エピソード1(脚本)
〇アパレルショップ
最近の若者は根性がない、と水島祐司は思う。
自分のように改造には践みきれず、表面的なものてごまかそうとしている。
もちろん、この技術がなければ、怪人という文化そのものが途絶えてしまうのかもしれない。
水島祐司「とはいえ、むなしさも否定できないところではある」
ドアベルが鳴り、一人の男性が入ってくる。
水島祐司「いらっしゃいませ」
浅倉涼太「あの、ここが怪人スーツ屋で間違いないんですか」
水島祐司「はい。 わたしはここで店長をつとめております、水島祐司ともうします」
浅倉涼太「あ、ぼくは浅倉涼太です」
水島祐司「浅倉さんは怪人を目指しているんですね」
浅倉涼太「はい。 ここのスーツを着れば、改造なしで怪人になれると聞いたんですけど」
水島祐司「ええ。 スーツを着れば、怪人に、 スーツを抜けば人間に戻ることができます」
浅倉涼太「良かった。 怪人に興味はあったんですけど、どうしても手術は怖かったので」
こういう若者の気持ちもわからなくない。
一度怪人になれば普通の社会には戻れなくなる。
ヒーローと敵対する結社の関係先でしか就職は難しくなる。
自分のように。
水島祐司「怪人になりたい理由をうかがってもよろしいですか」
浅倉涼太「やっぱり収入ですかね。 ヒーローと戦うだけでお金がもらえるわけですから」
水島祐司「怖くはないのですか」
浅倉涼太「だって、ヒーローは殺人はしないですよね せいぜい怪我ですむわけですから、こんな楽なバイトはないですよ」
自分達の時代は命がけで戦ったものだ。
いつから怪人はこんなゲーム感覚でできるようなものになったのだろうか。
やはり、怪人スーツの登場と、人手不足が響いているのだろうか。
浅倉涼太「店長のそれもスーツなんですか?」
水島祐司「いえ、わたしは正真正銘の改造怪人です」
浅倉涼太「そうなんですね。 改造の手術って、やっぱり痛いものなんですか?」
水島祐司「麻酔をしていたので、痛みは感じませんでしたよ」
浅倉涼太「どうしてスーツにしなかったんですか?」
水島祐司「怪人スーツは最近のものです」
水島祐司「わたしが怪人になったのは二十年も前のことでしたが、当時は怪人になるには手術を受ける以外なかったのです」
浅倉涼太「怪人を目指したきっかけはなんだったんてすか?」
水島祐司「当時は不景気でしたし、わたしは多額の借金を背負っていました」
水島祐司「それに、わたしはヒーローがあまり好きではなかったので、怪人はちょうど良い選択だったのです」
浅倉涼太「ヒーローが好きではなかったんですか?」
水島祐司「はい。 表面的な正義を振りかざし、青臭い言葉を恥ずかしげもなくはくヒーローが、わたしの性格とはマッチしなかったのです」
浅倉涼太「でも、怪人は負ける運命・・・・・・」
水島祐司「当時はいまのようなゲーム感覚ではなく、もっと真剣勝負ができたのてす」
水島祐司「わたしも本気でヒーローを倒そうとしました。 結果は言うまでもありませんが」
浅倉涼太「いまもヒーローを憎んでいるのですか?」
水島祐司「いえ。 子供たちに世のあり方を教える、教科書的な存在だと割り切っています」
浅倉涼太「実は、僕もヒーローは嫌いなんです」
水島祐司「いつの時代にも、そのような人はいるものですね」
浅倉涼太「以前に、ヒーローのプライベートを目撃したことがあるんです。 そのときの態度があまりよくなかったので」
水島祐司「なるほど」
水島祐司「ヒーローもストレスのたまる仕事ですから、いつでもお上品にというわけにもいかないでしょうね」
浅倉涼太「ヒーローも人、なんですよね」
水島祐司「ええ。 それは怪人も同じですよ。 どちらも人としての感情があり、葛藤を抱えている」
浅倉涼太「本物の改造怪人である店長さんが言うと、説得力がありますよね」
水島祐司「怪人だからこそ、わかることがあるのかもしれません」
浅倉涼太「では、スーツに関してお聞きしたいんですけれど、料金のほうはどうなってるんですか?」
水島祐司「基本はレンタルですので、お安くなっていますよ」
水島祐司「ここは結社の直営店でもあるので、かなり割安ですね。 まあ、手術の場合は無料なんですが」
浅倉涼太「スーツによる違いというものはあるんですか?」
水島祐司「もちろん、ございます。 ワンパターンな攻撃では、子供も飽きてしまいますから」
水島祐司「いまでは怪人の多様性も重視される時代ですし、様々なタイプがなければ、敵役としてはつとまりませんから」
浅倉涼太「では、おすすめのものを紹介してもらっても構いませんか?」
水島祐司「ええ。 では、こちらにどうぞ」
〇アパレルショップ
浅倉玲香「あの、すいません」
水島祐司「いらっしゃいませ。 怪人スーツをお探しですか?」
浅倉玲香「いえ、これを返却に来たんですけれど」
水島祐司「おや、これは浅倉さんにレンタルした怪人スーツではありませんか」
浅倉玲香「わたしは彼の妻なんです。 夫の代わりにこれを返しに来ました」
水島祐司「そうですか。 本人がこれないということは、ヒーローとの戦いで怪我でも負ったのですか?」
浅倉玲香「・・・・・・」
水島祐司「奥さん?」
浅倉玲香「夫はなくなりました」
水島祐司「亡くなった?」
浅倉玲香「はい、二日前に」
水島祐司「しかし、ヒーローは決して殺しはしないはずです。 死に直結するような攻撃も控えるはずだと思うのですが」
浅倉玲香「夫はヒーローに殺されたわけではありません。 病気で亡くなったのです」
水島祐司「病気」
浅倉玲香「夫は病を患っていました。 怪人になった時点で、もう長くは生きられないと知っていたんです」
水島祐司「なるほど。 だから短期で収入が得られる怪人を選んだのですね。 あなたに残せるものは残そうとした」
浅倉玲香「それもあるかもしれません。 でも、夫の本音は別のところにあったと思います」
水島祐司「というと?」
浅倉玲香「夫の父親は、ヒーローだったんです」
水島祐司「そうだったのですか。 それは聞いていませんでした」
浅倉玲香「夫は父親を恨んでいました。 ヒーローとして活躍するにも関わらず、自宅では父親らしいところを見たことがなかったからです」
水島祐司「ヒーローは大変な仕事です。 普通の父親としての姿を見せることが出来なかったのも、仕方のないことかもしれません」
水島祐司「子供の気持ちは、また別問題ですが」
浅倉玲香「もし、夫の父親がいまも生きていれば、大人同士、腹を割って話すこともできたかもしれません」
浅倉玲香「そのような機会はなかったので、夫はいつまでも過去を引きずっていたんです」
水島祐司「浅倉さんのお父さんがなくなったのは、子供の頃のことなのですね」
浅倉玲香「はい。 夫と同じ病気だったそうです」
水島祐司「なんと」
浅倉玲香「夫はずっと、父親の影を追いかけていたのかもしれません。 父親の気持ちを知らずには、死ねなかったのかもしれません」
浅倉玲香「医者の先生から止められても、夫は怪人になる決意を変えませんでした。 それが明らかに寿命を縮める行為であったとしても」
水島祐司「ヒーローと戦うことで、父親の真の姿を知ろうとしたのかもしれませんね」
水島祐司「ヒーローには生まれつきの才能が要求されますが、怪人は誰でもなることができる」
浅倉玲香「夫は幸せそうな顔で眠りにつきました。 彼のなかにあったモヤモヤはきっと、最後には解消されたのだと思います」
水島祐司「怪人も役に立つことがあるのですね」
浅倉玲香「店長さんがそれを言うんですか」
水島祐司「ハハハ、もちろん、冗談ですよ」
スーツ派か改造派かという単純な問題ではなくて、怪人になる理由にもそれぞれの人生の事情や背景があるのだと分かって考えさせられました。人生の最期を迎える朝倉がどのような思いでスーツを身につけたのかを想像すると、じんわりとした切なさに包まれました。
タイトルが楽しそうで読んでみたら、そんなに軽い話ではありませんでした。店長の丁寧な話し方と言葉にはなかなか考えさせられるものがありました。
怪人になった側が語る、世界の在りよう。
考えさせられますね…