広がる世界(脚本)
〇児童養護施設
ピアノで「yesterday once more」を弾いてみて、再び言葉についてモヤモヤを感じた
自分が弾いた曲の事を何も知らない。それなのに、この歌の記憶には確か、人の歌声が混じっていたから
たまたま、スタッフに言われた一言が、私の疑問を解決へと進めた
スタッフ「みあさん、何でカーペンターズの「yesterday once more」を知っているの?」
この人はこの「音楽」の事を知っている。私も知りたいけど、何を知りたいのか漠然としていた。
私が知りたいのは何もかも。ただ、歌う力と調べる力が欲しかったのかも
〇行政施設の廊下
みあ「ことば・・・おしえて。かーぺんたー・・・しらない。おしえてほしー」
スタッフ「えっカーペンターズの事を知らなかったの?「ことば」を教えるのはいいけど、カーペンターズは外国の人。どう教えたら・・・」
スタッフ「えっ、みあさん英語覚えたいの?凄いね~」
話を中途半端に聞いていたスタッフの勘違い。これがとっても幸いだったのだ
みあ「えいごおしえて~、えいごおしえて~」
単なる言葉遊びのような展開だったが、スタッフも教えない訳にはいかなくなってしまった
しかしどのスタッフも英語はあまり得意ではなかった。そのため、教育テレビや子供用の教材のDVDで学ぶ事となった
〇店の事務室
英語の発音の教え方は親切だ。舌べろの動き、歯とのぶつかり方が絵になっていた
DVDでは教えてくれる人が、息の出し方も教えてくれた
何で今まで誰もこれを教えてくれなかったのか。私は無我夢中で見ては真似てみた
この事で苦手だった「ら行」や「た行」を、一気に克服した。
記憶は曖昧ながらも、猫の時に学んだ事は頭の片隅に入っていた。それはお姉ちゃんが聞いていた洋楽の音楽も含めて
会話となると、組み立て方を間違える事は多々あったが、「ことば」は日に日に覚えていった
〇音楽室
そしてまた数日後、「音楽」の日がきて、ボランティアさんと会うことになった。実は今回は皆と一緒に歌うことに挑戦した
昔のドラマやアニメの歌で、私は「杉の森学園」にくるまで聴いたことのない「音楽」だった
とはいえ2回目の音楽の時に、ピアノを必死に覚えようとしていたこと、その頃たくさんことばを学んだでいた事で、自信はあった
〇惑星
♪~♪~~~♪
・・・下手くそだった。猫の時程ではないが、私は人間の中ではかなり耳が良い
後で知ったのだが、私には絶対音感があった。しかし歌になると、声が思っている以上に高くも低くも出てくれない
私は私の声に、私らしく歌うことに慣れていなかったのだ
好きなタイプの歌ではなかったが、ジャンルがバラバラだった「音楽」が、良い練習になった
〇音楽室
今回もまた、「音楽」が終わった後にピアノを弾かせてもらった
今回はカーペンターズ以外に、この日の「音楽」で歌った曲も
ボランティアの人「みあさん、どんどん成長しているね。どうしてこんなに早く色々な事を覚えるのかなぁ」
みあ「うーん、猫だったからかなぁ」
ボランティアの人「みあさんは猫なんだ。だから色々覚えるのね」
それ以上その会話は弾まなかった。でもボランティアさんは、私に声の出し方や、声の質の事等を押してえてくれた
〇簡素な部屋
「杉の森学園」に入ってから1ヶ月が過ぎた頃、再び岡田さんがやってきた。相談員とは、定期的に会いに来る人らしい
岡田さん「こんにちは、みあさん」
いつも元気な人だけど、言葉を学んできていることで、以前とは違う感覚だった
みあ「こんにちは、今日はどうしたの?」
印象が違うのはお互い様のようだ。私は言葉が格段に増えており、その事によって表情も豊かになっていたから
〇簡素な部屋
岡田さん「ねぇ、みあさんはここでの生活が楽しい?」
岡田さんが何故こんな質問をしたのか解らなかった。
私は重い知的障がいを持っていると思われて、「杉の森学園」に入ってきた。
しかしこの頃、私は知的障がいではなく、なんらかの記憶障がいと思われるようになっていたらしい
色々な事が日に日に出来るようになっているから、昔の記憶が戻ってきているのだと思われるようになっていた
みあ「楽しいよ。音楽が大好きなの。ねぇーピアノ聴いてよー」
岡田さんの質問の意図が分からない私だったが、学園は音楽もあり、ご飯も美味しかったので、本当に楽しかった
〇児童養護施設
この頃の私、確かに楽しく過ごしていたが、人と過ごす時はほとんどスタッフかボランティアさんにべったりしていた
先輩達と過ごすことに、どこか物足りなさを感じるようになっていたからだ。
入りたての頃は日常の全てを手本としていたが、スタッフと話す方が色々な事を学べるようになってきていてからだ
〇簡素な部屋
岡田さん「みあさん、お仕事してみない?お・し・ご・と」
みあ「おしごと?おしごとってなあに?」
岡田さん「そうね~。例えばスタッフさんが皆のお世話をしていたり、食堂で料理を作ったりしている事はお仕事」
岡田さん「働くとお金がもらえるの。お金があれば、好きなものを買う事もできるのよ」
みあ「お金ってなあに?買うってなあに?」
私の学びは学園の生活がベース。学園の外の事は全然知らなかった。岡田さんは時間をかけて丁寧に説明してくれた
〇水玉
みあ「私、働きたい。働いてピアノ買う。もっと音楽知りたいから」
実は岡田さんとスタッフとで、事前に話し合っていたらしい。私が働く事、その仕事の内容についても
それは学園にある食堂の食器洗いだった。働きながら家事に必要な能力を学ぶためにと
〇行政施設の廊下
私はスタッフの山下さんから、お仕事を教えてもらう事になった
山下さんは私以外の先輩達にもお仕事を教えていた。先輩達は午前も午後も働いていたが、私の食器洗いは午後からの仕事だった
私は言葉を学んでいたから、半日のお仕事は都合が良かった
〇学食
山下さんとはよくお昼ご飯も一緒に食べていた
みあ「山下さんは何でここでお仕事しているの?」
些細な質問のつもりだった
山下さん「みあさんは、周りの皆が笑って楽しんでいる時、どんな気持ち?」
考えてみた事もなかった。私はいつも自分が楽しむ事を考えていた。でもスタッフは、いつも誰かのために働いている
みあ「私、いつの間にか先輩達のこと全然見てなかった」
みあ「でもたしかに、私のピアノを楽しそうに聴いていた。それで私もなんか嬉しかったの」
〇学食
山下さん「皆はね、体が不自由なの。だから苦手な事も多いけれど、楽しめる事もいっぱいあるから、応援したいんだよね」
山下さん「そういえば、みあさんは音楽好きだよね。音楽にも色んなストーリーがあって、応援するような歌だってあるんだよ」
そういうと、山下さんはカバンから何かを取り出した
山下さん「ちょっと聴いてほしい音楽があるんだけど」
そう言って四角いものを私に見せてくれた。その時の私には未知なるもの。スマートフォンだ
小さな何かから、音楽と動画が流れたのでかなり驚いた。しかしすぐ音楽に集中した
〇アート
山下さん「その歌はアンヴォーグというアーティストの「free your mind」という曲よ」
山下さん「人種差別や偏見に対して自由を訴える歌。パワフルでしょ」
確かに凄いパワーを感じた。今までは曲の中にあるメッセージなんて考えた事もなかった
山下さん「世の中には自分と違う人に、勝手に価値を考えて良いだの悪いだの言う人がいる」
山下さん「でも、誰だって一人でなんて生きていけない」
山下さん「だったら私は、人に優劣をつけるのではなく、私ができる範囲で人を幸せにしたいって思ったの」
〇学食
誰にでもある楽しさや心地よさ。でも言葉や表現をする方法が少ないと気づいてもらえない
確かに私もモヤモヤする事が多かった。今もあるけど、想いを伝えられない辛さは知っている
でもまだこの時は、私も誰かになんて思わなかった
〇ハート
恥ずかしくもこの時の私は、スマートフォンへの関心で心が一杯になってしまっていたから
「ピアノより先に手に入れよう。」私がさらっと目標の一つを変更した時となった