お犬様は恋心を胸に秘め

朝永ゆうり

あなや、今日こそめでたけれ!(脚本)

お犬様は恋心を胸に秘め

朝永ゆうり

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〇神社の本殿
  ある人は一年の目標を誓い、
  ある人は良縁を願う。
  ある人は天の恵みに感謝を捧げ、
  またある人は命の誕生を報告する。
  ここは、都心にほど近い田舎町に建つ、
  波雲神社。
  今日も、新たな参拝客が──
  パン、パンッ──
豊稲田彦神「世界平和、のぉ」
豊稲田彦神「志が大きいのは良いことだ」
豊稲田彦神「だが、ちぃと私一人の手に余る」
朱照比古「稲田彦様よう、わしらこの地の土地神でっせ?」
朱照比古「今願いをかけた青年を、精一杯お守りしたらいいんですよ」
豊稲田彦神「そうだなぁ」
豊稲田彦神「では私らも願おう、世界平和を」
朱照比古「へいっ!」
朱照比古「ところで、今日は蒼司殿は?」
豊稲田彦神「蒼司殿は嫁様のところだ」
豊稲田彦神「今朝方、急に産気づいたとか」
朱照比古「そりゃぁいい!」
朱照比古「稲田彦様も跡取りが産まれるのを楽しみにしてたじゃねっすか」
豊稲田彦神「そうだなぁ」
豊稲田彦神「たのしみだねぇ」

〇空
豊稲田彦神「無事、産まれたようだな」
朱照比古「まじっすか!」

〇神社の本殿
豊稲田彦神「朱照比古、お前は言葉遣いがだいぶ今っぽくなったなぁ」
朱照比古「そうっすか?」
豊稲田彦神「おうおう、ナウい〜♪」
朱照比古「稲田彦様、それは・・・」
豊稲田彦神「お?」
朱照比古「どうかしやした?」
豊稲田彦神「今日、もう一人──」
豊稲田彦神「今、産声が上がったわい」
朱照比古「そりゃぁ、めでてえ!」
  わしは、この“同じ日に産まれた二人”という偶然に──
  なんとなく、不思議な縁を感じていた。

〇祈祷場
久遠 蒼司「掛けまくも畏き波雲神社の厳の大前に恐み恐みも白さく、・・・」
朱照比古(初宮詣、か)
朱照比古(二人同時にとは、めでてえなぁ)
朱照比古「まーだ猿みてーな顔してらぁ」
豊稲田彦神「やっぱり赤子は可愛いのぉ」
豊稲田彦神「こりゃぁ、心して守らにゃならん」
朱照比古「稲田彦様、初宮詣の度に同じ事──」
  わしは、何故か視線を感じた。
  その双眼が、こちらをじっと見つめている。
  見えるはずなど無いのに。
豊稲田彦神「どうした?」
朱照比古「いや、何でもねぇ」
朱照比古(気のせいか)
朱照比古(赤子はどこを見ているかわからん顔をしよる・・・)

〇空
  だかそれは、
  気のせいでは無かった。

〇風流な庭園
久遠 慈希「照比古、行くぞー!」
朱照比古「ワンッ!」
朱照比古「って、いけね!」
豊稲田彦神「はっはっは!」
豊稲田彦神「今日も慈希殿は元気いっぱいじゃ」
朱照比古「笑ってね―で助けてくださいよ」
朱照比古「これじゃ狛犬として境内を守る仕事が──」
豊稲田彦神「なーに、狛犬とは二体一対」
豊稲田彦神「お前が境内で遊んでりゃ、碧月比売が守ってくれるさ」
久遠 慈希「おい、照比古!」
久遠 慈希「なにブツブツ言ってんだ?」
朱照比古「あいよ、ぼっちゃん!」
朱照比古「それ!」
  そう、神社の跡取り息子である慈希殿にだけは──
  なぜか、わしの姿が見えたのだ。
久遠 慈希「あ、とーちゃん!」
久遠 蒼司「どうした?」
久遠 慈希「今な、照比古と遊んでたんだ!」
久遠 蒼司「そうかそうか、今日も遊んでくださったんだな」
久遠 蒼司「いつもありがとうございます、お犬様」
朱照比古「いやいや、とんでもねっす!」
朱照比古「こちらこそいつも境内を綺麗にしていただき──」
久遠 慈希「こちらこそありがとうって言ってるよ!」
久遠 蒼司「お犬様も慈希と遊ぶのが楽しいんだな!」
朱照比古(いや、そういう訳じゃ・・・)
久遠 慈希「あーあ。とーちゃんにも見えればいいのに」
久遠 慈希「楽しいワンコなんだよ?」
久遠 慈希「真っ赤な顔してて、かっこいい鎧みたいの着てて!」
久遠 蒼司「こら、眷属(けんぞく)様に向かってワンコはダメだ」
久遠 慈希「とーちゃん、ケンゾクって何?」
久遠 蒼司「簡単に言うと、神様のお使い、ということだ」
久遠 蒼司「お犬様がそこにいらっしゃるということは──」
久遠 蒼司「神様も、すぐそこにいらっしゃるのかもしれないなぁ」
久遠 慈希「ねえ、照比古!ここに神様もいるの?」
朱照比古「ああ、いらっしゃるぞ」
久遠 慈希「いるって!」
久遠 蒼司「そうかそうか。いらっしゃるのか」
久遠 蒼司「これは気が引き締まるなあ」
久遠 蒼司「豊稲田彦神様、 いつもありがとうございます」
  蒼司殿は稲田彦様に背を向け、そのまま頭を下げた。
豊稲田彦神「はっはっは、そっちでねえぞ!」
久遠 蒼司「さて、と」
久遠 蒼司「慈希もあんまり神様の邪魔しちゃダメだぞ?」
久遠 慈希「はーい!」
久遠 慈希「照比古!」
朱照比古「何だ?」
久遠 慈希「もっかいやろーぜ?」
朱照比古「へ、へい!」

〇空
  それから、月日は流れ──

〇神社の本殿
  祝 七五三詣

〇神社の本殿

〇風流な庭園
  慈希殿は、高校生になった。
  そして、恋をした。
  わしは、その相談役に徹しながら──
  会ったことのない彼の想い人に、想いを馳せた。

〇空
  そんな、ある日──

〇風流な庭園
久遠 慈希「大変だ、照比古!」
朱照比古「どうした、そんなに慌てて?」
久遠 慈希「巫女のバイトだ!」
朱照比古「バイト・・・助務のことか。それが──?」
久遠 慈希「俺の好きな人!」
久遠 慈希「正月、うちで巫女のバイトするんだって・・・」
朱照比古「おお、良かったじゃねえか!」
久遠 慈希「全然良くないよ!」
久遠 慈希「だって、俺・・・」
朱照比古「大丈夫だ、ぼっちゃん!」
朱照比古「いざとなったら、わしがナイスパス出してやる!」
久遠 慈希「マジ?信じるよ?」
朱照比古「ああ、任せとけ!」
朱照比古(いやぁ、楽しみだわい!)
豊稲田彦神「朱照比古、あんなこと言って──」
朱照比古「へーきでっせ、稲田彦様!」
朱照比古「わしがぼっちゃんの恋、叶えてあげようじゃないっすか!」
豊稲田彦神「・・・」

〇空
  そして、年が明け──

〇神社の出店

〇神社の本殿
天城 雪美「おみくじの方はこちらにお並びください」
天城 雪美「破魔矢ですね?こちらに・・・」
朱照比古「ぼっちゃん、そのかっこ似合ってるぞ!」
朱照比古「でもって・・・あの子かえ?」
久遠 慈希「・・・うん」
  一瞬、彼女と目があった気がした。
  その瞬間、なぜだか分からぬが──
  わしの胸が、騒いだ。
久遠 慈希「今、俺のこと見てた・・・よな?」
朱照比古(ああそうか、ぼっちゃんを見ていたのか)
朱照比古(そうだ、わしのことなんて見えるわけ──)
朱照比古(はぁ・・・)
久遠 慈希「なんか、やる気出てきた!」
朱照比古「そうだそうだ、その意気だ!」
朱照比古「せっかく同じ場所にいるんだ、昼飯にでも誘ってこい!」
久遠 慈希「うん!」
朱照比古(あの白い雪の肌、透き通るような瞳──)
朱照比古(おっと、いけねぇな)
豊稲田彦神「朱照比古、あのおなご──」
豊稲田彦神「前に一度、会ったことあるな」
朱照比古「え?」
豊稲田彦神「覚えとらんか?」
豊稲田彦神「慈希殿が産まれた時に──」
豊稲田彦神「同じ日に産まれた、赤子ぞ」
朱照比古(ってことは、初宮詣の時に?)
朱照比古(猿みてぇな面だった子が──)
朱照比古(あんな美人になるなんてな・・・)
豊稲田彦神「同じ日に産まれた2人が惹かれ合うなんぞ 、これもまた運命」
豊稲田彦神「めでたいのお!」
朱照比古「惹かれ合う──?」
豊稲田彦神「ああ。あのおなご、一番に神社に詣でて──」
豊稲田彦神「熱心に願っておったわい」
豊稲田彦神「『慈希くんと、両思いになれますように』とな」
朱照比古「なっ!」
豊稲田彦神「朱照比古、邪な真似はするなぞ」
豊稲田彦神「我らは神。人間とは生きている時間が違うのだ」
朱照比古「そ、そんなこと解ってらあ!」
朱照比古「そもそも、わしは人間のおなごなど──」
豊稲田彦神「・・・」
豊稲田彦神「そうかそうか!」
豊稲田彦神「そりゃ失敬!」

〇空
  その日の夜。
  慈希殿から、交際を始めたという報告を受けた。

〇空
  それから、彼らは順調に交際を進め──

〇祈祷場
久遠 蒼司「掛けまくも畏き波雲神社の厳の大前に恐み恐みも白さく、・・・」
久遠 慈希「今日のよき日に、波雲神宮の大御前において、私達は結婚します。今後はご神徳のもと、相和し、相敬い、・・・」
豊稲田彦神「うう・・・」
豊稲田彦神「めでたい、めでたい!実にめでたい!」
朱照比古「稲田彦様、泣きすぎじゃねえですか?」
豊稲田彦神「いいのだいいのだ、今日はめでたき日!」
豊稲田彦神「あのおなごも巫女として、我に仕えてくれるのだろう?」
豊稲田彦神「ああ、なんて幸せ・・・」
朱照比古(そうだ、これから彼女は仕事仲間だ)
朱照比古(彼女からは、わしは見えぬが──)
朱照比古(きっとぼっちゃんが、伝えてくれるだろう)
朱照比古(わしの存在を、彼女が知ってくれるだけで──)
朱照比古(それだけで、わしは・・・)

〇空
  嬉しい日のはずなのに、
  なぜだか、胸に穴がぽっかりと開いてしまったようで。
  ほろりと溢れた涙が、嬉しい涙なのか悲しい涙なのか、
  わしにはよく分からんかった。

〇神社の本殿
久遠 慈希「照比古!」
朱照比古「慈希殿、本日は誠にベリーおめでとうなのでござる!」
久遠 慈希「あはは!」
久遠 慈希「なんか色んな言葉ごちゃまぜになってるよ!」
朱照比古「いや!別に、これは・・・」
久遠 慈希「いいよいいよ、嬉しいから!」
久遠 慈希「それよりさぁ、ちょっと来てよ!」
  グイグイ──
朱照比古(雪美殿!)
朱照比古(近くで見たら、なお美しい・・・)
久遠 慈希「ほら、雪美!」
天城 雪美「あ、あの!」
朱照比古「・・・もしや、雪美殿にもわしが見えるのか?」
  小さくこくこくとうなずく雪美殿は、
  恥ずかしさからなのか俯いたままだった。
  けれど、わしの心は、
  それだけで満たされた。
天城 雪美「昔ここで巫女のバイトしたときに、初めてお見かけしました」
天城 雪美「でも、なんだかすごく懐かしい気がして──」
天城 雪美「とても、不思議な気持ちでした」
朱照比古(あのとき、雪美殿と目があったのは、やはりわしだったのか!)
天城 雪美「慈希から、貴方の話を聞いたときは驚いたけど──」
天城 雪美「これも、きっと運命だったんだって」
天城 雪美「朱照比古様、貴方はきっと──」
天城 雪美「私たちの、縁結びの神様」
天城 雪美「これからは、私も巫女として頑張りますので、どうぞ・・・」
朱照比古「雪美殿、そうかしこまらなさんな」
朱照比古「わしらは、もう仲間でござるよ」
天城 雪美「仲間・・・?」
朱照比古「共に人々の幸せを守る、神社の仲間でっせ!」
天城 雪美「そっか・・・仲間・・・」
天城 雪美「はい!よろしくお願いします!」
  ぺこりと頭を下げた雪美殿は、やっぱり美しくて。
  けれど、もう喪失感はどこにもなくて。
豊稲田彦神「朱照比古よ、」
朱照比古「何でえ、稲田彦様?」
豊稲田彦神「叶わぬ恋ありても、──」
豊稲田彦神「あなや、今日こそめでたけれ!」
朱照比古「ああ、めでたいめでたい!」

〇空
豊稲田彦神「めでたいのぉ、本当に!」
豊稲田彦神「めでたい、めでた・・・うう」
朱照比古「だから稲田彦様、泣きすぎですって・・・」
  波雲神社が縁結びの神社として
  有名になったのは──
  それからもっと、
  あとのお話。

コメント

  • ちょっと切ないけど優しい気持ちになるお話でした。
    お犬様と土地神様の二人でずっと人々を見守っていてほしいな、と思いました。

  • 優しいお犬様の秘めた恋心、ちょっぴり切ないですが、区切りがついてよかったです^^
    この先も二人を、そして次の世代も温かく見守ってくれそうですね!
    そういえば、土地神様はお犬様と読者以外見えてないんですよね。ほんのり切ない…笑

  • 素敵なお話ですね。まさか彼女を巡って三角関係みたいになったらどうしようと思いましたが、そこは神様の使い。とてもめでたしのハッピーエンドでした。

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