〇タクシーの後部座席
早瀬 悠（大和・・・大河・・・）
タクシー運転手「お客さん、着きましたよ」
早瀬 悠（お願い、無事でいて──）

〇総合病院

〇病院の廊下
早瀬 悠「おじさん、おばさん！」
本間 和子「悠ちゃん・・・っ」
早瀬 悠「大和と大河は!?　大丈夫なんですか!?」
本間 和子「・・・っ」
本間 大地「悠ちゃん、落ち着いて聞いて欲しい」
本間 大地「大和は頭を強く打ったらしくて、 まだ意識が戻っていない・・・」
早瀬 悠「そんな・・・」
早瀬 悠「・・・・・・」
早瀬 悠「大和“は”って・・・大河は？」
本間 大地「────ッ」
早瀬 悠「おじさん・・・？」
　　「──大河は、即死だったそうだ」

〇一戸建ての庭先
　　本間大和。
　　本間大河。
　　小学生・・・
　　中学生・・・
　　高校生・・・
　　大学生、社会人・・・
　　物心ついた時から、ずっと一緒に育ってきた幼なじみの双子。
　　小さい頃の思い出の中には、必ず二人がいる。
　　私と大和が付き合うようになって、三人で行動する機会は減ってきていたけれど。
　　それでも──
　　これから先も、ずっと三人一緒にいられると思っていた。

〇葬儀場
　　それなのに・・・
早瀬 悠「大河・・・」
早瀬 悠（こんなに早くお別れすることになるなんて、思ってもみなかった）
　　大和と大河は、バイクに二人乗りをしていて事故を起こしたらしい。
　　近くを走っていた自動車のドライブレコーダーから、飛び出してきた猫を避けようと急ハンドルを切っていることが分かった。
　　縁石にぶつかり、投げ出された大和は電柱に頭を強打。
　　一命はとりとめたものの、未だに意識が戻っていない。
　　そして、バイクを運転していた大河は、ブロック塀に衝突して全身を強く打ち、搬送された病院で死亡が確認されたのだった。
早瀬 悠（大河、どうか大和を助けてあげて・・・）

〇明るいリビング
　　──２週間後──
早瀬 悠「──おばさん？」
早瀬 悠「大和、目が覚めたんですか!?」
早瀬 悠「よかった・・・!!」
早瀬 悠「すぐに行きます!!」

〇バスの中

〇総合病院

〇病院の廊下
早瀬 悠「おじさん、おばさんっ！」
本間 大地「悠ちゃん・・・ 急に呼び出してしまってすまないね」
早瀬 悠「いいえ」
早瀬 悠「それで、大和は？」
本間 大地「精密検査が終わって、 今は病室で休憩しているよ」
早瀬 悠「会えるんですか？」
本間 大地「ああ・・・」
本間 大地「医者は、まだ君とは会わせない方がいいと言うんだが、本人がどうしてもと希望してね」
早瀬 悠「会わせない方がいい・・・？」
本間 和子「大和ね、ちょっと混乱しているみたいなの」
本間 和子「お医者様は、外傷による障害ではなく、 精神的なものではないかと言うのだけど・・・」
早瀬 悠「・・・何かあったんですか？」
本間 和子「あの子、自分は大河だって言い張るの」
本間 和子「やめさせようとしても、 ずっと大河のふりを続けるのよ──」
早瀬 悠「・・・っ」
　　小さい頃は、よく入れ替わって遊んでいた二人。
　　もしかして、助かったのは大和ではなく、本当は大河だったのではないかという考えがよぎり──
　　一瞬、背筋にぞっと震えが走った。
早瀬 悠（──いけない）
早瀬 悠（いくら大和と付き合っているからって、 二人を比べるようなこと・・・）

〇病室
本間 大和「はーい、どうぞー？」
早瀬 悠「失礼します・・・」
本間 大和「悠ちゃん！」
本間 大和「来てくれたんだ」
早瀬 悠「・・・・・・」
　　「悠ちゃん」
　　たった一言に、違和感を覚える。
早瀬 悠「大、河・・・？」
　　ふりではない、『大河』本人がそこにいた。
本間 大河？「すごい・・・ やっぱり悠ちゃんには分かるんだ」
本間 大河？「父さんも母さんも分からなかったのに」
早瀬 悠「ど・・・して？」
早瀬 悠「なんで？」
早瀬 悠「最初から大河だったの？」
早瀬 悠「じゃあ・・・っ、あのお葬式は？ 大和のお葬式だったの!?」
本間 大河？「悠ちゃん、落ち着いて」
早瀬 悠「だって、だって・・・」
　　取り乱す私の腕を、『彼』が掴む。
本間 大河？「俺が生きてて嬉しくない？ 俺が死んだ方がよかった？」
本間 大河？「・・・そうだよね」
本間 大河？「悠ちゃんは、大和の方が大事だもんね」
早瀬 悠「そんなこと・・・」
早瀬 悠「──ッ!?」
早瀬 悠「ど、して・・・？ その、身体は──」
　　『大和』のものだ。
　　理由を聞かれても、直感としか答えられない。
　　けれど・・・
　　私の腕を掴んでいる手は、間違いなく『大和』のものだと確信できた。
本間 大河？「・・・すごいね、そこまで分かるんだ」
早瀬 悠「どうなってるの・・・？」
本間 大河？「俺にもさっぱり」
本間 大河？「でも──」
本間 大河？「医者には「君は間違いなく本間大和だ」 って言われたよ」
本間 大河？「この身体は、確かに『大和』のものだって」
本間 大河？「だけど俺は── 俺の意識は『大河』なんだ」
本間 大河？「『大和』が『大河』の ふりをしてるんじゃない！」
本間 大河？「俺は、本当に『大河』なんだ!!」
早瀬 悠「・・・大和は？」
早瀬 悠「大和も一緒にそこにいるの？」
本間 大河？「そこ・・・？」
早瀬 悠「その身体の中に、『大和』もいるの？」
早瀬 悠「二人で一つの身体に入ってるってこと？」
本間 大河？「いや・・・」
本間 大河？「悠ちゃんには悪いけど、 『大和』の存在は感じない・・・」
本間 大河？「確実なのは、俺が『大河』ってことだけ」
早瀬 悠「そっ、か・・・」
　　「じゃあ、大和はどこにいるの？」
　　「どこに行っちゃったの？」
　　その言葉を、ぐっと飲み込む。
本間 大河？「ごめん・・・」
早瀬 悠「謝らないで！」
早瀬 悠「ちょっと・・・ううん、 かなりビックリしたけど」
早瀬 悠「今話してるのは『大河』だって、 ちゃんと分かるから・・・」
早瀬 悠「ただ、その・・・なんていうか・・・」
　　その時──コンコン、と控えめなノックの音が響いた。
本間 大河？「先生が来たのかも・・・」
本間 大河？「悠ちゃん。 悪いけど、俺に話を合わせてくれる？」
早瀬 悠「えっ？」
本間 大河？「医者が言うんだから、この身体は本当に 『大和』のものなんだろうね」
早瀬 悠「・・・うん」
本間 大河？「でも、今は『大和であり大河』なんだ」
早瀬 悠「うん・・・ 言いたいこと、分かるよ」
本間 大河？「ありがとう・・・」
本間 大河？「だけど、こんなこと 他の誰も信じてくれやしない」
本間 大河？「さっきも、「俺は大河だ」って言った途端、母さんは泣き出すし父さんは唸るし・・・」
本間 大河？「医者は高次脳何とか障害がどうとかって 言い出すしで大変だったんだ」
早瀬 悠「・・・・・・」
本間 大河？「一応、精神的なものじゃないか ってことで落ち着いたけど」
本間 大河？「これ以上余計な検査は受けたくないし」
本間 大河？「受けたところで、俺が『大河』とは 認めてもらえなさそうだろ？」
早瀬 悠「そう、だね・・・」
本間 大河？「だから、大和のふりをしようと思うんだ」
早瀬 悠「大和のふり・・・？」
本間 大河？「悠ちゃんが『俺』だって分かってくれただけで、今は充分だからさ」
早瀬 悠「大河・・・」
　　『大和の身体』で、『大和のふり』をする。
　　その言葉が、なんだかひどく滑稽に感じた。
医者「本間さん、入りますよ？」
医者「来客中のところ、すみませんね」
医者「気分はいかがですか？」
本間 大河？「だいぶ落ち着きました」
本間 大河？「さっきはちょっと混乱してましたけど、 もう大丈夫です」
本間 大河？「俺は、本間大和です」
本間 大河？「こうして恋人に会ったら、 頭がすっきりしたみたいで」
医者「そうですか！」
医者「彼女さんのおかげですね」
早瀬 悠「い、いえ・・・」
医者「彼女さんが帰ってからで構いませんので、 後でまた少しだけ問診させてください」
本間 大河？「分かりました」
医者「では、失礼します」
早瀬 悠「・・・・・・」
本間 大河？「うまくいったな」
本間 大河？「ま、見た目じゃ判断つかないだろうし、 どうとでもなるか」
早瀬 悠「大河・・・」
　　『大和』が『大河』のふりをしているわけではない。
　　『大和』の身体に、『大河』の意識が入っている。
　　そんなこと、本当にあるのだろううか。
　　目の前の『彼』は、いったい、『誰』なんだろう・・・？
？？？「悠ちゃんは、俺のものだよ──」