ザ・ホワイトノイズ

超時空伝説研究所

エピソード1(脚本)

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〇学園内のベンチ
ヨシオ「頼むよ、ヒロシ。アーカイブにあるファイルじゃ『ぴん』と来ないんだ」
ヒロシ「うん、分かった。平板すぎるって感想は俺も同じ」
ヒロシ「何ていうかデジタル臭いっていうか、ランダムさが足りないんだよね」
ヨシオ「制作も終盤なのに、悪いな」
ヒロシ「大丈夫。『アテ』はあるから」
  映像専門学校の卒業制作。ヒロシの担当はSE(効果音)であった。
  演出のヨシオがここに来て煮詰まった。雨音のSEが気に入らないという。
  霧雨。細雨(さいう)。小糠雨(こぬかあめ)。煙雨(えんう)。
  そんな雨の「音」が欲しいのだと。
ヒロシ「別にいいけど。細雨なんて、俺のPCじゃ変換できないんですけど」
  ぶつぶつ言いながらも、ヒロシはやる気を出していた。
ヒロシ「こういうチャレンジって、燃えるよね」

〇書斎
  実家に帰ったヒロシは、亡くなった父親の書斎に上がる。
  
  使われていない部屋は少し黴臭い。
ヒロシ「厨房の頃、勝手に弄って親父に怒られたっけ」
  父の書斎には古いオーディオセットが置いてある。無駄に大きいそのセットは六畳間を狭く見せていた。
  きれい好きの母親が頻繁に掃除しているのだろう。部屋には塵ひとつ落ちていない。
  ボッ
  電源を入れると独特の音を立てて、オーディオに火が入る
ヒロシ「オーディオじゃない。ハイファイセットだってうるさかったな、親父のやつ・・・・・・」
  チューナーのダイアルを回して音を探っていく。
ヒロシ「FMよりAMの方がいいかな。うーん、もう少し・・・・・・」
  わざと放送バンドを外れた周波数帯を探る。アナログチューナーのダイアルを両手で持って、微妙な感度を拾う。
ヒロシ「何だか金庫破りみたいだな。お宝はどこですか?」
  ふと音が変化し、空気を噴き出すようなホワイトノイズがスピーカーから響いた。
ヒロシ「お? 来たか? もう少しきめ細かい感じ。それで広がりが欲しいんだよね」
  シャーというその音は、小雨が地面に落ちる音に聞こえなくもない。
ヒロシ「揺らぎと広がりね。アナログの実力を見せてもらおうか・・・・・・」
  気がつくと2時間の時が経っていた。

〇書斎
ヒロシ「うーん。何か足りないなあ」
  チューナーを弄り続けていたヒロシは、手を止めて胡坐をかいた。
ヒロシ「あれかな。スパイスみたいなもの。ちょっとした色気が欲しいのかな」
  部屋を見回したヒロシの目に、父親のレコードコレクションが映った
ヒロシ「ノイズもレコードの味だっていってたな、親父のやつ」
  ターンテーブルに針を落とす瞬間がたまらんと、目を輝かせていた
ヒロシ「マニアの考えることはわかりませんて」
  そういいながら立ち上がり、ヒロシはキャビネットのガラス扉を開ける。
ヒロシ「これか。よく聞いてたよなあ、あの人」
  右端の一枚。ジャケットの背が擦り切れかけたLP。80年代ロックのアルバムだ
ヒロシ「敬意を表してこいつを使ってみますか」
  プレーヤーのターンテーブルに12インチの円盤を載せる。33.3回転で円盤が回転し始める。
ヒロシ「お。うねうねしてるね。いいんじゃない? アナログちっくで」
  ディスクのわずかな歪みが回転することにより強調される。針は波乗りのように盤面を滑るのだ。
ヒロシ「針を落としますよ、と」
  口では落とすと言いながら、そっと指を下ろして円盤に針を載せる。
  プツッ
  泡が弾けるような音。音楽が始まるまでの短い時間、泡立つようなノイズがぷつぷつと流れる。

〇配信部屋
  チューナーとレコード、二種類のノイズを録音したヒロシはアパートに戻って編集を始めた。
ヒロシ「余裕を見て長さは30分にしておくか。トラックをこう重ねて、レベルのバランスを取ってと」
  デジタルの世界であればヒロシのお手の物であった。マウスの操作ですいすいと音声データを作りこんでいく。
  1時間もかからずに30分のMP3ファイルが出来上がった。
ヒロシ「ファイル名は『ザ・ホワイトノイズ』と・・・・・・。はい、完了!」
  あまりにも順調に作業が終わったため、ヒロシはもう少し手を加えたくなった。
  やめ時を知らないのがアマチュアの欠点である。
ヒロシ「せっかくだから、動画にしてアップロードしてみようかな」
  世の中では睡眠導入やリラクゼーションのためにホワイトノイズを聞く人たちがいるらしい
  ならば、このファイルに画像を付けて動画サイトに投稿してやろうと思いついた。
  動画はスマホカメラで撮影した。部屋の白壁にライトを当てて、わざとピンボケで撮影する。
  奥行きも広がりも定かでない、茫漠とした空間が広がるように画面には映った。
  動画エディタで画像に音声トラックを載せ、タイトル、エンドロールを付けてやれば動画は完成だ。
  人気の動画サイトに30分の動画ファイルをアップロードし、適当にコメントを付けると、ヒロシはベッドにもぐりこんだ。

〇取調室
刑事「警察です。開けてください」
  次の朝、ヒロシは警察の任意聴取を受けていた。
刑事「あくまでも参考としての事情聴取です。あなたが何をしたという話ではないんですが・・・・・・」
  警察官の歯切れは悪かった。どうにも話しにくそうだ。
ヒロシ「何を聞きたいんでしょうか?」
  困惑したヒロシが聞き返した。
刑事「・・・・・・ニュースを見ていないんですね?」
ヒロシ「起きたばかりで見ていません」
刑事「人がね。大勢失踪しているんです」
ヒロシ「は?」
  どういうことかわからなかった。失踪事件?
刑事「どうやらね。世界中で1億人以上いなくなっているらしいんです」
ヒロシ「はあ? どういうことですか、それ?」
  1億人って・・・・・・。日本の人口に近いじゃないか。
刑事「君の動画を見ていたらしいんですよ。いなくなる前に」
ヒロシ「僕の動画?」
刑事「昨夜動画を投稿しましたよね? 『ザ・ホワイトノイズ』というタイトルの」
ヒロシ「しましたけど・・・・・・」
  警察官は頭を掻きむしった。
刑事「失踪現場、たいてい室内なんですが、現場を調べると君の動画を見た形跡があるんだ。どの現場でも」
ヒロシ「いや、でも、1億人って・・・・・・」
  はあーと、警察官は大きなため息をついた
刑事「ジョスティン・ディーヴァーって知ってますか?」
ヒロシ「はい・・・・・・。海外の大物アーティストですよね」
刑事「そうらしいね。そのジョスティンが君の動画を宣伝したらしいんだよ、SNSで」
  さらに激しく頭を搔く。
ヒロシ「あのジョスティンが、ですか?」
刑事「そうなんだよ。それを見た人がまた広めてね。一晩で1億回再生だそうだ」
ヒロシ「噓でしょ?」
  警官はじろりとヒロシを睨みつけた。
刑事「俺が嘘をついて何になる? とにかく君の動画を見た直後に、みんな姿を消しているんだ」

〇取調室
  そんな馬鹿な・・・・・・。ヒロシは頭を抱えた。
刑事「それどころかだよ。目撃者もいるんだ。目の前で家族が消えた、友人が消えたってね」
  ヘッドホンで動画を見ていた息子が突然目の前から消えた。そういう類の通報が全国の警察に入ったらしい。
ヒロシ「そんな馬鹿なこと」
刑事「そう思うよな? 警察もそう思った」
刑事「動画が削除される前にある県警で捜査員が君の動画を視聴したんだ。どうなったと思う?」
ヒロシ「消えたんですか?」
  ははは、と警察官は力なく笑った。
刑事「捜査本部ごと失踪した」
  ヒロシは吐き気が込み上げてきた。
刑事「一体何なんだね。あの動画は?」
  泣きそうな顔で捜査員が尋ねた。
ヒロシ「ただのホワイトノイズですよ。チューナー音とレコード音を重ねて、白い画面を付けただけです!」
  震えながらヒロシは答えた。
刑事「白いらしいな。画面だけ見たり、途中だけ見た人間は生き残っているんだ」
刑事「そいつらの証言によると『白い部屋』の映像だったそうだ」
ヒロシ「白い部屋・・・・・・」
刑事「どこまでも広がっているんだと。横幅も奥行きも限りなく」
刑事「そこへ引き込まれそうになるんだと・・・・・・」
ヒロシ「白い部屋・・・・・・」
刑事「どこかにつながっている。 そう感じたそうだ」

〇渋谷駅前
  ヒロシにはそれ以上説明することもできず、うやむやのままに解放された。一体自分は何を作り出してしまったのか?
  当然マスコミは大騒ぎし、心理学者や宇宙物理学者を引っ張り出して事件の原因を探ろうとした。
  だが、原因を作ったと思われる当人がわからないのだ。他人にわかるはずがなかった。
  そんな中、ネット上でもっともらしいうわさが流れた。
  動画を途中まで見たとか、片耳だけで音声を聞いたというネット・サーファーが仮説を立てたのだ。
「あの動画を観ると、『白い部屋』に行ける」
「その部屋は異世界につながっていて、呼ばれた人は異世界に飛べる」
  そうまことしやかに囁かれていた。
  動画を独自に再現したというポストも大量発生したが、どれもガセでただのノイズ動画だった。
  日本だけで1千万人が失踪した前代未聞の大事件は、発生後1年で忘れられていった。

〇学食
「スナッチャー、社食に移動します・・・・・・」
「了解。観測を続けろ」
  事件から1年後、映像制作会社に入社したヒロシを監視するチームがいた。
刑事「法律上君を裁くことはできない。君はいかなる罪も犯していない。道徳的にも問題はない」
  ヒロシを取り調べた警察官はあの日そういった。
刑事「しかし、野放しにすることもできんのだ。もしかしたら、君は人類史上最も多くの人間を死なせる原因を作った男かもしれない」
  その日からヒロシには24時間監視が付いた。「スナッチャー」というコードネームを付けられて。
刑事「絶対に、いいかい、絶対に動画も音声ファイルも作るな。法で禁じることはできんが、我々が禁止する」
刑事「これは日本国政府が承認した超法規的措置だ」
  ヒロシはその警告に従った。世間が忘れようとも、自分は事件のことを忘れることが出来なかった。
  制作会社に入社はしたが、現場からは遠ざかった。クリエイターとしての夢は捨てた。
「専門学校を出ているのに総務を希望するやつは珍しいよね」
  先輩はヒロシの希望職種を聞いて不思議がった。そんな時はゆがんだ笑いを浮かべて話を逸らす。
  変わったやつ、と周りからはいわれた。

〇オフィスのフロア
部長「創立10周年を記念して、社名、社章、ロゴ一切を一新することになったのは知っての通りだ」
部長「大変だが、総務部門にとっては一世一代の大仕事だ」
  ある日、職場の上司が朝礼で話し始めた。
部長「ヒロシ君、君には社章のデザインをぜひ担当してもらいたい」
ヒロシ「え?」
部長「入社試験の時に君のデザイン画をたくさん見せてもらったよ。いいじゃないか」
部長「現代的なセンスと伝統的な意匠が共存している。会社のイメージを伝える斬新なデザインを考えてくれたまえ」
  ヒロシは慌てて否定した。
ヒロシ「いえ、僕は・・・・・・。僕には無理です!」
部長「そんなことはない。君のデザインを見ていると、」
部長「何ていうかこう、引き込まれそうになるんだ」
部長「違う世界に連れて行ってくれそうな、そんな感覚を覚えるんだよね」
部長「私の目に狂いはない。思いっきりやってみなさい」
部長「責任は私がとる!」
  ヒロシは絶叫した。
ヒロシ「あんたに責任とれるわけないだろうー!」
  ==完==

コメント

  • 最後のオチまで皮肉がきいてて面白かったです。結局、ジョスティン・ディーヴァーも消えちゃったんだろうか。ヒロシがもし無自覚に生き続けていたらいつの間にかヒロシ以外の全員があちら側に行っちゃって、むしろヒロシのいるこちら側が異世界になっちゃってたかもですね。

  • レコードの針を下ろす場面で昔を思い出しました。曲が始まるまでの音が記憶に残っています。ヒロシには人間に対する何か特殊能力が有るのでは?

  • なんだか怖いような、安心出来るような…。
    消えた人達がどこに行ったのかはわかりませんが、なんとなく自分が望んだ世界に行ったような気がしました。

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