取憑かれ女子高生の怪界奇譚

黒井蜜柑

Case.1 『取り憑かれた少女』(脚本)

取憑かれ女子高生の怪界奇譚

黒井蜜柑

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〇教室
小森結衣「ねえ、今日、『墓地』に行かない?」
神楽坂星蘭「でた、結衣のホラー好き。スロバに行かない?みたいなノリで、『墓地』行こうとか言わないでよ。怖いわ」
  昼休み。教室の中心で、女子たちが騒いでいる。一際、騒がしい昼休みの教室であっても、彼女達の言葉は拾えてしまうほどだ。
国近紗菜「『墓地』って、心霊スポットで有名なところよね?」
小森結衣「そう!実はさ、昨日、WeTubeで、私が好きな配信者さんが、心霊スポットを訪れててさ!私も行きたくなったんだ~!」
神楽坂星蘭「本当に好きねえ・・・」
国近紗菜「この三人だけで行くの?」
小森結衣「この三人だけじゃ、夜危ないでしょ?だから、男子たちも誘おうと思って」
神楽坂星蘭「心霊スポットに行く時点で危ないけどね・・・」
国近紗菜「まあまあ、いいじゃん?男子たちも呼ぶって言ってるし。星蘭、怖いなら、隣のクラスの菊原くん誘えばいいじゃん!」
神楽坂星蘭「はぁ!?な、なんでそこで、菊原くんの名前が出てくんのよ!?」
小森結衣「菊原くん?あー、星蘭、片思い中だもんねえ。いいよ、なら、隣の男子メンバー中心で誘うわ」
神楽坂星蘭「ちょ、結衣まで!!」
小森結衣「じゃ、誘ってくるわね!」
  呆気にとられている神楽坂を放置し、小森は隣のクラスへと駆けていった。神楽坂も、もう、とか全くとか、口では言いながら、
  満更ではない様子で、頬を少し赤らめていた。それを残った国近に揶揄われていた。
  二人を見ていると──
「おーい、話聞いてる?」
  ハッとして、意識が戻る。視線は、前の友人へと戻された。
鍵垣都「わ、悪い。聞いてなかった。何?」
友人(男)「いや、昨日の『世界の端まで行って来い』みた?って聞いてたんだけど」
鍵垣都「いや、見てないな・・・。俺、昨日は、WeTubeで怖い話のプレミア配信見てたから・・・」
友人(男)「お前、本当に好きな。さっきも、女子たちが『墓地』行くって話してたとき、ずっと見てたもんな。お前も行けば?」
  友人は購買のパンを頬張りながら、興味なさげに視線を先程まで、僕が見ていた方にずらした。いつの間にか小森が帰ってきていた。
  小森の様子を見る限り、どうやら、隣のクラスの生徒たちから良い返事を貰ったのだろう。神楽坂も嫌がっていたのが一転、
  乗り気になっているように見えた。恋愛パワーとは、恐ろしいものだと、ちょっと感心してしまう。
友人(男)「でもまあ・・・・・・」
友人(男)「『墓地』、かなりやばいって聞くけどな。なんでも、平家の落ち武者が部下に裏切られて殺された地だって噂もあるくらいだし」
友人(男)「他にも、ここで埋葬された人間が生者を仲間にしようと引きずり込むとか、色々、噂が絶えないところだな」
鍵垣都「お前は、信じてるのか?」
友人(男)「あったら面白いな程度だよ。ま、噂は噂だし、それに。生きてる人間のほうが怖いだろ。聞いたか?隣のクラスの菊原!」
友人(男)「振った女からのストーカー行為が絶えないってさ。ストーカー行為してる女も、菊原だけじゃ飽き足らず、付き合ってる女の方にも」
友人(男)「粘着するってよ。いやあ、こっわいわ~」
  そう言って、友人はケラケラ笑う。この時、僕は、小森達をずっと見ていた。
  心の中で、嫌な予感がずっと渦巻いていて、離れなかった。今思えば、このとき僕が勇気を出せば、あんな思いを
  彼女達はしなかったのではないかと思うと、僕は少し後悔している。
草那藝舞杜「・・・・・・」

〇教室
  ──放課後。
  教室の本を整理していると、小森が忘れ物をしたのか、教室に入ってきた。クラスメイトは既に誰もいない。僕と小森二人だけだった
鍵垣都「な、なぁ、ゆーちゃ・・・」
小森結衣「何?その名前で呼ばないでよ。ってか、話しかけないでもらえる?」
鍵垣都「ご、ごめん・・・・・・」
  僕は俯く。彼女は冷ややかに一瞥すると、教室をさっさと出ていった。僕は一人、ただ残される。
鍵垣都「はぁ・・・・・・」
  僕と小森──ゆーちゃんは、所謂、幼馴染だ。家が近所で、幼稚園から一緒だ。小さい頃からゆーちゃんは、
  元気で、明るい、活発な女の子だった。僕は、いつもゆーちゃんの後ろをついて回っていた。ゆーちゃんも、おどおどする僕の手を、
  引っ張ってくれていた。とても仲が良かった。でも、中学生に入った頃、それは変わった。ゆーちゃんは、僕のことを、
  邪険にするようになった。そして、いつの間にか、声をかけることすら禁止され、幼馴染であることは、僕とゆーちゃんだけの中の、
  記憶に留められることになった。僕は、変わっていくゆーちゃんをただ見ることだけしかできなかった。
鍵垣都「帰ろう・・・・・・」
  僕は、手に持っていた本を直し終えると、鞄を手に取る。陰鬱な気分だった。
  ガラッ、と教室の扉が開いた。
  ゆーちゃんだろうかと、ちょっと期待した。しかし、それは容易に裏切られた。
鍵垣都「えっと・・・・・・、忘れ物?」
  クラスメイトの、草那藝さんだった。
  彼女は、このクラスの中で浮いた存在だ。興味なさげといった眼を浮かべながら、誰よりも上手く熟す。
  そして、独特な雰囲気を纏っていた。誰かが言う言葉を借りるなら、『この世のものではない何か不思議な雰囲気』だ。
草那藝舞杜「ねえ、小森さんと君って、幼馴染でしょ。止めないの?」
  驚いた。草那藝さんが、ゆーちゃんと、僕との関係を知っていたなんて。
鍵垣都「えっと、どこで、その話を・・・・・・?いや、そうじゃなくて、その、僕、彼女に嫌われていて・・・・・・」
鍵垣都「その、さっきも言おうとしたんだけど、聞いてもらえなかったし・・・・・・その、」
草那藝舞杜「・・・・・・別に、義務なんかじゃないから。君がそれでいいなら、いいんじゃない?まあ、菊原もいるから、早々危ない目に」
草那藝舞杜「合わないと思うけど・・・・・・まあ、私はちゃんと言ったわ。あとは君次第よ。小森さんには逃げられたから知らないわ」
  彼女は言うだけ言って、教室に入ることなく、ドアを閉めた。靴音が遠ざかる。僕は、ただ、何だったんだ、と混乱を覚えながら
  ただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

〇教室
  ────翌朝。
国近紗菜「昨日、結構、怖かったね!」
  僕の一抹の不安とは裏腹に、彼女達は元気だった。
小森結衣「いやあ、やっぱり、夜中に行ったのが良かったよ、雰囲気MAXだった」
神楽坂星蘭「雰囲気MAXもなにも、墓地だからね・・・」
  彼女達は何時もと変わらない様子で、談笑をしている。どうやら僕の杞憂だったらしい、と胸を撫で降ろそうとして、
  昨日の草那藝さんの発言を思い出す。

〇教室
草那藝舞杜「まあ、菊原もいるから、早々危ない目に合わないと思うけど・・・・・・」

〇教室
  視線は、小森達からずれて、自然と草那藝さんの方へと移動した。
草那藝舞杜「・・・・・・」
  草那藝さんの視線は、小森達の方を向いていた。
  怒りとかそういったのは全く感じ取ることができないが、何時もと雰囲気がより、変だった。
  いや、言葉が悪いかもしれない。だが、そう言うしかない。僕には霊感とかないから、分からないけれど、それでも、
  僕の鈍い直感でも、言っている。有り体に言えば、『人ならざる』雰囲気が、より濃いような気がする、ということだ。
  キーンコーンカーンコーンと、チャイムが鳴った。
  ガラッと、教室の扉が開き、担任教師が入ってくる。
先生(女)「席についてください。出席を確認します」
  皆、教師の登場に渋々と言った様子ながらも自分の席についていく。それは、小森達も例外ではない。
  草那藝さんの視線も小森達から離れ、教師へと注がれる。だから、僕もそれと同時に視線を外した。
  それとなく、小森達を見ると、やはりなんともなさそうである。杞憂だったかと、改めて胸を撫で下ろした。

〇教室
  ────授業の途中。
  突如として、ガラッと、教室の扉が開いた。授業の張り詰めていた空気が一気に流れ、その音の主へと視線は集中した。
先生(男)「草那藝は、いるか?」
  隣のクラスの担任だった。
  草那藝さんを呼んでいるようで、クラスの視線は教室の入り口から一斉にそちらへと向いた。さんは、集中する視線を煩わしそうに、
  眉を潜めていた。うんざりとでかでかとマジックペンと書かれていそうな雰囲気である。
草那藝舞杜「何ですか」
先生(男)「授業中にすまない、来てもらえないか?」
  隣の担任の要求にさらに彼女は眉間にシワが寄った。
先生(女)「どうかなされたんですか、先生」
  蚊帳の外になっていた授業を受け持っていた国語教師が割って入る。これは面白くなったのではないかと、周囲が色めき立つ。
先生(男)「いや、ちょっと・・・・・・ここでは少し。先生、廊下で・・・・・・。あ、も、来てもらえないだろうか」
  隣の担任は、僕達を見ながら言いにくそうに言葉を濁す。しかし、呼ばれた草那藝さんは、まるで任意同行を求められている
  かのような雰囲気であり、絶対来いよというオーラが担任からは溢れ出していた。
草那藝舞杜「・・・・・・分かりました」
  渋々と行った様子で、草那藝さんは立ち上がる。そして、脇目も触れず、一番後ろの席であったから、後側の扉をあけて
  出ていってしまった。
先生(女)「ちょっと、自習をしていてください。すぐ戻りますから」
  担任達がいなくなり、教室は一気に騒ぎ出す。
女子生徒「え、なになに、なんで呼ばれたんだろう」
女子生徒「草那藝さん、何かやらかしたんじゃない?ほら、今日一段となんかヤバそうだったし」
男子生徒「案外、ああいう子ほど悪だったりするって、昨日、ニュースで言ってたな」
男子生徒「まじ?いがい~」
  こういう非日常があると、自習と言われていてもなかなか収拾はつかない。積が切れたようにヒソヒソと、先程のやり取りについて、
  いろいろな憶測や推理、感想が飛び交っていく。それは、女子も男子も関係ない。
友人(男)「意外だな、草那藝さんが呼ばれんの」
鍵垣都「ああ・・・・・・」
  僕はというと、なんだか、先程まで感じていた嫌な予感が胸に強く渦巻き始めていた。そして、なんだか、空気が重たい。
友人(男)「小森達とかなら呼び出されてもわかるけど、草那藝さんがなあ・・・・・・、あとで聞いてみたら答えてくれるかな?」
  僕の視線は、自然と、小森の方へと向いていた。
女子生徒「えー、昨日、『墓地』に行ったの!?どうだった!?」
小森結衣「結構怖かったよ~雰囲気MAX!!」
女子生徒「え~そんな気持ちで行って良かったの~?祟られても知らないぞ~」
  小森は草那藝さんのことはお構い無しに、周囲の女子たちと、昨夜の肝試しのことで騒いでいた。
小森結衣「そうそう、それで、落ち武者の墓?見つけちゃって────」
  小森は話し続ける。女子たちはきゃあとか、きいとか、言いながら、楽しそうに小森の話に耳を傾けていた。
小森結衣「そう、それで、・・・・・・」
友人(男)「おーい、聞いてる?」
鍵垣都「あ、悪い。また聞いてなかった」
  そう言って、彼女達から少し、視線をずらした刹那のことだった。
女子生徒「ちょ、どうしたの!?」
  女子生徒の絶叫にも似た言葉が、クラスに響いた。
  一斉にクラスの視線は、その方向へと向いた。
  悲鳴の中心は、小森のいる席だった。
小森結衣「・・・・・・・・・」
女子生徒「結衣、どうしたの!?」
小森結衣「・・・・・・・・・・・・」
  ここからでは、何を言っているのか聞こえなかった。しかし、その周囲がどよめいた声をあげたことから、何か、とんでもない
  言葉だったのかもしれない。
  小森はゆっくりと立ち上がる。
小森結衣「・・・・・・・・・」
  全員、その場に凍りついたように動けなかった。眼を離すこともできなかった。
女子生徒「ひっ、きゃあああ!」
  別の箇所で、悲鳴が上がった。クラスの視線は、そちらへと向いた。もう、音がする方に向くことしか、できなかった。
  悲鳴を上げた女子生徒は、尻餅をついており、怯えたように、上を見上げていた。
女子生徒「や、やめて・・・・・・、お願い、それ、下ろして?」
  震える声で、女子生徒は懇願する。その彼女達の視線の先には────
  国近がいた。その表情は、いや、雰囲気すらも、何時もの彼女とはかけ離れており、鬼の形相とも言わんばかりだった。
  彼女の手には、刃が出されたカッターが握られていた。
国近紗菜「ああ、口惜しや、口惜しや」
  彼女はそう言い、カッターを振り回す。そのあまりにもの形相に、国近の周辺の女子、いや、男子すらも悲鳴を上げて、後ずさる。
国近紗菜「忌々しい、源氏の子孫共、我等が屍を踏み越えて、のうのうと生きとるなど、ああ、口惜しや、口惜しや」
  声が、国近のようで、国近ではなかった。まるで、何かが重なって話しているような、そんな違和感を感じた。
男子生徒「お、おい、まさかまじで取り憑かれたとかじゃねえの!?」
  そんな、張り詰めた空気の中で、男子生徒が怯えたように叫んだ。その言葉に、全員がざわめいた。そうだ、と言わんばかりだった。
女子生徒「そ、そうよ!!だって、昨日、小森さん達、心霊スポット行ったんでしょう!!」
  叫んでもどうにかなるわけではないのだが、兎に角口々に叫び始めた。兎に角、全員がこの状況にビビリ倒していた。
男子生徒「く、国近誰か止めろよ」
女子生徒「はぁ!?アンタ、男子でしょ!?止めに行きなさいよ!!」
男子生徒「相手はカッターとはいえ武器もってんだぞ!?俺らでも怖えよ!!」
  国近とは離れながら、誰が国近を止めるか争いになっていた。女子は男子に、男子はできるかと、醜い争いをしていた。
友人(男)「やばくね?今んところ、誰も怪我してねえけど、このままだと怪我するな」
鍵垣都「あ、ああ・・・・・・」
  僕はただ見ているだけしかできなかった。兎に角足が竦んでいたし、怖くてたまらなかった。
  頭の中で、昨日のさんの忠告のような言葉がぐるぐるとリフレインしていた。
  ガラッと、勢い良く扉が開いた。
  視線が、教室の扉へと向く。
男子生徒「あいつ!!逃げたぞ!?」
  どうやら、誰かが教室から飛び出していったようだ。クラスの中で、その生徒にヘイトが集まっていく。
小森結衣「アハ、アハ、アハハハハハハハハ!!」
  小森が急に笑い始めた。全員が、ギョッとして小森へと視線が集中する。
  小森の笑っている姿は、異様だった。
  声は確かに、笑っているのに、眼は血走っていて、口元からは泡を吹いている。オカ板で書かれているような、そんな、笑い方。
小森結衣「アハ、あは、アハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハ」
  小森は笑い続けていた。
  全員、兎に角その場から動けなくて、ただ見ていた。
国近紗菜「忌々しい、忌々しい・・・・・・ブツブツ・・・・・・」
  小森や、国近から離れるように、教室の隅で皆縮こまっていた。早く終われ、誰か助けて祈りながら。
  ガラッと、勢い良く扉が開いた。
  クラス全員の視線が、開いた扉の先へと向いた。
菊原「こっちだ!!」
  その声に、小森と国近の顔が反応した。いやもう、それは文字通り顔ごと。グルン、と拗じられているように。
女子生徒「ヒッ・・・・・・」
  女子の噛み殺すような悲鳴が上がる。それは、声に出さないだけで、全員そうであった。
菊原「来い!!!」
  彼は叫んで、教室を飛び出す。それに呼応するように、彼女達も走り出した。
  静かになった教室。僕は、弾かれたように立ち上がっていた。
友人(男)「お、おい・・・・・・?」
  僕もまた、走り出していた。小森が、ゆーちゃんが、心配だったから。
友人(男)「おい、都!!」

〇学校の廊下
  走る。兎に角、走る。
鍵垣都「はぁ、はぁ、はぁ」
  彼は、二年の教室がある階を上に上がっていく。ゆーちゃん達も、彼をひたすら追いかけている。
  普段の二人よりも速い脚力だというのに、彼女達は、彼には追いつくことができていなかった。
  階段を登った彼は、そのままのスピードで、角を曲がる。小森達もそのままのスピードで、曲がった。僕は、咄嗟のことに、戸惑い、
  転びかけた。

〇学校の廊下
  その階は、昼間だというのに、まだ、学校中だというのに、電気が全て落とされていた。
  異様な空間に、ギョッとしながらも三人のあとを追いかける。
  彼は空き教室へと飛び込んだ。
  小森達も彼に続いて入る。
  その標識には何も書いていなかった。僕は、少し躊躇いつつ、三人と同様に教室に飛び込んだ。

〇教室
鍵垣都「オェッ・・・・・・」
  飛び込んだ先で、異様なまでの重圧に、僕は思わず嗚咽が漏れた。
  なんなんだ、ここは。酷く空気が重い。背中に金属が乗っているみたいだ。
「オェ、オェ、オエエエエエエ」
  べしゃりと、何かを吐き出すような音が聞こえて、ツンと指すような匂いがする。
  その方向へと、視線を向けた。
  ゆーちゃんだった。
小森結衣「おえ、おえ、オエエエエエエエエエ」
  ゆーちゃんは、土気色のような顔色を晒し、嗚咽とともに、何かを吐き出していた。異様だったのは、その吐瀉物が、
  黒い液体の、ヘドロのようなものが吐き出されていた。
国近紗菜「アアアアアアアアアアアアアアアア」
  ぼたぼたぼたぼたと、二人からそれぞれの液体が、口から溢れて落ちる。教室の床に、黒い滲みが広がっていく。
菊原「だいぶ抜けているのか?」
  奥の方から、先程の彼の声が聞こえた。
  視線をずらすと、彼女達と対峙するように、彼は立っていた。そして、そのさらに、奥、窓の方に──
草那藝舞杜「おい、お前、菊原。”部外者”を連れてきてどうする」
  鋭い眼光が、僕に突き刺さる。更に重圧が刺さった気がして、吐き気が酷くなった。
菊原「えっ・・・・・・、うわ、君、ついてきてたのかい!?って、お嬢!!彼、死ぬって!当てられてる!!抑えて!!」
草那藝舞杜「はぁ・・・・・・はいはい、だから嫌なんだ。おい、抑えろ」
  彼女は、何か虚空を見て、叫ぶ。
  すると、急に僕への重圧が弱まった。ふぅと、少し息をつく。漸く、呼吸がしやすくなった。
鍵垣都「そ、の、もしかして、除霊・・・・・・?」
草那藝舞杜「黙ってて。”見えない”人間に興味はないの」
草那藝舞杜「さぁ、早くしろ!!こっちは、落ち武者の怨霊にも、水子のガキにも興味ないんだ!!」
  彼女は更に虚空に向かって怒号を叫んだ。
小森結衣「カッハッ!!」
国近紗菜「アアアアアアアアアアアアアアアア己えええええええええええ」
  おか板に書かれているような二人の反応に、思わず腰を抜かした。その時、その一瞬。
草那藝舞杜「さっさと、離れろ!!何百年も昔のことを持ってくるな!!」
  彼女の叱咤に、弾かれるように、二人の中から、見えないものが抜けるような気が流れた。
  僕は、ただ見ていた。眼を離すことができず、その光景を見続けていた。僕は見た。
  思い出すも憚られるような、記憶に僕は蓋をする。思い出さないほうがいいのだ。
鍵垣都「えっと、終わった・・・・・・?」
草那藝舞杜「ああ、終わったよ」
  彼女の言葉にほっと胸を撫で下ろした。
  ゆーちゃんを見ると、横向きに倒れていた。慌てて駆け寄る。
草那藝舞杜「ただ気絶しているだけだ。時期に起きる。おい、菊原。保健室に連れて行け」
菊原「いや、お嬢。二人いるんですけど。さっき、彼らを保健室に運びに行ったと思いますし、満帆ですよ」
  彼は困ったように彼女を見た。
草那藝舞杜「なら、ここに置いておくのか?また取り憑かれるぞ。私は次は知らないぞ」
  面倒臭そうに彼女は彼を見た。本当に心の底から思っているようである。
鍵垣都「あ、あの・・・・・・、」
  僕は所在無い気持ちを感じながらも、口を開く。聞いて置かなければならないと思ったからだ。彼女の視線が、こちらへと向く。
草那藝舞杜「まだいたの。ちょうどいいわ、君、この子達連れて行ってよ。どこでもいいから」
  言葉は聞かないと言わんばかりに押し付けられた。いや、ゆーちゃんは連れていきたいとは思っていたけれど。
菊原「お嬢!!彼は当てられてるからまだ休息が必要だ。無茶がすぎるよ」
草那藝舞杜「いや、こいつが勝手についてきたんだろ。知るかよ」
  眉を顰め、苛立ちを隠さずに、彼女は二の腕を指で叩く。貧乏揺すりのような動作に彼女の苛立ちが伝わってくる。
菊原「そろそろ、先生たちが戻ってくるはずだから、少し待とう。彼女もそう言っているよ」
  彼は、草那藝さんを宥めるように諭す。僕はというと、さんのクラスとは違う印象に情けない話ビビっていた。それにしても──
  彼女?
  まるで僕達以外にも、誰かいるような────
  そう考え込んで、浮かんだのは、あの一瞬のこと。さぁっと、顔から血の気が引いていく。そうだった、ここには、幽霊がいるのだ。
  ゆーちゃん達についていた怨霊を追い払った、幽霊。その彼女が、草那藝さんよりも僕らを同情している。なかなかない話である。
鍵垣都「え、えーっと、その・・・・・・」
  僕は、とりあえず取り繕うように口を開いて────止めた。
  タタタタタタタ
  足音が廊下から聞こえてきた。それも────複数。
  視線は、扉の方に向いていた。
八尺瓊快離「悪い、遅くなった!!」
  入ってきたのは、隣のクラスの担任、八尺瓊先生だった。
  彼は、やや息を切らしている。話に寄れば保健室に運んでいたという。つまり、僕らの学校の保健室は一階。ここは四階だ。
  一階から四階までを全速力ダッシュ。途中階段も入れるのだから、地獄だ。一階上がるだけでも僕は死ぬかと思ったのだ。
草那藝舞杜「・・・・・・彩兄は?」
  ミシリ
  もう一つ、足音が聞こえた。
八咫彩破「あー悪い、悪い」
  気怠そうにもう一人入ってくる。
草那藝舞杜「いや、快兄を見習え。バタバタ来てくれてんだろ」
  八咫先生だった。僕らの保健室の先生だ。
  八咫先生は、僕らを一瞥すると、面倒くさいという表情を隠さずに浮かべた。
  いや、そっくりだなと、八咫先生と、先程の草那藝さんを思い浮かべて、ちょっと感じてしまう。
八咫彩破「で、取り憑いてたもんはなんだったわけ?」
草那藝舞杜「怨霊」
八咫彩破「いや、それは分かってるわ」
八尺瓊快離「もう、二人とも、やめなよ。とりあえず・・・・・・この子達運ばないと。仮眠室でいいだろ」
八咫彩破「ああ、頼むわ」
八尺瓊快離「お前も運ぶんだよ!!」
  そういって、先生は国近さんを担ぎ上げる。まさかの俵扱いの抱き方である。
八咫彩破「まさかの、お米様抱っこォ・・・・・・」
草那藝舞杜「女の子の抱き方としてないわー・・・・・・」
八尺瓊快離「お前らなぁ!!」
  先程の苛立ちはどこにいったのか、草那藝さんは楽しそうに二人と話している。
  僕達は呆然と三人を見ているしかない。
八尺瓊快離「とりあえず、彩破はそっちの子を頼んだぞ!!」
八咫彩破「はいはい、快兄に言われなくても分かってますよ、と」
  そう言って、八咫先生はこっちへ向かってくる。僕はやや戸惑いながらも、八咫先生にゆーちゃんが見えるように少し退いた。
八咫彩破「よっこら、と」
  八咫先生はゆーちゃんを横に抱える。所謂お姫様抱っこだ。
八咫彩破「あー・・・で、お前は大丈夫か?」
  八咫先生はゆーちゃんを抱え上げたあと、僕の方へと向いた。まさか声をかけられるとは思っていなかったので少し驚いた。
鍵垣都「えっと・・・あ、はい。大丈夫です」
八咫彩破「そうか。歩けるか?」
鍵垣都「は、はい。歩けます」
八咫彩破「よし、なら、自分で歩いてくれ。快兄じゃねえから、流石に二人は担げんし、尚更男はな」
  そういうと、ついてこいと言わんばかりに、先程入ってきた教室の入り口へと向かった。僕もなんとか立ち上がると、ついていく。
  最後にちらりと振り返り、草那藝さんの方を見る。
  どうやら、彼──そう、菊原くんと話しているようで、こちらに見向きもしない。
  何だったのか、色々と気になった。しかし、それはまたあとで聞くこととしたい。
  ────ひとまずは、
  ゆーちゃんが無事でよかった。それが何よりである。

〇教室
  ────翌日。
友人(男)「いやあ、昨日のは凄かったな!!夢見た気分だわ」
鍵垣都「あはは、そうだね・・・・・・」
  昨日のことは嘘のように穏やかな、いつもと変わらない日常が戻ってきた。当然、昨日のことが騒ぎにならないはずがなく、
  クラス、いや、学校中で話題となった。先生が緘口令を出したが、一向に収まる気配はない。
友人(男)「あの噂、本当なんかなあ・・・・・・」
  チラリと、友人は視線を動かす。その先にいるのは────草那藝さんだ。
  隣のクラスなのか、今回の除霊という形をしたのが、草那藝さんという噂が学校中を駆け回った。その為、終始、霊媒師という
  奇妙なものを見るために、クラスには他学年も含めて色々人がやってきた。それは、我がクラスのメンバーも例外ではない。
  かなり、草那藝さんを見ている姿が多く見られた。僕としてはそれが事実であることを見ている為、
  どう接すればいいのか、わからなかったが、草那藝さんはその話を全部否定してみせた。その為、今はなんとか落ち着いている。
友人(男)「でもお前も、あの状態のあいつらを追いかけて走るなんて勇気あるんだな!!すげえよ」
鍵垣都「あ、アハハハ・・・・・・」
  僕は別に何もしていないけれど、と心の中で悄気げる。
  草那藝さんが否定し続けたことが、かえって、僕に関しても色々と噂されるようになった。なんでも僕が、
  小森さんたちの除霊をしたとか。
  流石に根も葉もない噂過ぎて否定したけど。その変わり、何でついていったのかと聞かれるようになった。それについても少し、
  悩んだが、助け舟が意外なところから出た。
小森結衣「おはよう、”都”」
鍵垣都「あ、ああ、おはよう」
  それだけ言って彼女は、席に戻っていく。そして、いつものメンバーと楽しそうに談笑する。
友人(男)「ほんと、変わったな、あいつ。ま、良かったな、都」
  助け舟を出したのは、意外にもゆーちゃんだった。
  返答に困った僕にゆーちゃんは、皆のいる前で礼を、皆には謝罪をし、僕とゆーちゃんが幼馴染であることを明かした。
  流石の僕もその時は驚いて、どんな心境の変化と疑ったが、その時のゆーちゃんは晴れ晴れとしていて、それが少し嬉しくなって、
  結局、僕は数日たった今も聞いていない。勿論、謝罪は、国近も、隣のクラスの生徒や、菊原くん、神楽坂もしてきた。
  そうそう、神楽坂だが、なぜ彼女だけが取り憑かれなかったのかというと、『平家』の子孫なんだそうだ。元々家系が。そりゃあ、
  子孫は呪わないわと、皆で納得した。贔屓である。まあ、一番、その返答にしかめっ面をしていたのは、草那藝さんだから、
  彼女が言ったのかもしれない。あの時、神楽坂さんは、僕達と混じって呆然としていたらしい。流石に友人二人とも憑かれたのに、
  一人何もなかったら怖いよな。僕がその立場だったら同じことをしたと思う。まあ、現に、草那藝さん達のところに行っても、
  何もしていないのだけれど。
  僕は養護教諭に、事の真相を聞いたのだが、教えてくれなかった。曰く、別に面白いものでもないと。ただ、あのとき見えた、
  幽霊については、少し教えてもらうことができた。

〇保健室
八咫彩破「あれもまた、怨霊の類だ」
鍵垣都「お、怨霊!?え、なら、草那藝さんは大丈夫なんですか!?」
  僕の反応に、八咫先生は微笑む。なんだか、反応は予想ついていたみたいだ。もしかしたら、前に同じ反応をした人がいたのかも
  しれない。
八咫彩破「”あれ”と”舞杜”は絶妙な具合で共存している。だから、”あれ”が本来の存在意義に走ろうとしない限りは、」
八咫彩破「危険性は無いだろうな」
鍵垣都「ほ、本来の存在意義・・・・・・?」
  僕が尋ねると、見ただろうと、さっきの光景について思い返された。
八咫彩破「ま、そんなことがあっても俺達がいるから、危険な目には合わせないけどな」
  そういう彼の目は決意を湛えていた。僕は、堪らず、口を開いた。気になっていたことだ。
鍵垣都「あの、草那藝さんと八尺瓊先生・・・・・・と、八咫先生はどんな関係なんですか?あ、菊原くんも」
  僕の質問に八咫先生は少し驚いた様子を見せた。そして少し考える素振りをして、いいか、と少し呟いた。
八咫彩破「俺と、快兄と、舞杜は、実の兄弟妹(きょうだい)だよ」
  思っても見なかった話に、衝撃が走った。いや、だって。
鍵垣都「苗字、三人とも違いますよね?」
  そう、苗字が三人違うのだ。普通、一人くらい同じではないか?僕が疑いを見せていると、ああ、それなと八咫先生は笑う。
八咫彩破「全員、養子に貰われていったからな。ちょっと親がやばくてな。流石に三人をまるっと引取ってくれるような奴はいなかったわけよ」
  さらっと重たい過去が流された。いや、衝撃発言だ。
鍵垣都「そ、そのヤバイって・・・・・・」
八咫彩破「それは言えないな。というか、知らないほうがいい」
  八咫先生は微笑む。その笑顔からはてこでも言わないという意志が感じられたので、問うのはやめた。流石に、不躾だ。
  僕のそんな意思を感じ取ったのか、八咫先生は僕の頭に手を伸ばし、雑に撫で回した。
八咫彩破「ま、全員、いい里親に恵まれて幸せに暮らせてるから問題ねえよ。まあ、今は、三人で暮らしてるけど」
  彼は心配するなと言わんばかりにいい笑顔だった。あのやる気のなさからは感じ取れないくらいだ。そういえば、
  意外と女子から人気が高かったような。あ、隣のクラスの担任の、八尺瓊先生は言わずもがな人気である。
八咫彩破「それと、菊原だが、彼は俺達の従兄弟でな。ちょっと特殊な体質だから、手伝ってもらっている」
鍵垣都「特殊な体質・・・・・・?それより、先生達は何で怨霊とかを見ても平気なんですか?」
  ずっと気になっていた。あまりにも早すぎる。対応が慣れていた手つきだった。
八咫彩破「俺と快兄、菊原は全員小さい頃から幽霊とかそういうのが見える体質だ。あ、菊原は幽霊ホイホイだから囮役に使ってる」
  さり気なく酷かった。頑張れ菊原くん。
八咫彩破「で、まあ、紆余曲折あって今、心霊現象に合うやつだったり、まあその他色々の話を聞くうちに、ちょっとどうにかしてやりたいと」
八咫彩破「思うようになってな。で、三人で色々やってたが、怨霊取り憑けて平然としている舞杜も加えて、あいつの力技で今は追い出してるな」
  懐かしそうな表情を浮かべ、八咫先生は語る。
鍵垣都「その、つまり、先生達は除霊を行っているということですか?」
八咫彩破「有り体に言えばそれもやってるってことだ。まあ、また、何かあれば言えよ。力になれる範囲で助けてやるから」
  先程とは打って変わった表情だ。なんだか少し不思議な感じである。
鍵垣都「あの、草那藝さんは凄く機嫌悪かったんですけど・・・・・・」
  あなたもとは言えず、とりあえず、草那藝さんのことを聞いてみる。
八咫彩破「ああ、あいつ、怨霊に対して、すげえ苛烈だから。うじうじしてるのまじで嫌いなんだと。個人的に、妹ながらすごい感性をしてるよ」
  あっけらかんという彼に、はぁという反応しか返せない。つまりだ。草那藝さんにとって、怨霊は面倒くさい粘着彼氏彼女みたいな
  感覚と同じということであろうか。いや、本当にすごい感性をしている。それは、怨霊に取り憑かれても平気そうだ。

〇教室
先生(女)「おはよう。出席を取ります」
  担任が入ってくる。今日も変わらない一日が始まる。
  しかし、一歩踏み外せば、今日も僕達の常識の範囲外のことは起きている。
  僕はちらりと、草那藝さんを見る。
  彼女は、眠たそうに担任を見ていた。今も彼女の後ろには、怨霊がついているのだろう。しかし、彼女は、それをものともしない。
  視線をゆーちゃんへと移す。
  ゆーちゃんは、何か変わった。前のように僕と話をしてくれるようになった。
  理由が何かあるのだろう。けれど、僕は彼女が言わない限り聞こうとは思わない。
  だって、ゆーちゃんはいつだって僕のヒーローだから。
先生(女)「鍵垣くん」
鍵垣都「は、はい!!」
  先生は一回で返事しろという視線を向けてきた。前の友人が肩を震わせている。僕は軽く頭を下げて手を下ろした。
  ────まあ、今日は、平和である。
  とりあえず、榊、お前、あとで肩パンするからな!!

次のエピソード:Case.2 『大日女学園の七不思議』 前編

コメント

  • 興味本位で心霊スポットに行くのって怖いですね。途中くすって笑える場面もあったり、3人プラス1人の隠された能力についての終盤の種明かしは、きいていてワクワクしました。

  • すごいボリューム感!ガッツリな読み応えで夢中になってました!

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