隠者のメランコリー(脚本)
今日ね、金魚が死んだの
覚えてる? クラスで飼ってた金魚のこと
病気だったみたいで、水槽にぷかぷか浮かんでた
どうして病気になったのかわからない
水槽はいつも清潔にしていたし
温度の管理だってきちんとやっていたよ
でも病気になって、死んでしまったの
〇部屋の扉
里見カフカ「・・・それで?」
〇部屋の前
西森まれ「だからさ、カフカくんも引きこもるのはやめて出てこようよ?」
西森まれ「金魚だって水槽にひとりで閉じこめられて、それで病気になっちゃったんだよ?」
里見カフカ「・・・できないよ」
里見カフカ「それに、俺は金魚じゃないし・・・」
里見カフカ「鳥かごのカラスではあるかもしれないけど・・・」
西森まれ「カラス?」
里見カフカ「・・・もういいだろ?」
里見カフカ「プリントはドアの前に置いといてくれたら、あとでちゃんと見るから」
里見カフカ「それに引きこもりを無理に外に出そうとすると、精神的負担になってかえってよくないらしいぞ?」
西森まれ「それ、引きこもってる本人が言うこと?」
里見カフカ「とにかく、俺は部屋から出る気はないから」
里見カフカ「もう帰ってくれよ」
西森まれ「なによ・・・」
西森まれ「幼稚園からの縁があるから、こうして毎日プリント届けに来てやってるのに」
西森まれ「カフカくんと違って塾もあるし、部活もあるし、習い事まであるんだからね?」
里見カフカ「はい、はい」
里見カフカ「俺と違って・・・ね」
西森まれ「・・・もう」
西森まれ「ふてくされてないで出ておいでよ!」
ガチャガチャ、ガチャガチャ
里見カフカ「わっ! やめろ!!」
里見カフカ「ドアを壊す気か!?」
西森まれ「・・・頑丈なドアで助かったわね」
西森まれ「とにかく、クラスのみんなも待ってるからね?」
里見カフカ「ごめん・・・」
里見カフカ「無理なものは無理なんだ・・・」
西森まれ「そっか・・・」
西森まれ「じゃあ、また明日・・・ね」
〇部屋の扉
扉の向こうで、まれの足音が小さくなっていく
部屋に引きこもるようになって一か月
幼馴染のまれはもちろん、父さんや母さんとも顔をあわせていない
必要な物を届けてもらうとき以外は、誰も二階に来ないようにきつく言ってある
〇怪しい部屋
俺は誰にも顔をあわせるわけにはいかないんだ・・・
こんな姿になってしまったから・・・
里見カフカ「これが・・・俺・・・」
鏡に映る自分のおぞましさにびっくりする
金魚がどうして病気になったのかわからないように、俺がどうしてこうなったのかもわからない
朝、目を覚ましたらこうなっていた
それだけだ
母さんは小説家のフランツ・カフカから俺をカフカと名づけたそうだけど、これじゃまるでカフカが書いた『変身』みたいだ
ある日、巨大な毒虫になってしまったグレゴール・ザムザは、最後には家族からも見捨てられて死んでいったんだっけ・・・
ポロロロン♪
PCからSNS〈アカシア〉の通知音が鳴り響く
銀月さんからのメッセージだ
カラスくん、元気にしてる?
──カラスというのは、俺がSNS〈アカシア〉で使っているハンドルネームだ
里見カフカ「『今日も変わらず引きこもってます。 そちらはいかがですか?』・・・っと」
こちらも相変わらずだよ
まあ、おたがい元気なわけないよね 笑
里見カフカ「『でも、銀月さんと話してると、楽しいというか、少しだけ心が落ち着きます』」
なにそれ?
もしかして、告白?
毎日来てくれてる彼女に怒られるぞ~ 笑
里見カフカ「『いや、そういうんじゃなくて!』」
里見カフカ「『引きこもってること忘れられるっていうか・・・』」
里見カフカ「『それに、まれは彼女じゃありませんから!』」
里見カフカ「『ただの幼馴染ですよ!』」
カラスくん、必死すぎ 笑
里見カフカ「『はあ・・・』」
銀月さんと知り合ったのは〈アカシア〉にある引きこもりのコミュニティだった
こうなってすぐのころ、俺はこの現象の原因を求めてネットの海をさまよっていた
ニュースサイトはもちろん、超常現象や、未確認生物のサイトなんかをひたすらチェックしたけれど、収穫はまるでなし
そこで俺は閃いた
俺と同じようにバケモノになった人がいるなら、やっぱり俺と同じように引きこもるんじゃないかって思ったんだ
俺はさっそく〈アカシア〉にアカウントをつくり、引きこもりのコミュニティに入った
・・・だけど、結局バケモノの情報は得られなかった
そりゃあそうか・・・
そんなに簡単にバケモノの尻尾がつかめるなら、いまごろ世のなか大騒ぎになってるもんな・・・
もしかして、こんな体になったのって世界で俺だけなのかも・・・
そうして落ちこんでいた俺に声をかけてくれたのが、同じコミュニティの銀月さんだった
銀月さんも最近引きこもりになったばかりらしく、コミュニティには誰かと交流したくて入ったそうだ
引きこもりが他人と話したいなんて、変だと思われるかもしれないけど
いまは家族とも顔をあわせないでいるから、少し寂しくて・・・
里見カフカ「『俺も同じだからわかります』」
里見カフカ「『自分の姿を誰にも見られたくなくて・・・』」
私もそう
自分のことが嫌になっちゃって・・・
・・・だから、カラスくんともこうしてチャットだけ
ビデオ通話だとか、会ったりだとか、そういうのはできないから・・・ごめんね
里見カフカ「『いいんですよ・・・』」
里見カフカ「『俺も・・・同じですから』」
ありがとう・・・
誰にも姿を見せずに、隠れるように生きている
なんだか私たち、隠者みたいだね
里見カフカ「『隠者?』」
そう
引きこもりじゃなくて、隠者
森の奥の塔に住んでいる、世を捨てた魔法使いのような
里見カフカ「『いいですね』」
里見カフカ「『なんだかファンタジー映画みたいで素敵です』」
でも、隠者って幸せになれるのかな?
里見カフカ「『えっ?』」
ううん
私のほうから言いだしておいて、ごめんね
外でドヴォルザークの「家路」が流れてるから、ちょっと感傷的な気分になっちゃったのかも
里見カフカ「『あっ、それいまうちの町でも流れてます!』」
里見カフカ「『「遠き山に日は落ちて」ですよね?』」
そうそう!
もしかして、カラスくんと私って近所に住んでるのかも?
里見カフカ「『ええっ?』」
里見カフカ「『だとしたら、運命・・・みたいな?』」
あはは! まさか!
「家路」は夕方の町に流れる曲としては定番だからね
里見カフカ「『あっ、そうか・・・』」
ふふ・・・
私たちに距離なんて関係ない
そうでしょう?
里見カフカ「『そうですね・・・』」
おたがいに自分の住んでいる町の名前を言うような、野暮なことはしなかった
そんなことは、必要なかったから
俺と銀月さんはいろいろなことを話した
バケモノの情報なんて見つからなくても、こうして銀月さんと知り合えたのだから、それでよかった
『隠者って幸せになれるのかな?』
銀月さんがどんな事情で引きこもり――
隠者になったのか、俺は知らない
でも、いつか銀月さんが幸せになってくれたら・・・
俺は自分がバケモノであることも忘れて、そう思った
一週間後・・・
〇怪しい部屋
里見カフカ「今日もバケモノの情報は特になし・・・」
里見カフカ「もうこんな時間か・・・」
里見カフカ「こんなに静かな一日は、なんだか久しぶりだな」
里見カフカ「まれは塾があるから遅くなるらしいし、銀月さんは何日か前からずっとオフラインだし・・・」
ポロロロン♪
里見カフカ「おっと、噂をすればなんとやら」
里見カフカ「銀月さんからメッセージだ」
カラスくん・・・
私、もう耐えられそうにない・・・
里見カフカ「『えっ?』」
何日か前から、抑えられなくなってきたの・・・
でも、それはずっと以前から、私が求めていたことなのかもしれない・・・
里見カフカ「『銀月さん、なにを言っているんですか?』」
私・・・
私・・・血がほしい・・・
誰かを殺して・・・しまいたい・・・
里見カフカ「『銀月さん!?』」
それだけ言い残すと、銀月さんはオフラインになってしまった
こちらからメッセージを送っても、まったく応答がない
なんのことか、さっぱりわからない・・・
俺は混乱して、部屋を歩き回った
――そのとき
〇血しぶき
里見カフカ「ぐっ・・・!!」
里見カフカ「ぐああああっ・・・!!!」
破裂しそうなほどの痛みが、頭を貫いた
それと同時に、どこか遠く離れたところで発せられた叫びが、耳の奥に大音量で響く
???「バッ、バケモノ・・・!?」
???「いっ、いやあっ・・・!!」
???「たすけて・・・」
???「たすけてええええ!!!」
これは・・・まれの声だ
バケモノって、いったいどういうことだ?
どうして遠くの声がきこえる?
〇怪しい部屋
なにがなんだかわからなかった
だけどいま、まれが助けを求めていることはたしかだ
警察に通報するか?
でも、なんて言えばいい?
それに、相手が本当にバケモノだったら・・・
俺は握りしめた自分の拳を、じっと見つめた
相手がバケモノなら・・・
俺だって・・・!
俺は窓を開けて、まれの声のするほうに飛びだした
〇入り組んだ路地裏
西森まれ「こ、来ないで・・・」
???「ふしゅるるるる・・・」
西森まれ「カフカくんの家まで近道しようと思って、路地裏に来ただけなのに・・・」
西森まれ「こんなバケモノが出るなんて・・・」
???「しゅるるああああ!!!」
西森まれ「いやああああっ!!!」
ガキンッ・・・!!!
???「ふしゅるるる・・・?」
里見カフカ「ははっ・・・マジでバケモノだ・・・」
西森まれ「バケモノがもう一匹・・・!?」
里見カフカ「下がってろ!!」
???「しゅるるるるああ!!」
〇流れる血
まれを守るために、俺は必死でバケモノと戦った
相手も俺も、普通の人間とはまるでパワーが違っていた
俺たちの戦いは、道路に穴を穿ち、ブロック塀を砕き、電信柱を折り曲げた
物音に驚いて駆けつけた人たちが、恐怖の叫び声をあげている
だけど、俺は彼らの視線なんか気にせず、夢中で拳を繰りだしていた
俺は・・・体が戦いを・・・血を求めるのを感じていた
〇入り組んだ路地裏
里見カフカ「うおおおお!!」
俺の拳が、相手のバケモノの胸を貫いた
バケモノの体内で心臓の鼓動が弱まっていくのがわかる
バケモノの血は、人間と同じで温かかった
???「ううっ・・・」
バケモノから、女の声がした
里見カフカ「こいつ・・・喋れるのか?」
???「隠者は・・・」
???「幸せになれない・・・」
里見カフカ「えっ・・・?」
最後にそういうと、バケモノの体は煙をあげて、どろどろに溶けてしまった
ふりかえると、怯えた目で俺を見るまれと、人々がいた
そうだった・・・
俺もバケモノなんだ・・・
俺はジャンプして人々の頭上を飛び越し、全速力でその場を立ち去った
〇怪しい部屋
俺は部屋にもどってすぐに、SNS〈アカシア〉をひらいた
銀月さんはオフラインだった
「隠者は幸せになれない」
バケモノは女の声でそういった
まさか・・・そんな・・・
あれが、銀月さんだなんて・・・
そんなこと・・・
俺が銀月さんを・・・
殺してしまったなんて・・・
そんなはず・・・
俺はオフラインの銀月さんにむけて、メッセージを送った
何度も、何度も、送りつづけた──
〇屋上の端(看板無し)
???「ふふふ・・・見たかい? 彼らの戦いを?」
???「戦いとも言えぬ、無様なものであったがな」
???「ま、仕方ないさ」
???「いずれにしても、深星町に撒かれた種は芽を出し始めたんだ」
???「面白くなるのはこれからだよ」
???「どうせ咲くのなら、美しく咲いてほしいものよ」
???「ふふふ・・・そうだね」
〇海辺の街
???「もっと紅く もっと残酷な色の花を・・・ね」
ある日突然異形の者に変身した主人公の名前がカフカだなんて、なんという皮肉。カフカ作「変身」は、変身という不条理な出来事よりも家族や身近な人の理解が得られない孤独感と不幸を描いた物語でしたが、本作にも通じるテーマがありますね。カフカくんに命を救われたまれには、彼の良き理解者になってサポートしてあげてほしいです。
怪人にされてしまった二人が気の毒でたまりません。せっかくSNS上で心許せる相手に巡り合えたというのに、体に起こった異変まではどうすることもできなかったのですね。まれちゃんもある意味被害者ですね。
銀月さんもカフカくんも、本当は悪い人じゃないのに…
謎の二人組の話が正しければ、この街に他にも怪人にさせられる人が増えそう…
よし、アイツらを殺ろう!目にモノ見せてくれる!
「例え天が許しても、この私が許さん!」(怪人爆誕)