ストレイキャット

よふかふか

燃え広がる彼ら(脚本)

ストレイキャット

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〇ビルの裏
  予報時刻を過ぎてもだらだら続く
  生温い雨。
  雨音が奏でる拍手を聴くと、
  あの日の事をいつも思い出す。

〇ボロい倉庫の中
  今日みたいな雨の日、
  例の放火魔は大人しくしてるでしょうね
  放火魔ーー
  『炎の怪人』とかいう奴らの事?
  きっと何処かで息を潜めてるわよ
  この雨が降り終わるまでね
  ――いやになりますね
  放火も大雨も
  悪い事に限って、終わりそうにない
  その日の仕事の始まりは、そんな雑談
  同時多発的な犯行をしてみせる、
  イギリス史上最悪の放火魔の話
  工場の屋根を叩く雨音。
  近頃ニュースに舞い戻った
  酸性雨という奴だ。
  廃棄された光化学スモッグの成れの果て。
  公害が生んだ公害。
  当然の事。
  悪いものは悪いものを生み出す。
  なにもかも、いつだって、
  すべては流れの中にある。
  父さんが宿題をサボるぼくに言い聞かせた、
  "真面目な今日一日が人生を幸福にする"
  というのはそういう事だ。
  その日の事で覚えているのは、
  目の前にある流れの事だ。
  小洒落た照明器具を作る製造レーンと、
  それを含めてぼくを取り巻く流れ。
  アメリカから始まった金融崩壊は、
  遠くイギリスにある小さな都市さえ、
  その巨大な流れの中に巻き込んだ。
  人々は辛く苦しい社会の流れに飲み込まれ
  それでも苦しい流れの中を泳いでいる。
  "真面目な今日一日が人生を幸福にする"
  そう信じて生きる続ける。
  
  それがぼくの物語だった。
  ぼくの腕のほとんどを焼いた出火事故は、
  そんな日々の中で起きた。
  知る限りのきっかけは、
  班長のコールフィールドさんが、
  料理中に指を滑らせて、
  コンロに突っ込んだ事。
  化膿した指先を労る為に、
  彼はガラスの加工に用いるバーナーを、
  頻繁に机の上に置いていた。
  デスクに散乱した仕事上の書類。
  予熱を蓄えていたバーナーの先端は、
  ある時それに触れた。
  火傷を負ったのは、
  まず一番近くに居たコールフィールドさん。
  その隣に居たシェリルさんと、
  反対側の隣席だったぼくだ。
  火はすぐ消し止められたけれど、
  シェリルさんやぼくは結構な火傷をした。
  仕事は無くなった。
  保険なんて降りやしない。
  なにせ世界恐慌の真っ只中だ。
  一週間前に起きたばかりの
  そんな一連の出来事が、
  ぼくが置かれる今の所最新の流れだった。

〇怪しい部屋
レッド・ブルック「ーー出ていく、のか? 結婚だって、誓い合ったのに」
ケイト・プレイス「分かってる、筈でしょ」
ケイト・プレイス「国中の会社が無くなっていくの。 アメリカだけじゃなくて、この国だって」
レッド・ブルック「・・・・・・アメリカで起きた事が、 まさかイギリスをこんなにーー ぼくの人生を、こんなにするなんて」
ケイト・プレイス「悲しいけれど、現実なの」
ケイト・プレイス「私だって失職した。 友達の居るロンドンに行かなきゃ、 仕事を得る事すら出来ないの」
ケイト・プレイス「貴方、仕事を見つけられる自信はあるの? ロンドンで暮らす自信は?」
ケイト・プレイス「放火事件の被害者、千人を超えたそうよ。 火傷をした人間の為の薬も国中で尽きた。 つまりもう、障害者の仕事は無い」
ケイト・プレイス「ーーもう、駅に行かなくちゃ。 これってね、仕方がない事なのよ」
レッド・ブルック「君が居なくなったら、ぼくは・・・・・・」
ケイト・プレイス「・・・・・・いい人を、探して」
レッド・ブルック「・・・・・・君は、会ったことが無かったよね。 父さんが癌で死ぬ前に言ってたんだ。 "今日の真面目が人生を幸福にする"って」
レッド・ブルック「その通りなんだ。 その通りなんだよ」
レッド・ブルック「あの日の火傷も、 あの工場に行った事も、 リーマン・ショックも、 まるで世界が、 ぼくを不幸にしようとしてるみたいだ」
ケイト・プレイス「・・・・・・ごめんなさい、ね」
ケイト・プレイス「きっといつか、情勢は良くなるわ。 そうしたらきっと、全てが上手くいく──」
レッド・ブルック「ああ、頑張るとも。 流れに逆らってみせるさ。 その時はまた、君に会いに行くよ。 絶対にね──」

〇公園のベンチ
  ケイトの言った通りだった。
  彼女がぼくを捨てたのは正解だった。
  彼女が言った通り、仕事は見つからない。
  医者が言った通り、傷は良くならない。
  この不況の中、
  ペンすら握れない男を雇う会社なんて無い。
レッド・ブルック「ケイト・・・・・・」
  昔からの付き合いだった訳じゃない。
  知り合ったのは高校で、たかだか五年前。
  それでも好きだった。
  一緒に居て自然に恋人になるような、
  初めての人だった。
  この一週間、色んな事があった。
  何度も憐れまれ、拒まれ、
  そして気が付いた。
  一人で生きる事なんて、出来やしない。
  日々の生活すら、
  家賃を払う事すら出来ない。
  
  大家はぼくを、
  今週いっぱいで追い出すそうだ。

〇アパレルショップ
  昔の事だ。
  スカしたジャケットを見て照れて、
  けれど乗り気になった事があった。
  いつかこれを着て彼女に会おう、なんて。

〇公園のベンチ
レッド・ブルック「・・・・・・そうだ」
  思い描いていただけじゃない。
  確かに貯金を貯めて、
  ジャケットを買ったんだ。
  いつか大事な時に着ようと思って、
  クローゼットに隠しておいた。
  
  ケイトに見つからないような、奥の方に
  ・・・・・・それを着て、ロンドンに
  そうすればまた、
  笑ってくれるかもしれない。
  一緒にパーティで騒いだぼくを、
  ケイトは思い出してくれる。

〇試着室
ケイト・プレイス「これよこれ、レッド。 貴方のオーダーメイドみたいでしょ」
ケイト・プレイス「名前にお似合いでかっこいいわよ、あはは」
ケイト・プレイス「・・・・・・これを着て、踊ってみない? 笑われるだろうけど、 恥かいて思い出作りましょうよ、二人で」
レッド・ブルック「・・・・・・それって、プロポーズかい?」
ケイト・プレイス「そんな事する訳ないっての・・・・・・ 高校生でしょうが、私ら」
レッド・ブルック「冗談だよ、冗談。 ほら、赤は金に似合うんだ。 ぼくの金髪と、それと──」
  ・・・・・・それと?

〇銀座
  ロンドンに、辿り着いた。
  両手に頼りなく引っかかった、
  ジャケットとシャツに目をやる。
  金色のジャケットと、真っ赤なシャツ。
  ケイトはここに居る。
  ぼく達の居た田舎町を捨てて、
  この場所で暮らすと決めた。
  列車で悪夢を見たことを思い出す。
  それはこのジャケットが、燃え盛る夢。
  コールフィールドさんの指から、
  ぼくの腕から燃え移った炎が、
  この宝物を燃やしてしまう、
  そんな悪い夢だった
レッド・ブルック「・・・・・・その炎を、止めるんだ」
  これ以上、
  燃え広がらせちゃいけないんだ

〇ビルの裏
レッド・ブルック「ケイトの女友達が働くナイトクラブーー 店の名前は、レッドキャットだった筈だ」
レッド・ブルック「それにしても・・・・・・」
レッド・ブルック「ロンドンが、此処まで荒れてるとはね」
レッド・ブルック「焚き火をするしか無いんだ。 家も仕事もなくなった人達は」
  それはぼくの将来の、一つの可能性だ。
  家賃も払えていない以上はーー
  いや、もっと悪い。
  ぼくの手じゃ焚き火も出来ない。
レッド・ブルック「・・・・・・本当に、冷たい風だ」
  何処かから流れを作り吹き付ける風。
  ・・・・・・
  これなら、思い出してくれる筈なんだ
  動かない両手が持つ、最後の可能性。
  それを見つめて、ほんの一瞬、
  何もかもが上手くいく将来を考えた。
  まるで、
  その視線を待ち受けていたかのように、
  焚き火を吹き抜けたであろう熱い風が、
  両腕の上のジャケットを、浚っていった。
  ーーなん、で?
  どうして?
  悪い事ばかりが続くんだろう?
  ふわりと浮いた生地は、
  まるで誘われるかのように、
  浮浪者達の囲むドラム缶の口の中へと、
  吸い込まれて行った。
レッド・ブルック「ひっーー拾わなきゃ 今ならまだ・・・・・・」
  ドラム缶の中に手を伸ばす。
  あの日工場とまったく同じ熱が、
  服を伝わり燃え広がった。

〇ボロい倉庫の中
ストレイキャット「・・・・・・わかる、わかるよ」
ストレイキャット「悲しい話だ」
  目の前に、炎の怪人が居る。
  どうしてそんな印象を抱いたんだろう。
  こんなにもぼくの事を分かってくれて
  どんな人よりも同情してくれているのに。
ストレイキャット「酷い話だよ、ほんとうに 不幸が連鎖する事、 幸運が連鎖する事」
  ぼくはどうして、あの工場に居る──
ストレイキャット「前者は地獄、後者は天国 人が流れに逆らうことなんて出来ない」
ストレイキャット「炎が燃え広がるのと本当によく似てるのさ 流れっていうのは、止められない」
  ・・・・・・わかってるさ
  言われるまでもなく、ぼくは
  地獄へと流されていく
ストレイキャット「だから俺は燃やすのさ 俺の不幸を終わらせない為に」
ストレイキャット「幸福な奴ら全員を燃やすのさ 俺と同じ所に落ちろってね」
  『炎の怪人』が、そこにいる
ストレイキャット「誰もお前を助ける者は居ない 誰もお前に寄り添う者は居ない」
  ーーケイト・・・・・・
ストレイキャット「どうしていないか? 捨てられたからさ 見放されたからだよ」
ストレイキャット「天だけじゃない 手の届く場所にいた誰もがお前を見捨てた」
ストレイキャット「そりゃそうだよな 地獄の果てまで流されるのはごめんだ」
ストレイキャット「自分まで惨めな人生を送りたくないから、 みんなお前を見捨てたんだ」
ストレイキャット「恋人も 社会も 資本家も」
  その言葉が、脳に染み込んでいくようだ
  ぼくが悪い
  手の動かないぼくが悪い
  そんな自己嫌悪が邪魔していたせいで、
  抱いていなかった考えが津波のように
レッド・ブルック「なんでそんなに、分かってくれるんだ」
レッド・ブルック「恋人でさえ、分かってくれなかったのに」
ストレイキャット「・・・・・・同じだからだよ。 俺はお前と同じだよ。 同じ道を辿ったからだ」
ストレイキャット「炎が燃え広がるみたいにして、 人生を駄目にされたのさ」
ストレイキャット「同時多発放火の主犯ともなると、 まともな人生送ってきた訳ねえわな」
レッド・ブルック「――ぼくと、同じなのか?」
ストレイキャット「どうだか」
ストレイキャット「だが、今まで会った奴らは皆こう言った 俺だってそう言ったさ」
ストレイキャット「決まってすべてが始まった場所で すべての不幸が始まったその場所で」
ストレイキャット「ーーこのままじゃ、終わらせないってな」
ストレイキャット「お前にチャンスをやるよ 一回だけな」
レッド・ブルック「・・・・・・一体どうして、ぼくのために」
ストレイキャット「決まってるだろ?」
ストレイキャット「炎っていうのは、燃え広がるものさ」

〇クラブ
ケイト・プレイス「・・・・・・レッド?」
  ケイトの横には、
  知らない男がいる。
  知り合いだろうか
  誰だろう
ケイト・プレイス「どうして、こんな所に──」
  気まずそうだ
  金のジャケット、真っ赤なシャツ
  知り合いに会いに行く格好じゃないもんな
ケイト・プレイス「騒ぎで聞いたの 路地裏で人が燃えたって」
ケイト・プレイス「私どうしてだか、気が気じゃなくて」
  ぼくが仕事を探してる間
イーサン「ケイト、もしかしてこの人が」
  不幸の連鎖とは
  きっと無縁でいたかったんだよな
ケイト・プレイス「私、謝りたくてーー 薬代を、また一緒に──」
  何かを喋っている気がする
  ケイトが
  流れに飲まれたぼくを突き放した口で
  きっとその口は、ぼくとは違う男に
  幸福に生きましょうと囁いていて
  ーーああ、そうだ
  終わらせちゃ、いけないな
  この炎を、永遠に
???「さっきそこで燃えたんだ」
???「ドラム缶に突っ込んで、抜けなくて、」
「そのまま頭まで丸焼きさ」
  こんな姿でしか、生き返れなかった

コメント

  • 不幸の連鎖が沸点に達してダークヒーローを誕生させるという、映画「ジョーカー」を彷彿とさせる物語の雰囲気が好みです。退廃的なロンドンを舞台に暗躍する炎の怪人の続きが見てみたくなりました。

  • 歯負の連鎖は止まらないものですよね。
    なんで止まらないのか、わからないくらい。
    でもこうして異界の物になるしかなかった主人公を全否定できるとも思えません…。

  • 最後は自らも炎に身を包んでしまい行き詰った男に悲しみしか感じません。でも、彼女への想いが断ち切れず、彼女の住むところへ向かうそのエネルギーは、彼の真の炎を見たようでした。

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