16.キミの知らない僕の話。(脚本)
〇黒
遠い遠い昔。まだ僕が「ヤマタノオロチ」という怪異じゃなく、「水神」として人々に慕われていた頃のこと。
あの頃は僕だって、人間嫌いじゃなかったんだ。
〇寂れた村
村人1「うん、今年もいい米ができた!」
村人2「ああ、これも蛇神様のお力のお陰だろう」
蛇神「やあ、収穫中かい?」
「蛇神様!」
村人1「わざわざ我々の元にお姿をお見せになるなんて・・・!!」
村人2「今年もあなたのお陰で皆飢えずに済みそうです。ありがとうございます!」
蛇神「いいよいいよ、これが僕の仕事なんだし」
蛇神「ところでさ、僕、稲の収穫に興味があるんだけど。キミたちと一緒にやってもいい?」
村人1「そんな! 蛇神様に農作業をさせるなんて恐れ多い!」
村人2「農作業より、宴の方が楽しいですよ。 蛇神様もお好きでしょう? すぐに用意させますから」
村人2「──みんな、蛇神様がいらっしゃったぞ! もてなしの準備をするんだ!」
蛇神「・・・」
〇湖畔
僕は人間と仲良くなりたかった。彼らの事をもっともっと分かりたかった。
けれど、何度やっても人間達は僕が神だからと遠ざける。今より近づく事を許してくれない。
蛇神「はぁ。なんであんなに畏まっちゃうんだろう。神って言っても、僕ができるのは雨を降らせることくらいなのになぁ」
蛇神「それに僕、宴好きって訳じゃないし・・・」
ガサガサッ。
蛇神「ん、誰かいるの?」
少女「きゃっ!」
現れたのは、みすぼらしい格好をした一人の少女。
家を抜け出して来たのだと言う彼女は、その湖が禁足地になっている場所だと知って青い顔をした。
少女「ごごご、ごめんなさい!」
少女「私、あまり外に出して貰えないから、ここが蛇神様の住処って知らなくて・・・!」
少女「──あれ? でもそんな場所にあなたはどうして・・・」
少女「あっ、分かった! あなた、蛇神様にお仕えしてる 方なんですね!」
蛇神「えっ? いや僕は・・・」
少女「誤魔化さなくていいんですよ! ここに人間がいるとしたら、それしか考えられません!」
少女「あの、良ければ私と お話してくれませんか? 神様のこと、色々聞きたいです!」
僕を人間と勘違いした少女は、太陽のように笑っていた。
〇湖畔
それから時々、その少女は人目を忍んで僕の元へやってきた。
始めは「蛇神様」の話をしていたが、回を重ねるごとに世間話もするようになった。
少女「それでね、お母さんが「できの悪い奴はせめて働いて役に立て!」って」
少女「でも私、もういっぱいいっぱい 頑張ってるのにー!」
話を聞く限り、少女は家族に疎まれており、奴隷のような扱いを受けているらしかった。
あの村にそんな事をする人間がいたなんて。僕はどうやら、村の綺麗な部分しか見ていなかったらしい。
少女「あっ! そういえば、あなたのお名前 まだちゃんと聞いてなかったよね?」
少女「教えてくれない? お友達の名前を知らないなんて変だもの!」
蛇神「・・・キミの好きなように呼んだら良いよ」
少女「えー、何それ!」
少女「なら・・・」
少女「「時雨」! 雨を降らせてくれる 蛇神様に仕えてるでしょ? それに、時雨みたいに優しいから!」
時雨「時雨、ね。うん、良い名前だ」
〇寂れた村
少女は僕を神様として見なかった。ずっと対等な存在として、僕と接してくれていた。
その時間が心地良くて、僕は気付いていなかったんだ。
村人1「くそっ、また全部枯れてやがる」
村人2「お陰でここのところ作物が全然とれねぇ。 蛇神様がいらっしゃるのに・・・ 一体どういうことなんだ?」
村人2「まさか・・・ あの方は俺達を見捨てたのか?」
──暗雲が、刻一刻と近づいている事に。
〇魔法陣のある研究室
時雨(・・・懐かしい夢を見た)
時雨(あの後村で作物がとれなくなって、 みんなが僕のところに押しかけてきて、 そして・・・)
時雨「ッ、ああぁぁぁぁああああ!!!」
スサノオ「おお、目が覚めたのか。すまんな、もう一回落としてやろう」
時雨「はぁ、はぁ・・・いいよ、慣れてるし。 キミたちが僕の身体を使って散々実験をやってきたお陰でね」
時雨「そこの戦闘シミュレーターとか、ここにある機械のほとんどが僕を研究して作ったやつでしょ。忘れちゃった?」
スサノオ「ああそういえば、縛鎖錠の電流も効かないって狐守が言ってたな」
スサノオ「じゃあ問題ないか。観崎、引き続きよろしく」
観崎「はいよ! ポチッとな★」
時雨「──ッ!!!!」
スサノオ「どうだ? 上手くいきそうか?」
観崎「全然ダメ。妖力値にも変化なーし」
観崎「どうしてなのかなー。原理的にはこれで須佐川ちゃんがかけた封印を強制解除できるはずなんだけど」
観崎「何かがストッパーになって解除を邪魔してるような感じがあるんだよねえ」
スサノオ「ストッパーか・・・ ヤマタノオロチ、何か変なことしてないだろうな」
時雨「してるわけないでしょ。そうやって妨害するなら最初から神に戻ることに同意してない」
〇寂れた村
時雨(・・・まあ、心当たりがないわけじゃないけど)
〇魔法陣のある研究室
時雨「というか、そもそもなんでスサノオが自分で解かないのさ」
時雨「キミがかけた封印なんだから、キミが解除するのが普通でしょ」
スサノオ「残念ながら俺はAPASの職員として地上に介入するようになった時点で、姉貴に力を制限されてるんだ」
スサノオ「だから今の俺はちょっと不老不死なだけのただの人間。結界を解くなんてできないんだよ」
時雨「はぁ、ほんっと役立たず」
時雨「進展無いならここで一旦終わりにしない? 僕、玲奈ちゃんを待たせてるんだけど」
スサノオ「ん? ああ、結構時間を使ってしまったしな」
スサノオ「なら、続きはお前が出張から帰ってきてからにしよう」
スサノオ「だが覚えておけ、ヤマタノオロチ。お前が神に戻ることが、玉藻の前迎撃成功の鍵を握ってるんだ」
スサノオ「玉藻の前に勝つ事は、 狐守を救う事にもなる。 ・・・いろいろな意味でな」
スサノオ「だからもしさっきの失敗に関して心当たりがあるのなら、早いうちに解決しておけ」
時雨「・・・分かったよ」
〇オフィスのフロア
時雨「・・・ただいま」
玲奈「あ、やっと帰ってきた──」
玲奈「って、どうしたの? ひどい顔だけど?」
時雨「ちょっとね。 須佐川がうざくて疲れちゃった」
時雨「それより、玲奈ちゃんの方は大丈夫? 例の怪異の事で・・・」
玲奈「ああ・・・まあ、問題ないと言えば 嘘になるけど。1人で考えてたら 大分気持ちの整理はついたわ」
玲奈「家族の仇を取るにしても、今は冷静に自分のやるべきことをやらないとね」
時雨「そっか。玲奈ちゃんは強いね。そんなキミのために、僕もできる限り頑張りたいな」
時雨「・・・頑張り、たいのになぁ」
玲奈「時雨・・・?」
時雨(やっぱり、だめだ)
時雨(キミという存在が側にいても。キミのために力を使いたいと思っていても)
〇寂れた村
やっぱり僕は、神に戻る事が恐ろしい。