2話【母の涙】(脚本)
〇荒れたホテルの一室
──こころ部屋──
部屋は、燈の鼻腔を抉るような異臭が充満していた。
埃も尋常ではない程にまっている。まるで廃墟かと言わんばかりに散らかっていた。
間宮燈「ゔっ・・・!な゛に゛ごれ゛・・・」
間宮燈「ゲホッ・・・ゲホッ・・・」
暮内亜紋「これは・・自殺をしてしまわれる方々に、良く見られる傾向ですね・・・」
間宮燈(なにこの人・・・)
間宮燈(こんな臭いの中、顔色変えずに普通に喋ってる・・・)
間宮燈「す、すいません!私・・・耐えれません!」
──ガチャ──
〇部屋の扉
燈は室内の悪臭に耐えきれず、逃げるように部屋から出た
間宮燈「な、なんなんですか!この部屋は!」
暮内亜紋「先ほども申し上げました通り、ここは、間宮様のこころでございます」
間宮燈「こころ?」
暮内亜紋「さらにわかりやすく申し上げれば、この部屋は『間宮様のこころを具現化した部屋』でございます」
間宮燈「いや、こころって・・・ただの散らかった部屋じゃ無いですか!」
暮内亜紋「自殺をしてしまわれた方々に良く見られる、全ての感情を抱え込んでしまっている状態であるが故に」
暮内亜紋「あのような状態になっているのでございます」
間宮燈「感情?部屋の中にはソファとかベッドとかしかありませんでしたよ?」
間宮燈「普通の部屋って感じでしたよ?」
間宮燈「感情なんて・・・どこにも・・・」
暮内亜紋「魂である間宮様には、そう見えているだけです」
間宮燈「は?」
暮内亜紋「今の間宮様は感情を肉眼で認識する事が出来ていないのです」
暮内亜紋「したがって、ソファやベッドなどといった、馴染みのある物に脳が勝手に差し替えているのです」
間宮燈(なにそれ・・・漫画みたい・・・)
間宮燈(でも・・・ちょっとだけ理解できたかも)
間宮燈「なら、ソファやベッドに見えていても・・・実はそれは私の感情・・・という事ですか?」
暮内亜紋「その通りでございます」
間宮燈「じゃあ清掃って、この部屋、つまり私のこころを清掃するって事ですか?」
間宮燈「どうやってするんですか?」
暮内亜紋「少々お待ちください・・・」
暮内は再びタブレット端末を操作しながら──
暮内亜紋「資料によりますと、間宮様はいじめを苦に自殺なされた!と記載されておりますので」
暮内亜紋「その自殺の要因となった負の感情を処分して、我々は間宮様をお救いしたいと考えております」
間宮燈(この人・・・思い出したくもなかった事を平然と・・・)
思い出したくもなかった、いじめというワードを再び聞かされた事で、燈は内心、ハラワタが煮えくりかえる思いだった。
暮内亜紋「こころを綺麗にする事で、我々は間宮様に生きる希望を与えたいと考えております」
間宮燈「こころの清掃をしたら、生きる希望が持てるって言うんですか?」
暮内亜紋「そうなる様に尽力させていただく所存でございます」
暮内亜紋「そして、こころを清掃したあかつきには、間宮様は昏睡状態から目覚め、再び──」
間宮燈「何・・・それ・・・」
暮内の言葉を遮る様に、燈が口を開く
暮内亜紋「間宮様?」
間宮燈「私は・・死にたいんですよ!」
間宮燈「それに生きる希望って何?仮にこころの清掃なんてのが本当に可能だったとして」
間宮燈「私が目覚めたとしても、生きる希望が持てる保証なんてありませんよね?」
間宮燈「頼んでもいないのに余計な事しないで!ありがた迷惑もいいとこですよ!」
間宮燈「私は・・あんな辛い思いをしたくないから、苦しみたくないから、自殺する道を選んだんです!」
間宮燈「死にたかったのに・・・なんで・・・」
燈は涙を流しながら、その場に倒れ込む。
暮内亜紋「しかし、我々の本来の目的は、間宮様の様な方々の救済で──」
間宮燈「なら私には必要ありません!」
間宮燈「別に後悔なんてしてないし、そもそも助けてなんて言ってない!」
間宮燈「死にたいんですよ!死なせてくださいよ!」
暮内亜紋「では、間宮様・・・あちらをご覧ください」
暮内は、壁に取り付けられた巨大なモニターを指差した。
間宮燈「何?」
燈は面倒臭そうに、巨大モニターをみる。
暮内亜紋「これをご覧になられても、死にたいと、死なせてくれと、そう仰いますか?」
間宮燈「あ、あれは・・・」
そのモニターには、病院のベッド上で昏睡状態になっている燈の手を握り、涙を流す母の姿が映し出されていた。
〇病室のベッド
間宮椿「燈・・・」
間宮椿「どうか・・・目を覚まして・・・」
間宮椿「燈・・・」
間宮椿「貴方が居なくなったら・・・私・・・」
間宮椿「うぅぅ・・・」
〇部屋の扉
間宮燈「お、お母さん・・・」
暮内は再びタブレット端末を操作しながら──
暮内亜紋「資料によりますと、間宮様のお母様、間宮椿様は」
暮内亜紋「まだ間宮様が幼い頃に、夫、つまり間宮様のお父様、間宮隆様と事故により死別」
暮内亜紋「それからは、女手一つで間宮様をここまで育ててきた!と記載されております」
間宮燈「・・・・・・」
燈はモニターに写る泣き崩れている母の姿を食い入るように見つめている。
暮内亜紋「間宮様!」
間宮燈「は、はい・・・」
暮内亜紋「自殺に未練が無いと仰るならば、あのままお母様を悲しませてもいいと仰るならば」
暮内亜紋「私はこのまま、間宮様を成仏の間へお連れいたしますが、いかがなさいますか?」
間宮燈「・・・・・・」
暮内亜紋「決めるのは間宮様自身ですよ?」
間宮燈(お母さん・・・)
今思えば、自分はできた娘では無かったのかもしれない。
自分の時間を犠牲にし、娘のために全てを費やしてくれた母に何もしてあげれていない。
何一つ親孝行といえる事を出来ていない。
しまいには、自殺をして母親を悲しませている。とんだ不孝ものだ。燈はそう考えていた。
間宮燈「暮内さん・・・」
暮内亜紋「はい?」
間宮燈「私・・・」
間宮燈「生きたいです!お母さんをこれ以上、悲しませたくないです!」
間宮燈「お願いします!こころの清掃・・手伝ってください!」
暮内亜紋「かしこまりました!」
暮内亜紋「それでは只今より、間宮燈様のこころクリーニングを始めさせていただきます!」
間宮燈「お願いします!」