怪人現る!(脚本)
〇劇場の舞台
まばゆい光の中、
劇場は大きな夢に包まれていた。
ここは、クレマチス歌劇団──。
百年の歴史を誇る女性のみの劇団。
今日も、
男役トップスター”桐乃海”を中心に、
優美な舞台が繰り広げられた。
〇劇場の舞台
私はクレマチス歌劇団の研究生 うさぎ!
来月の初舞台に向けて、練習中。
今日は先輩達の舞台を観劇です。
うさぎ(あ~今日の舞台も素敵だった・・・・・・。 私も早く舞台に立ちたい・・・・・・。 しかし、それにしても──)
〇劇場の座席
うさぎ(隣のお客さん・・・・・・。 何者!? 終わったのに、全然立ち上がらないし・・・)
うさぎ「あの・・・すみません。 出たいので、前よろしいですか?」
カイジ「え・・・」
うさぎ「え?」
カイジ「オレが見える・・・のか!?」
うさぎ「見えるって・・・、 誰よりも目立ってますけど!?」
「警備員 すみませーんお客様! そろそろ閉館の時間となりますので・・・」
うさぎ「あっごめんなさい! でも──」
「あと、お客様お一人ですので・・・」
うさぎ「えっ・・・。 でも、この人も?」
カイジ「ふーっ・・・」
うさぎ「え・・・。 消えた・・・!?」
「警備員 お客様・・・あのーそろそろ・・・」
〇劇場の舞台
数日後・・・
うさぎ「ララ〜♫」
「演出家 う~ん・・・。 次回までに、仕上げてきてね!」
うさぎ「はっはい!!」
うさぎ(だめだ・・・。 上手く歌えない・・・。 集中しなきゃ!)
うさぎ(でも・・・あれはスルーすべきなの?)
〇劇場の座席
カイジ「ランラーン! ラルラルララーン〜!」
(この前の人?だよね!? 音程ズレてるけど・・・)
(誰も何も言わないし・・・。 視えてないって事だよね・・・!?)
「スタッフ うさぎさーん! シーンの確認をするので、こちらに来て頂けますか?」
「はいっ! (でもそこには・・・・・・)」
「スタッフ このシーンですが、桐乃さんの登場が上手からに変わりまして──」
カイジ「ラ・ラ・ラ〜♫」
うさぎ(何なの!? 本当に、この人何なの!!!?)
「スタッフ あ・・・あの、うさぎさん聞いてます?」
うさぎ「あっ!!! すみません! 分かりました! ありがとうございます!」
「スタッフ じゃあ、休憩後通しますので。 お疲れ様でーす」
カイジ「まったく・・・。 最近の子は気合が足りないな」
うさぎ「・・・・・・。 誰のせいですかっー!!!!!!」
カイジ「えっ・・・。 まさか君、オレが──」
うさぎ「視えてますよ!!!! この前からずっと!!」
カイジ「この前? ・・・・・・ああ! 舞台が終わってもボンヤリ座ってた子か」
うさぎ「余韻に浸ってたんですよ! あなたこそ、ずっと身動きもしなかったじゃないですか! 今日だって練習ずっと見てるし!」
カイジ「オレはずっとここにいるんだよ。 もうどのくらい、時間が経ったのかも分からない」
うさぎ「そもそもあなたって・・・ ・・・幽霊なんですか?」
カイジ「オレはカイジだ!」
うさぎ「怪人です・・・・・・か。 何で・・・・・・怪人さんが劇場に?」
カイジ「怪人じゃなくて、カイジ! オレは以前客としてここに来た・・・」
うさぎ「それは とても目立ってたでしょうね・・・」
カイジ「この姿じゃないよ。 オレは人間なんだ。 オレは・・・・・・あの日、 姉の舞台を観に来たんだ」
うさぎ「お姉さん!? じゃあ、このクレマチス歌劇団にあなたのお姉さんがいるんですか!!!!」
カイジ「ああ。 オレはあの日、確かに姉の舞台を観に来た。 そして、その帰り・・・・・・」
うさぎ「まさか!?」
カイジ「豪勢にフグを食べたら、 毒に中った・・・・・・。 気付いた時にはこの姿で、この劇場にいたんだ」
うさぎ「それは・・・・・・お気の毒でしたね。 (なんでフグ?) お姉さんは、どなたなんですか?」
「うさぎちゃん!!」
うさぎ「あっ!! 桐乃さん!!!!」
桐乃海「休憩時間終わっちゃうよ。 少し休んだら?」
うさぎ「はいっ!!!! いますぐ休みます!!!! ありがとうございます!!!!!!」
うさぎ「桐乃さんに声かけてもらえた〜! カッコいい!!!! はっまさか、桐乃さんがお姉さん!?」
カイジ「違うよ 姉は女性だから」
うさぎ「この劇団全員女性ですから」
カイジ「それに・・・・・・あの人は、 なんか苦手だ」
うさぎ「桐乃さんは大人気トップスターですよ!! 私なんかにも優しいし。 あっ、休憩! じゃ、カイジさん成仏してくださいね!」
カイジ(成仏か・・・・・・。 自分の事もまともに分からないのに、 どこへ行けば いいんだろうな・・・・・・)
〇稽古場(椅子無し)
「この前練習中に突然電気が消えたんだって!」
「誰もいない劇場で声がしたらしいよ!」
うさぎ(カイジさんだな〜! もう暇だからって!)
「うさぎ、どうしたの? 一人で変な顔して!」
うさぎ「なっ何でもないよ! 舞台の事考えてて・・・・・・」
「初舞台もうすぐだね。 でも、なかなか上手くいかなくて・・・。 昨日も過去の公演映像見て勉強してた」
うさぎ「そうだよね・・・・・・。 あっ!」
うさぎ(思い出した!! カイジさんって・・・・・・)
「うさぎ? (大丈夫か? この子・・・・・・。)」
〇劇場の座席
カイジ「ルンルン〜♪ ラランラ〜ン〜♫」
うさぎ「あっ! カイジさんいた!!」
カイジ「まあ、いつもいるからね。 どうしたの?」
うさぎ「噂になってますよ! 誰もいないのに、声がしたって!」
カイジ「えっ!! 何それ怖い話? オレ苦手なんだよ〜」
うさぎ「いや、あなたの話ですよ!」
カイジ「えっオレ!? でもオレの声が聞こえるのは、君だけだよ。 これまで散々試したけど」
うさぎ「あれ!? じゃあ、勝手に電気を消したりは・・・?」
カイジ「オレは物に触れたりできないから、無理だよ」
うさぎ「う〜ん・・・? あっそうだ、もう一つあった!! カイジさんが観たのって、 『スペースバトルロック!』じゃないですか!?」
カイジ「何それ? 新作ハリウッド映画?」
うさぎ「違いますよ。 前にカイジさんが観たっていう、クレマの舞台ですよ。 その舞台はカイジさんみたいな怪人が出るんです!!」
カイジ「じゃあ、オレはその舞台を観た後に・・・。 その怪人が主人公なの?」
うさぎ「いえ、主役はスペースレンジャーです。 怪人は敵のうちの一人です」
カイジ「あ・・・そう」
うさぎ「舞台は10年前です」
カイジ「オレは10年もここにいたのか。 そんなに時が・・・。 じゃあ、姉さんはもう・・・」
うさぎ「10年前からいる方は、そう多くはありま・・・せん」
カイジ「オレは姉さんがいない事にも気付かず、 ずっとここに・・・? まったく・・・何やってるんだろうな」
うさぎ「カイジさん・・・・・・」
うさぎ(言わないほうが良かったかな・・・。 何か思い出すキッカケになればと思ったけど・・・)
うさぎ「えっ!! 電気が!?」
「あっ! ごめんなさい! 間違えたっ!!!」
うさぎ「桐乃さん!! どうして!?」
桐乃海「うさぎちゃんか! 私は、ちょっと舞台で練習しようと思って」
うさぎ「桐乃さんはもう完璧なのに!!」
桐乃海「そんな事ないよ。 毎回舞台立つまでドキドキだし」
うさぎ(そうなんだ・・・。 誰よりも努力してるからこそ、あんなにステキなんだ・・・。 あっ!!!!)
うさぎ「もしかして、いつも全体練習終わりに、お一人で練習したり、電気つけたり消したりしていますかっ!?」
桐乃海「ああ、うん。 そうだね、一人で喋って電気つけたり消したりしているよ。 何で?」
うさぎ(犯人は桐乃さんだったのか・・・。 まあ、黙っとこ・・・)
桐乃海「うさぎちゃんは歌う時、何を考えてるの?」
うさぎ「えっ・・・上手く歌わなきゃって」
桐乃海「うさぎちゃんは歌上手いよ! だから、その先お客様にどう届けたいかを考えてみたら、どうかな?」
うさぎ「はっはい!! ありがとうございます!!!!」
桐乃海「じゃあ、明日からまた頑張ろう!!」
うさぎ「あっあの、一つお聞きしたい事が!! 桐乃さんの理想の男役って何でしょうか!?」
桐乃海「私の・・・?」
うさぎ「あっあの・・・ とても素敵なので・・・・・・」
桐乃海「ありがとう! そうだな・・・。 実は参考にしている人がいて・・・」
うさぎ「えっジェームズボンド!? それとも織田信長!?」
桐乃海「? まあ、色んな男性を参考にさせてもらってるけどね。 一番は幼なじみかな」
うさぎ「幼なじみ?」
桐乃海「とてかくモテる人でね。 頭も良くて運動神経もバツグンで、 立ち居振る舞いもスマートなの」
うさぎ「そんな完璧な人がいるんですね」
桐乃海「性格もいいからすごいよね。 今は海外にいるみたい。 まあ、うちの弟はなぜか苦手みたいだったけど」
うさぎ「桐乃さんはそんなすごい人をモデルにしていたんですね」
桐乃海「まあ最初はそうだったんだけど。 今は弟も混ざってるな」
うさぎ(弟・・・?)
桐乃海「うちの弟はマイペースでのんびりしていて怖がりで、理想の男性像とは全然違うんだけど・・・」
桐乃海「音痴だけど歌が好きで、 私を応援してくれていて・・・。 ずっと会ってないけど・・・」
うさぎ(もしかして・・・・・・)
桐乃海「今頃・・・どこで何してんのかな〜って時々思ったり」
うさぎ「・・・・・・桐乃さんの初舞台はスペースバトルロックですか?」
桐乃海「うん。 そうだよ懐かしいな!」
うさぎ「あっ! あの桐乃さん! 実は・・・」
桐乃海「あっ! もしかして照明テストかな!? じゃあ、また明日頑張ろう!」
うさぎ「おっお疲れ様でした!!」
うさぎ「・・・・・・」
うさぎ「いるんですよね?」
カイジ「まあ、いつもいるからね」
うさぎ「あの・・・何か伝えなくて良かったんですか?」
カイジ「何もないよ。 あの人は今を生きてる人だし」
うさぎ「でも、カイジさんは──」
カイジ「なんで忘れてたんだろう? いくら姉さんが苦手な男を参考にして舞台に立っていたからって」
うさぎ「桐乃さんの男役はスタイリッシュでとにかく格好いいですが・・・、 どこかスキがあってその愛嬌が魅力です」
カイジ「その幼なじみって姉さんの事好きだったんだよ。 だから、オレは苦手だったけど・・・」
うさぎ「カイジさん! 桐乃さんは今でも──」
うさぎ「えっ! 何!?」
カイジ「未練が消えたのかな・・・」
カイジ「うさぎちゃん・・・。 ありがとう──」
うさぎ「カイジさん・・・」
うさぎ(桐乃さんは幼なじみではなく・・・ あなたを・・・)
〇大広間
あれからカイジさんは現れなくなりました。
私は・・・あのちょっと音程の外れた歌声が聞こえないかと耳を澄ましていましたが、もうどこにもそれはありませんでした。
〇劇場の舞台
ここはクレマチス歌劇団。
百年の歴史を刻む女性だけの歌劇団である。
今日この日、また新たな生徒達の初舞台の幕があがる──
うさぎ(カイジさんにも観てほしかったな・・・)
うさぎ「ラ〜ララ〜♫」
カイジ「お〜! パチパチ!」
うさぎ「えーーっ!!!!!!!!!?」
カイジ「気づいたらまたここにいてさ〜! いや〜成仏ってどうやってするんだろうね!」
うさぎ(そんな事・・・・・・)
うさぎ「知るか────っ!!!!!!!!!!」
クレマチス歌劇団・・・
その劇場に一人の怪人がいることは
研究科一年生 うさぎだけが知っている
(完)
劇場って独特の雰囲気がありますよね。演者や観客の思い入れが強い場所だけに、思念の残滓みたいなものが堆積しているイメージがあります。どの劇場にもカイジのような怪人が一人くらいいても不思議じゃないと思うなあ。
劇場に想いを馳せながら居座るという異色の怪人という発想がおもしろいなあと思いました。ただふぐを食べた副作用で怪人の姿にさせられた彼の不幸が気の毒です。
オペラ座の怪人かと思いきや⋯カイジのシュールな感じが面白かったです!