秘めたるもの(脚本)
〇シックなバー
拝啓、お父さん。
なんか今、私の隣で出世頭のエリート営業マンが泥酔してます。
岸田 彩音「あの、大丈夫ですか?」
姫川 湊「うぅ・・・・・・眠い・・・・・・」
岸田 彩音「オレンジサワー一杯で眠らないでください、マジで・・・・・・」
事の経緯は半刻前まで遡る───までもない。単に仕事帰りに姫川に飲みに誘われて、姫川行きつけのバーで姫川が酔いつぶれた。
岸田 彩音「死ぬな姫川! お前を介抱して帰る気力は仕事終わりの私にはない!」
姫川 湊「・・・・・・・・・・・・」
岸田 彩音「姫川ーーーーーー!!!!!!!!!」
カウンターに突っ伏してしまった。
下戸なのに何で飲んだの、何でバーに通ってるの・・・・・・
まるで貸し切りのような誰もいないバー。
せめて誰かに憐れんでほしかった。
岸田 彩音「どうしよ・・・・・・」
???「ああ、また湊くんは酔い潰れたのか」
岸田 彩音「・・・またって、常習犯なんですか?」
バーの主人は「やれやれ」といった様子で苦い笑みを浮かべている。
岸田 彩音「私、これの住所知らないんですけど・・・・・・」
マスター「ああ、大丈夫。 湊くんはここのビルの4階に住んでるからね。床に置いておけばそのうちムックリ起きて帰るよ」
なるほど、姫川がこの店をチョイスしたのはそんな理由もありそうだ。変に勘繰ってしまった。
だけどもマスターよ、床に置いておけば・・・って、扱い雑だなぁ。
姫川 湊「うげぇ・・・」
相当グロッキーなようで、姫川はカウンターに突っ伏したまま唸りをあげている。
岸田 彩音「・・・ざ、ざーこざーこ・・・」
岸田 彩音「サワーみたいな大して強くもないお酒に負けちゃうよわよわ肝臓❤️」
普段、振り回されているのだからこのくらいは煽ってもバチは当たらないでしょ。
だけども完全無欠の姫川サマがこうも酒に弱いとは。弱みをひとつ、握れた気がした。
岸田 彩音「いや・・・」
いい歳して自分が酒に弱いことがわからない奴ではないだろう。
岸田 彩音「てか、姫川。 酒弱いのになんで誘ってきたの?」
姫川 湊「ぁー」
エリート営業マン、オレンジサワーで完堕ちしてるよ。やめてくれ、そんなだらしない声出すな、面白いだろ。
姫川 湊「──じゃん」
岸田 彩音「え?」
姫川 湊「──だから、仲良くなりたいだろ・・・」
カウンターと姫川の間から溢れるような小さな声。やあやあ姫川クン、君お酒飲むとちょっと素直じゃん。
岸田 彩音「そっか」
岸田 彩音「私の攻略難度は高いよぉ? 姫川クン、頑張れるかなぁ?」
姫川 湊「頑張れ・・・る・・・」
岸田 彩音「うんうん、頑張れ。応援してるよ」
あれあれ? 私もだいぶ素直だなぁ。
酒入ってるからね、しょうがないね。
姫川が寝息を立てるまで5分とかからなかった。
岸田 彩音「それではマスター、いつものお願いします」
酒田「やれやれ、君にマスターと言われるのは歯痒いものがあるね」
岸田 彩音「私はもうマスターじゃないんで」
酒田「いや? 僕にとってのマスターは君だけだよ」
バーのマスターこと、酒田さん。
この人と私は──実のところ、旧知の中だったりする。
あえて姫川が眠りこけたタイミングに声をかけてきた、というのは私の中にあった疑念がひとつ確証に変わった。
こちらに背を向け、私のために考案されたカクテルを作る。
酒田「はい、「Alice in Romanesque」です。 お待たせしました」
岸田 彩音「はいはい、どうも。 これって通常メニューにあるんです?」
酒田「ん、君に頼まれた時しか作らないよ」
酒田「あー、いや。 一度だけ湊くんに白百合アリスのイメージカクテルを頼まれたことあるな」
岸田 彩音「・・・・・・」
姫川、おまえ・・・
岸田 彩音「ねー姫川」
完全に寝落ちした姫川の頬を指で突いてみる。反応はない。
岸田 彩音「お前は白百合アリスのこと、どう思ってたの?」
姫川 湊(泥酔)「ん──」
お、反応ある。
姫川 湊(泥酔)「──だったんだ」
岸田 彩音「ちゃんと言ってくれないと伝わらないよ?」
姫川 湊(泥酔)「好きだった、んだ・・・」
岸田 彩音「・・・・・・・・・」
姫川 湊(泥酔)「できれば・・・結婚を前提に付き合いたい・・・」
酒田「意地悪なこと聞いてやるなよ・・・」
岸田 彩音「いやはや、エリート営業マンがグチャグチャになってんのは面白いですな!」
酒田「それでいつまで弄んでるつもりだい、彩ちゃん──いいや」
酒田「【ロマネスク】のギルドマスター、白百合アリスと呼ぶべきか」
〇黒背景
これは昔のお話。
少なくとも15歳までの私、岸田彩音はゲームなど無縁の世界で生きていた。
放課後バレーボール、休日バレーボール。
そうすることが楽しかったし、求められていた場所にいた。
小学生の頃からバレーボールのジュニアチームに所属し、結果を出し続けた私に待ち受けていたのはスポーツ推薦での中学入試。
超絶いい学校に学費免除で入学することができた。
高校はエスカレーター式で入れるし、質の良い授業を受けられた。
高校1年の時に怪我で再起不能になるまでは。
つまり選手生命の終わり。
バレーボール選手として学校に貢献することのできなくなった私と家族に降りかかるデカすぎる学費。
かくして岸田彩音はピカピカ名門校を退学して、通信制高校に移ることになる。
ずっとバレーボール一筋で生きてきたから何もわからなかった。
そんな空っぽな私は何を血迷ったか、当時テレビCMが流れていたドラゴンファンタジアに手を出し始める。
暗い部屋の中で。ぽつんと一人。
その世界に踏み出した瞬間。
岸田 彩音「白百合アリスは生まれたのだ」
〇美しい草原
たくさんのモンスターと戦った。
〇洞窟の入口(看板無し)
いろんな人と出会い。
〇巨大な城門
ギルド【ロマネスク】を結成し、
〇村に続くトンネル
人が集い。
〇黒背景
大学入試を機に、やめた。
きっとJKがトップギルドのマスターだということに不満があった人がいたのだろう。
あらぬ中傷を受けてそのままでいれるほど、子供の私は強くはなかった。
〇シックなバー
酒田「君は律儀だよね。 いつか大人になったら僕のお店に飲みに来てって言ったら飲みに来てくれたし」
岸田 彩音「約束だったので」
岸田 彩音「概ね、姫川から私のことは聞いてるんでしょう。ところでいつからリアルの知り合いに?」
酒田「彼が大学時代、やむを得ずアパートに住めなくなったときに泣きつかれたんだよ」
酒田「「レキさん100M渡すんで1ヶ月泊めてください」ってね? 面白いでしょ、その後在学中はうちで住み込みバイトしてたよ?」
岸田 彩音「酒弱いのにバーでバイトしてたの・・・」
酒田「いや、掃除とか酒以外の調理。 でもお客さんと話すのも上手だったんだよ、彼」
彼の営業スキルとコミュ力はこんなところで磨かれていたのか・・・・・・
酒田「・・・ちなみにドラファン姫プの件は僕は噛んでないからね?」
岸田 彩音「そこはどうでもいいですけど、世間って狭いですね・・・」
酒田「同じ会社に入社するのは偶然だねぇ」
岸田 彩音「まったく、本当に」
酒田「・・・君が白百合アリスであること、言わないのかい?」
岸田 彩音「んー・・・言うに言えない雰囲気になってしまったんですよね」
酒田「ははは、たしかにそうだね」
仮に私が白百合アリスであることを伝えたとしよう。
①言っていい冗談と悪い冗談があるだろ→気まずくなる
②お前が白百合アリス・・・好きだったんだ・・・結婚してくれ!→姫川は女子社員にモテるので社内での私の肩身が狭くなる
③お前みたいな喪女が白百合アリスだなんて。幻滅したわ・・・→それはそれで気まずい
岸田 彩音「私、今みたいなダラーっとゲームする仲が嫌いじゃないのかもしれないです。だから気まずくなるのは嫌なので秘密に────」
いや、それはあまりにもエンタメ性がペラペラではないか?
岸田 彩音「マリンたそが現在のドラファン界隈でトップの姫になったとき、最強の敵として立ち塞がる。そんな胸熱展開、どうですか?」
酒田「これまた悪趣味だ」
岸田 彩音「姫ってエンターテインメントらしいですよ? 令和最強の姫VS平成最強の姫の怪獣大決戦。見たくないですか?」
酒田「怪獣て」
岸田 彩音「だからそれまで────」
岸田 彩音「白百合アリスはお預けです」