セカイの中心に恋をする

現夢いつき

エピソード1 『初恋(上)』(脚本)

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〇血しぶき
  ――グチャリ。
  何かが落ちる音。
  何かが潰れる音。
  何かが壊れる音。
  そして命が終わる音。
  目の前で人が死んだ。
  正確には、目の前に落ちてきて死んだ。
  トラックに轢かれ、宙を舞い、路上に落ちて潰れた。赤い花弁が散り、僕の頬と制服に染みを作った。
  生暖かい、命が消えかけている温度を肌で感じた。
  人通りも交通量も少ない、比較的小さな道でのことだった。
  彼女を轢いたトラックはそのまま通り過ぎてしまう。
  胸の鼓動が速い。うるさくてうるさくて仕方がない。
  僕の視線は死にゆく彼女の顔に張り付いて離れない。
  生気を失ったがらんどうな瞳を見つめ続ける。
  ――いや。
  見つめ続ける、だなんてそんな優しいものではない。
  僕は彼女に目を奪われたのだ。
  盲目的に。
  妄信的に。
  ただ彼女を見つめ続ける。
  僕は彼女を知っている。
  ――伏見麻衣。

〇学校の廊下
  一つ上の先輩で、校内一の美人だと噂されている。
  直接見たことはなかったけれど、学校新聞に写真が載っているのを見たことがあった。
  あの氷のような美貌と、

〇血しぶき
  目の前の死相が一致した。
  その事実に僕は大きな衝撃を受けた。
  死してなお損なわれない美しさに対してもそうだけど、それ以上に、生身の人間に対する不快感が生じないことに驚きを隠せない。
  どうしてこの人は気持ち悪くないのだろう。
  仰向けに倒れる先輩。その後頭部からは止めどなく血が流れている。
  その様はまるでつぼみが花開く時のようで、場違で不謹慎だと分かりながらも、美しいと思ってしまった。
  人に対して初めて抱く感情。
  それがどういう感情で、どこから生じたものかなんて分からなかったけれど、その終着点はなんとなく見えていた。

〇血しぶき
  僕は彼女に触れてみたいのだ。
  気がついた時には、僕の手は彼女の頬に伸びていて、膝には生暖かい感触が広がっていた。
  あともう少しで触れる。

〇血しぶき
  そう思った瞬間、先輩と目が合った。
  生気の消えたあの瞳ではない。
  今度はしっかりとした意志を感じた。
伏見麻衣「「……助けようと、してくれたのかしら?」」
  口が開き、言葉を発した。
伏見麻衣「「ありがとう。……でも必要ないわ」」
  僕が驚きで硬直したのは言うまでもないだろう。
  広がっていた血液が先輩の元に戻っていく。
  膝に付いていたはずの血液さえも残らず戻っていった。まるで、血の一滴一滴それぞれが意志を有しているようだ。

〇ゆるやかな坂道
  やがて全ての血が体内に戻ると、先輩は上半身を起こした。
  ひしゃげた左腕を無事だった右手で元に戻すと、今度はあらぬ方向へにじれた左足を元の方向に戻した。
  それだけにも関わらず、次の瞬間には怪我の事実などなかったかのように完治していた。
後藤 進夢「「……痛く、ないんですか?」」
伏見麻衣「「流石に痛いわね。いくら慣れちゃったとはいえ、痛覚がなくなったわけではないし、痛いものは痛いわ」」
伏見麻衣「「でも、だからといって神経が切れちゃうと、それはそれで痛いのよね。……神経が生えてくる痛みって想像できるかしら?」」
  想像できないけれど、痛そうなことは分かる。
  顔をしかめてしまった僕を見て、先輩は悪戯っぽく笑う。
  可愛らしいと言えば可愛らしい表情だが、そこには確かに警告が含まれていた。
  分かり合えないだろうから、これ以上関わらない方がいいという優しい拒絶。
  先輩はそれ以上何も言わず、ひとしきり笑った後、何事もなかったように立ち上がって、再び道を横断した。

〇ゆるやかな坂道
  動いている先輩は、やはりというか何というか、予想通り気持ち悪かった。
  他人に対して思うのと似た気持ち悪さを感じた。
  でも、不思議と不快感はあまり感じなかった。
  両親や妹、幼馴染みやクラスメイトに対して抱いてしまうような生理的な嫌悪感まではいかない。
  感覚的なものだから、上手く説明するのは難しいけれど、苦いもの全般嫌いな人が、抹茶だけは好きというようなものだろうか。
  とにかく不思議な感覚だった。
  あるいは、もしかしたらこういう不可思議な感情を指して恋というのかもしれない。
  ――恋。
  適当に出した言葉だったけれど、すんなりと僕の胸の中に落ちた。
  ああ、これが恋なのか、と疑問よりも納得が優先された。
  やけにうるさかった鼓動も。
  目を奪われてしまったのも。
  触れたいと思ってしまったのも。
  先輩を好きだったからなのだろう。
  ――ならば。
  この思いは伝えなければならない。
  恋は言葉にしなければ、いつか消えてしまうものなのだから。
  色恋沙汰には疎い僕だけれど、それだけは知っている。
  妹か元クラスメイトあたりがそんなことを言っていたような気がする。
  そこら辺は曖昧だけど、しかし、重要な部分は覚えていた。

〇ゆるやかな坂道
後藤進夢「「先輩!」」
後藤進夢「「――伏見先輩!」」
  声を上げると先輩がこちらを振り向いた。
  驚いたように少しだけ目が大きくなっている。
後藤進夢「「僕、先輩のことが好きかもしれません!」」
  いや。
後藤進夢「「かも、じゃなくて好きなんです!」」
後藤進夢「「血に染まってもなお輝きが曇らなかったその髪も! 活き活きした目も、死んで空っぽになった目もどっちも!」」
後藤進夢「「ズタズタになっても気品を感じるようなその指先も! 余裕そうな態度も! 生きている気持ち悪さも!」」
後藤進夢「「全部! 全部ひっくるめて好きなんです!」」

〇白
  何を言っているのか、自分自身分かっていない。
  ただ思いついたことをそのまま口にした。
  どれだけ矛盾していて、支離滅裂なんだろう。
  分からないけれど、分からないままに吐き出した。
  思いの丈を全てぶつけた。
後藤進夢「「付き合ってください!」」
  対して、先輩はただ一言こう答えた。
伏見麻衣「「……ええ」」
  ――了承の言葉!

〇ゆるやかな坂道
  しかし、顔を上げると、先輩がただただドン引きしていただけなのが分かった。
  あの「……ええ」は、了承の言葉なんかではなく、困惑の言葉だったのだ。
  僕は恥ずかしいやら悲しいやらで、
後藤進夢「「ほ、本気ですから!!」」
  とだけ言って、先輩の制止も聞かずそのまま家まで逃げ帰ったのだった。

コメント

  • そんな恋の始まりがあってもいいと思うんですよ。
    インパクトでドキドキしている、吊り橋効果なのかもしれませんが、彼の中では好きの気持ちは紛れもない事実であって、

  • 始まりが結構リアルで少し警戒心をもって読み進めましたがいつの間にか美しい物語に変わっていました。彼女は不思議な存在ですね。心を奪われるとはこういうことなのでしょうね。

  • 恋心をうまく描写されている作品だと思いました、なんか切ないような切ないような切ないような、、、素直な感じがとてもよかったと思います。

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