トランプコンタクト ―2人の人のドッペルゲンガー―

服を着た猫

2枚目・私の名前は春野 泉美、あなたの名前は・・・①(脚本)

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〇特別教室
部活顧問「春野さん」
  【カッ】
部活顧問「東さん」
  【カッ】
部活顧問「東さん」
  【カッ】
  名前を読み上げる顧問の先生の声と、女子生徒が黒板にチョークで正の字を書く音だけが、部室に響き渡っていた。
  その様子を泉美は椅子に座りながら、
  ハラハラと見守っていた。
部活顧問「春野さん」
  【カッ】
部活顧問「春野さん」
  【カッ】
部活顧問「最後は・・・」
部活顧問「春野さん」
  【カッ】
  顧問の女性先生は全ての投票用紙を読み上げると、生徒たちの顔をしっかりと見て言った。
部活顧問「以上で投票結果が出ました」
部活顧問「結果、大差をつけてヒロインの 【珀《はく》】は春野さんで決まりました。 はい、拍手!」
春野 泉美「えー!!」
  部室内がわぁーっと盛り上がるなか、泉美は頭を抱え机に突っ伏した。
春野 泉美「嘘でしょ!? なんでこんなことに!?」
  泣きそうな声を出しながら、泉美はますます頭を抱える。
部活顧問「じゃあ、これで主人公は 神条《かみじょう》さん、ヒロインは春野さんで決定ね」
  顧問の言葉に再び部室内は盛り上がり、拍手に包まれた。
部活顧問「じゃあ、今日はこれで終わり」
部活顧問「はい、解散!」
  その言葉で一気に部室内は私語に包まれた。
  解散と言われたが、みんな部室に残り、以前もらっていた台本を読み直したり、仲間の役同士集まり読み合わせを始めたりする。
  一方、泉美はいまだ放心状態で立ち直れずにいた。
  そんな彼女の元へ、1人の少女が近づいてきた。
神条 舞「これでひろいん・・・女主人公も決まったな。これからよろしく【珀《はく》】」
春野 泉美「はぁー・・・よろしくお願いします。主人公の【長二《ちょうじ》】さん」
  差し伸べられた手を握り、2人は握手をした。
  長二と呼ばれた少女、腰まで伸びた黒髪長髪に黒い瞳が大和撫子感を引き出している、キリッとした顔立ちの美しい美少女。
  彼女の名前は
  【神条 舞《かみじょう まい》】
  桜門高校三年生で、演劇部に入部して、わずか半年で演劇部のスターに上り詰めた少女である。
  実家は、この桜門町の中央にそびえる小山の門開山《もんかいさん》の中腹に建つ『桜門神社』
  の宮司を代々務める神条家であり、彼女も桜門神社の巫女を務めている。
  また武芸も得意で、一応剣道部所属で主将を務めているが、諸事情により演劇部を兼部している。
  ・・・と本人は言っているが、周りからは演劇部に所属し、剣道部を兼部しているようにしか見られていない。
神条 舞「それにしても、なぜ頭を抱えているのだ?」
春野 泉美「そりゃ頭も抱えますよ。私この部活に入って、たったの3ヶ月ですよ!?」
春野 泉美「それなのにいきなりヒロインって!! みんな頭おかしいんじゃないですか!?」
神条 舞「頭がおかしいわけではないだろう?」
神条 舞「君は美人だし、台詞覚えもいい。 発声練習も誰よりも、皆に追いつこうと必死に練習して、かなり上達した」
神条 舞「この前の練習で行った、小演劇もなかなか堂に入った取り調べの刑事役だったぞ」
春野 泉美「お世辞は良いですよ。全部、舞先輩の方が上だし、美人だし」
神条 舞「そちらこそお世辞は止せ、私はそんなに美しくない」
春野 泉美「いいえ、舞先輩はカッコよくて美人なんです。だから、みんな舞先輩を主人公に選んだんです」
春野 泉美「自覚がないなんてもはや罪です!」
  力説しながら顔の前に人差し指で指さす泉美に、舞は苦笑しながら、ほほを人差し指で掻いた。
神条 舞「罪か・・・なら、その罪は真摯に受け止めなければな」
神条 舞「だが、春野君が魅力的なのは事実だろう」
神条 舞「だからみんな君を選んだのだから、何より私の記録など軽く超え最短記録で演劇部の花形になれるかもしれないのだぞ?」
神条 舞「誇らしいことじゃないか!」
春野 泉美「それが嫌なんですよ」
神条 舞「どういうことだ?」
春野 泉美「ただでさえ最近、剣術の稽古が疎かになっているって、お爺様に怒られているのに」
春野 泉美「ヒロインなんて、ましてや演劇部のスターになって持ち上げられたら、さらに稽古量が減っちゃう」
  再び頭を抱える泉美を見て、舞は納得した。
神条 舞「なるほど。 君は剣術で有名な、 水輝一族《すいきいちぞく》の血を引いているのだったな」
春野 泉美「はい、しかも本家がこの町にあるから、プレッシャーが・・・」
神条 舞「ぷれっしゃー・・・圧力か」
春野 泉美「圧力・・・ああ、舞先輩ってカタカナ語が・・・」
神条 舞「ああ、苦手だ」
神条 舞「厳格な祖父母に育てられたためか、この年で恥ずかしい限りなのだが・・・」
神条 舞「それより稽古不足か・・・」
  舞は右手を頬に添え、その場でクルクルと回りながら思案を始めた。
神条 舞「では、どうだろう? 放課後、練習が終わったら、私と手合わせをするのは?」
春野 泉美「舞先輩と?」
神条 舞「うむ、君を剣道部との兼部で、演劇部に在籍するようにと誘ったのは私だからな」
神条 舞「私も剣道部の主将を兼部しているものとして、少々腕が鈍ってしまって困っていた所だ」
神条 舞「これぞ一石二鳥」
神条 舞「共に剣道部で相手が居なくて困っていた同士だ。 良い考えだとは思ないか?」
春野 泉美「確かにいい考えですけど、帰りが遅くなっちゃう。両親に許可を取ってからでいいですか?」
神条 舞「無論だ」
部活顧問「ナニナニ、楽しそうね」
  黒板に書かれた正の字の投票結果を拭き終わり、2人に近づいてきた彼女は、この演劇部の顧問。
  先ほど開票作業で、投票用紙を読んでいた金髪ロングヘアーに青い瞳の女性であり、その右手人差し指には金色の指輪が光っている。
  ちなみに、泉美の在籍する二年B組の担任でもある。
  名前は
  【神野原 マリア
   《かみのはら まりあ》】
  歳は見た目30代くらい
  (詳しいことは教えてくれない)
  その名の通りハーフでちょっと天然ボケ
  少々強引な面もあるが、
  今回の演劇【天女物語】を桜門神社に伝わる【天女物語】と【十二石像伝】という
  二つの短い伝承を組み合わせて、舞台脚本を書き起こすなど、やる時はやる先生である。
神条 舞「これは先生。 なに、大した問題ではないのですが」
神条 舞「私が剣道部だけに在籍していた時に、先生が『暇なら、演劇部と兼部しない?』と誘ってきたことがきっかけで」
神条 舞「剣道部の主力である2人が引き抜かれた、剣道部が可哀そうだという話を」
神野原 マリア「えっ・・・ワタシそんな悪いことしたの!? だったら剣道部のみんなに謝らなきゃ・・・」
  険しい顔で答えるマリア先生に、泉美は半笑いで答えた。
春野 泉美「違います違います。私たち先生には感謝してますし、剣道部のみんなも納得してますよ」
神野原 マリア「本当?」
春野 泉美「本当です!先輩も先生をからかうのは止めてください!」
神条 舞「フフフ、すまない、つい魔が差してしまって」
春野 泉美「はぁー、まったく」
神野原 マリア「そっか、迷惑かけてないなら良かった」
  舞の言葉に泉美はあきれ顔になりながら、マリア先生の横顔を見た。
春野 泉美(・・・泣きそうな先生の顔、ちょっとカワイイかも・・・って何考えてるの私!?)
春野 泉美(と、とにかく話を戻さないと・・・)
春野 泉美「ええ、稽古不足になって困ったって、話で―――」
神野原 マリア「やっぱりワタシのせいで!」
春野 泉美「その解決方法を話し合ってたんです!」
  再び泣きそうになる先生に、泉美は再び苦笑いで答えた。
春野 泉美「舞先輩と練習の後、放課後に手合わせをしようって話し合ってたんですよ」
神野原 マリア「手合わせ? ああ、練習試合ね」
神条 舞「左様です。 お互いに剣道部では強すぎて、相手が居なかった同士、実力は拮抗しております」
神条 舞「ただ互い手の内は知り尽くしているため技を磨くには少々物足りませんが、このまま鈍らせていくよりはましだと思いまして」
  舞の答えを聴いたマリア先生はニッコリと笑い、ある提案をしてきた。
神野原 マリア「だったらワタシがご両親に話を付けるわ」
神条 舞「良いのですか?」
神野原 マリア「ええ、もちろん 神条さんはお爺様と、お婆様だったわね」
神条 舞「はい」
春野 泉美「でも、本当にいいんですか?」
神野原 マリア「いいのいいの、これも先生の仕事」
  マリア先生はパチッとウインクしてみせた。
神野原 マリア「別に稽古不足になった責任を取りたいとか、剣道部に迷惑だったんじゃないかとか、考えているわけじゃないからね?」
春野 泉美「あぁ・・・はい」
春野 泉美(理由がだだ洩れです。先生・・・)
神野原 マリア「もちろん体育館の使用許可も取っておくから」
春野 泉美「いや、そこまでは・・・」
神条 舞「場所さえあれば体育館裏でもよいと、考えていたのですが」
神野原 マリア「どうせ近いうちに演劇の練習で体育館は使用するし、それに剣道って裸足でやるんでしょ?」
神野原 マリア「だったら床がないと、ねっ?」
  パチッとウインクしてみせるマリア先生に、舞は一瞬ためらった表情をしたが、すぐに小さく息を吐いた。
神条 舞「・・・分かりました。 お気遣い痛み入ります」
  深々と頭を下げ、舞は感謝の言葉を言った。
神野原 マリア「それで今日から練習していく?」
春野 泉美「いえ、さすがに今すぐには体育館の使用許可は下りないと思うし、両親の許可ももらわないといけないので」
神条 舞「私も自分の家で、自主練習をすることとします」
神野原 マリア「そう。 じゃあ、明日以降の体育館の使用許可取っておくわね」
春野 泉美「お願いします」
神条 舞「重ね重ねありがとうございます」
神野原 マリア「それじゃあ、台本ちゃんと読んでおいてね。 今までは役が決まってなかったから、ざっと読んだくらいだっただろうけど」
神野原 マリア「役が決まったんだからしっかりとセリフは覚えておいてもらわないと」
神野原 マリア「なんたって2人は、ヒロインと主人公なんだから」
春野 泉美「はい」
神条 舞「了解しました」
神野原 マリア「うん、よろしい」
  2人の返事を聴いたマリア先生はニッコリと笑った
神野原 マリア「それじゃあ、ワタシこれから用事があるから、お先に失礼するね」
春野 泉美「はい」
神条 舞「お疲れ様です。失礼します」
  マリア先生は右手をヒラヒラ振りながら、部室を後にした。
  残された2人は改めて向き直した。
神条 舞「我々もそろそろ行くか?」
春野 泉美「そうですね」
  部室を見渡すと、すでに部員はまばらになっていた。
  2人は学校を出て帰路に就くことした。

〇学校沿いの道
  帰路に就くことにした2人は、荷物を取りにそれぞれの教室へ寄り、校門で待ち合わせ歩き始めた。
  通学路が途中まで一緒のため2人は途中まで一緒に歩くことに

〇住宅街
  しばらく歩いたところで、舞はあることに気づいた。
神条 舞「春野君、君の家は先ほどの道を、左ではなかったか?」
春野 泉美「はい、でも帰る前に桜門神社で、学園祭で演劇の公演がうまくいきますように、って祈願しておこうと思いまして」
神条 舞「我が神社の神は、縁結びや厄除けの御利益が主なのだが・・・」
神条 舞「まぁ、神に祈ることは悪いことではないからな」
  それから、しばらく2人はそれぞれの役に付いて語り合った。
  舞台【天女物語】は桜門神社に伝わる伝承【天女物語】に出てくる百姓の男を【十二石像伝】に出てくる侍に置き換えた物語。
  つまり2つの物語を組み合わせて創作された物語である。

〇森の中
  桜門神社に伝わる【天女物語】とは・・・
  昔々、百姓の長二《ちょうじ》という男が門開山でまき拾いをしていた時
  中腹に天から美しい女性が舞い降りた。
  彼女は珀《ハク》と名乗り、自分は天女で天界から落ちてしまい帰る手段を失ってしまったという。
  不憫に思った長二は拍をしばらく自分の家に置くことに、そうして2人はしばらく暮らすことに
  やがて2人はどちらかともなく惹かれあうようになった。
  だが、そんな2人の前に3人の天女が現れ、拍を迎えに来たという。
  初めは納得いかないと抵抗した長二だったが
  拍は今すぐにでも天界へ帰らなければ罰せられてしまうという。
  長二は泣く泣く納得し、2人は涙を流しながら別れをした。
  その後、長二は拍と出会った地に小さな祠と鳥居を立て、天界に居る拍に届くようにと毎日その地を訪れ祈ったという。
  このように伝わる桜門神社創建にまつわる伝説、それが【天女物語】である。

〇寂れた村
  そして同じく桜門神社に伝わる物語
  【十二石像伝】とは・・・
  桜門神社に伝わる、桜門町の周りをグルッと囲むように建っている十二支の石像にまつわる昔ばなし。
  昔々、突如としてこの地に人食いの鬼たちが押し寄せてきた。
  人々は次々と鬼に食われ、さながら地獄絵図であった。
  「もう駄目だ」皆がそう思った時、1人の陰陽師と彼の従者である侍が現れた。
  陰陽師は村中に十二支の姿をした、十二体の式神を飛ばし従者の侍と共に鬼たちを封印するように命じる。
  その命に従い、侍が鬼を切り伏せ、式神たちが鬼を次々と封印していった。
  そして式神は最後に村を囲むように広がり自ら石像となり、村全体を包む結界の要石となった。
  人々がお礼を言うと、陰陽師は「石像になった式神たちを決して、傷つけたり、動かしてはならない。
  約束を違えれば、たちまち鬼たちは解き放たれ、この地は再び地獄と化すだろう」と村人にきつく言い聞かせ
  従者であった侍に神社の宮司と共に、この地を守るように言いつけ去っていった。
  このように伝えられる、十二支の姿をした、十二体の石像にまつわる伝説
  それが【十二石像伝】である。

〇神社の石段
神条 舞「おっと、もうこんな所まで来てしまったか」
  気が付くと2人は、神社へ続く石段の前まで来ていた。
神条 舞「では、私はここで失礼する。 境内までは遠いから、暗くならないうちに帰るように」
春野 泉美「はい、明日からよろしくお願いします」
春野 泉美「それじゃあ、さよなら」
神条 舞「ああ、さようなら」

〇平屋の一戸建て
  舞の家は神社の敷地内にはあるが、境内にはない。
  神社に続く石段の横、そこに建っている門がある日本家屋、それが舞の実家である。
神条 舞「ただいま戻りました」

〇神社の石段
  舞の帰宅の声を聴きながら、泉美は急いで石段を登り始めた。
春野 泉美「急がないと、本当に真っ暗になっちゃう」

〇神社の本殿
  やがて石段を登り切った泉美は、手水舎で手を清め、社殿へと向かう。
  そこで鈴を鳴らし、お賽銭、お辞儀、二拍手をした。
春野 泉美(学園祭で、演劇の公演がうまくいきますように)
  心の中で神様にお願いをすると、泉美は最後に深々と頭を下げた。
  その時だった。
  【バリッ・・・バリバリバリバリ!!!】
  突如として、いくつもの雷の音が重なったような、爆音が真後ろから聞こえてきた。
春野 泉美「な、何!?」
  泉美が慌てて振り返ると、そこには月のように黄色く輝く直径2メートルはありそうな巨大な光の玉が浮かんでいた。
春野 泉美「何・・・これ」

〇神社の本殿
  明らかに普通ではない光景だったが、不思議と泉美は引き寄せられるように、光に近づいて行った。
  そして、光の玉の周りをグルグルと回りながら観察していく。
  やがて、社殿を背にして光の前に立つと、右手を近づけ歩み寄っていった。
春野 泉美「すごく光ってるけど、熱くはない・・・かな?」
  熱がないことを確認し、後ろに下がろうとそのまま後ろ歩きした。
  その時だった!!
  泉美は石畳の段差にかかとをひっかけ、後ろへひっくり返りそうに!!
春野 泉美「うわわわわ!」
  泉美はとっさに前屈みになり、後ろに倒れるのを防ごうとする!!
  結果、後ろに倒れることは阻止したが、今度は前に倒れ込んでしまう!!
春野 泉美「ギャー!」
  泉美はとっさに何かを掴もうと右腕を前に伸ばす!
  だが、こともあろうにその手を光の中に突っ込んでしまった!!
  【グニッ】
春野 泉美「えっ?」
  泉美は光の中に突っ込んだ手が、何か柔らかいものを掴む感覚を感じた。
  手でギリギリ握れる太さの、ゴツゴツしているが若干柔らかい棒のような物、そこまでは判断できた。
  次の瞬間。
???「うわっ!何だ、これ!?」
春野 泉美「えっ?えっ?」
  どこからか叫び声が聞こえる。
  泉美の脳がその声が、男の子の声だと認識する前に彼女の体がグンと引っ張られてしまう!
春野 泉美「きゃ、キャー!」
  叫び声をあげながら、泉美は光の中に引きずり込まれる。
  周囲を光で包まれたと思った瞬間、再び薄暗い場所に飛び出る。

〇神社の本殿
男の子「な、なんだ!?」
「えっ?」
  また、男の人の声が聞こえる。
  反射的に顔を前に向けた瞬間
  泉美の顔の前には同い年ぐらいであろう紫色の髪をした男子の顔があった。
  2人の顔はそのまま近づき。
  【ゴン!!】
  思いっきり、おでこ同士をぶつけた。
春野 泉美「いっ!」
学生服を着た男の子「がっ!」
  2人は短く叫ぶと、男子はその場に、泉美は勢いよく飛ばされ離れたところに仰向けに倒れてしまった。
  そして、そのまま2人は気絶してしまった。

〇神社の本殿
  数分後・・・
春野 泉美「う、うぅん。ここは?」
  目を覚ました泉美は頭を左右に振りながら起き上がる。
  すでに光の玉は消えており、辺りは静寂に包まれていた。
  泉美は周囲を見渡し、ここが神社であることを思い出した。
春野 泉美「そうだ、演劇の公演が、うまくいくように祈願したんだ」
春野 泉美「それから・・・何があったんだっけ?」
  一時的に記憶が混乱しているのか、泉美は自分に何があったか思い出せなかった。
  ただ、おでこがものすごく痛いので触ってみると、たんこぶが出来ていて熱を持っていた。
春野 泉美「何かにぶつかった様な気が、何だったかな?」
  泉美はおでこをハンカチで押さえながら、考えを巡らせる。
  と、彼女は日が完全に沈んでいることに気づいた。
春野 泉美「やばっ、真っ暗じゃん!」
  泉美は慌てて石段に向かって走り出した。
  後ろで仰向けに倒れた男子や、手提げ鞄を落としたことに気づかず。

〇神社の石段
春野 泉美「ヤバい、ヤバい、ヤバい」
  石段を駆け下りた泉美は家への道を急いだ。

〇一軒家の玄関扉
  数十分後。
春野 泉美「はぁー・・・はぁー・・・着いた」
春野 泉美「でもちょっと遅すぎだよね」
  自宅に到着した泉美は、肩で息をしながらスマホの画面で時間を確認する。
  スマホに映し出された時計は門限をとっくに過ぎていることを示していた。
春野 泉美「怒られる~」
  泉美は大きくため息をつきながら、どうするか考えをめぐらす。
春野 泉美(そーっと入っていったところで何の解決にもなんないよねぇ~・・・下手したら余計に怒られるし・・・)
春野 泉美(だったら思い切ってリビングに入って行って速攻土下座?)

〇綺麗なダイニング
  泉美は頭の中でシミュレーションしてみるが
  土下座した自分に対し、両親2人からのお説教が浴びせられ、こってり絞られる姿しか思い浮かばなかった。

〇一軒家の玄関扉
春野 泉美(2人分の説教はキツイなぁ~・・・せめて1人ずつ)
春野 泉美(出来ればお母さんから・・・)
  優しい性格の母のお説教からならまだ耐えられる。
  そう結論付けた泉美は母にだけ会う方法を考え始めた。
春野 泉美(お母さんだけに会うためには呼び出すのが手っ取り早いよね)
春野 泉美(でも玄関開けて呼んだらお父さんにまで聞こえちゃう。それじゃだめだし・・・・・)
春野 泉美(いっそインターホンを鳴らす?)
春野 泉美(インターホン鳴らせば、たぶん出るのはお母さんだろうし、そのまま玄関まで出てきてくれるだろうし!)
春野 泉美(うん、そうしよう!!)
  呼び出す方法を決めた泉美は早速インターホンのボタンを押した。
  【ピンポーン・・・】
  呼出音が鳴って数秒後【ガチャ】という受話器を取る音が鳴り、明るい女性の声がインターホンのスピーカーから聞こえてきた。
お母さん「はーい」
春野 泉美「あ、あの・・・ごめ―――」
お母さん「今開けますね!」
  まずはインターホン越しに謝ろうとする泉美だったが、すぐに母の声にさえぎられた。
春野 泉美(あんまり怒ってないのかなぁ? まぁいいけど・・・)
春野 泉美(あれ?・・・なんか引っかかる?)
春野 泉美(・・・なんか変だったような???)
  何か引っかかるものを感じ考え込む泉美だったが
  すぐに玄関の扉が【ガチャ】という音共に開き
  青い髪の見慣れた顔の母である
  【春野 アゲハ《はるの あげは》】が姿を現した。
  泉美はその姿を見た瞬間、泉美は素早く謝ろうと話し始めた。
春野 泉美「遅くなって、ごめん―――」
  そこまで言った瞬間、彼女は母から信じられないような一言を聞いた。
春野 ハゲハ「えっと・・・どちら様?」
春野 泉美「なさ―――」
春野 泉美「は?」
春野 ハゲハ「ん?」
春野 泉美「えっ?」
  しばらくフリーズする2人。
  母は聞こえなかったと思ったのか、今度は少しゆっくり話してきた。
春野 ハゲハ「ごめんなさいね」
春野 ハゲハ「あなた、どちら様?」
春野 泉美「えっ? いやそんな・・・」
春野 泉美「えっと、今日ってエイプリルフールじゃないよね?」
春野 ハゲハ「えっ? そうね、エイプリルフールではないわね」
春野 泉美「なのに私のこと解らない?」
春野 ハゲハ「ん? 初めましてよね?」
春野 泉美「は、初め、まして!?」
  軽く首を傾げながら話す母の言葉に、泉美は言葉がうまく出てこなかった。
  そんな様子に母は不安げな顔を向けてくる。
春野 ハゲハ「どこかで会ったかしら?」
春野 泉美「い、今なんて?」
  泉美は少し震える声で聞き返した。
  目の前に居るのは確かに彼女の母の
  【アゲハ】その人のはずなのに、彼女は泉美を、まるで他人のように扱い続ける。
  しかもその声はふざけている訳でも、からかっている訳でもなかった。
春野 ハゲハ「近所の人ではないわよね?」
春野 泉美「え、えっと・・・」
春野 ハゲハ「あ、最近引っ越してきた人?」
春野 ハゲハ「でも、そんな人いたかしら?」
春野 泉美「ふざけてる訳・・・じゃないの?」
春野 ハゲハ「・・・ごめんなさい。ふざけてはいないわ」
  念のためにと泉美が聞いた言葉に、不思議そうだった母の顔に警戒心が滲んでいくが分かった。
春野 泉美「ご、ごめんなさい。そ、そんなつもりじゃなくて」
  慌てて謝る泉美。
  彼女自身、混乱しながらも、この会話を終わらせる訳にはいかない気がしていた。
  だが、同時に言い知れぬ恐怖がまとわり付き、彼女の呂律を回らなくさせる。
春野 泉美「ほ、本当に、わ、わた、私のこと、わか、わ、わから、解らないの?」
春野 ハゲハ「だ、大丈夫? 脚震えてるし、顔が真っ青よ!?」
春野 泉美「だ、だい、大丈夫。へ、平気」
春野 ハゲハ「平気には見えないけど・・・」
春野 ハゲハ「あら?」
春野 ハゲハ「あなた水輝の血《すいきのち》を引いているのね。 その髪の毛、紫紺の髪《しこんのかみ》ね」
春野 泉美「そ、それは、そ、そ、そうでしょ?だって―――」
春野 ハゲハ「もしかして、一族の集会の時にご挨拶してもらったのかしら? ほら、私本家の出だから」
春野 泉美「ちが―――」
春野 ハゲハ「ねぇ、あなたお名前は?」
春野 泉美「わ、私の名前?」
春野 ハゲハ「そう、名前」
春野 ハゲハ「あなたみたいな綺麗な子、忘れる訳ないと思うから、名前を聞けば思い出すかも」
春野 泉美「な、名前・・・私の名前は、はる―――」
???「ただいま」
  突然、泉美の言葉を遮るように、男の人の声が聞こえてきた。
春野 ハゲハ「あ、お帰りなさい」
???「ん? この子誰?」
  振り向くと泉美の後ろに居たのは彼女と同じ、桜門高校の男子制服を着た、紫の髪を持つ男子だった。
春野 ハゲハ「この子、うちを訪ねてきたみたいなんだけど、あなたの知り合い?」
学生服を着た男の子「いや、知らない」
学生服を着た男の子「それより帰りが遅くなってごめん。 桜門神社で祈願していたんだけど、なぜか気絶してたみたいで」
春野 ハゲハ「気絶って、大丈夫?」
学生服を着た男の子「うん、大丈夫。 なぜか、おでこにたんこぶ出来てメッチャ痛いけど」
  母の会話が謎の男によって中断され、別の意味で混乱し始めた泉美だが
  不幸中の幸いか、先ほどまでの言い知れぬ恐怖は消えていた。
春野 泉美「あなた一体・・・」
春野 泉美「ってその鞄!私の!」
  彼の両手にはなぜか2つの鞄があり
  その1つには昔、瑞希に無理やり貼らされたキモキャラのシールが貼られていた。
学生服を着た男の子「ああ、これか? 神社の境内に落ちてたんだ」
学生服を着た男の子「学校指定の鞄だから、学校に届けようと思ってたんだけど」
学生服を着た男の子「ほら、もう落とすなよ」
春野 泉美「あ、ありがとう」
  ぶっきらぼうに差し出された鞄を受け取ると、それをじっと見つめながら彼女はあることを考えていた。
  そして、その疑問をぶつけることにした。
春野 泉美「ねぇ、あなた、誰?」
  母と妙に親しい会話をしていた彼が誰なのか、泉美にはさっぱり見当がつかなかった。
  ただ、彼の髪色が紫紺色だったことから、彼が水輝の血を引いていることはすぐに分かったが
  この辺りで水輝の血を引いていて、紫紺の髪を持つ者など居なかったはずである。
  ましてや、こんなに母と親しく話す男子など全く記憶がなかった。
学生服を着た男の子「俺か?俺は・・・」
春野 泉美「ゴクリ・・・」
  泉美は思わず唾を飲み込んだ。
  大変なことが・・・とんでもないことが始まる予感がしたためだった。
  そして、その予感は当たった。
春野 泉水「春野 泉水《はるの いずみ》 この家の長男だ」
春野 泉美「・・・」
春野 泉美「は?」
春野 泉水「聞こえなかったか?」
春野 泉水「俺の名前は春野 泉水、この家の長男だって」
春野 泉美「あ、あなたが、い、イズミ???」
春野 泉美「この家の長男???」
  先ほどの騒動で消えていた、言い知れぬ恐怖が、再び泉美の口調を狂わせていく。
春野 泉水「ああ、正確にはイを強く読んで、い・ずみ《↗→→》だから、水の湧く泉の言い方とはアクセントが違うけどな」
春野 泉美「あなたがこの家の子供なら、 じゃ、じゃあ、私は、だ、誰?」
春野 泉水「だ、大丈夫か?顔、真っ青だぞ?」
春野 ハゲハ「そうだった、この子、具合悪そうで、今にも倒れそうだったんだわ!」
春野 泉水「マジかよ!?」
春野 泉水「大丈夫か?ウチで休むか?」
  泉水は目の前の彼女を支えようと、彼女の肩に手を触れようとした。
春野 泉美「触らないで!!」
  まるで汚物を払うように、必死の形相で彼女は泉水の手を払いうつむいてしまった。
春野 泉水「ご、ごめん」
  必死の形相で手を撥ね退けられた泉水は思わず謝る。
  それでも何かできないかと彼は、ブルブルと震える少女の顔を覗き込んだ。
  その顔は先ほどよりも真っ青で、恐怖に支配されているのが一目で分かった。
  そして、その目が自分と合った瞬間、彼女の恐怖が爆発しパニックを起こしたことが分かった。
春野 泉美「あなたがイズミ!? じゃあ、私は一体誰!?」
春野 泉水「お、落ち着け!」
  冷静になるように言い聞かせるが、逆に彼女は泣きながら叫び続ける
春野 泉美「私は春野 泉美!《はるの いずみ》 この家に産まれた、この家の次女!」
春野 泉美「そのはずなのに!」
春野 泉美「なのに!お母さんは私を知らない! そのうえ、知らない男がイズミを名乗って、お母さんと親しく話してる」
春野 泉美「じゃあ、私は誰!?」
春野 泉美「私は泉美《いずみ》じゃないの!?」
春野 泉美「私は!」
春野 泉美「・・・私は・・・私・・・わた、し、は」
  叫び続けた泉美は、ふらふらと揺れだし
  糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。

次のエピソード:2枚目・私の名前は春野 泉美、あなたの名前は・・・②

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