〇谷
　　朝靄（あさつゆ）の美しい、夜明け前の渓谷の中。
　　切り立つ崖の上には、巨大な像が聳（そび）え立っている。
　　像の眼が不気味にギラリと光った。

〇森の中の写真館
朝陽林檎「え？ このバッジを私に？」
雪代椿「昨日、インターネットで応募しましたらね。早速、送られて来ましたの」
朝陽林檎「可愛い・・・」
雪代椿「ですが、このような物で愛する人が見つかるはずはありません」
雪代椿「わたくし、わたくし自身で愛する人を見付けます。それで林檎さんに差し上げようと」
朝陽林檎「わざわざ？」
雪代椿「一刻も早くにと思いまして」
朝陽林檎「あ、ありがとうございます」
雪代椿「林檎さん、素敵な男性が見つかるとよいですね」
朝陽林檎「はあ～～。でも、椿さんの言う通り。 素敵な男性は自分で見つけなきゃ」
　　バッジに触れると、そこに描かれたキューピットの矢がきらりと光った。
朝陽林檎「あら？」
　　キューピットの矢から細い光が放たれて一方に飛んで行く。
　　すると同時に、バッジから機械の音声が流れた。
　　『見て見て！ この矢が飛んで行く方向にね、貴方の愛する人がいます』
　　『未来の伴侶となる運命の人が必ず見つかります』
朝陽林檎「え～？ 運命の人が見つかる？」

〇林道
　　林檎はバッジから発せられた光を辿って、遊歩道を歩いた。
朝陽林檎（この光の先に愛する人が？ なんかワクワクしちゃう・・・）
黒岩優斗「お早う」
朝陽林檎「あっ、お、お早うございます」
黒岩優斗「今朝は何か、ご機嫌のようだな」
朝陽林檎「えっ、あっ、いやぁ・・・」
　　優斗は林檎の持つキューピットのバッジから伸びた光に気づいた。
黒岩優斗「なんだ？ その光は？」
朝陽林檎「！ な、なんでもないです」
黒岩優斗「・・・何か嫌な光に感じられるな」
朝陽林檎「女の子の心がわからない人には・・・」
黒岩優斗「ん？」
朝陽林檎「なんでもありません」
黒岩優斗「・・・今日も変な娘（こ）だ」

〇林道
　　バッジの光を追いかけながら、優斗の言葉を思い出す。
朝陽林檎「確かに・・・これってちょっと変。 もしかしたら・・・」
苗場桜「おはよう」
朝陽林檎「あっ、桜ちゃん、おはよう」
朝陽林檎「それって今日の結婚式に飾る花？」
苗場桜「そうだけど」
朝陽林檎「ねえ、届け終わったら、お願いがあるんだけど・・・」
苗場桜「なによ？」
朝陽林檎「例の悪魔がね・・・」
苗場桜「え～？」
朝陽林檎「何か企んでいる嫌な予感がするの」
朝陽林檎「そうじゃなければいいけど、もしもそうだったら、すぐに止めに行かないと」
苗場桜「もう。どっちなの」
朝陽林檎「お願い。私たちは愛天使として──」
苗場桜「しつこい。 嫌だって何度も言ったでしょ」
苗場桜「私、ヒロインごっこなんか興味ないし。 お断り」
苗場桜「それに、今日は日曜日だから、アイリスは忙しいんじゃないの？」
朝陽林檎「そ、そうだけど・・・」
苗場桜「青春ヒロインっぽいことばかり言ってないで、ちゃんとバイトすれば」
朝陽林檎「う～ん・・・」
朝陽林檎（椿さんに相談する・・・？）
朝陽林檎（でも、悪魔の仕業だとはまだわからないし・・・私一人で！）
朝陽林檎「もしもし、あやめさん？」
留守電の音声「はい。霧乃あやめです。 只今、電話に出ることが出来ません」
留守電の音声「申し訳ございません。 コメントをお願いいたします」
朝陽林檎「いつもお世話になります。林檎です」
朝陽林檎「ゴメンナサイ。急用が出来て今日のバイト休ませていただきます」
朝陽林檎「勝手を言って本当に申し訳ありません」
　　林檎は通話を切ると、再びバッジから伸びた光が示す方向へと走り出した。
雪代椿「・・・あれは、林檎さん？」

〇電車の中
　　登山電車に乗り込むと、中は若者たちであふれていた。
朝陽林檎「はら～」
風間さより「あなた昨日の・・・確か・・・」
朝陽林檎「朝陽林檎です」
風間さより「そうだったわね。 私、風間さより。宜しくね」
朝陽林檎「はい。あの～、それって？」
風間さより「私、結婚なんて興味ないのよ」
風間さより「それなのに・・・何故か私の所に愛のバッジが送られてきたの」
風間さより「不審に思ってね、光に導かれるままにやって来たわけ」
朝陽林檎「いきなり送られて来たんですか？」
風間さより「そうよ。不思議でしょ？」
朝陽林檎「ええ・・・」