音色を探して

72

障がいのある世界(脚本)

音色を探して

72

今すぐ読む

音色を探して
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇一軒家
  カモミールに一人、そしてまた一人、入居者が入って、あっという間に定員に達した
  先に入ってきたのは雪乃(ゆきの)さん。おとなしいような冷たいような。誰とも話さない人だった
  その数日後にアリサさんが入ってきた。この人はいつもキツイ顔をしていた。時々木下さんと話をしていたが、正直ちょっと怖かった
  私がミモザさんや世話人さんにキーボードを弾いて歌っていても、すぐに自分達の部屋に入ってしまう
木下さん「皆それぞれ、好きなことと嫌いなことはあるから。無理に仲良くしなくてもいいのよ。自然な距離感が一番よ」
  木下さんはそんな事を言っていたが、一緒の家に住んでいるので、いつも気になっていた

〇レトロ喫茶
  一方で仕事は順調だった。
  お店は想像してたよりとっても忙しかったが、開店前の軽食や、遅いお昼のまかないがとっても美味しかった
  お店のあわただしさが落ち着くと、オルガンを演奏した。曲はパパマスターに借りた、ワルター・ワンダレイの曲
パパマスター「いやー、思ってたより凄くいいねぇー」
  働き始めて数日後、また新しくCDを貸してくれた。今度はセロニアス・モンクの「SOLO ON VOGUE」
パパマスター「これはこれで全然違うタイプの曲だから、楽しんでみてね」
  CDを貸してもらえるのは凄く嬉しい
  私は岡田さんにスマホでユーチューブを見ても良い時間が決められていた。見すぎると目に悪いからとか
  ただ、アメリカのラジオが聴けるアプリを入れてくれて、それは夜21時まで聴くことができた。
  仕事が忙しい時には、ラジオを聴きながら寝てしまうこともあったが

〇住宅街の道
  仕事をしている喫茶店は、カモミールから歩いて約30分。私は体を動かす事が好きだったから、歩いて通っていた
  パパマスターから新しいCDを借りたその日は、いつもより少し早歩きだったと思う
  遠くの方に、見覚えのある後ろ姿が目に入った。徐々に距離が縮まると、それが雪乃さんだと気がついた
みあ「雪乃さーん。雪乃さーん」
  割と大きな声で呼んだのに、何にも反応してくれなかった
  これまでも話をしたことがなかったので、私はそのままカモミールに帰ることにした
  ただなんとなく気まずかったので、距離は縮めないように歩いていた

〇一軒家
  当然、雪乃さんの方が早く到着したが、カバンから鍵を取り出すのに時間がかかっていたため、追いついてしまった
みあ「こんにちは雪乃さん」
  雪乃さんは頭を下げておじぎをしてくれたが、言葉は出さなかった
  杉の森学園でもお話できない人はいたし、昔の私もそうだったので、雪乃さんもそういう人なんだと考えた

〇アパートのダイニング
  中に入ると木下さんがいた
みあ「木下さーん。雪乃さんはお話が苦手なんだね。さっき玄関で会って挨拶したんだけど、おじぎしかしてくれなくて」
  木下さんは少し考えた後、雪乃さんの事を教えてくれた
木下さん「個人情報だから細かい事は伝えられないけど、雪乃さんは耳が聞こえないの。聴覚障がいっていうんだけど」
木下さん「個人情報を何で話したかっていうと、耳が聞こえない事で気がつけない事もあるから、それだけは知っておいてほしかったの」

〇女の子の一人部屋
  私は部屋に入ってから、早速パパマスターから借りたCDを聴いた
  素敵な音楽だったが、いつもより気持ちがざわざわしていた
  耳の聞こえない雪乃さんが気になっていた。音が聞こえない、それは素敵な音楽も聞こえないということ
  聴いてる音楽は素敵なのに、涙がボロボロ落ちてきた

〇アパートのダイニング
  夕食の時間になった
  アリサさんはいつも遅く帰ってくる。雪乃さんも時々遅い日はあるが、この日は同じ時間の夕食となった
  私は全然食事が進まなかった。雪乃さんを前にして、再び涙が落ちてきた
みあ「雪乃さん可哀想。音が聞こえない・・・音楽も・・・」
  ドーン!
  私は雪乃さんに押され、椅子から倒れてひっくり返っていた
雪乃「わーしは(わたしは)かあいそうじゃなぁ(可哀想じゎない)。かってなこというぁー(言うなー)」
  雪乃さんは怒った後、涙を流して自分の部屋へ行ってしまった
  後で知ったのだが、雪乃さんは口の動きで会話がだいたいわかるのだ
木下さん「みあさん、ご飯が終わったらお部屋で一緒にお話しようか」
  私も木下さんとお話したかった。
  ミモザさんには謝って、その日の演奏は中止にさせてもらった。ミモザさんもなんとなく察してくれた

〇女の子の一人部屋
みあ「木下さん、私いけないことしたのかなぁ。雪乃さん怒ってたし、泣いてたし」
  木下さんは、床に座るとまっすぐ私を見つめた
木下さん「二人とも悪くはないよ。でもね雪乃さんは産まれた時からずっと耳が聞こえないの」
木下さん「音を知らないのに、それを知っている人から知らない事が可哀想なんて言われたら、自分の人生を否定されてるみたいでしょ」
  確かに。私も計算ができないことが可哀想って言われたら、なんかバカにされているようで悔しい
みあ「木下さん、私やっぱり悪いこと言ってたよ。謝らないと」
木下さん「そうね。でも今日は顔合わせるのも辛いと思うから、明日の朝一番がいいんじゃないの」
  そう言って木下さんは部屋から出て行った
  明日謝ろう。そう思っていたが、翌朝起きるとすでに雪乃さんは仕事に行ってしまっていた

〇レトロ喫茶
  私は悲しい気持ちのままお仕事に行った。喫茶店に着くと、岡田さんが待っていた
岡田さん「木下さんから連絡もらったの。落ち込んでるんだって?」
  一緒にお店に入ると、私は席に座って再び泣きだしてしまった
岡田さん「みあさん、耳の聞こえない人の言葉は知ってる?手話っていうの」
  岡田さんは自分の手を動かしながら説明してくれた
岡田さん「せっかく謝るんだったら、手話の方が良くない?」
みあ「うん」
マママスター「大切なお勉強ね。今日はお店休んでもいいわよ」
  私は気持ちを抑えてうなずいた
パパマスター「音楽が聞こえなくても、一緒に楽しめる音楽はあるよ」
  そう言ってパパマスターは部屋の奥からDVDを持ってきた
  私と岡田さんは、奥の部屋でそれを見せてもらうことになった

〇蝶
  なんとなくパパマスターが言いたかった事がわかった。私は岡田さんと、どれが一番良いかを考えた
  それが終わると図書館に行き、手話の本で雪乃さんへの謝りかたや、私が伝えたいこと等を学んだ

〇アパートのダイニング
  カモミールに帰ってからはソワソワしていた。早めに帰ったので、雪乃さんが帰ってくるまでの時間がとても長く感じていた
  そして雪乃さんは帰ってきた。私は小走りで玄関まで行った。そして手話で・・・
みあ「昨日はごめんなさい」
  雪乃さんが初めて笑ってくれた。私は嬉しさから、その場で座り込んで泣いてしまった。
  でも顔を上げる頃には、私も笑顔が見せれるくらいに回復した

〇アパートのダイニング
  その日の夕食が終わると、私は世話人さんと二人に、パパマスターから借りたDVDを見て欲しい事を伝えた
  もちろん雪乃さんには、覚えたての手話を使って

〇草原の道
  私が見せたかったDVDは、字幕付きのマイケル・ジャクソンの「Thriller」
  これなら皆で楽しめる。音楽もダンスもある物語だから
  最初のうち、ミモザさんは怖かっていたけど
  ダンスが始まるとミモザさんは楽しみだし、一緒に踊り出した
  雪乃さんもそれを見て笑っていたが、途中からは真似して踊り出していた
  音がなくても、真似するとリズムをとれてくる。不思議な映像だった
  DVDのタイトルは「VISION」いわゆるベスト盤だった
  他にもかっこいい映像がたくさん入っていたので、三人で何日間かかけて見ていた
  ミモザさんは「Black Or White」を気に入っていた。雪乃さんは体を動かす事を楽しむようになった

〇ゆめかわ
  まだそれぞれが抱える障がいの壁はあるが、私達は何かいい感じになってきたようだ
  そして雪乃さんはしばらくしてから、指のダンス「フィンガータット」を練習するようになった
  手話で話をする彼女のフィンガータットは、とても美しかった

次のエピソード:

成分キーワード

ページTOPへ