デッドオア

アビス

case.0 水上いろは(脚本)

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〇古書店
水上いろは「・・・」
水上いろは「・・・ここ、どこ?」
水上いろは「あ!」
水上いろは「怪我してない・・・」
水上いろは「生きてる なんで・・・?」
水上いろは「だって私──」
水上いろは「ビルの屋上から飛び降りて・・・」
水上いろは「死んだはずなのに──」

〇川に架かる橋
  水上いろは 16歳
  私は、たしかに死んだんだ
  理由は、どこにでもあるような月並みな不幸
  ある日を境に
  たった1人の親友からいじめられた
  いつしか、私の心は壊れちゃってたんだと思う

〇川に架かる橋
  今日はよく晴れてて
  空がとっても綺麗で
  心地よい風も吹いていて
  だから、なんとなく口に出した
水上いろは「死んじゃうのもいいかもね」
  言葉に出した時、自分が笑ってることに気付いた

〇ビルの裏通り
  そう決めたら心が軽くなった気がした

〇マンションの非常階段
  適当に見つけたビルの非常階段を昇り

〇ビルの屋上
  屋上から飛び降りた

〇古書店
水上いろは「なんで私生きて・・・」
水上いろは「きゃあ!」
水上いろは「だ、誰?」
案内人「初めまして」
案内人「僕はここの案内人です」
水上いろは「案内人?」
水上いろは「あの、ここどこなんですか?」
水上いろは「病院・・・じゃなさそうだし」
水上いろは「私、なんで生きて」
案内人「大丈夫です」
案内人「水上いろはさん」
案内人「水上さんは、ちゃんと死んでいます」
水上いろは「でも、それならここは?」
水上いろは「それに、なんで私の名前を──」
  不安になり胸に手を当て、気づいた
  心臓が、動いていなかった
水上いろは「もしかして、死後の世界・・・的な?」
案内人「いいえ」
案内人「人は死んだら生まれ変わります」
水上いろは「でも私は私のままって言うか」
案内人「はい、今はまだその手前」
案内人「ここにいる水上さんには2つの選択肢がございます」
水上いろは「選択肢・・・?」
案内人「ひとつは このままそちらの階段を降りて頂きます」
水上いろは「おりるとなにがあるの?」
案内人「階段を降りきると 新たな人生が始まります」
案内人「そして、もうひとつ」
案内人「水上さんの姿を 時間と能力に引き換えることが出来ます」
  理解が追い付かなかった
  男は、混乱する私のことなどお構い無しに事務的に続ける
案内人「さて、どちらを選ばれますか?」
水上いろは「ま、待って!」
水上いろは「そんな、急に言われても私」
水上いろは「死んだ人は全員こうなるの? それとも、私が特別とか?」
  男は首を振った
案内人「偶然です」
案内人「細かなことは申し上げられませんが」
案内人「水上さんがここにいるのは」
案内人「偶然」
  それを聞いて少しだけガッカリした
  辛くて、結局自分から死ぬことを選んでしまったけど、
  私はなにか特別だったのかもしれない
  心のどこかで期待していた自分がいた
  ――けど、そうじゃなかった
  落胆する私を他所に男は続ける
案内人「それと」
案内人「後者を選んだ場合 与えられた時間を水上さんの自由にお使いください」
水上いろは「自由?」
案内人「はい どんな能力が与えられるか どれくらいの時間が与えられるかは」
案内人「引き換えるまで分かりません」
案内人「能力や時間を確認してから、それをお好きに使っていただいて結構です」
案内人「それには『なにもしない』という選択も含まれます」
案内人「それに どちらを選んでいただいても行先は変わりません」
案内人「2つ目の選択肢を選んだとしても 時間が切れたらここに戻ってきます その後、階段を降りていただきます」
  全てが信じられない話だった
  だけど、男の事務的な話し方や
  どこか現実感のないこの場所
  動いていない心臓の事を考えると
  多分、この話は全て真実なんだろうと思えた
  このまま階段を降りるか
  姿と引替えに時間を貰うか
水上いろは「・る」
案内人「はい?」
水上いろは「2つ目の方、私、やってみたい・・・」
案内人「・・・」
案内人「分かりました それでは、今から水上さんに──」

〇街中の道路
  見知った風景が目に映った
  いつも通学に使ってる道
「ホントに帰ってきた」
  まだぼんやりする頭で辺りを見ると
  視界の右隅に不自然な数字が見えた
  2:58:21
  数字が時間とともに少なくなっていく
「これが、私に与えられた時間」
「3時間・・・」
「そういえば、能力も与えられるって言ってたっけ」
「あの人、さっき──」

〇古書店
案内人「今から水上さんの姿を 能力と時間に引き換えます」
案内人「次に目覚めたときには現世に戻っています」
案内人「残り時間は視界のどこかに現れます それと、能力ですが」
案内人「意識を内側に集中すれば自然と理解できます」

〇街中の道路
「集中する、か」
  目を閉じて集中する
  頭の中に何かが浮かんだ
  能力 『不等価交換』
  任意の二つを交換することができる
  左右の手を交換したいものにかざし
  強く念じてください
  また、この姿の時は誰からも姿を認識されません
「交換?」
(試してみよ・・・)
「あっちに転がってる空き缶と、足下の石を──」
  そう思い、腕を動かそうとしたところで違和感を覚えた
  違和感の正体を探ろうと両手を顔の前に持ってきたとき
  心臓が止まるかと思った
水上いろは「これが、私?」

〇古書店
案内人「水上さんの『姿』と引き換えに」

〇街中の道路
  向こうの方からスーツを着た男が歩いてくる
  男はこんな姿の私の横を
  顔色ひとつ変えずに通り過ぎていった
水上いろは「ホントに見えないんだ・・・」
水上いろは「はは・・・ なにやってんだろ、私」
水上いろは「こんな姿になって 誰からも見えなくなって」
  やってもやらなくても最後は同じ
  それならやってみようと思った
  けど──
  こんな怪人みたいな姿に変わるなんて
水上いろは「やらなきゃよかった、かな」
水上いろは「・・・あ!」
  遠くにユキの姿が見えた
  ユキ
  私のたった一人の親友で
  私は彼女の事が大好きで
  なぜか突然
  私のことをいじめはじめて──
  ユキは通りを曲がり、姿が見えなくなった
水上いろは「・・・」
水上いろは「ユキ!」

〇マンション前の大通り

〇オフィスビル前の道

〇駅前ロータリー(駅名無し)
水上いろは「ユキの家、全然違う方向なのに」
  ユキは歩道橋を登り終えるとちょうど真ん中で立ち止まり
  欄干から下を眺めた

〇歩道橋
  ユキの背中にそっと近寄った
初野ユキ「・・・」
初野ユキ「・・・・・・」
水上いろは「私が死んだの ユキはまだ知らないかな・・・」
水上いろは「良かったねユキ ユキの嫌いな私は死んだよ」
  背中に声をかけた瞬間
  ユキの口から思わぬ言葉が漏れた
初野ユキ「いろは・・・」
水上いろは「・・・え?」
  今の、聞こえて・・・?
  でも
  すぐに違うと分かった
初野ユキ「いろは・・・ ゴメンね、いろは」
初野ユキ「アタシ」
初野ユキ「いろはにホント酷いことして」
初野ユキ「・・・」
  何で泣いてるんだろう
  あんなに毎日、私をいじめてたのに
  まるで義務なんじゃないかってくらいに毎日毎日──
  思えば今日は、頭が混乱することばっかりだ
初野ユキ「アタシ」
初野ユキ「取り返しのつかないことしちゃった・・・」
水上いろは「ユキ・・・何を」
初野ユキ「アタシのせいでいろはが死んじゃった!」
初野ユキ「生きるために仕方なくやってた けど、そんなのいろはには関係ないのに」
水上いろは「生きるため?」
初野ユキ「でももう、遅いよね」
初野ユキ「それに・・・」
初野ユキ「こんな姿になってまで生きたくないよ!」
初野ユキ「私、何やってんだろ」
初野ユキ「この体じゃ涙も出ない・・・」
  涙を流さずに泣くユキの姿を見ながら察した
  おそらくユキは、私よりもっと前に──
  私をいじめ始めたのも多分──
  話がしたい
  けど、私の声も姿も
  もうユキには届かない
  しばらく考え
  私はあることを思いついた
  泣きじゃくるユキの頭の方へ
  右手を
  左手を私の頭へ──

〇古書店
初野ユキ「交通事故?」
案内人「はい 初野ユキさん、あなたはちゃんと死んでいます」
初野ユキ「姿と引き換えに?」
案内人「どちらを選びますか?」
初野ユキ「やる」
初野ユキ「もう一度いろはと話したり 笑ったり出来るなら アタシ、やりたい!」
案内人「分かりました──」

〇街中の道路
初野ユキ「これがアタシ」
初野ユキ「能力って一体」

〇ステンドグラス
初野ユキ「何この能力・・・」
  能力 『心身売買』
  自分の大切なものを捨てることで命の残り時間を増やせる能力です
  いつでも元の姿に戻ることが出来ますが、怪人の姿の時しか残り時間は確認出来ません
初野ユキ「大事なもの・・・」
初野ユキ「いろは」
初野ユキ「ううん!」
初野ユキ「いろはだけはダメ! そうだ、財布にあったお金で試しに」
初野ユキ「千円を捨ててみた けど、10分しか増えてない」
初野ユキ「私の大事なもの──」
初野ユキ「・・・」

〇女の子の部屋
初野ユキ「う、うるせーなババァ! 二度と話しかけんじゃねーよ!」
「ユキちゃん、なんで」
初野ユキ「理由なんかねーよ!」
初野ユキ「・・・」
初野ユキ「行ったかな・・・」
初野ユキ「・・・今のでも二時間しか」
初野ユキ「・・・」

〇流れる血
水上いろは「ユキ・・・なんで」
初野ユキ「ま、前からいろはがキモかったんだよ」
初野ユキ「いつもアタシについて回って」
水上いろは「そんな・・・」
初野ユキ「今日から徹底的にいじめてあげる」
初野ユキ「無視なんてしてあげない 今までつきまとわれた分、今度はアタシがお前につきまとって」
初野ユキ「ずっと苦しめ続けてやる」

〇女の子の部屋
初野ユキ「45時間増えてる・・・」
初野ユキ「ゴメン・・・」
初野ユキ「ゴメンね・・・いろは」

〇歩道橋
  私は入れ替えたのだ
  私とユキの記憶を──
  だからきっと、ユキにも私の──
初野ユキ「なに、今の・・・」
初野ユキ「いろは?」
初野ユキ「いるの? いろは!」
  辺りを探す怪人の姿が、私にはユキに見えた
初野ユキ「いるんでしょ、そこに」
初野ユキ「ごめん ごめんね・・・」
水上いろは「・・・」
水上いろは「ユキ・・・」
  ユキの記憶の最後
  ちょうど私が飛び降りた時間に
  ユキのタイマーの表示が『∞』になっていた
  私の死は、結果的に親友を救った
  私はそれで満足だった
  嫌われてなくてよかったよ
  
  心の中で呟いた
  私を探すユキに向かって
  もう一度『交換』を使う
初野ユキ「またいろはの記憶が入って──」
初野ユキ「嫌いになんてなってない!」
初野ユキ「大好きだよ! いろは!」
水上いろは「バイバイ、ユキ」

〇古書店
水上いろは「時間か・・・」
  タイマーの数字は全てゼロになっていた
案内人「おかえりなさい いかがでしたか?」
水上いろは「・・・」
  この男に対し色々な感情が湧いていた
  この男がいなければ
  ユキはあんなに悲しむことはなかった
  けれど
  いなければユキは事故の時点で死んでいた
  恨みとも感謝とも違う感情
  だけど、私にはひとつ
  思いついていたことがあった
  ユキに能力を使った時、気が付いたんだ
  この能力
  物と物を交換するだけじゃないってことに
案内人「それでは、あちらの階段を降りてください お疲れ様でした」
水上いろは「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
水上いろは「あなたは何者なの?」
案内人「・・・」
案内人「初めに申し上げた通り 僕はここの案内人です」
  案内人、彼は初めにそう言っていた
  だから──
水上いろは「もう、私やユキみたいに苦しむ人がいないようにしたい」
案内人「水上さん?」
  右手を彼に
  左手を私に
水上いろは「私と彼の立場を『交換』!」
案内人「――!」
  私がここの案内人になって
  ユキみたいな人を少しでも幸せにしたい
水上いろは「変わった?」
  視界の隅にあったタイマーが消えている
案内人「ふー・・・」
案内人「ようやくか ありがとう」
水上いろは「え・・・?」
案内人「僕も水上さんと同じなんだ」
案内人「僕の能力で前の案内人から交代した」
水上いろは「うそ・・・」
案内人「君がなぜそうするに至ったのか 痛いほど分かる」
案内人「僕がそうだったから」
水上いろは「・・・」
案内人「あぁ、ようやく解放された」
案内人「じゃあ、後はよろしくね」
水上いろは「待って!」
  階段を降りようとする彼を呼び止めた
  彼は足を止めると背中を向けたまま答えた
案内人「この部屋のものは好きに使ってくれ 本も沢山あるから暇にはならないだろう」
案内人「あぁ、そうそう」
案内人「冷蔵庫にいくつかアイスが入ってる キミが階段を降りる前に 一緒に食べようと思ってたんだ」
案内人「次に来た人と食べてくれ」
案内人「それじゃ」
  そう言うと、彼は階段を降りていってしまった
水上いろは「・・・」
水上いろは「大丈夫、自分でそう決めたんだから!」
水上いろは「ここに来た人を幸せに!」
  不安の中で決意を新たにしていると
  部屋の隅で何かがもぞもぞと動く気配がする
水上いろは「な、なに?」
女の子「・・・ここ、どこ? ママは?」
  ここに来たということは、この子はもう──
  私は精一杯の笑顔を作ると、彼女に優しく微笑みかけた
水上いろは「いらっしゃい、大丈夫だからこっちにおいで」
水上いろは「お姉ちゃんと一緒に──」
水上いろは「アイス、食べよっか!」

コメント

  • 生きていても死んでいても人としての自我がある限り時間の概念による束縛がついてまわるのか、とやりきれない思いがしました。いろはが、死んだことによって初めて生きるモチベーション(=人々の役に立ちたい)と自分の居場所を見つけたこともある意味皮肉だなあと。とにかく読み応えがあって、いろんなことを考えさせられました。

  • 自ら命を絶つということが、残された人へ多大な影響をあたえながらも、彼女が体験したような現象があるとするなら、救われる魂もあるということに一筋の光を感じました。

  • 喜怒哀楽といった人間の様々な感情がぎゅっと詰まった、深みのある物語ですね。短編とは思えないような重厚さで。苦悩を乗り越えてハッピーエンドと思いきや、また新たな苦悩と直面しなければならなくなった主人公、彼女のこれからの物語も読んでみたくなります!

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