スタンドイン(脚本)
〇撮影スタジオ
マヤ「おはようございます!」
トップアイドルの田宮マヤが控え室でメイクを終えると、
最高級の笑顔をふりまきながら、セットを組み立てた撮影スタジオに現れた。
彼女を起用したシリーズCMは彼女同様国民的人気を誇り、
CM好感度ランキングでは常に上位にランクされている。
だが、マヤの声はスタッフたちの爆笑と重なってかき消され、誰もマヤが入ったことに気づかない。
マネージャー「あ、マヤさんおはようございます!」
マネージャー「皆さん、田宮マヤ、入りました!」
マネージャーの大声で、ようやく気づいたスタッフたちが
撮影スタッフ「マヤさんおはようございます」
撮影スタッフ「マヤちゃんおはよう」
と口々に声をかけるが、マヤはすっかり機嫌を損ねてしまった。
マヤ「主役はこのわたしなのに・・・」
マヤに代わってカメラ位置を決めるスタンドインの女の子を囲んで、スタッフたちが盛り上がっていたのが面白くない。
ディレクター「ごめんねマヤちゃん。ちょっと待ってくれる? もう一発、テスト撮影行くから」
CMディレクターはそう言うと、
ディレクター「マアヤちゃん、お待たせ」
とスタンドインに声をかけた。
マヤ「マアヤ!?」
マヤ「ちょっと、あの子いつからマアヤって名前になったの?」
マヤに問い詰められたマネージャーは、自分が悪いわけではないのだが、
マネージャー「すみません」
マネージャー「占い師に見てもらったら、名前を変えたほうがいいと言われたそうで・・・・・・」
マヤ「よりによってマアヤだなんて紛らわしい名前」
ますます腹が立つ本家マヤ。メイクしたての眉間にシワが寄る。
ディレクター「マアヤちゃんって、マヤちゃんと身長同じなんだって?」
マアヤ「そうなんです。身長だけじゃなくて体重もスリーサイズも同じです」
ディレクター「名前も似てるし」
マアヤ「マアヤとマヤってややこしいですね」
マヤ「自分で名づけたくせに・・・」
マヤ「だいたい、どうしてそこまでそろえる必要があるの?」
マヤ「気持ち悪い・・・」
〇撮影スタジオ
ディレクター「じゃあ、マアヤちゃんは田宮マヤの専属スタンドインなんだ?」
マアヤ「専属ってわけじゃないんですけど、田宮さんのお仕事は、必ず声かけていただいてまあす」
スタンドイン・マアヤはマヤを「田宮さん」と呼んだ。
マヤ「今までは「マヤさん」って呼んでいたのに・・・」
ディレクター「なんか、顔とか声とかだんだん似てきたもんね」
本家マヤを差し置いて盛り上がるCMディレクターとスタンドイン・マアヤ。
トップアイドルを待たせている緊張感はまるでない。
マヤ「なめられてる・・・」
マヤ「しばらく始まらないみたいね」
本家マヤは聞こえよがしにマネージャーに告げ、控え室に引き上げる。
〇部屋の扉
と、部屋の前で黒ずくめの長身の男が待ち受けていた。マヤはギョッと立ちすくむ。
黒ずくめの男「お久しぶりです」
マヤ「誰?」
黒ずくめの男「まさか、お忘れですか?」
マヤ「何のことですか? 知りません!」
〇綺麗な部屋
マヤは控え室に飛び込み、鍵をかける。
その手が震えている。
あの声。あの目つき。
知らないどころかよく知っている。覚えている。
だからこそ逃げた。
男には一度会ったきりだが、二度と会いたくないのだ。
〇撮影スタジオ
スタジオではテスト撮影が終わったが、マヤは控え室から戻って来ない。
マアヤ「田宮さん、どうしちゃったんでしょう。私、見てきますね」
スタンドイン・マアヤがマヤを呼びに行った。
〇部屋の扉
マアヤ「田宮さん、みなさんお待ちです。カメラアングルも照明も決まりました」
〇綺麗な部屋
(後は撮るだけです。私の仕事はここまでです)
マヤ「・・・」
〇部屋の扉
マヤはドアを開けず
マヤ「今日は気分じゃない」
と控え室の中から声だけを返した。
スタンドイン・マアヤが何を言っても無駄で、最後には
〇綺麗な部屋
マヤ「誰のせいだと思ってんの!」
とブチ切れた。
〇撮影スタジオ
スタジオに戻り、スタンドイン・マアヤが田宮マヤの伝言を伝えると、
「おいおい」
「マジかよ」
と現場のあちこちから悲鳴とため息混じりのツッコミが飛んだ。
ディレクター「今日はダメって、いつだったらいいんだ?」
CMディレクターに詰め寄られたマネージャーが身をすくめる。
マネージャー「すみません。スケジュールは2か月先までびっちり埋まっておりまして」
ディレクター「マネージャー、なんとか説得してよ! オンエア間に合わないよ!」
広告代理店「CM枠買っちゃってるんだよ。ACで埋めなきゃなんないよ」
マネージャーはタジタジするばかりで、らちが開かない。
マアヤ「私じゃダメですか?」
スタンドイン・マアヤの声がスタジオに響いた。その声も言い方も田宮マヤに寄せている。
ディレクター「マアヤちゃん、気持ちはうれしいけど・・・・・・」
姿かたちも似ているし、テスト撮影で動きもばっちり頭に入っている。だが、所詮は偽物。田宮マヤにはなれない。
宣伝部長「いいんじゃないでしょうか」
一同が声の主を見る。クライアントの宣伝部長だ。
クライアントのいないところで話をまとめようとしていたのだが、バッチリ聞かれていたらしい。
宣伝部長「大切な仕事を気まぐれに投げ出すような方に、わが社の製品を宣伝してもらいたくありません」
マネージャー「・・・」
宣伝部長「田宮マヤさんとは長いおつきあいでしたが、残念です」
広告代理店「しかし、田宮マヤの抜群の知名度と好感度が、御社の製品の認知度アップに貢献を・・・・・・」
広告代理店「ここは一つ、日をあらためて撮影を・・・・・・」
広告代理店の担当営業があわてて口をはさむ。
ここでタレントが降板すると莫大な賠償金が発生してしまう。
だが、宣伝部長はきっぱりと言った。
宣伝部長「潮時でしょう」
「・・・」
宣伝部長「今回は新製品ですし、見飽きた有名タレントよりも新人を使ったほうが、新鮮なイメージを打ち出せるんじゃないでしょうか」
〇綺麗な部屋
一方、控え室では、
マヤ「そろそろマネージャーが血相変えて説得しに来る頃なんだけど、いくらなんでも遅すぎる」
と田宮マヤが心配になったところに、
予想通りマネージャーが血相を変えて飛び込んできた。
マネージャー「マヤさん、大変です!」
マヤ「やってもいいけど、条件があるの」
マヤ「あのマアヤって子、スタンドインから外してちょうだい」
田宮マヤが用意していた台詞を芝居がかってぶつけると、マネージャーは悲しそうに言った。
マネージャー「はい、彼女はもうスタンドインじゃありません」
マヤ「良かった」
マネージャー「良くありません。彼女が主役になりました」
マヤ「・・・!」
ショックのあまりマヤは卒倒し、
〇病院の廊下
救急車で運ばれると、そのまま緊急入院。
〇シンプルな一人暮らしの部屋
眠りから覚めて病室のテレビで目にしたのは、
〇撮影スタジオ
スタンドイン・マアヤのデビューCMだった。
田宮マヤが撮影するはずだったセットで、スタンドイン・マアヤがライトを浴びていた。
〇シンプルな一人暮らしの部屋
〇ライブハウスのステージ
本家マヤが体調不良で入院している間に「MAAYA」として売り出したスタンドイン・マアヤは大ブレイク。
〇渋谷のスクランブル交差点
田宮マヤの代役を務めたCMが大ヒットし、他社からもオファーが押し寄せているらしい。
〇空港のロビー
さらに、田宮マヤに来ていた連ドラの主役も
MAAYAが持って行ってしまった。
〇お祭り会場
テレビをつけるとMAAYAを見ない日はなく、
〇シンプルな一人暮らしの部屋
田宮マヤは心身ともにますます具合が悪くなり、
入院は長びいた。
〇綺麗な病室
事務所との契約は更新されず、
スイートルーム仕様の特別室から一般病棟に移された。
〇撮影スタジオ
最初は「田宮マヤに似ている」「キャラがかぶっている」と言われていたMAAYAだが、
〇ライブハウスのステージ
毎日MAAYAを見続けているうちに、
〇お祭り会場
田宮マヤなど最初からいなくて、
〇海辺
MAAYAが本家だとお茶の間は刷り込まれてしまった。
〇綺麗な病室
(ちょっと! MAAYAよ!)
(ファンです!)
田宮マヤのいる病室の外の廊下が騒がしい。
マヤ「MAAYAがこの病院に? 足音が近づいて来る!」
〇病室の前
MAAYAが田宮マヤを訪ねて来た。
〇綺麗な病室
MAAYA「ご無沙汰しています。田宮さん」
マヤ「その呼び方、やめて」
MAAYA「今は私のほうが売れちゃいました」
MAAYA「ここは静かでいいですね」
MAAYA「もう、どこに行っても追いかけられちゃって」
マヤ「イヤミ? 人のポジション乗っ取って、遠慮はないわけ?」
MAAYA「あんなにあっさりうまく行くとは思いませんでした」
MAAYA「田宮さんがデビューしたときもそうでしたよね」
マヤ「何が言いたいの?」
MAAYA「あの日、私も田宮さんと同じものを買ったんです」
〇部屋の扉
MAAYA「黒ずくめの男から」
〇綺麗な病室
マヤ「何のこと?」
MAAYA「チャンスですよ。デビューの」
マヤ「・・・!」
MAAYA「3年前、スタンドインだった田宮さんは」
MAAYA「ドタキャンした女優さんの代わりを務めたCMでデビューして、」
〇劇場の舞台
MAAYA「一気にブレイクしたんですよね」
〇綺麗な病室
マヤ「まさか・・・」
MAAYA「あの日、田宮さんの控え室からスタジオに戻る途中で声をかけられたんです」
MAAYA「黒づくめの長身の男の人に」
〇部屋の扉
〇綺麗な病室
MAAYA「最初は半信半疑でした。デビューのチャンスなんて、買えるわけないって」
MAAYA「でも、その通りになりました」
マヤ「あの男、あの日は私を裏切る前に、さよならの挨拶に来たってわけね」
MAAYA「いえ、契約更新のおうかがいだったみたいですよ」
マヤ「契約更新?」
MAAYA「契約期間の3年が終わったので、更新されるかどうかをうかがいに来たところ」
MAAYA「田宮さんは間に合っているご様子だったので」
〇部屋の扉
〇綺麗な病室
MAAYA「契約を解消したそうです・・・・・・」
マヤ「そうだったの?」
MAAYA「おかげで、浮いたチャンスが私に回って来ました」
マヤ「・・・」
〇大きな公園のステージ
3年前、黒ずくめの男と取引してからしばらくは、いつ秘密をバラされるかとヒヤヒヤした。
〇劇場の舞台
だが、何事もなくひと月ふた月経つうち、
あんな男など存在しなかった、デビューは自分の手で勝ち取ったのだと思うようになった。
〇渋谷のスクランブル交差点
出演した12社のCMはいずれも大ヒットし、CM賞も総なめにしてきた。
どのクライアントも田宮マヤのファンになり、
宣伝部長が変わるまではタレントは変えないと言われた。
〇部屋の扉
3年が経ち、忘れた頃に、あの男が現れ、ゆすられるのではないかとあわてた。
〇綺麗な部屋
その不安から気分が悪くなり、控え室から出られなくなった。
それが、スタンドインにデビューのチャンスを与えてしまったとは・・・
〇綺麗な病室
田宮マヤは愚かな自分を張り倒したくなる。
マヤ「もう私の戻る場所はない。完全にMAAYAに取って代わられた」
〇部屋の扉
タイムマシンに乗って
あの日の控え室の前に戻りたい。
〇綺麗な病室
マヤ「もう一度チャンスをちょうだい。今度こそ、つかんだら絶対離さないから」
MAAYA「田宮さん、良かったら、私のスタンドインやります?」
マヤ「え?」
MAAYA「身長も体重もスリーサイズも同じ」
MAAYA「スタンドインをしながら神様のいたずらが入る余地を待ったら、」
MAAYA「またデビューできるかもしれませんよ」
田宮マヤは目眩を覚える。
3年前、マヤも同じことを言ったのだ。
〇綺麗な病室
スタンドインだったマヤがトップアイドルの座を奪った
マヤヤに。
〇綺麗な病室
〇綺麗な病室
面白かったです(^^)
原稿を文字やセリフから人物や行動や音や想像しながら読む楽しみもあれば♬
またタップノベルでは
絵があって、感情や喜怒哀楽の表情が見れたり、✨音楽が状況を感じさせてくれたり♬どちらも楽しいです☺️
女の子こわいよぉ
人間の心理がわかりやすく表現されていて、まやちゃんとまあやちゃんどちらの味方にでもなれるように描かれているのがとても好感もてました。