Case.2 『大日女学園の七不思議』 前編(脚本)
〇教室
女子生徒「ねえ、『大日女学園』七不思議って知ってる?」
女子生徒「え、なにそれ知らん」
女子生徒「だと思った。先輩たちから聞いた話なんだけど────」
────放課後の教室で、女子達は囁きあっていた。
彼女達は楽しそうに会話を弾ませる。
〇学校の廊下
須藤絵梨佳「・・・・・・」
誰もいない廊下で、彼女はこっそりと聞き耳を立てる。
篠川卯衣「何してるのー?絵梨佳」
須藤絵梨佳「わ、卯衣!」
突如、背後から声をかけられて、彼女は猫のように飛び跳ねる。それを見て、絵梨佳は笑った。
篠川卯衣「ほら、早く行こう。時間なくなるよ」
須藤絵梨佳「あ、うん!!」
パタパタと、廊下に慌てるような足音が響いた。
〇教室
女子生徒「それで、7つを全部知ると────とても恐ろしいことが起こるんだって!」
女子生徒「ベタか?」
女子生徒「確かにそうだね?」
廊下の足音など耳に入ることなく、二人の会話は大いに盛り上がり続けた。
〇教室
────翌朝
篠川卯衣「へえ、それで、昨日立ち止まってたんだ」
須藤絵梨佳「うん。ほら、数週間程に幽霊騒動あったでしょ?それから興味持っちゃって」
篠川卯衣「へえ、まあ、確かに今はオカルトブームだもんね~」
けらけらと、篠川は笑う。朝の早い時間に何時も登校する二人の声は、閑静な教室に響く。
篠川卯衣「それで、『大日女学園』七不思議とはどんなものなの?」
須藤絵梨佳「それがね、最後までは聞けなくて、途中までしか知らないんだけど」
篠川卯衣「あ、私が邪魔したからか。それはごめん~~!!」
須藤絵梨佳「いやいやいや、卯衣は悪くないよ!!むしろ、先輩に怒られるところだったよ、言われなきゃ」
二人は、写真部に所属している部活生だ。昨日は、もうすぐ行われる分科会に提出する写真を決める話し合いが行われる
大事な日であったのである。先生に呼ばれた須藤は、職員室からの帰りに足を止めたのである。そこに、遅い須藤を探しに来た篠川に
見つかったというのが、昨日の夕方の廊下の出来事である。
篠川卯衣「それで、聞いた七不思議って?」
須藤絵梨佳「うん・・・・・・確か────」
ガラリ
扉が急に開いた。視線は、自然とそちらへと向く。
菊原「おはよう、相変わらず、二人とも早いね」
学年一の人気者、菊原であった。二人は、クラスメイトとは言えども、やや別世界の雰囲気を持つ彼に少し萎縮し、軽く会釈する。
菊原は、自分の席に荷物を置くと、こちらへとやってきた。
菊原「とても楽しげな声が聞こえたけれど、二人ともなんの話をしていたの?」
まさかこちらにやってくるとは思わず、二人は驚いて目を丸くした。
篠川卯衣「えっとぉ・・・・・・」
須藤絵梨佳「学校の七不思議の話をしていて・・・・・・」
ぴくりと、菊原の肩が反応する。
菊原「へえ、七不思議。一体、どういったのなんだい?」
二人は更に目を丸くした。まさか学年一のイケメンがオカルトに興味があるとは、思わなかったからだ。
篠川卯衣「いがーい。菊原くんでもオカルトとかに興味あるんだ」
菊原「あはは・・・・・・それで、どんなものなんだい?」
菊原は苦笑いに似た表情を浮かべていた。
須藤絵梨佳「え、あ、えーっと、確か────」
ガラリ
須藤の言葉が止まる。
ざわざわと、生徒が入ってきた。菊原はやや眉を顰めると、ごめんね、と顔を上げた。
菊原「人が来ちゃったね。今度また聞かせてよ」
そう告げて菊原は自分の席へと戻っていった。その背中を見ていると、すぐに彼の周囲は人がわらわらと集まってきた。
須藤絵梨佳「何だったんだろ・・・?」
篠川卯衣「さ、さあ・・・・・・」
二人は顔を見合わせると、少し笑う。そして、別の話へと話題は変わっていった。
菊原「・・・・・・・・・」
〇生徒会室
須藤絵梨佳「私がこれを選んだ理由は────」
────放課後
須藤絵梨佳「────以上です」
パチパチパチパチ
部長「じゃあ、次、篠川」
篠川卯衣「はい。私は、これを提出します」
その写真は、木々から差し込む光が印象的な並木道であった。
篠川卯衣「これは、学校の放課後に撮ったものです」
この場所は、卯衣にとっても大切な場所であった。学校から程遠くない場所にある並木道で、秋には素晴らしい紅葉が
見られる。
篠川卯衣「──以上です」
パチパチパチパチ
部長「よし、これで全員紹介終わったわね」
部長「よし、それじゃあ、来週に控えたブロック審査会のことを話すわ」
私は息を呑む。ブロック審査会。
ここで言う、ブロック審査会とは、『全国高等学校写真選手権大会』のブロック審査会を指す。私達は、この通称『写真甲子園』に
応募していた。『初戦』を通過し、『ブロック審査会』まで行き着いたことに安堵したのも束の間、すぐに次の試練はやってくる。
けど、『ブロック審査会』を勝ち抜けば、『本戦』だ。去年は選ばれなかった。だからこそ。
部長「────以上よ。質問はある?」
部員たちは首を横に振る。異論も、質問もないようだ。
全国大会に行きたいと思うのは、自然の摂理だ。私だって、楽しみだから。
部長「お、いい時間帯だ。今日はもう帰ろうか。ほい、戸締まりしてー」
先程までの気迫のある部長とは打って変わり、緩い空気へと変わった。窓の外は茜色が差している。部長の言葉に、私を含めて
部員たちは、片付けを始めた。終わったならさっさと帰るのがみんなの心情だ。
部長「そうそう、誰か、この中にオカルト好きな人いる?」
部長が今思い出した、と言わんばかりのノリで声を上げた。
男子生徒「少なからずいる思うけど、どうした?」
部長「いやね、職員室で部室の鍵を借りる時に、ハラセンに言われたんだけど」
ハラセンは、体育教師だ。皆がこっそりと呼んでいるニックネームで、本名は小早川という。
なぜ、ハラセンかのか、由来はかなり諸説ある。結構長いこといるらしい先生なので、
その当時につけられたニックネームを先生が居なくなるまで語り継がれることだろう。
部長「最近、『七不思議』か何かで学校に夜忍び込んでる生徒を守衛さんが、見かけるから、興味本位で夜出歩く真似をしないようにって」
男子生徒「いや、学校つく前によく補導されないな、そいつ」
部長「私もその技術には平伏するわ」
ドッと笑いが起こる。私もちょっと笑った。それにしても、いや、補導されない技術ではないが、どうやら、『七不思議』を調べに
夜の学校に忍び込む人もいるのか。すごい胆力だ。
部長「まあ、一応ね。問題起こさないでよ?停止になりたくないからね」
はあいと、皆は返事した。
篠川卯衣「ねえねえ、絵梨佳」
須藤絵梨佳「なに?」
篠川卯衣「すごいね、その人。主に別の意味で」
コソコソと、卯衣が小声で話しかけてきた。卯衣の発言に私も思っていたことだったから、コクコクと、何度も頷いた。
部長「それじゃあ、解散(かいさーん)!!」
その日の部活は、穏やかに終わった。
〇教室
────翌日
女子生徒「えー、嘘だぁ」
女子生徒「そうそう。見間違いだって」
男子生徒「嘘じゃねえよ、この目で見たんだよ!」
女子生徒「いや、それはわかっとるけど。その目が見間違いだったらどうするんだ」
男子生徒「確かにそうだな」
女子生徒「いや、もっと自信持て」
ドッと笑いが起こる。私もまた、少しつられて笑ってしまう。
隣の卯衣も同様に笑っている。
どうしてこんなに盛り上がっているのか。
それは少し前に遡る。
〇教室
男子生徒「聞いてくれ!俺、見ちゃったんだ!」
女子生徒「何をだ」
男子生徒「『骨格標本』だよ、『骨格標本』!!」
女子生徒「なんだっけそれ」
女子生徒「え、知らないの?『大日女学園七不思議』の一つだよ、二番目、『夜の学校を徘徊する骨格標本』だよ!」
女子生徒「え、そんなん流行ってたの?初耳すぎるわ」
女子生徒「流れに遅れてますなぁ」
女子生徒「まあ私、マイブームに生きる女なので」
男子生徒「かっけえ・・・・・・じゃねえわ、とにかく!俺は見たんだ!」
女子生徒「ふぅん、で、どんな感じだったのよ」
男子生徒「それは────」
〇学校の廊下
男子生徒「明日出す課題忘れるとか俺強くない?」
────夜9時の学校。蛍光灯も消された廊下を、足音に気をつけながら歩いていく。
夜の学校は魔の巣窟だ。何もかもが不気味に感じる。ただの消化器の影や、隙間風の音でさえも。
男子生徒「やっとついた・・・・・・」
何時もより二倍の時間がかかった思いをしながらも、教室へと辿り着いた。ほっと胸を撫で下ろし、施錠のされていない扉へと
手を掛けた。
ガラリ
〇教室
男子生徒「あったあった」
男子生徒「はぁ、これから帰って書かないといけないとなると憂鬱だ・・・・・・」
彼は肩をあからさまに落とした。もう夜は遅い。これからするとなると、寝る時間は当然、遅くなる。明日も学校だ。
憂鬱になるのは仕方のないことだろう。
男子生徒「さっさと帰ろう・・・・・・」
彼は教室を出る。
〇学校の廊下
彼は暗い廊下を着た道を辿るように歩く。行きも警備員にバレないように来たのだ。帰りもバレないように気をつけるのだ。
カタ
乾いた音が廊下に響く。
彼は大袈裟に肩を震わせた。その足は止まる。
その視線は周囲を見渡した。自分の周囲を見渡したが、目ぼしいものはない。空耳だろうと、安堵し、視線を前へと戻した。
カタ
再び、廊下に響く。
男子生徒「え、え、なんだ・・・・・・」
きょろりきょろりと、彼は周囲を見渡した。
しかし、何も見えない。
もう一度、安堵のため息をついて、再び前を向いた。
前を向いた、その刹那。視界に捉えたものに、彼は全身が総毛立ち、足が棒となった。
それは、骨。何も変哲もない骨だ。
しかし、人間を模して作られたそれは、本来ならばここにあるはずがない。
『大日女学園七不思議』その二番目。
────『夜の学校を徘徊する骨格標本』がかの陸上選手のように廊下を駆けていた。
男子生徒「ヒッ・・・・・・」
小さく悲鳴が漏れた。雑踏の中ではかき消されるだろうそれ。しかし、場所が悪かった。
カタリ
骨格標本の足が止まった。
それは、”こちら”を向いていた。
男子生徒「や、やめ・・・・・・」
カタタカタタタタタタタタタタタカタタタタタタタタタタタタ
方向転換した標本は、窪んだ何もない瞳で、彼を捉えていた。
男子生徒「く、来るなァ!」
男はブルブルと震えながら、一歩、また一歩と後退る。
カタタカタタタタタタタタタタタカタタタタタタタタタタタタ
叫びも虚しく骨格標本との距離は狭まっていく。
心臓の音が耳元で聞こえているのかと言うようにうるさい。
薄闇の中で浮かびあがる骸骨は、予想以上に凶悪であった。
骨格標本「こんにちはぁ」
その声は、ひしゃげた、男の声だった。カタカタカタと、声帯のないはずの骸骨は笑っていた。
骨格標本「どうしてここにいるんですかぁ?」
彼の思考回路は、停止した。もう何も考えられなかった。いや、考えたとしてもただ一つ。
男子生徒「う、」
骨格標本「ん?」
男子生徒「う、うわああああああああああああ!!!!」
彼は後ずさりしながら、逃げ出した。
骨格標本「あら。そっちは出口から最も遠いいですよぉ・・・・・・・・・って、聞いてないか」
骨格標本は、困惑したように、彼の消えた先で呟いた。
骨格標本「まあ、いいでしょう。向こうなら、”あの人”の領域ですし、何もないでしょう」
骨格標本は、くるりと踵を返すとまた陸上選手並のスピードで廊下を走っていった。
〇教室
男子生徒「ってことがあったんだよ!」
女子生徒「いやでもお前が言ってるだけじゃねえか」
女子生徒「え、警備のおっちゃんに見つからんかったん?」
男子生徒「あ、それは大丈夫だった。奇跡」
その言葉でどっと笑いが起こる。いつの間にか、クラスが聞き耳を立てていた為、それにつられて笑っていた。
────と、言うことが、今までの出来事である。
〇教室
────キーンコンカンコーン
八尺瓊快離「はい、席について。ホームルームを始めるよ」
チャイムが鳴り、教室に八尺瓊が入ってきた。
HRは粛々と進んだ。
八尺瓊快離「あ、最近、夜の学校に無断で入る人が増えています。オカルトブームはいいけれど、夜に出歩くのは駄目だからね」
八尺瓊は優しい口調で窘める。その中で、ちらりと先程の男子生徒を見たような感覚を、卯衣は感じていた。
八尺瓊快離「それじゃあ、今日のホームルームは以上です」
八尺瓊は教室を出ていった。担任が教室を出たことにより、ざわつきが戻ってくる。
男子生徒「な、なんか俺見られてた気がする・・・・・・」
女子生徒「バレたな。どんまい」
女子生徒「呼ばれるの確定じゃん」
男子生徒に無慈悲な言葉がかけられる。それをまたどっと笑いが起こる。
再びチャイムが鳴ると、それぞれ一限目の授業の準備へと取り掛かったのだった。
〇学校の廊下
────放課後
須藤絵梨佳「また遅くなっちゃった・・・・・・」
卯衣は夕暮れに染まる廊下を早足で突き進む。再び、教師に呼ばれてしまい部活に遅れている彼女は早く部活に行きたい気持ちで
いっぱいいっぱいであったのだ。
???「あの骨にあったところで問題ないのは君もわかってるだろう」
少し苛立ちの篭った声が、卯衣の耳に飛び込んできた。思わず、足が止まる。
周囲を見渡しても声の持ち主は見当たらない。気になった卯衣は耳をすませることにした。
???「そうだけども。普通の人間からしたらそうじゃないかもしれないだろう?全員が、君みたいな体質じゃないんだぞ」
???「いや、そもそも、そいつの責任だろ」
聞き耳を立てていると、それは空き教室から漏れている声だった。
須藤絵梨佳「た、確かここ・・・・・・」
正確には空き教室ではない。卯衣は思考回路を巡らせる。そうだ思い出した。
須藤絵梨佳「ここ、『文芸部』の部室だ!」
────文芸部。イマイチ何をやっているのかわからない人が多い部活。しかし、全国大会出場した経験が一番多いのは、
皮肉にも、文芸部である。その次に多いのは写真部だ。
しかし、そんな文芸部も今や人数が少ないという話を聞いた。
須藤絵梨佳「何を話してるんだろう・・・・・・?」
そっと、文芸部の部室に近づくと聞き耳を再び立てた。
〇教室
草那藝舞杜「骨格標本が人間(私達)に対して好意的なの、君でもわかってるだろう」
菊原「そうだけども」
菊原は口ごもる。その態度に、舞杜は呆れたように溜息をついた。
草那藝舞杜「大方、遭遇したって奴が騒いだんだろう。こっちでも話題に上がっていた」
菊原「分かってたか・・・・・・。それでさ、そもそも人骨標本だけに限った話じゃないんだ」
歯切れの悪い菊原の言葉を、舞杜は汲み取ったかのように、小さく溜息をついた。
草那藝舞杜「・・・・・・人骨標本がいるから何とか保ってるだけだな。この間、快兄が見回った時ちょっとやばいの見つけたって言ってた」
菊原「え、快離兄さん、大丈夫だったのか?」
草那藝舞杜「ただ見かけただけで気づかれてはいない。それよりなんかおかしくなったら、『こいつ』が反応するだろ」
ちらりと、彼女は何もない後ろを見る。その仕草に、菊原も納得したように頷いた。
菊原「それで、どうするつもりなんだ?これから」
草那藝舞杜「暫くは見回るしかできないな。人骨標本も協力はしてくれている。一応他のやつも、そこに存在しているだけで作動はしていない」
菊原「そっか」
話はこれで終わりだなと、言わんかばかりに舞杜は、ドカリと椅子に腰を下ろした。
菊原「あとさ、俺まだ七不思議の全部を知らないんだけど、舞杜達は把握してるのか?」
何か作業をしようとしたらしい舞杜は、その動作を一度止めた。そして、菊原の方を少し驚いたように見つめた。
草那藝舞杜「本気か・・・・・・?」
菊原が頷く。舞杜はその返答に少し眉を顰め、考える素振りを見せた。暫く沈黙が流れる。
草那藝舞杜「はぁ。一応教えておく。昼間でも見ていてくれると助かるからな」
菊原「ああ、すまない」
草那藝舞杜「こちらとしても、予想外のことだったからな。お前に連絡してなかったのは悪かったな」
菊原「あ、うん。こっちもすまん・・・・・・」
草那藝舞杜「とりあえず、何を知っている?」
菊原「ああ、それは──────」
〇学校の廊下
晴天に霹靂だった。
いや、まじかと、絵梨佳は呆けていた。
どういうことだろう。え、つまりは、二人は幽霊?が見えるということなのだろうか。
絵梨佳はキャパシティが追いつかないまま、聞き耳を立てていた。しかし、確実に整理をつけていた。
つまり、今日騒いでいた人骨標本は、皆を守る為に走っていたってことなのだろうか。
いや、いや。それよりも、それよりも、大切なことがある。
心臓がうるさく脈打つ。落ち着かせるように、絵梨佳は深く息を吸う。
知ってしまった。知ってしまったのだ。二人の話を聴き入るうちに、すべての『七不思議』を知ってしまったのだ。
須藤絵梨佳「どうしよう・・・・・・」
実は、この学校の『七不思議』の中で、『七不思議』をすべて知ったあとのリスクは、明記されていないのだという。しかし、生徒の
間で、まことしやかに噂されていることがある。それは、他の学校で噂されている通り────『知ったら死ぬ』というものだ。
須藤絵梨佳「ど、どうしよう・・・・・・」
篠川卯衣「絵梨佳!なーにしてんの?」
須藤絵梨佳「うわぁ!?」
ひょっこりと、卯衣が現れた。私はびっくりして思わず声を上げた。
すると、教室の中での話し声は止んだ。椅子が引く音が聞こえ、足音がこちらへとやってくる。
須藤絵梨佳「え、ちょ、ちょ、どうしよう」
篠川卯衣「え、なになに・・・・・・?」
ガラリと、窓が開いた。
草那藝舞杜「・・・・・・」
三人の間で奇妙な沈黙が流れた。
草那藝舞杜「聞いてたのか」
呆れたような声音で、彼女はこちらを見ていた。その瞳は、すごく冷たい。そして、彼女はなんというか、不思議な感覚を覚えた。
私よりも、先に卯衣の方を彼女は見た。そして、少し目を丸くした。
草那藝舞杜「なるほどな。まあ、大丈夫だろう。おい、君」
一人で何かを納得したように卯衣を見て頷く。その間、私は兎に角、何も考えられなかった。そして、漸く、私の方へと、
視線が向いた。
草那藝舞杜「一応、言っておくが、この学園の『七不思議』はすべてを知ったところで『何もない』。だから安心しろ。だが」
草那藝舞杜「なるべく気にしないで過ごせ。平穏に暮らしたいならな。ああ、守るも守らないも君の自由だ。私は責任は取らない」
彼女はぶっきらぼうに言うと、ぴしゃりと窓を閉めた。
篠川卯衣「えっと、とりあえず、大丈夫な感じ、かな?」
須藤絵梨佳「か、かな・・・・・・?」
窓をみる。磨りガラスになっている窓ガラスは、今、中がどうなっているのかわからない。
〇学校の廊下
草那藝舞杜「気にしないで過ごせ」
〇学校の廊下
少し考える。彼女は、きっと、私のことを思っていった言葉だ。しかしそれを、ちゃんと私が聞けるだろうか。
篠川卯衣「絵梨佳」
須藤絵梨佳「ん?なあに?」
篠川卯衣「別にそこまで難しく考えなくてもいいんじゃない?どうせ、いつもそんなことを考えて生きていけるほど人間は単純じゃないんだから」
卯衣の言葉は、納得できるものだった。確かにそうだ。ここで一か百かを考えていても仕方がない。
須藤絵梨佳「そ、そうだよね」
篠川卯衣「そうだよ。考えたって仕方ないよ」
須藤絵梨佳「そっか。・・・・・・あ、部活!」
篠川卯衣「・・・・・・あ、そうそう。部活があるから呼びに来たんだった」
須藤絵梨佳「もう!それなら早く行ってよ!行こう!」
私は、廊下を小走りしつつ、部室へと向かった。
篠川卯衣「・・・・・・・・・」
篠川卯衣「まあ、大丈夫かな、これくらいなら」
〇生徒会室
────翌日
瀬川圭子「わ、私、見ちゃった」
部員の目が、彼女に向いた。彼女は、隣のクラスの子だ。彼女は、肩で呼吸をしながら、怯えたような瞳を、浮かべていた。
部長「え、何を」
男子生徒「もしかして、校長のズラ・・・・・・」
部長「それは見なかったふりをしてあげなさい」
ばっさりと切り捨てられた部員は、泣き真似をしながら茶々入れしたことを謝った。そのノリに、彼女も落ち着きを
取り戻していた。
瀬川圭子「『トイレの花子さん』です・・・・・・!」
その言葉に、私は仕舞おうとしていた記憶が浮かび上がった。
部長「えっと・・・・・・『トイレの花子さん』って、あの『トイレの花子さん』?」
部長は、やや困ったように眉を顰め、瀬川さんに聞き返した。
瀬川圭子「はい。『大日女学園七不思議』、一番目『トイレの花子さん』です」
そう言って、彼女は事の経緯を話し始めた────。
〇学校の廊下
────時は、昼休みにまで遡る
女子生徒「ねぇ、『トイレの花子さん』試してみない?」
きっかけは、友達の気まぐれから始まった。
女子生徒「え、『トイレの花子さん』ってあの七不思議の?」
女子生徒「そう!『七不思議』の一番目、『未来を教えてくれる花子さん』だよ!」
『大日女学園七不思議』、一番目の『トイレの花子さん』は、他の学校と少し違って変わっている。
話はこうだ。日中の内に、三階の女子トイレ、前から三番目の個室トイレに三回、ノックをし、「花子さん花子さんおいでください」
と、三回唱える。もし、30秒のうちに、『花子さん』から返答が貰えれば、成功し、「夜中にもう一度来るように」と言われる。
そして、その言葉通り夜中の十二時に、3階のトイレに行くと花子さんが現れ、今抱えている悩みに答えてくれるのだという。
しかし、明確な悩みを持っていなかったり、遊び半分で呼び出すと、呪い殺される、という。
これが、『大日女学園七不思議』の一番目、『トイレの花子さん』である。
女子生徒「ね、圭子も行くでしょ?」
瀬川圭子「えっ!?私も!?」
女子生徒「あったりまえじゃん!みんなで行くから楽しいんじゃん!」
瀬川圭子「ええ・・・・・・私が怖いのだめなの知ってるでしょ・・・・・・」
女子生徒「いや、大丈夫っしょ。悩みに答えてもらうだけだし!」
女子生徒「ってことで、放課後3階のトイレに行きましょ」
勝手に決まってしまったと、私は肩を落とした。
〇女子トイレ
────放課後
瀬川圭子「私、部活あるから手短に済ませてよ?」
女子生徒「はぁい。分かってますって!」
彼女はズカズカと、誰もいないトイレを進む。このトイレは、一年生のトイレにあるが、場所が場所だけにあまり使われていない。
まあ、下駄箱が中央階段からの方が近いため、教室から離れている、かつ、一番端っこに設置されているのだ。それは、利用数も
少ないだろう。一応、掃除領域には入っているが。
女子生徒「ここだよね?」
女子生徒「とりあえず、ノックしてみるか」
コン、コン、コン
ただ、三回ノックしただけだ。しかし、一瞬で何か、空気が変わる気がした。
瀬川圭子「え・・・・・・」
一抹の不安がよぎる。それは、時間を経過するごとに大きくなっていく。
女子生徒「花子さん、おいでください」
女子生徒「花子さん、おいでください」
二人が、私を見ていた。ああ、これは言えと言うことだ。
二人だけではない視線も、こちらへと注いでるような感覚がした。
瀬川圭子「は、花子さん、おいでください」
私が言い終わると、静寂がトイレを包んだ。
女子生徒「これで、30秒よね」
息を殺して、結果を待つ。期待半分といったところだろうと思った。
そろそろ、30秒経つくらいだった。
女子生徒「やっぱり、噂は噂────」
???「深夜の十二時に、再びここにいらっしゃい。待ってるわ」
トイレ全体に響くような声が、友人の声を遮った。
女子生徒「えっ!?」
女子生徒「ちょ、まじで!?」
私はただ恐ろしくてたまらなかった。
女子生徒「深夜の十二時よね・・・・・・、どうする?」
女子生徒「決まってるじゃん・・・・・・」
友人はニッコリと笑っていた。それは、もう、魅入られているといったように。
女子生徒「”行くしかないでしょ”」
女子生徒「だ、だよねぇ・・・・・・」
女子生徒「もちろん、圭子も行くよね?」
流れ的にはわかっていた。私は、溜息をついた。
瀬川圭子「分かってるよ・・・・・・行くよ」
渋々、首を縦に振ったのだった。
〇生徒会室
瀬川圭子「・・・・・・と、言うわけなんです」
部長「それはもはや強要では?」
ごもっともな発言である。聞いていて誰もが思ったことだ。
男子生徒「で、どうすんだ?本気で行くのか?」
少し言いづらそうに、部員が彼女に聞いた。それはそうだ。全員部長の言葉を思い出したからだ。
〇生徒会室
部長「問題起こさないでよ?停止になりたくないからね」
〇生徒会室
瀬川圭子「えっと・・・・・・」
言いづらそうに彼女は、ちらちらと見ていた。その仕草で、彼女は行くしかないのだと皆が悟っていた。
部長「安心しなさい。あなたが不利な状況で行くなと文句を言うほど私は酷な人間じゃないわよ」
部長は、皆の視線に溜息をついた。
部長「行かなきゃあなたがいじめられそうだもの。言っとくけど、これ強要よ?同級生だったらパンチしてたわ」
男子生徒「部長、それ暴力事件」
どっと笑いが起こる。部長の突拍子の無い言葉に、部員の誰かがツッコミを入れてくれることが、定番だった。
そのやり取りに、瀬川さんも大分表情は緩んでいた。
部長「と、言うことでみんなで行きます」
男子生徒「え」
部員ら「え」
部長以外「ええええええ~!?」
部長「だって、本当にくるかわからないでしょ。彼女たち」
確かにごもっともだ。強要するくらいだ、来そうにないこともある。
部長「その時彼女一人にするの?あ、私だけは嫌よ。流石に怖いもの」
部長はオカルト苦手らしい。
女子生徒「行けない人は・・・・・・」
部長「そこは強要しないわよ。お家の事情があるからね」
部長はわかってますともといった表情だ。
部長「とりあえず、十一時半に校門前に集合。安心して、ちゃんと話はつけておくわ」
部長はそう言うと、今日は解散!と言って、一人で部室を出ていってしまった。
男子生徒「とりあえず、行ける人は親にちゃんと話してから来ること。何か言われたら部長に連絡してくれ。部長がなんとかするぞ」
女子生徒「いや、おまえはせんのかーい」
男子生徒「やれるかーい」
いつもの光景過ぎて少し笑いそう。しかし、みんな不安なのだろうというのが少し伝わった。誰もが、やや表情がやや強ばっていた。
篠川卯衣「絵梨佳。絵梨佳は行く?」
隣に座っていた絵梨佳が微笑む。そういえば、彼女は瀬川さんの話からあまり表情が変わっていない気がする。いや、先程は
驚いていたけど。
須藤絵梨佳「私は・・・・・・」
過るのは、草那藝さんの言葉だ。彼女は、関わらないで欲しいという思いを伝えてきていた。それを破っていいのだろうか。いや、
約束したわけじゃないけど。
篠川卯衣「・・・・・・もしかして、草那藝さんが言ってたこと?」
私が悩んでいるのを組み取ったように卯衣がこちらを見ていた。
篠川卯衣「私は行くよ。ちょっと気になるし」
私は、どうしよう。
卯衣を見つめる。部員がいるとはいえ、友達だけを行かせるのか?
篠川卯衣「大丈夫。絵梨佳に何があっても、私が守るよ」
任せて、と胸を張る彼女に、情けなくなった。悩んで、友達に気を使わせる私。
ごめんね、草那藝さん。私、友達は裏切れない。
須藤絵梨佳「私も、行く。私だって、卯衣が危なかったら卯衣を守るよ」
篠川卯衣「ほほう、かっこいいこと言いますなあ」
須藤絵梨佳「最初に言ったのは、卯衣でしょ!」
二人で顔を見合わせて笑う。他のみんなも大体は決まったみたいで、副部長の声に一度解散となった。
〇学校の裏門
部長「皆、揃った?」
────深夜、十一時半。私達は、校門前に集まっていた。
男子生徒「一応、来ると連絡もらった人は揃ってますね」
部長「オッケー。で、瀬川ちゃん。友達は来てる?」
私達の視線は、彼女へと向く。その表情は、曇っていた。
瀬川圭子「えっと・・・・・・今、連絡が来て」
そう言って、彼女はスマホを全員へと見せた。
部長「なになに・・・・・・?」
男子生徒「”ごめーん!お母さんがこんな時間に出歩くなって許してくれなくって!”」
部長「”私もそうなの!だから、圭子だけで行って”・・・・・・まじで友達づきあい考えたら?」
ごもっともである。
部長「はぁ、やっぱり来なかったわね。私の見立て通りだわ。来てよかったわ」
男子生徒「そうすっね。流石にこんな時間に一人は危ないわ。ふつーに」
瀬川圭子「本当にすいません・・・・・・私のせいで」
瀬川さんは、所在無さげに視線を落とす。その姿に、私達は気にしないでと声をかけた。
部長「いいのよ、私は部長だもの。部員の安否は大切だからね。それに、ちゃんと助っ人も用意したわ」
男子生徒「そういえば、助っ人って?というか、よく先生に話し通して許可降りましたね?」
部長「裏技よ。裏技」
部長はニッコリと微笑む。いや、裏技って・・・・・・?と誰もが疑問符を浮かべていると、部長は校舎からやってくる人影に
手を振った。
部長「あ、きたきた。せんせーい!こっちです!」
私達の視線は、そちらへと集中した。
八咫彩破「おー、まじで来たんだな。やめると思ってたわ。というか、元凶二人は来てないだろ?やっぱ」
出てきた人物は、養護教諭の八咫先生だった。
男子生徒「え、ヤタ先生じゃん。そりゃあ話通るわ」
八咫彩破「おい。俺だから通るって何だわ」
男子生徒「そのまんまの意味です」
八咫先生は、人気のある先生だ。容姿もさることながら、フランクだからだ。相談も乗ってくれるし、その為に色々と
働きかけてくれるらしい。まあ、私は相談したことがないため、事実は知らない。が、とにかく人気のある先生だ。
八咫彩破「これ、小早川先生だったら怒られてるぞ~」
部長「え、私の担任なんでやめてもらえます?」
ぶるりと、身震いをする部長に、部員がドンマイ!と親指を立てて笑っていた。見事に、背中を叩かれていたが。痛いっす~と
背中を擦る部員にクスクスと笑いが漏れる。類に及ばず私もそうである。
八咫彩破「ま、とりあえず、瀬川」
瀬川圭子「は、はい」
八咫彩破「落ち込むなよ。ここに来た部員達はお前のこと思って来てくれたやつだからなんかあったら相談しな。もちろん、俺も聞くし」
瀬川さんは、私達の顔を見た。誰もが、にっこりと微笑む。
瀬川圭子「あ、ありがとうございます」
部長「なんかあったら、言ってちょうだい。私達にできることならなんでもやるわ」
男子生徒「あ、暴力事件はやめてくださいね?部長」
バシーンと、また背中を叩かれていた。もはや、やられるためにやってないかという視線が彼に注がれていた。
八咫彩破「ま、とりあえず行くか」
その言葉に、全員がツバを飲み込んだ。そして、校舎を改めて見る。まだ入っていなくても、光のない校舎は不穏そのものを感じた。
八咫彩破「あ、とりあえずこれやるわ」
手渡されたのは人数分の懐中電灯だった。
八咫彩破「電気つけれないから、とりあえずこれとスマホの光で我慢してくれ」
否応なく実感してしまう。私達がこれから入るのは、夜の学校なのだと。
八咫彩破「じゃ、行くか」
八咫先生は校門を開けた。そして全員が入ったのを確認すると、再び閉めた。
私達はそうして、校舎へと向かって歩き出したのだった。