読切(脚本)
〇ゆるやかな坂道
外に出ると、もう雨がふっていた。
園崎 覚は、傘からはみ出てぬれた肩にも
気づかず、急ぎ足で歩いていく。
目指す先、公園に着くころには、
身体は雨がかかってない方が少ないくらいだった。
〇街中の公園
大きな滑り台の下の、トンネル部分に身を縮めて入っていくと、
そこには先客がいた。
園崎 覚「待たせてごめんね、傷は大丈夫?」
相手は、うなづきで是の意志を示し、うつ伏せになる。
そこには、生々しい傷跡があった。
その前に、その姿は人のものではなかった。
異形ーいわゆる怪人と呼ばれる生命体だった。
少年は、気にする風でもなく、背負ってきた
リュックサックから、包帯などを取り出す。
園崎 覚「昔は消毒液ってあったらしいけど、今は手の 消毒の奴しかなくて」
園崎 覚「ないよりはいいかなって。沁みたらごめん」
傷口に消毒液を塗っていく。
デザイア「物好きだな、お前」
デザイア「怪人の俺なんか助けてどうするんだ?」
園崎 覚「どうもしないよ」
園崎 覚「ケガしてる人は助けないと」
園崎 覚「それだけ」
園崎 覚「これでよし」
園崎 覚「痛くない?」
デザイア「まあ、悪くはない」
園崎 覚「よかった」
狭いトンネルの中で、器用に身体を丸めて、
息をつく怪人
と、その肩にてんとう虫が止まっているのが見える。
園崎 覚「あ、虫!」
デザイア「ああ?」
覚が払おうとすると
デザイア「別にいい、ほっとけ」
デザイア「こいつも雨宿りなんだろ」
園崎 覚「わかった」
そうするうちに、虫はどこかへ
行ってしまった。
園崎 覚「あの・・・」
デザイア「何だ?」
園崎 覚「いつまでも怪人さんっていうのもなんだし」
園崎 覚「名前、教えてよ」
神妙な顔をして尋ねる覚。
デザイア「めんどくさいな」
園崎 覚「もー!いいじゃない」
園崎 覚「言わないと、勝手につけるよ?」
園崎 覚「ハチ!」
デザイア「俺は犬か」
園崎 覚「え、何で犬の名前ってわかったの?」
デザイア「・・・・・・」
園崎 覚「前に飼ってた犬の名前なんだ」
園崎 覚「病気でね、もう死んじゃったんだけど」
園崎 覚「おばあちゃんが飼ってた犬で、16歳まで 生きてたから、ほとんど寿命だった」
園崎 覚「お別れの日も、今日みたいな雨だったな・・・」
デザイア「・・・・・・」
園崎 覚「あ、ごめん、僕ばかりしゃべっちゃって」
園崎 覚「えーと、何の話だったっけ」
デザイア「デザイア」
園崎 覚「え?」
デザイア「俺の名前」
園崎 覚「どんな意味があるの?」
デザイア「欲望」
園崎 覚「なんかすごいね」
デザイア「この国の言葉じゃ、細かいニュアンスは違うが、 だいたいそんな感じらしい」
園崎 覚「自分の名前のことなのに、けっこうアバウトだね・・・」
園崎 覚「デザイアさんってちょっと怖くみえるけど、 面白いね」
デザイア「さん、なんてつけるな、背中がもぞもぞする」
園崎 覚「あはは」
遠くでサイレンの音がして、覚が耳を傾ける。
園崎 覚「事件かな・・・、なんか近づいてるような」
園崎 覚「気のせいだよね」
デザイア「昨日、銀行が強盗にあった。知ってるか?」
園崎 覚「うん、朝のニュースでやってた」
園崎 覚「犯人グループはまだ捕まってないって」
デザイア「だろうな」
園崎 覚「?」
デザイア「その一人がここにいる」
園崎 覚「え!」
園崎 覚「何で、じゃあケガはどうしてしたの?」
デザイア「仲間割れ。よくある話さ」
デザイア「組織からも、警察からも追われる身だ」
デザイア「お前ももう帰れ」
〇街中の公園
デザイア「もうこんな時間だ」
園崎 覚「わ!けっこう辺り暗くなってる」
園崎 覚「じゃあ、帰るね」
デザイア「・・・ああ」
園崎 覚「明日はもっと早く来れると思うから!」
デザイア「!」
デザイア「お前、話、聞いてたか?」
デザイア「ここには、もう近づくな、と言ったんだ」
園崎 覚「来なかったら、ケガ治せないじゃない!」
デザイア「お前・・・」
園崎 覚「あと、お前じゃなくて、さとる!園崎 覚だよ」
観念したかのように、デザイアはうなだれ、ため息をついた。
デザイア「いいから、とにかく今日はもう家に帰れ」
園崎 覚「でも・・・」
デザイア「いうことを聞け、覚」
覚の顔がぱあっと明るくなる
園崎 覚「わかった。今日は帰るね」
園崎 覚「また明日!」
日が落ち、闇が迫る街並みの中に、まぎれてゆく覚。
その姿を見送った後、一転して、緊張感を漂わせる
デザイア。トンネルから出てきて、辺りを見回して
言う。
デザイア「いい加減、出てきたらどうだ」
「おやおや ふふふ。気づいていた、という わけですか」
プラトー「流石ですね。腐っても我が組織の幹部という だけのことはある」
プラトー「いや、元・幹部といったほうがいいのかな? デザイアさん」
プラトー「昨日の仕事で、ボスに歯向かい、殺せと言われた 人質を解放した・・・」
プラトー「実に許しがたい叛逆です。あの時止めを刺せなかったのを ずっと後悔していたのですよ?」
プラトー「だが、こうして君を見つけられた。これは重畳」
プラトー「きちんと仕留めて差し上げますよ?私は一度与えられた 仕事は、やりとげる主義なのでね」
デザイア「・・・おしゃべりはもういいだろ」
デザイア「言いたいことは、こいつで語れ」
身に着けていた、剣を構えるデザイア。
デザイア「俺もお前も、戦うようにできている」
デザイア「人質は、そうではなかった、というだけの話」
デザイア「戦えない奴らを殺しても、俺には意味がない」
デザイア「だが、お前はちがう。緋色の侯爵プラトー」
デザイア「俺の力をぶつけるに値する、怪人だ」
プラトー「おやおや、ふふふ。組織とは、完全に敵対する、 と受け取ってかまいませんか?」
プラトー「それでは、参りますよ・・・」
デザイア「おうよ!」
再び振り出した雨の中、人気のない公園で、
ぶつかりあう影二つ。
打ち合いが続く中で、
プラトーが語りかける
プラトー「しかし解せませんね!」
デザイア「何がだ」
プラトー「人質といい、先ほどの子供といい」
プラトー「あなたは人間を、気にしすぎている」
プラトー「我々は、人を超越すべきものとして作られた、 選ばれしものなのですよ」
プラトー「それを貴方は、傷を負ってまでかばう! なんたること、なげかわしい!」
デザイア「そうだな、俺もそう思う」
プラトー「ではなぜ!」
デザイア「知りたいからさ」
プラトー「はい?」
デザイア「人間を」
プラトー「人間など!我々にとっては虫けら以下の! 弱くてずるくて醜い、そんなものを何故!?」
デザイア「虫けらか、確かにそんな感じだ」
プラトー「でしょう?蒼天の猛将と言われた貴方だ、 あんなひ弱なもの、理解できるわけがない」
デザイア「昔は俺もそう思っていた。だが」
デザイア「いつしか、肩にとまった虫を、むげにはらう ことが出来なくなった」
プラトー「!」
デザイア「ちょろちょろしているのを、見ていたい」
デザイア「そこにいる、と思うと、気もちがいい」
デザイア「それだけさ」
プラトー「何たること!それを聞いてますます貴方を 許すわけには行かなくなった」
プラトー「殺して差し上げます。ああそうだ」
プラトー「さっきの子供も、ついでにね。あなたはさみしがり屋 さんのようだから」
デザイア「!」
デザイア「それだけは、させねぇ」
デザイアの雰囲気が変わる。
デザイア「はあっ!」
デザイア「・・・くっ」
プラトー「甘い!」
デザイアが一撃を見舞おうとした瞬間、背中の傷の痛みで生まれた
わずかなスキをプラトーは見逃さなかった。
プラトー「緋炎の戒め!」
彼の尻尾が変化し、雨の中でも消えない炎をまといながら、
デザイアにからみつき、自由を奪う
プラトー「チェックメイトですね」
デザイア「くっ・・・」
プラトー「どう料理しましょうか」
愉悦に浸るプラトーの背に、小石が飛んでくる
プラトー「!?」
「やい、お前!」
そこには、
「覚!」
園崎 覚「デザイアを離せ!」
デザイア「お前、どうしてここに」
園崎 覚「デザイアが心配になって、途中で引き返してきたんだ」
プラトー「おやおや、ふふふ、これはこれはかわいいお客様が いらっしゃいましたね」
プラトー「せっかくですから、舞台に参加してもらいましょうか」
園崎 覚「わぁっ」
覚を羽交い締めにして。デザイアに見せつけるプラトー。
プラトー「さあ、定番のやり取りをしましょうか、デザイア、この子 の命が惜しければ・・・」
園崎 覚「くそっ、離せーっ」
プラトー「この街の人間、7人ほど殺してきなさい」
デザイア「・・・なんだと?」
プラトー「貴方が殺しそこねた銀行強盗の人質と同じ数、今度こそ 殺してきてください」
プラトー「貴方はボスのお気に入りだ。この条件をクリアすれば、 私からもとりなしてあげましょう」
園崎 覚「そんなのだめだ!」
プラトー「坊やは黙っていなさい」
覚を締め上げるプラトー
プラトー「どうします?デザイアさん」
少し間があって、デザイアが答える。
デザイア「・・・め、ろ」
プラトー「何です?」
デザイア「さんはやめろって言ってんだよ!」
尻尾の戒めを引きちぎるデザイア
デザイア「胸くそ悪いぞ、てめぇ」
怒りに燃えるデザイア
プラトー「うあぁぁ・・・」
痛みにもだえ苦しむプラトー
そのスキに、プラトーの手から逃れる覚
園崎 覚「デザイア、大丈夫?」
デザイア「ああ」
デザイア「俺の後ろに隠れてろ」
園崎 覚「うん!」
デザイア「さて・・・」
プラトーを見るデザイア
デザイア「どうもお前を放っとくと、ろくなことに ならないみてえだ」
プラトー「ひっ!」
剣を構え、必殺の一撃の準備に入るデザイア
デザイア「ここで殺すか」
プラトー「!」
怯えきるプラトー
園崎 覚「ダメだよ!」
間に割って入る覚
デザイア「なぜ止める」
園崎 覚「わかんないけど、ダメな気がするんだよ」
園崎 覚「この人を、・・・コロすと、デザイアも、この人と 変わらない、ヒトになっちゃう」
園崎 覚「そんなの、僕はいやだ」
デザイア「・・・」
デザイア「だそうだ」
デザイア「命拾いしたな、消えろ」
プラトー「おやおや、うふふ、そうですね。どのみちあなたは 装置がなければ、生きてはいけない。せいぜい苦しみなさい」
闇と同化するように消えていくプラトー。
デザイア「やれやれ」
園崎 覚「デザイアのこと、止めたけど、あの人が、 また悪いことしたらどうしよう」
デザイア「俺も傷が完全に治ってなかった。あのまま 戦っても、仕留めきれたかはわからない」
デザイア「お前が止めてくれてよかったよ」
園崎 覚「ならいいけど」
デザイア「もしあいつが何かしたら」
デザイア「その時は俺が何とかする」
デザイア「約束だ」
園崎 覚「うん、わかった」
じゃあ、と小指を差し出す覚
園崎 覚「ゆびきりげんまん、うそついたら 針のーます、指きった!」
デザイア「なんだそれ」
園崎 覚「おまじないだよ、必ず守ってって意味なの」
デザイア「なかなか物騒なこと言ってるよな」
園崎 覚「あはは、デザイアったら」
辺りはすっかり夜になり、ちょうど街灯が点滅して
明かりをともした。
少年と怪人の組み合わせはそれだけで絵になりますね。名状しがたい切なさと慈愛に満ちたデザイアと覚の関係性。小悪党の権化のようなプラトーもいい味出してました。
子供の純粋な心はデザイアを悪と感じず、衝動的に傷ついた彼の体を助けたいと思わせたところが本当に感動的です。そして覚の気持ちに応えるように、二人の心の距離が縮まっていく様子が微笑ましかったです。
心優しい怪人と少年の友情。本当は強いデザイアは弱いものとは戦わない。
それで、命が狙われるようになっても。戦うべき相手のみ。