2.この樹のぼらば夕紅葉(脚本)
〇綺麗なリビング
吉野「はー・・・寝不足・・・」
光を抱きかかえて家まで走ったのは今朝のの3時前のことだ。
警察に連絡したものの、園も会社も休むことにした。光を外へ出すわけにもいかない。
「ま、いつもの事っすからー」
電話越しにミネがそう言ってくれたのが救いだ。
光「ママ、おはよー」
吉野「ごはんできてるから、着替えて顔洗っておいで」
光「はーい」
吉野「・・・」
吉野(まあ今日はゆっくり・・・風呂は昨日は顔だけ洗って窓を開けたから・・・)
吉野(窓から、あの女が入って来るかもしれない?)
「光!」
「ちゃんと顔洗ったよ?」
吉野「ちょっとびっくりしただけ」
光「へんなの!」
光「ママ、会社は?」
吉野「光といっしょにいたいから、今日はお休み。光も、保育園はお休みだよ」
とはいえ、いつまでも休んでいるわけにもいかない。仕事は溜まっているだろうし、明日は会社だ。
〇オフィスのフロア
吉野(想像以上に仕事が溜まってたわ・・・)
吉野「もしもし、すみません吉野です。 直前で申し訳ないのですが延長保育を──」
〇幼稚園
保育士「さっきご親族の方が光くんのお迎えに来てらしたから、延長保育は大丈夫ですよ」
〇オフィスのフロア
吉野「なんですって!?」
ミネ「どうしたんですか?」
吉野「誰かが光を──うちの子を勝手に連れて行っちゃったらしくて」
ミネ「ゆ、誘拐じゃないッスか!」
吉野「そういう訳だから、ごめん、また後はよろしくね」
ミネ「早く行ってあげてください!」
〇ファンシーな部屋
帽子の女「あら!」
帽子の女「お迎えに来ないみたいだったから。 光くんは今日もいい子でしたよ」
警察官「人のお子さんを勝手に連れて行っては駄目じゃないか!」
帽子の女「いいじゃない。何も悪いことしてないし」
吉野「光、帰るよ!」
〇綺麗なリビング
吉野(園も全力で謝ってきたけど・・・)
光「ママ、お外行きたい」
吉野「だーめ、今日はおうち!」
光「きのうもおうちだったよ」
光「あそびに行きたい・・・」
吉野「光、もしかして帽子のおばさんのところに遊びに行くつもり?」
観察をしていて分かったことがある。
帽子の女の言う通り、光の失踪は光が行っている。
光としては、怒ることもある自分より、甘やかすだけの帽子の女の方がいいのだろう。
吉野(とはいえ──)
〇ファンシーな部屋
〇綺麗なリビング
吉野(行かせるわけには行かないのよね・・・)
吉野「もしもし?」
吉野「あら、ゆめのちゃんママ?」
〇スーパーマーケット
シキミズ「大変だったんだってね?」
シキミズ「しばらく見かけないし、心配してたんだよ」
シキミズ「光くんは大丈夫?」
〇綺麗なリビング
吉野「まあ、何とかね」
吉野「遊びに行きたいって駄々こねてるけど、しばらく家で面倒を見ざるを得ないかな・・・」
〇スーパーマーケット
シキミズ「それなんだけどさ」
シキミズ「今度の週末、うちのゆめのと一緒にキャンプに行かない?」
シキミズ「ずっとおうちで、光くんも光くんママもストレスたまってるでしょ」
シキミズ「息抜きにどうかなって。何人かで行くから監視の目も多いし、まさかキャンプに行った先まで帽子の女はついてこないでしょ」
シキミズ「光くんママは仕事もあるし、光くんだけでもどうかなって」
〇綺麗なリビング
吉野「うーん、確かに心配はなさそうだけど」
吉野「・・・」
吉野「光、おばさんのところは駄目だけど、ゆめのちゃんとキャンプっていうのは?」
光「キャンプ!」
吉野「じゃあ、お願いするね!」
〇駐車車両
光「いってきます!」
吉野「いってらっしゃい。ママ、おうちで待ってるからね」
シキミズ「事情が事情だから光くんから目を離さないようにってみんなに言ってあるけど・・・」
シキミズ「本当に来なくてよかったの?」
吉野「行きたいのはやまやまなんだけど、仕事がたまってて」
吉野「休日出勤しようかと思ってて・・・手伝えなくてごめんね」
シキミズ「そこは気にしなくていいから」
シキミズ「ここのところ、ずっと光くんの面倒しか見てなかったんでしょ?」
シキミズ「仕事もいいけど、たまには羽を伸ばしなって」
吉野「ありがとう」
吉野「いってらっしゃーい!」
吉野「・・・さて」
〇黒
光を預けたのは理由がある。
〇ファンシーな部屋
帽子の女「あら! 珍しい」
帽子の女「どうぞ上がっていって。お茶でも入れるから」
吉野「お邪魔します」
帽子の女「光くんは?」
吉野「ちょっと人に預けてて」
帽子の女「私に預けてくれたら良かったのに」
ふうん、と言いながらLDKのキッチンに向かった後ろ姿を眺める。
同じくらいの背丈の、同じくらいの長さの黒髪が、キッチンの棚で揺れている。
「それで何の用事?」
「光くんを私の養子にする話?」
吉野「ちょっと違うけど」
部屋を見回して目に入った小型のスツールを持ち上げて重さを確かめる。あ
足は金属製だ。重さはそれなりで持ち上げられないこともない。
吉野「光のことについては間違ないんだよね」
「えっ──」
吉野「動かないし、もういいかな」
吉野「ひとまずゴミ袋にいれて、早めに床の掃除をしないと」
〇駐車車両
光「ただいま!」
吉野「お帰りなさい。楽しかった?」
シキミズ「久しぶりに外に出られて楽しかったみたいよ」
シキミズ「私服でスカートなの、珍しいね」
吉野「たまには良いかなって」
吉野「本当にありがとう。良い気分転換になったわ。また月曜日、園でね」
吉野「光、スーパー寄って帰ろう。ゆめのちゃんママに挨拶は?」
光「ばいばーい」
シキミズ「またねー」
シキミズ(前は子供を連れてスーパー行くのも嫌がってたのに、ちょっとは気が晴れたのかな)
シキミズ(心持ち雰囲気も変わってたし・・・連れ出して正解だったわ)
〇川に架かる橋
吉野「さて、お買い物も済んだし」
吉野「どこか行きたいところはある?」
光「おうちでアイス食べる!」
吉野「じゃあ、後でコンビニに寄ろう」
吉野「おばさんのところは行かなくていいね?」
光「うん」
吉野「じゃあ帰ろう」
〇ゆるやかな坂道
吉野「お買い物も済んだし、家に帰ってさっき買ったアイスを食べよう」
光「いっぱい買ったねえ」
吉野「いけない! スーパーに忘れ物しちゃった。光、先に帰っておうちの前で待っててくれない?」
吉野「急いで追いかけるから。ごめんね!」
光(って言ってたけど・・・)
光(ママ、そっちスーパーじゃないよ?)
光「ママ?」
〇マンションの共用廊下
「ママ?」
光(ここ、おばさんのおうちだ)
光「ママ?」
〇ファンシーな部屋
(白いトップスは、それっぽいのがあって良かった)
(帽子は借りよう。髪は斜めに分けて・・・メイクはつり目っぽくして・・・)
光「ママ?」
「ひ、光?」
光「おばさん?」
光「じゃない、ママだ」
吉野「秘密にしてたのに」
ばれちゃったか、と小さく舌を出してみせる。
吉野「ママ、お仕事行くでしょう」
吉野「たまにリモート・・・会社じゃない所でお仕事をしたりするのね」
吉野「家でやると宅配便が来たり、光がいたりするから、ここでやってたの」
光「でも、ここ来たことあるよ?」
吉野「それは光が良い子にしてたから」
吉野「ママだって光に会いたいし」
だからあんまりここには来ないでね、と念を押す。
吉野「仕事中に光と遊んでるのが判ったら、怒られちゃう」
光「そうなの?」
吉野「そうなの。 アイスはとけちゃうから、ここで食べて帰ろう」
吉野「手を洗ってらっしゃい」
光「うん!」
吉野(さすがにちょっと臭うな)
買ってきた消臭剤を辺りに吹き付けながら溶け出したアイスと冷蔵庫を眺めた。
冷凍庫の中には、粗く切り分けた肉塊が入っている。
吉野(しばらくはあの女の振りをして、少しずつ片付けていかないと)
吉野(情報も欲しいし、いっぺんに死体を処理するわけにも行かないからなあ)
光「洗ってきたよ!」
吉野「じゃあママも洗いに行くかな。先に食べてて」
〇黒
吉野「あんたは奪っていったって言ってたけど、」
吉野「そのときはまだ、何も奪っていなかったじゃない」
吉野「お望み通り全部奪い尽くしてあげるわ」
吉野「あなたの姿も、形も、光との思い出も、全部ね」
〇ゆるやかな坂道
光「ママ、おばさんだったんだ」
吉野「びっくりした?」
光「びっくりした・・・」
本当はいつ言おうか迷ってたんだけどね、と消臭剤から肉塊へと詰め替えたスーパーの袋の中を覗きながら呟く。
吉野「黙っててごめんなさい。でも、光のおかげで解決したわ」
吉野「もう帽子のおばさんはいないんだよ。だって、それはママだもん」
光「・・・そっか」
夕ご飯の献立と死肉の処理を同時に考えながら歩く道のりは、いつもより長いような気がした。
静さんのまさかの行動に驚いてしまいました。すっかり追い詰められた心境だとはいえ、、、ですね。その後の行為に静かなる狂気を感じました