」
柊圭太「身体の調子によって心まで変化する。怪我したら痛いし、病気になったら苦しい」
田村先生「何を当たり前なことを言ってるんだ?」
柊圭太「その当たり前が、俺にとっては不便だと感じるわけです」
柊圭太「健全な精神が健全な肉体に宿るのならば、結局、精神も肉体の延長でしかないんだなと」
田村先生「物事を深く考えてしまう年頃か」
田村先生「ふふふっ。若いって良いねえ」
柊圭太「確かに若いのは良いことですね」
柊圭太「歳を取るにつれて肉体も劣化する。精神も老いていく。若いうちが華と言いますしね」
田村先生「・・・」
柊圭太「先生も肉体から解放されたいと思いませんか? そしたら歳を取ることも」
田村先生「お前は一度死んで幽霊にでもなった方が良さそうだな」
柊圭太「幽体離脱は憧れます」
田村先生「はぁ・・・。バカには付き合ってられん」
「・・・!?」
田村先生「何だ・・・? 爆発?」
柊圭太「・・・俺、ちょっと見てきます」
田村先生「おい、身体が重くて動けないんじゃなかったのか」
〇まっすぐの廊下
〇教室
柊圭太「燃えてる・・・。何があったんだ」
男子生徒「ゔゔ・・・」
女子生徒「ゔ・・・ゔぅ・・・」
男子生徒「ゔっ・・・」
怪人「安らかに眠れ」
柊圭太「何だアイツ・・・。化け物?」
怪人「お前も火葬してやろう」
柊圭太「やばい。俺の本能が逃げろと叫んでいる」
〇まっすぐの廊下
〇学校の昇降口
柊圭太「うわっ」
怪人「フン」
柊圭太「うぅっ・・・」
怪人「地べたを這いずり回るその姿、まるで死に損ないのナメクジだな」
怪人「安心しろ。すぐに楽にしてやる」
柊圭太「ぐっ・・・」
〇黒
俺は・・・死んだのか
なんていうか、やけにあっさりだな
人生なんて案外、こんなもんかもしれ──
〇宇宙船の部屋
柊圭太「・・・」
柊圭太「・・・あれ、俺、死んで」
???「目を覚ましたようだね」
柊圭太「・・・誰?」
〇宇宙船の部屋
〇宇宙船の部屋
???「改造手術は無事成功といったところか」
柊圭太「改造手術?」
???「ほら、鏡だ。見たまえ、自分の姿を」
柊圭太「・・・」
柊圭太「うわっ! 怪物!」
???「怪物じゃない。怪人だ」
???「君は怪人として生まれ変わったんだ」
柊圭太「俺は・・・」
???「?」
柊圭太「俺は・・・死んだのか? この怪人とやらに襲われて・・・」
柊圭太「お前は・・・誰だ? 改造手術とは何だ?」
???「質問は一つに絞りたまえ」
柊圭太「学校のみんなはどうなった? まさか、全員死んだのか?」
柊圭太「何がどうなってる? 俺には状況が全く分からない」
???「はぁ・・・。質問の前にはまず挙手をするべきだと習わなかったのかね」
???「君は元学生だろう。背筋を伸ばし、「先生! ここが分かりません!」と元気良く訊ねてこそ・・・」
柊圭太「・・・」
???「しかし、物事に疑問を持てるのは脳が正常に機能している証拠だ」
???「一つだけ質問に答えよう」
???「君は、生きている」
柊圭太「俺は今胸に手を当てているが、心臓の鼓動を感じない」
柊圭太「本当に生きているのか?」
???「心臓? ふっ・・・」
???「あははっ・・・はっ!」
???「そんなもので生死は定義できないよ」
柊圭太「・・・仮に俺が生きているとして、何故俺を生かした?」
???「生かしたのではない。生き返らせたんだ」
???「かつて君は死んでいた。長い間、死を彷徨っていた」
???「それをこの私が改造手術によって蘇らせたんだ」
柊圭太「・・・同じことじゃないのか? 死にかけの俺を、あんたは生かした」
???「全然違うさ」
柊圭太「・・・何が?」
???「それくらい自分で考えたまえ。良い頭の体操になるだろう」
???「脳の活性化は義体とのシンクロ率も高まるしな」
柊圭太「義体?」
???「ふははっ・・・はっ!」
柊圭太「・・・」
柊圭太「そうか。俺の身体はもう・・・」
柊圭太「・・・良い」
柊圭太「すこぶる調子が良い。かつての肉体に感じていた不自由さ、倦怠感が嘘のようだ」
柊圭太「怪人・・・。俺は生まれ変わった」
柊圭太「そして何か、俺の中に使命のようなものを感じる」
柊圭太「人間の俺にはなかった、熱い使命を。それはまるで、俺が生まれた理由。いや、生まれ変わった理由・・・」
柊圭太「・・・」
〇温泉街
柊圭太「・・・」
男性「ゔぅ・・・」
女性「ゔ・・・」
柊圭太「なるほどな。彼女の言っていたことがよく分かった」
柊圭太「どこへ行っても、どこを見渡しても、腐った死体しかない」
柊圭太「かつては俺も、その中の一人だったというわけか」
柊圭太「そんな俺は文字通り、死の淵から蘇った。これは・・・感謝しないとな」
柊圭太「そして・・・」
女性「ゔぁう・・・あ」
女の子「ゔぅ・・・!」
柊圭太「せめて、彼らも助けてあげないと」
柊圭太「その腐った肉体に縛られ続けるなんて、あまりにも酷だ」
柊圭太「君たちの精神を肉体から解放して、真の自由へと導いてあげよう」
女の子「ゔ・・・」
柊圭太「今、楽にしてあげるからね」
女性「ゔぁっ」
女の子「ゔぅ!」
待てや!
柊圭太「ん?」
???「確かにこいつらの匂いが鼻につくのは分かる」
???「だがな、ゾンビだって生きてるんだぜ?」
柊圭太「生きてる? これが?」
女性「ゔ・・・」
柊圭太「痛っ」
???「お前の相手は俺だ」
???「せっかく怪人の力を手に入れたんだ。楽しもうぜ、兄弟」
柊圭太「俺は今十分楽しい。生まれ変わった意味を噛み締めてる」
???「もっと楽しもうぜぇ!」
柊圭太「はぁ。厄介な怪人に絡まれちゃったなあ」
???「待てやコラァ!」
〇雲の上
???「軽いねぇ。お前のパンチは腰が入ってない」
???「怪人の力はなぁ、そいつの意志力によって強さが決まるんだ」
???「お前の薄っぺらい意志じゃあ、俺の装甲は剥がせねえよ」
柊圭太「意志ならある」
柊圭太「肉体を超越した意志が──」
???「キャハッ! 何が超越してるってぇ!」
???「意志っつーもんはなぁ、自分が信じる道を貫く覚悟を言うんだ」
柊圭太「・・・」
???「てめぇにはその覚悟がねぇ! 与えられた運命に抗うだけの覚悟がよぉ!」
柊圭太「うっ・・・」
???「そのまま落ちやがれ!」
〇街の全景
〇街外れの荒地
柊圭太「う・・・」
???「本能のままに人を襲うお前に意志なんてあるはずがない」
柊圭太「人・・・人間・・・」
柊圭太「人間は・・・不憫だ」
柊圭太「脆弱で、歪で、不完全で、その肉体に心までもが蝕まれてしまう」
柊圭太「俺は・・・そんな人間たちを救いたい」
柊圭太「魂を・・・救済してあげたい・・・」
???「・・・」
???「やっぱり、ダメか」
???「あいつが見定めただけはある、な」
柊圭太「う・・・」
柊圭太「・・・」
???「あばよ、兄弟。来世は完全な生命体にでも生まれ変われるといいな」
???「・・・そんなもんねぇんだが」
〇おしゃれな通り
男性「ゔぅ・・・」
女性「ゔ・・・」
???「・・・」
男性「ゔぅう! ゔ!」
女性「ゔゔぅゔぅ!」
???「ははは。何言ってんだか分かんねぇや」
???「でも、お前らからしたら俺の方が謎だよな」
???「どいてくれ。その先に用がある」
男性「ゔゔ・・・」
???「どこに用があるって?」
???「まさか私の研究所に殴り込みでもする気かい?」
???「シャロル・・・」
シャロル「やぁカスケード。君はまた私の作品を壊してくれたようだね」
シャロル「一体を製造するのにどれだけのコストがかかると思ってるんだい?」
カスケード「知らねーな。てめぇが不良品ばっか作るのが悪いんだわ」
シャロル「あはっ。それを言うなら、君が一番の不良品じゃないか」
シャロル「動作不良を起こしているらしい。一度解体して、認知機能を調べてみようか」
カスケード「生憎だが、認知は歪んだままだ」
シャロル「だからそれを直そうと・・・」
カスケード「直してくれるのか? 俺の視界にかかったモヤをよぉ」
男性「ゔぅ」
女性「ゔ・・・?」
シャロル「あー、そういうことかい。それはデフォルトだからバグではないよ」
シャロル「なーんだ。てっきり、壊れてしまったのかと思ったよ」
シャロル「じゃああれかい? 君は自分の意志とやらで、私の構築したプログラムに抗っているのかい?」
カスケード「あぁ。今すぐそこのゾンビどもの四肢を引きちぎりたいところだが、俺の理性がそうさせてくれねぇ」
シャロル「精神は肉体の延長線である」
シャロル「しかし君の精神は、私の作った義体に抗おうとしているんだね。実に興味深いよ」
〇おしゃれな通り
シャロル「────」
カスケード「────」
男性「あの風貌・・・もしかして最近街を襲ってる怪人かな?」
女性「でも、襲ってくる様子はないし・・・」
男性「何を話してるんだろう・・・」
女性「それよりも、怪人と話してるアレ・・・」
女性「虫? 豚? 上手く言い表せないけど・・・」
男性「人間の形をしてるから人間なのだろうけど、でも、すごく酷い見た目をしてるね」
女性「・・・」
シャロル「聞こえてるよ」
「うわっ」
シャロル「陰口は良くないなぁ。君たちって、いつもそうだから」
シャロル「虫だって? 私からしたら、君たちの方が虫だよ」
シャロル「害虫は駆除しないとね」
女性「ば・・・化け物・・・」
シャロル「うるさい」
〇おしゃれな通り
男性「ゔぁ・・・」
女性「ゔ・・・」
シャロル「すまない。小蝿がうるさくてね」
シャロル「死体が腐ると蠅が湧くのは仕方のないことではあるが」
カスケード「俺にはゾンビどもが何を話してるのか分からねえ」
カスケード「でも、てめぇがしょうもねぇことで怒っていたのは分かる」
シャロル「君まで私を怒らせないでくれたまえ」
シャロル「本当は君とも良き友人でありたいと思ってるんだ」
シャロル「互いを理解し、尊重し合えば、このわだかまりも解けるんじゃないかと考えているよ」
シャロル「だって君は私の作った──」
シャロル「・・・」
カスケード「ハッ! 誰がてめぇと馴れ合うか!」
カスケード「俺は俺の意志を貫く!」
カスケード「俺の視界に何が映ろうと、俺のしたいことは変わらねえんだよ!」
シャロル「・・・そうか。実に残念だよ」
怪人「────」
シャロル「私は帰る。後は君に任せた」
怪人「────」
シャロル「研究所も場所を移さないとなぁ。今度は官邸の地下にでも作ろうか」
怪人「────」
カスケード「ハッ。明らかに意志の弱そうな怪人だな」
カスケード「てめぇに俺は殺せねえよ」
カスケード「だって俺は──」
〇森の中
???「私はこの世界が好き」
こんなどうしようもない世界がか?
???「うん」
???「どんなに歪んでいても、それは愛せない理由にはならない」
俺は今すぐにでも滅びてほしいがな
???「それだと私と遊べなくなっちゃうよ」
それは嫌だな・・・
???「私はこの日常がずっと続けばいいのになと思ってる」
でもお前は・・・
???「うん。時間は限られてる」
???「世の中には“仕方のないこと”もある」
・・・
???「でも、それもひっくるめて、私はこの世界が好きなんだ」
???「だって、少しくらい欠陥があった方が愛着が湧くでしょ」
俺も・・・お前のように世界を愛せるかな?
???「愛せるよ」
???「その────」
〇おしゃれな通り
──意志さえ見失わなければ
カスケード「だって俺は、この世界を愛してるからな!」
怪人「────」
カスケード「ヒャッハッハァ! 世界最高! 人間最高!」
カスケード「おけらもアメンボもみんな生きてる!」
カスケード「生命最高!」
怪人「────」
カスケード「お前ら怪人は暴走するトロッコだ!」
カスケード「そして俺は、今にも人間を轢き殺そうとするトロッコを破壊する正義の番人!」
カスケード「俺は俺の意志で生命を選別する!」
カスケード「ゾンビだって良く見りゃ可愛げあんだろぉ?」
〇宇宙空間
ったくよォ! 眼球取り出して丸洗いしたいくらい、視界が濁ってやがる!
だが、その濁りすら愛おしい! そう思えるだけの意志が俺にはある!
俺の身体を改造しようと、この心までは弄れなかったようだなァ!
シャロル、てめぇもありのままの姿を見せりゃあいいのにな
俺はお前がどんなに醜くても差別しねぇぜ
むしろ、フランス人形みたいな今の見た目よりもずっと愛せる自信があるわ!
なんてったって、生命は最高! どんな姿をしていても、皆地球を生きる兄弟だ!
だから俺は世界を守るぜ!
腐った愛も欺瞞に満ちた平和も、まとめて俺が守ってやる!
カスケード「まるで正義のヒーローだな! ハハッ!」
カスケードってこっちのほうの名前だったとは。やってることは無茶苦茶だけど、それが意志といえばそうなのかと。理解できないけど。
「オメガマン」を思わせる読み応えのあるストーリーでした!いろいろ語りたくなって考察が捗りそうw
面白かったです。
怪人の新しい見つめ方なような気がしました。精神が肉体に宿るなら、優れた肉体に優れた精神が宿ることになります。選別というフレーズに怖さを感じ、でも、愚かさを愛おしく思えることに少し安心するのは、何故でしょう?
生命の咆哮に感謝。