幕末毛玉異聞

まこと

毛玉の恩返し(脚本)

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〇神社の本殿
  文久二年、八月──
  京は、蒸しかえるような猛暑が続いていた。
  とあるお寺に居候する猫も、
  この暑さにお手上げ状態だった。
シロ「どうやら天子さまは、猫の蒸し焼きがお好きのようだ」
  手水舎は焼けた肉球を冷やせるだけでなく、綺麗な水も飲み放題だからお気に入りの場所だ。
ご近所さん「んにゃ〜」
  一匹のスレンダーな猫が優雅な足取りで手水舎にやって来た。
シロ「あなたは確か・・・先日うちにいらっしゃった檀家さんとこの猫さまじゃありませんか」
シロ「あなたも涼みに来たのですか?」
  彼女は返事をする気なんかさらさらないようで、愛想よく微笑む猫を一笑する。
シロ(喧嘩にならないだけマシですから・・・)
  猫は馴れ合わない生き物なのだと初めから思っておけば、無駄な争いを避けられる。
シロ「一つ伺ってもよろしいですか?」
  恐る恐る話しかけてみるも、涼しい顔で聞き流される。それでも続けようと思ったのは、とても大事なことだったから。
シロ「人の言葉が分かりますか?」
ご近所さん「・・・」
ご近所さん「あら・・・藪から棒に、何をおっしゃるの?」
シロ「人が何を考えているか、少しばかり気になったもので」
ご近所さん「まぁ、おかしな子ね。わたくしは、人の考えなんて知りたくもありませんわ」
ご近所さん「猿みたいにキーキー騒ぐだけで、みっともないったらありゃしない」
シロ「では、先日檀家さんがお話しされていた内容は・・・」
ご近所さん「さあ?詳しく知りとうもありませんでしたから。和尚さまに腹を立てていたのは分かりましたが」
シロ「そうでしたか。教えて頂きありがとうございます」
  何度か他の猫にも、それとなく尋ねて確認したが、やはり間違いないようだ。
  檀家さんは和尚に腹を立ててなどいなかった。会話の内容から察するに、何者かに墓を荒らされて腹を立てていたのだ。
シロ(なんてことか。猫が人の言葉を理解できるとは・・・!)
  猛暑の中、難しいことを考えるのは良くない。ひとまず文字通り頭を冷やすことにする。
ご近所さん「あなた、それより先に水面に映る己の姿を見てご覧なさいな」
  流し目をさらに細めて意味深に語りかけてきた。
シロ(仕方ありませんね。おっしゃる通りにしてみせましょう)
  水面を覗き込むと、まんまるな毛玉が映っていた。目や耳が埋もれてしまっているので、どうやって見ているのか不思議だ。
ご近所さん「暑いのは、その身なりだからでしょう。和尚様に整えて頂くことね」
ご近所さん「では、私はこれにて。ごきげんよう、毛むくじゃらのおチビさん」
  形の良いお尻が左右に大きく振られながら遠ざかっていく姿を最後まで見届ける。
シロ「呆気にとられている場合ではありません」
シロ「確かにこれはどうにかしなければ、京の夏を越すことはできないでしょう」
  もう一度水面を覗き込んでため息をつく。
シロ「はぁ・・・悩み事が増えてしまいました」
  猫は和尚を探しがてら、聞き耳を立てて収集した話を整理することにした。
  始まりは一週間前である。
  ある参拝客が賽銭箱の上でひっくり返る子猫を発見した。いや、毛玉という方が正しいかもしれない。
  実際、手で払えるものだと思っており、生温かい感触が肌を伝わり飛び上がったらしい。
  慌てて和尚さまの元に運ばれた毛玉の生き物は、幸いなことに、単に気絶しているだけだった。
  一同は心して毛玉を取り囲んだ。そして、その正体を知る必要があるだろうと神妙に頷きあった。
  まず申し訳なさそうに折れた耳を二つ見つける。次につぶらな瞳を二つ掘り当てる。
  和尚は子猫だと確信した。その時に子猫が白目を剥いていたから、和尚は『シロ』と名付けた。
シロ「てっきり『シロ』という名の所以は毛の色からだと思っていましたが、まさか白目を剥いていたからとは」
シロ「話題のネタにするとしましょう」
シロ「気に入りましたよ」
  目覚めてから一週間、分かったことは多いが、肝心なことはまだだった。
シロ「人間の言葉を理解できる猫はどうやら私だけのようです」
シロ「気絶する前の記憶は全くありませんが、何故かこの世界を知っていますし、人々の生活を目にすると胸がときめく──」
シロ「どういうことでしょう・・・」
シロ「ともあれ、一介の猫が考えを巡らせたところで、答えなど出ませんね」
「和尚さまはここにはおられないようですし、裏庭へ行くとしましょう」
和尚「はぁ・・・」
  和尚は掃除中に手を止めて、つい考え事をしてしまう癖があった。
和尚「おや、こんな朝早くからどこを散歩してたんだい?」
和尚「ご飯を縁側に用意しておいたから、他所の猫に取られる前に頂くんだよ」
シロ「にゃ〜。そういえば、お腹が減っていました」
シロ「早く和尚さまに毛を整えてもらいたいことを伝えてご飯にしましょう」
シロ「和尚さま和尚さま!毛玉のままでは京の夏は堪えます。わたしの毛を短く切って頂けませんか?」
和尚「ハハハ。そんなにお腹が減ってたのかい。さ、すぐにお行きなさい」
シロ「おや・・・?違いますよ、和尚さま。お腹も減っていますが、わたしはあなた様に頼み事があるのです」
  シロは和尚の足元にすり寄る。
和尚「どうしたんだい?」
和尚「今は掃除中だから、後にしなさい」
  お尻をポンと押されて、つんのめる。
  どうやらシロが和尚の言葉を理解できても、その逆はありえないようだ。
シロ「人の言葉が分かるものだから、つい勘違いしそうになりますね。猫語を和尚さまが理解できるはずありませんでした」
シロ「しかし、このまま引き下がるわけにも参りません」
シロ「人ほど器用ではありませんが、猫は猫なりの知恵がありましょう」
シロ「ふむ・・・」
シロ「ハサミを持っていくことにしましょう。聡明な和尚さまなら察してくださるはずです」
シロ「・・・と、その前に腹ごしらえが必要ですね」
  ご飯を平らげて、再び裏庭へ行く。
和尚「はぁ・・・どうしたものか」
シロ(先ほどから、何にため息をついておられるのでしょう)
シロ「考え事の邪魔をするのは気がすすみませんが、どうか猫のつまらぬ願いを聞き入れて頂けませんか?」
  和尚は目の前で頭を垂れるシロを見つける。
和尚「ほう・・・何かを咥えているね」
シロ「和尚さま、こちらをご覧ください」
  はさみを地面におき、長い毛を噛んでみせる。
和尚「毛を短くしてほしいのかい?」
シロ「そうでございます」
和尚「確かにそのような格好ではさぞ暑かろう」
  和尚は掃除もほどほどにして、シロの願いを聞き入れてあげることにした。
  お手入れ中、和尚は悩みを打ち明けた。猫が相手なら、気を使う必要もないと思ったからだ。
和尚「また墓荒らしに遭ってね・・・」
和尚「いつもお参りに来てくださる方たちにご迷惑をおかけしているのです」
和尚「一日中見張っているわけにもいかず、犯人を突き止められないのです」
シロ「そういうことでしたか」
シロ「お互い悩みを抱えていますが、あなたは他人さまのために心を痛めているのですね」
和尚「さあ、終わったよ。これですっきりしたかい?」
シロ「風が体を通り抜けていくようです。ありがとうございます」
シロ「お世話になった恩義もありますし、お礼として、あなたの悩み、解決して差し上げましょう」
シロ「猫は猫でも、ただの猫ではございませんので、どうかお任せあれ」
  礼儀正しく頭を下げる猫を物珍しく和尚は感じていた。
  まさか独り言のつもりで言ったことを、猫が理解しているとは思いもしないはずだ。
  シロは整ったばかりのふわふわの毛並みを靡かせながら去っていく。
  少しでも過ごしやすくなることを願って、和尚はそれを微笑ましく見送るのだった。

コメント

  • シロちゃんかわいいですね!
    人語を理解出来る猫…実は身近にいるねこ達も理解してたら…って思うとちょっとドキドキしますね。
    理解出来ないとわかったら、ハサミを持っていくところもかしこいです。

  • 楽しいストーリーでした。人の言葉を理解する猫がいたら、楽しいでしょうね。発想がとても楽しいと思いました。続編があれば読んでみたいです。

  • 人の言葉を理解はするけど意思の疎通はできないのですね。
    何かに使えるということもなく人の声が聞こえるだけ。
    一方通行なコミュニケーションが面白く感じました。

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