同窓会

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同窓会 [Tapnovel Edition](脚本)

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〇keep out
  この作品はフィクションです。
  登場する人物名・団体名等は
  一切実在しない架空のものです。
  また、作品内・使用スチル等には
  暴力・恐怖・いじめ等の表現を含みます
  (この事からR15指定としています)

〇オフィスのフロア
  どこからともなく聞こえる怒声・・・。
  当り散らすように鳴る電話や、カシャカシャと言うコピー機の印刷音・・・。
  どこにでもある会社の日常が繰り返される。
「音川君!ちょっと・・・!」
  部長の藤田が、一人の女性を手招きして呼んでいる。
音川 恵「はい、なんですか・・・?」
  彼女は音川恵二十七歳。
  大学卒業後フリーターを辞めたばかりのOL二年生の新人である。
  良い男性がみつかるまでの暇潰し、今している仕事は彼女にとってはそれ程度だ。
藤田 健次「なんですか?じゃないだろ!? なんなんだこの報告書は! 間違いだらけじゃないか!」
  やはり、大抵こう言う時は叱られるものだ。
音川 恵「すいません、やり直します」
  言い慣れたそのトーンが、彼の頭を沸騰させる要因になるのは言うまでもない。
藤田 健次「あのねぇ・・・! 高村専務から君達を正しく指導するよう言われている俺の身にもなってみろ!」
藤田 健次「お前も旭川も学生気分でやってちゃ困るんだよっ!」
音川 恵(あ~・・ダルッ・・・。 早く終わんないかなぁ~)
  誰から教るで訳でもなく、この年代の人は表面謝罪して、裏面では“柳の如く”なのが上等手段なのだ。
  相手にしない事で、ストレスを最小限にくいとめてしまう。

〇ビルの屋上
音川 恵「あ~あ! もう、またシクちゃった!」
旭川 涼「私ら本当苦手っつうか・・・。 身が入らないよねぇ~。 特に事務作業とかさぁ~」
  彼女は高校時代から親友の旭川涼。
  以前は化粧品を扱う会社に勤めていたが、私が誘うとあっさりこの会社にくらがえした。
「よっこいしょっ!」
  ちょうど中高年と言うぐらいの年齢に見える男が、何の断りも無く二人の楽しい昼食にずうずうしく割行った。
音川 恵「!?」
旭川 涼「せ・・・・専務っ!」
高村専務「いやぁ~っ、良い天気だねぇっ!」
高村専務「おっ、僕好みのカラアゲ! あ~~じはどぉかな~♪」
  顔に脂汗をにじませたその男は了解を得ずに、汗ばんだ指でカラアゲをつまみ上げてポイっと口に運んだ。
音川 恵「ちょっ・・・!」
高村専務「いやぁ~うまいうまい! 良いお嫁さんになれるよ!」
高村専務「なんなら僕が旦那になってあげようか! うわはははははっ!」
旭川 涼(何言ってんだこいつ・・・。 妻帯者のクセしやがって・・・)
  高村笑いながら、ヌシっと恵の肩に手を置いた。
音川 恵(うげ!きんもぉ~~っ! このオヤジィ~!)
旭川 涼「あっ!そうだメグ、まだ会計の書類ができてなかったんだ!ね!行こっメグ!」
音川 恵「うっ・・・うんっ!」
  二人は弁当をイソイソと片付けて、走り去っていった。
高村専務「働き者だなぁ~ハハハハハ!」
(あ~助かった!)
  彼女は言い様の無い嫌悪感を未だに感じながら、涼と顔を見合わせた。
「ありがとぉ~涼!」
「気をつけなよ恵~、ほんとあのオヤジ腹立よね。目つきエロイし!」
「あっ!そうだ、今度の日曜日に一緒に食事行かない?私オゴるよ」
「えっ!?やった! なんか無いと、ヤル気でないよ私」
  馴れ合いの日常、ただ過ぎて行く時。平
  平凡凡は骨頂を極め、今日も赤陽が地に沈む。

〇カウンター席
  日曜日
  よそ行きの服装で会社からの束縛をいくらか開放して、待ち合わせの約束をした都内のカフェテリアへ午後の一時を過ごす・・・。
  彼女達のささやかな幸せだ。
旭川 涼「お待たせぇ~っ!」
  恵は足早にこちらへ来る涼に向かって、少し照れながら手を振り返した。
音川 恵「もう~遅いよ涼っ! 朝のケーキバイキング終っちゃったよ~?」
旭川 涼「ゲェ~!?マジで~っ!? ちょっと服選んでたら、バス乗り遅れちゃってさぁ!ゴメンゴメン!」
音川 恵「涼って、高校の時もそんな理由で遅刻してたよねぇ・・・」
旭川 涼「べ・・・別に良いじゃ~ん!」
旭川 涼「あっ私ミルフィーユとブルマンで」
音川 恵「ナニその組み合わせ!? 超変!」
音川 恵「ブルマンとかオッサンくさい!」
  二人は談笑を繰り返して、ホコリのように積もった不満を燃焼させ顔も明るくなった。
旭川 涼「高校って言ったらさぁ、私卒業してから皆とあんまり会ってないんだよねぇ」
音川 恵「私も~・・・。 綾子とかどうしてるんだろね~?」
旭川 涼「なんかナースやってるらしいよ。 瀬和さんから聞いたから、多分そうなんじゃない?大変だろうねー」
音川 恵「そうなんだ~。 皆、変わってくんだねぇ~」
音川 恵「ところでさぁ、その服・・・」
  2人の会話はとめどなく続き、日は間もなく暮れようとし始めていた・・・。
  一方その頃。
  彼女達の噂する“綾子”も自分の人生を彼女なりに人生を楽しんでいた・・・。

〇明るいリビング
  ガチャガチャ・・・
  ガチャガチャ・・・
  少し中性脂肪の数値が高そうな男が、ビデオやDVDが積み重なる山で何かしている。
  綾子はそれを見て「またか・・・」と思いつつその様子をしばらく見ていた。
荒田 綾子「ちょっと、さっきから何しているの?」
  彼は自慢のビデオコレクションを整理しているらしいが、こちらから客観的に見れば散らかしていると言う方が正しい感じである。
荒田 綾子「もう聞いてるの!?何してるのよ?」
荒田 武「いやさぁ、撮影したビデオが溜まってて困ってるんだよ」
  荒田は学生時代からカメラやビデオが好きで、現在もその類の事を仕事としている。
荒田 綾子「タイトルラベル貼ってあるんでしょう? 自分でわかんなくなる位だったら もう、いっそ捨てちゃえば?」
  そう綾子は半分飽きれ気味で言ったその時、荒田の手が一つのビデオを掴んで静止した。
荒田 武「何だ、このビデオ?」
  綾子は仕事に行く支度をしながら、ビデオの管理もしていないのにヤケに物分り良く言った。
荒田 綾子「それってずいぶん前に『ハンディカメラで撮った映像はビデオにしたって』言った一部じゃないの?」
  付き合いが長いと、こう言う事も感覚的に理解しているのだろう。
荒田 武「え・・・?」
  そう綾子に言われても、荒田には合点がいかなかった。
  そもそもここに置いてあるのは、普通のビデオっぽく装ったいかがわしい内容満載のビデオ。
  妻にはバレまいとついた嘘には違いない。
  だが、それでも見覚えがない。
  そうなるとこのビデオは何なのだろか?
  わざわざタイトルラベルを全てのビデオに貼っているのは、中身がわからなくなるのを防ぐためだ。
  ラベルなしは後で何のビデオだったかわからなくなるので、絶対にしなかった。
  自分の知らない物としか思えない・・・。
  とは言え、このままだと妻にあやしまれてしまう。
  とにかくその場をやり過ごそうと、適当に荒田はごまかす事にした。
荒田 武「あっ・・・あぁ!そうそう! そうだった! 前に整理したやつだったな!」
荒田 綾子「確か、私らの高校時代の頃もあったんじゃない?随分古いヤツだから時間かかるって言ってたでしょ?」
  そう言い終わると同時ぐらいに、彼女の携帯電話のアラームがなった。
荒田 綾子「私もう行く時間みたい。 ね、高校のだったら見たいから内容は確認しておいて」
荒田 武「もも・・・もちろんです!」
  ガチャン!
  慌しく出た綾子を見送り、少し胸をなでおろした荒田はビデオを見る事にした。
荒田 武(タイトルがないって事はヤバイやつか? ロリ・・いや、そういうのは無いはず。 だとしたら・・・いやいや・・・)
  彼はこうしてそのビデオを見る事にした。
  ・・・しかし、多少疑問が残る。
  彼は何故、今日に限って片付けを始めたのだろう?
  ビデオの山を探るのはいつもの事だったかもしれないが、今日に限って彼は整理をしようとしていたのだから
  まるで・・・ビデオに誘われた様に
  自分さえ知らないそのビデオに・・・

〇ラブホテルの部屋
  同日 某ホテル
「おさむぅ~ 休みの日どこか連れて行ってよぉ~」
風山 修「そうだなぁ~ 美加ちゃんの本性教えてくれたら、海外にでも連れて行ってあげようかな」
「え~ぇ? じゃあ私、本性見せちゃおうかなぁ~っ?」
  トゥルルルル・・・トゥルルル
  なんとも間が悪い電話だ・・・。
風山 修「あ、電話だゴメン」
「ちょっとぉ~っ!もぉ~っ!!」
風山 修「はい、もしもし?」
「ハァハァッ・・・風山か・・・?」
  随分息が切れている・・・。
  時間も深夜0時。
  その声は風山にとっては、聞き覚えの無い様に彼は思った。
  携帯に表示された名前を確認すると
  「荒田 武」とあった。
  ・・・確か、高校の同級生だ。
  とにかく、様子からただ事ではない事は直感的に感じた。
  彼女に目で合図し、電話に専念した
「たっ・・・ハァ・・・大変なんだ・・・ハァ・・・」
風山 修「どうしたんだ急に? 久々にかけてきたと思ったら・・・」
  荒田とは連絡先は交換していたが
  高校卒業以来ほとんど連絡は取っていない。正直、何事かと思った。
「どうもこうもないって! もうすぐ同窓会の日なんだよ!」
風山 修「え?そうだっけ?」
「やっぱそんな反応なると思った! 動画だよ動画! それが見つかって思い出したんだよ!」
風山 修「動画・・・?」
  そう言えば、高校の卒業間近あたりで
  みんなで同窓会の日を決めようとか
  忘れないように動画撮影しようとか・・・
  なんとなくそう言う事があった気がした。
  結局、同窓会を何年後にやるとか細かい事を思い出すことなかったんだが・・・。
「動画は後で送っとくからさ! 呼びかけるの手伝ってくれよ!」
  急な話に正直なところ戸惑った。
  しかし、同窓会と言われると悪い気がしないでもなく、仕方なく応じる事にした。
風山 修「仕方ねぇな、わかったよ。 でも、いつだよ? もう、みんな仕事とかしてるんだぞ?」
「わかってるよ! だから、急ぐ必要があるんだよ! 開催日は・・・・」
風山 修「ええぇっ!!?」
  間に合うかどうかギリギリだと思った。
  いや、会場の手配や招待状とか。
  休みを届けるとか色々な意味で。
「忘れてたんだから仕方ねぇだろ! 今から急げば一人でも参加者が増える! 後はお前にかかってる!!」
風山 修「いやいやいやいや! なんで俺任せなんだよ! お前は!?」
「ちょっと気になる事あって調べたいんだ。 大丈夫、探しながらみんなに声かけるから!あ、お前と繋がってないヤツな」
「後、新谷にも頼もうと思ってる。 フラワーのグループルーム作るから、そこで確認しながらならいけるだろ?」
風山 修「あぁ、あいつか。 人脈広かったから・・・ ほとんどいけるだろうと思うけど」
「おいおい、お前も頼りにしてるからな。 俺は連絡取りにくそうなヤツを潰していこうと思ってる」
風山 修「はいはい、わかったよ」
  突然の電話
  突然の同窓会
  それでも、久しぶりに高校時代の友人達が集まると思うと、風山の胸は少し高鳴る。
  高校を卒業して約10年ぶりの再会に・・・

〇通学路
  同日 夜
  山本宅の前
荒田 武(さて、まずは山本か・・・。 新谷も風山の連絡先を知らないし、俺も知らないとなると名簿が頼りだけど)
荒田 武(俺が名簿を持っていたのに 同窓会の事すっかり忘れてたなんて・・・ バレたらヤバイから絶対言わないけど)
  ピンポーン、ガチャッ。
  中から明らかに肥満体型の三十近い女性が出てきた。人は良さそうだ。
  近眼なのだろう、セルタイプのあまりセンスの良くないメガネをしている。
荒田 武(うわっ・・・。 さっそくハズレかこれ・・・?)
荒田 武「こ・・・こんばんは、荒田と申します」
  荒田は少し狼狽えながら軽く会釈した。
  先程の女性もそれに呼応した。
「こんばんは・・・」
荒田 武「夜分遅くすみません・・・・。 山本昇さんはこちらにいらっしゃいますか・・・?」
「主人ならちょうど出掛けた所で・・・ 主人に何か用ですか?」
荒田 武「あ、いえ・・・。 私は高校の同級生で荒田って言うんですが、今度同窓会を開く予定でして」
荒田 武「ご主人さんが帰宅されたら、こちらに連絡するようお伝え頂けると助かります」
  荒田はそう言うと一枚のメモを渡した。
  女性は腑に落ちていないような顔だったが、荒田からそのメモを受け取った。
荒田 武(なんでも良い。 とにかく、全員に声をかけたと言う事実だけあれば良いんだよこう言うのは)
  女性はメモを受け取った後、少し首をかしげると扉を閉めた。
  荒田は急いで車に戻った。
  早く終わらせようと、半ば強引でも構わないと言う気持ちがアクセルを踏む力に出ていた。
「次は瀬田さんか・・・。 交友の少なかったヤツはこういう時メンドウなんだよな・・・はぁ」

〇東京全景
荒田 武「ふぅー・・・。 疲れたなぁ」
荒田 武「まさか森山のヤツ。 秋田に引っ越していたとは・・・。 おかげでめちゃ時間くったぞ」
  荒田は身近な人、もしくは新谷の人脈から連絡が取れない同級生を次々と探し出していっていた。
荒田 武「さて、そろそろ終わりだろう」
  彼は作業を終えて良いか
  最後にもう一度手帳を見返した。
荒田 武「もういねぇだろ・・・? って、なんだよこれ・・・? 一人、名前を消そうとしてないか・・・」
  今まで気づかなかったのも妙だが
  名簿の別のページに、ぐちゃぐちゃに何かをかき消そうとした跡があった。
  黒のボールペンで書き潰そうとしたのか
  線が絡まる隙間から、荒田は1文字づつ字を読み取っていった。
荒田 武「えっと・・・。 岡・・・本・・・友・・・子・・か?」
荒田 武「誰だったけかな~? いたっけか、そんな名前・・・」
荒田 武「名前の感じは女子だろうけど、ひょっとしてヤバイ女子か? まぁ、でも10年近く経てば化けてる可能性もあるしなぁ」
荒田 武「とりあえず誘うだけ誘っておきゃ良いだろ?全員声かけてないとバレると誰に文句言われるかわかったもんじゃないしな」
  彼はそう言うと、眠い目を凝らしてもう一度奮い立った。
  翌日
荒田 武「ダメだ・・・! 誰に聞いても覚えてないって返事かよ。 そんな事あるか普通・・・?」
荒田 武「ん・・・!? え、清津から・・・? って、コレ岡本さん家の住所じゃん!」
荒田 武「やるじゃんアイツ! さすが盗撮・・・じゃねぇや。 俺の師匠だな」
  早速、荒田は清津に「ありがとう」と返信を送った。
  しかし、返事は返ってこなかった。
  だが、最後の一人となっていたこともあり荒田は特に気にすることなく岡本友子が居るとされる住所へ急行したのだった。

〇廃墟の廊下
  ネオンがさんざめく都心からどれくらいの距離だろうか?
  その場所は都会っぽさが廃れた様なマンションが立ち並び、少し肌が冷えるような感覚を彼は直感的に感じた。
  郵便受けに「岡本」はなかったが、他に手がかりもない。
  荒田は足早に階段を駆け上がった。
「あった、この部屋だ・・・」
  他の部屋も回ったが『岡本』の表札はその部屋だけだった。
  もらった情報から考えても、目の前の部屋が『岡本友子』の住居である事は恐らく確実であろう。
「でも・・・、こんな時間だしなぁ・・・起きていないかもしれない・・・」
  と、思いつつ呼び鈴を鳴らしてみた。
「やっぱり出る訳ないか・・・。 仕方ねー、朝まで待つか」
  そこから去ろうと、踵を返した瞬間
  ガチャとカギの開く音がした。
  荒田は喜んだが、次には不安を心の中でグルグルさせた。
(どうしよう、怒らせたんじゃ・・・)
  こんな時間に起こされたのだ。
  相手が岡本ではなく、全く別人であったなら・・・ゲンコツの一発や二発食らうかもしれない。
  本人だとしても、機嫌を損ねてしまったのでは?とも思った。
  しかし、ドアはギィギィギィィとゆっくり隙間を作り・・・
  中から幽かに聞こえるかどうかわからない。恐らく、昼間なら雑音に掻き消されてなくなる程の細い声が漏れた。
「どうぞ・・・」
  なんとも生力のない女性の声だった。
  荒田は帰るのを止めて、体を捻る。
  荒田がある程度ドアに近付くと、ドアは急にバタンッと閉まった。
  当然彼はまだ部屋に入っていない・・・。
  少し抵抗があったが、思い切ってドアを開けた。

〇黒背景
  ドアはとても重く、中と外の気圧の違いか早く開かずわずかに自分がちょうど入れる程度開けるのが限界だった。
  部屋の中は暗く、右も左もわからない。
  荒田から2~3m離れた所に先程の声の主と思われる女性が立っていた。
  夏とは思えないほど足元から寒気がする。
  息の音さえ食らいつくすような静寂。
  何かが触れてくるような気配が漂う。
  彼女はうつむいたまま、言葉をあの生力のない声で再び呟き始めた。
岡本 友子「なん・・・ですか?」
「あっ・・・、え・・・っと・・」
  あまりの雰囲気に圧倒され「何ですか」と聞かれて、はて何だったか自分にもよくわからなくなっていた。
「えっ・・と。 あ・・・岡本さんっ・・・! ・・・だよね?」
  全力を尽くして、声を振り絞った。
  暗がりの奥で薄っすらだが、彼女が頷いた様に見えた。
岡本 友子「ええ・・・そうです」
  二人の間に再び静寂が広がる。
  荒田は突如として、立錐の余地もない絶壁に立たされたような恐怖を覚えた。
  何か音を発しないと存在が消えそうだ。
  会話の終わりに彼は激しい抵抗感を感じて、無理に会話を続けた。
「さっ・・・探すの大変だったんだ!」
  本音を言えば、所在もわかったし、一刻でも早く帰りたかった。
  しかし、会話を終わらせてはいけない。帰ってはいけないと言う自身にも意味のわからない脅迫観念に支配されていた。
岡本 友子「そうですか」
  会話が続かない・・・。
  薄暗い部屋に立ち尽くす二人。
  音と言う灯すらない闇。
  荒田の鼓動は意味なく臨界点へと跳ね上がり嫌な汗が額ににじむ。黙ってはいけない、彼は無理に声を絞り出す。
「あっ・・・っ・・・」
  話題を探しても見つかるはずがない。
  喉がつっかえてしまい、思考もままならない。
岡本 友子「ビデオ・・・」
  彼女はさき程より、ハッキリ通る声でそう呟いた。
  俯いているにも関わらず、声が真っすぐ届いたと思えるほど鮮明だった。
「えっ・・・?」
岡本 友子「ビデオ見て来てくれたんだ・・・」
  表情は見えないが、彼女の声の柔らかさからほほ笑んでいる姿が感じ取れる。
  見た・・・。確かにビデオを・・・。
  だが、それは他愛もないものだった。
  高校生の頃の、何人かで遊んだ時の・・
  懐かしかったが、それだけのものだ。
  それが同窓会を思い出すきっかけになったのは確かだが、彼女と一体何の関係があるのかがわからない・・・。
  違う、そうじゃない。
  彼女が誰かわからない。
  ビデオにも卒業アルバムにもいない。
  そう、岡本友子と言う同級生自体が・・
  グルグルと再生と巻き戻しを繰り返すように思い返す。しかし、そこに彼女がいない。どこにもいないのだ。
「うっ・・・。 あ・・あぁ・・・」
  なんとか返事を返す。
  もう、返事を返すだけで精一杯だ。
  早く去りたいのに、足の感覚が既にない。
  取り囲まれた闇に蝕まれたようだ。
  もう、首から下までそれが侵食してる。
  自分の絶え絶えな呼気も、いつ消えるかわからない。
  後ろへ下がろうと必死で思っているのに
  今にも走り出したいほどなのに
  体は全く言う事をきいてくれない。
岡本 友子「私の事覚えてる・・・?」
  突然の質問。
  声はさっきより近かった。
  近づいてきている。
  闇の中を一歩ずつ進んできているのか・・?
  覚えているかどうかで言えば、覚えていないと言うより、そもそも実在していたのかと思うほどに心当たりがない。
(さっきから何度も顔を思い出そうとしている。エピソードや噂の内容なんかも思い返している)
(でも、居ないんだよ! どこにも、どの場面にも! 1年から3年の間全ての記憶の中、そのどこにも居ないんだよ!)
「・・・・・・っ・・」
  言葉が出ない。
  岡本がもう目の前まで来ている事を肌で感じながら、荒田は音にならない声を飲み込んだ。
  冷たく重苦しいのに、ふわりと漂う闇。
  目と鼻の先程の距離に彼女が居るのに、吐息は聞こえず、物音すらない。
  彼女を思い出せば、それが光になる気がした。
  しかし、記憶を辿るほど曖昧になっていくと同時に絶望感がこみあげてくる。
岡本 友子「忘れたの・・・?」
  妙な優しさを含んだ声。
  その声がしたかと思った瞬間に、手の甲を冷たい何かが触れる。
「・・・っ!!?」
  手だ。
  自分の手を探っているように動く
  指の細い。小さく、冷たい手。
  その冷たさや感触は異常で。
  死んで体温を失った肉を連想させるような冷たさと、水のように曖昧な感触がする。
  あまりの恐怖で一気に汗が出る。
  しかし、手の甲を伝って這う指は一本ずつ自分の指の間へと入り込んでいく。
  冷たい手が自分の手を握った瞬間、体温が一気に奪われていく感じがした。
  手を握られたのと同時に、頭の中であのビデオがもう一度再生された。
  頭の中なのに、今そこで見ているように鮮明に思い出せている。
  途切れる部分がない。
  曖昧な部分すらない。
  だが、やはり彼女はいないと確信できた。
  映像に映る全員がもう誰か見当がつくのだから、そこに岡本友子がいないとわかる。
  ふと・・・。
  教室を映す映像の中で妙なものが見えた気がした。
  教室の隅で・・・一人座っているのは?
  手前では知っている同級生がふざけ合っているのに、その子は俯いたままだ。
「えっ・・・・」
  俯き方やその背格好に見覚えがある。
  目の前それだ。
  闇ではっきり見えもしないのに。
  そうだとしか言えないほど一致する。
(こんな子いたっけ・・・?)
(確かこの時、同級生全員を撮影したはずだ。勿論、休んでいた人も後日撮影して同じ動画の中には居たはず・・・)
  少しずつ彼女の顔が鮮明になっていく
  二つ括りのおさげ髪・・・。
  荒田は思わず息をのんだ。
岡本 友子「思い出してくれた・・・?」
  ゆっくりと顔を上げる彼女。
  頭の中で再生されてるビデオの映像とそれは完全にシンクロした。
「・・・・・・・~~~~っっ!!!」
  どちらの彼女も荒田を冷たく直視していた。彼は全てを思い出し、得体の知れない光景に声にならない声をおののいてあげた・・・。
  荒田は思い切り飛び出した。
  体中を壁にぶつけ転げまわりながら、路上に停めていた車へと走った。
  そして、ハンドルを慌てて握った瞬間。
  まるで糸が切れた操り人形の様に、全ての力が抜けたように前へ崩れ落ちた。
  もうすぐ闇が明ける。
  夜明けは寸前だった。

〇ファミリーレストランの店内
  翌日
  某ファミレス
  涼と恵はいつもの様にファミレスでウップンを晴らしていた。
旭川 涼「ちょ~さ、まじウザくない!? 専務の高村っ!!」
音川 恵「ていうかさぁ、NGだよね! 完全に”イッてよし”だよ」
旭川 涼「ほんとっ・・・それなっ!!」
  二人は顔を見合わせて笑いあう。
  涼はストローで氷をかき混ぜながら、今週末の予定について切り出そうとした。
  その時・・・
音川 恵「ん・・・? 何か来たっぽい」
  恵の元に一件のメッセージが来た
  名前は・・・風山・・・。
  しばらく彼女は誰かわからなかった。
音川 恵「風山・・・? って、誰だったけ・・・」
旭川 涼「かざ・・・やま・・・!? って、それ高校の時の・・・・!」
音川 恵「・・・・あっ!! かぁあぁ~~ざぁああ~~~~!」
「やぁぁ~~~~まぁああ~~っ!!」
旭川 涼「うわ~~~! 懐かしい!!」
音川 恵「ほんとうだ! 今のも、凄く久しぶりにやったね!」
  二人はしばらく笑いながら、同じふりを何度か繰り返して楽しんだ。
  まるで気分は高校生だった。
旭川 涼「で、なんて?」
  恵は先ほどのメッセージを涼に見せながら、意気揚々と言った。
音川 恵「今度”同窓会”やるんだって!!」
旭川 涼「おおっ! これは参加するしかないね!」
音川 恵「うん! さっそくみんなにも送っておくね!」
旭川 涼「てか、風山のアバターきんもぉ!」
音川 恵「ははははは! そうだ!服でも早速見に行こう!」
旭川 涼「良いねぇ~~!! 行こう行こう!」
  こうして、彼女たちは同窓会へと参加する事となった。
  特に何も起きない退屈な日常。
  同窓会の日へと、日々は過ぎていった。

〇おしゃれな受付
  ─同窓会当日─
  荒田と風山・新谷の呼びかけやSNSで同窓会の情報を共有したおかげか、ほとんど全員が参加する事となった。
  欠席者は三人・・・。
  クラスメイト全員の名前が書かれた名簿の3人が、まだ出席確認できていなかった。
  だが、誰も気に止めることは当然の様にない。
  当然といえば当然だ。こう言う集まりとかには必ず出席できない人や遅れてくる人がいるものである。
  むしろ、ほぼ全員のクラスメイトが集まれている事自体が昨今の同窓会と比べると珍しい状況と言えた。
矢島 天騎「おー!久し振りじゃん恵!!」
  一人の男が恵の方へやってきた、男はあまり顔が変わらないのですぐに誰かわかった。
音川 恵「ゲェ~あなた矢島君!? ずいぶん派手になったね・・・」
  金銀ダイヤの時計に高級スーツ
  ブランドもののセカンドバック・・・
  ホストでもやってそうな雰囲気だ。
風山 修「お前こそ人の事言えんのかよ? 化粧濃いぞw」
旭川 涼「ひょっとして風山君!? え~っウソッ~!?」
音川 恵「風山君どれくらい人を呼んだの? 風山君が幹事だよね?」
風山 修「もちろん、クラス全員呼んだ。 つっても、荒田が主催だから進行とか企画はわかんねぇけどな」
旭川 涼「荒田君? 来てないみたいだよ?」
風山 修「あれ?おっかしいな・・・・。 さっき荒田から動画送られてきたから、そこら辺にいるはずと思うけど・・・」
音川 恵「動画・・・?」
風山 修「多分、俺らが高校の時のヤツだよ。 携帯に送られてきたからまだ見てないんだけど、多分そうだろ」
旭川 涼「ま、その内姿見せるパターンでしょ!」
音川 恵「うん!そうだよきっと!」
  涼と恵が去った後、一人の女性が風山の腕をつかんだ
風山 修「!?」
荒田 綾子「ちょっと風山君・・・」
  彼女は目で裏へ行こうと合図した。
  風山は嫌な予感がしたまま、盛り上がる会場を後にした。
  会場では幹事がいなくとも勝手にカラオケやパーティゲームが横行していて、誰も二人が抜けたことを気にしなかった。
  長いテーブルを囲み旧友と語らう・・・変わった者、変わらぬ者、皆大人へとなっていた。店の人も忙しく料理を出し入れする。
荒田 綾子「ねぇ・・・。 さっき、武から動画がどうのって言ってなかった?」
風山 修「あぁ。 さっき動画送られてきたんだけど。 姿が見えないなってはなし・・・」
荒田 綾子「何言ってるのよ!!? そんな訳ないでしょっ!!!!?」
  突然、見たことも無い様な形相で彼女がそう言った為、風山は体が思わずヨロヨロとのけ反った。
風山 修「ま・・待てっておい! なんだよ急に!」
荒田 綾子「こっちが聞きたい事よ・・・! だって・・・武は・・・! もう居ないの!死んだのに!!」
風山 修「は・・・・? 荒田が・・・?」
荒田 綾子「そうよ・・・。 とっくに死んで居ないのに、動画なんて送れる訳がないのに・・・!」
風山 修「いやいや・・・! だって・・・。 て言うか、いつの話だよそれ・・・」
荒田 綾子「今日の同窓会の為に、所在がわからない人を探してたのは知ってるよね?」
風山 修「ああ、それは知ってる。 フラワーでやり取りしながら、全員に声かけられるように協力してたから・・・」
荒田 綾子「私にも途中までフラワーで連絡があったから、武が同窓生を探しに行ったのは知ってるの」
荒田 綾子「でも・・・。 最後の一人を探しに行くって言って、そこから連絡が途絶えた・・・・!」
風山 修「最後の・・・・ひとり・・・?」
荒田 綾子「岡本・・・友子・・・・!」
風山 修「岡本・・・・友子? あ・・・、確か荒田が誰か覚えてないか皆に聞きまくってた・・・・?」
荒田 綾子「ねぇ・・・。 誰なの岡本友子って・・・。 おかしいよ、そんな子居ないって!!」
風山 修「お・・・ちょっと待てよ!落ち着けってまず!!先に荒田の事を話してくれよ」
荒田 綾子「そうね・・・」
荒田 綾子「武から岡本友子について連絡があったでしょう?私にも同じ内容の質問がフラワーに来てたわ」
荒田 綾子「で・・・「ようやく居場所がわかった。これで最後だ。」ってメッセージが来てから一切返事が来なくなった」
荒田 綾子「次の日の夜・・・。 警察から連絡が来て、至急確認して欲しい事があるから・・・って」
荒田 綾子「呼び出された場所は病院で、既に武のお母さんやお父さんがそこには居たわ」
風山 修「そう・・・だったのか」
荒田 綾子「私は武と結婚していたから・・・。 警察から事情を聴かれながら、武が車の中で発見されたと教えられたわ」
荒田 綾子「車内で、ドアは空いているのにエンジンをかけようとしたまま。ハンドルに突っ伏す形で、目は完全に見開いていたって」
荒田 綾子「原因不明の変死って事になったけど。 私には何となくわかったの・・・。 きっと・・・武は・・・!!」
風山 修「や・・・やめろよ! ある訳ないだろ・・・たまたま・・・。 そう、たまたま不幸が・・・・」
荒田 綾子「じゃぁその動画は何なの!? 今日届いたんでしょ武から!!」
風山 修「た・・・多分。 武の携帯電話使って誰かが・・・」
荒田 綾子「誰が?何の為に?」
風山 修「見るか・・・・」
荒田 綾子「えっ・・・・?」
風山 修「ちょうど、この会場に携帯の動画を映してスクリーンで見られる機材がある。 会場ごと借りてるから、それで見よう」
荒田 綾子「本当に見るの?それ・・・。 そんな得体の知れないもの・・・。 手掛かりはあるかもしれないけど」
風山 修「そうだけどさ・・・。 そう言えば、荒田のヤツがビデオがどうのって言ってただろ?」
荒田 綾子「言ってた・・・。 でも、私が夜勤から帰ってきた時にはそれらしいビデオは見つからなかった」
風山 修「だったら、案外そのビデオの映像かも。 あいつならビデオの映像を動画にするぐらいは、何とかできそうだろうしな」
荒田 綾子「そうね・・・・。 この同窓会もそのビデオの映像がきっかけみたいだったから・・・」
荒田 綾子「気は進まないけど。 武が死んだはずなのに送って来たって言う動画に手掛かりがるかもしれないし」
風山 修「とりあえず、荒田の事は黙っておけよ。 関係が本当にあったかは、動画を見てから判断した方が良いと思うぜ」
荒田 綾子「そうね・・・。 武から動画が来たって聞いて、ちょっと冷静さを失ってたみたい・・」
荒田 綾子「動画を見るまでは、武の事は誰にも言わないでおくわ。 さ、さっそく行きましょう」

〇カラオケボックス(マイク等無し)
  伏し目がちに会場に戻る二人。
  そんな二人をよそに、会場は相変わらずの熱気で誰もそれに気づかなかった。
  風山もその空気に合わせるように表情を切り替え、モニター周辺の機器に近寄った。
音川 恵「あ!風山君! 風山君は何歌うの?」
風山 修「いや、歌じゃなくてちょっと。 荒田からもらった動画を見ようと思ってて・・・コレで良いかな」
音川 恵「荒田君?! 懐かしいな~~!」
旭川 涼「荒田君まだ来てないよね? 遅くない?」
風山 修「俺にも詳しい事はわからないんだけど 荒田のヤツから動画だけ送られてきて」
風山 修「この同窓会も荒田が急に言い出した事なんだよ。 だから、何か関係あるかもなって・・・」
  風山はあえて荒田がいなくなった事を伏せながら話を進めた。
音川 恵「動画は送ってきて今日居ないの? 何か企んでるのバレバレじゃん!」
  風山はお酒を口に流しながら
  青く凍え始めた表情を必死で隠し
  強張った口角で笑顔を取り繕った。
風山 修「あ・・はははっ・・・! そんな事ないって! 俺も中身知らないからな・・・!」
  場内に居た同級生らも集まってだした。
  「見ようぜそれ!」と煽りも聞こえる。
  それに釣られて更にみんな集まり出した。
  モニター前に人だかりができていく。
  その同級生達が笑いあう声を背にして
  風山は一人静かに設定を始めた。

〇教室
矢島 天騎「えーーっ・・・ いまぁ・・・・っ・・・ 何だっけ?」
  映し出されたのは高校時代の矢島で
  一気に会場内は笑い声に包まれた。
「げっ!俺じゃん!」
「うわ~~っ! 若っ!しかも噛んでるじゃん!」
  一同に笑いが込み上げる。
  それぞれ思い出を話し合ったり、映像の中の自分達を見て騒ぎ合っている。
(まるで・・・今日の日みたいだな・・)
  風山は一人作り笑いしながら
  映像の中と今を重ね合わせていた。
  撮影したような記憶もあるが
  しっかりとは思い出せない。
  だけど、懐かしい気持ちは溢れてくる。
音川 恵「えっと・・・今日は・・・ クラスのみんなで遊んでます!」
「恵かわいい!」
「これめっちゃ恥ずかしい!」
  赤面するような内容が次から次へ
  どれもこれも高校生らしいものだった
  会場の誰もがそれに見入っている。
(なんか心配して損したかもな。 こんな動画が見つかれば、確かに同窓会したくなるだろうし・・・)
(荒田の死があったから、変な方向に考えただけの事だろうなきっと)
  風山は一人そう結論付けると
  皆と共に談笑を始めた。
  綾子も半分呆れた様にふっきれ、皆と話し出すようになっていた。
「・・・あの子、誰だっけ?」
  突然眉をひそめて、そう呟いた。
  だが、誰もその問いに答えない。
  いや、わからないのだ。
「どの子?」
「ほら、あの奥の・・・」
  一人が立ち上がって画面を指さす。
  その指先は画面奥の左端に向かっていた。
  誰とも触れ合わず、大人しい暗闇を背に共有させている一人の女学生が居た。
「この中に居るーー??」
  しびれを切らした一人がみんなに向けて声をかけたが、誰も反応を示さなかった。
「ひょっとして・・・友子・・・?」
  その内、一人がそう呟くと
  話声や笑い合う声で溢れていた場内が
  一瞬静まり返った。
「・・・友子・・・・」
「そうだよ・・・多分」
  みんなそれぞれが思い出した様子だった
  だが、誰一人として喜んでいない
  実にばつが悪いと言った感じが漂う。
  ヒソヒソと話し合ったり、顔を伏せる。
  中にはまだ「誰だっけ」と
  思い出せ切れていない人も居た。
「ずっとあそこに居たの気付かなかった・・」
  ビデオのシーンは唐突に展開が変わり
  ちょうど友子が罰ゲームをするところで
  彼女を中心に映し出していた。
「はい!罰ゲームの時間です!」
  映像に合わせて場内からも拍手が起きる。
  妙な空気感が残りつつも、再び話し声や笑い声が場内で飛び交い出した。
  重く暗い表情で座っている友子。
  学生時代の罰ゲームだと、誰もが気軽にそんな感じでそれを見ていた。
  画面が切り替わり
  友子の顔が画面一杯に表示された。
  まるで、周りには誰一人も存在しない彼女の持つ孤独と言う闇に入り込んだかの様だった。
  今さっきまでしていたビデオの中の騒がしい声や音が途端になくなり、流れる無音が場内まで一気に飲み込んだ。
(え・・・っ)
  少し俯いた二つ括りの真面目そうな顔
  いつになく暗く、何も提示しない。
  誰もそれに反応ができない。
  無音の闇にその蒼褪めた顔だけがある
  動きが止まったように、それだけが映る。
  突然、そんな彼女の目の動きがおかしくなった。
  機能を失ったように乱れ、
  眉間の方にグググとよっていく。
  そうかと思うと
  今度はその理性のカケラもない黒目だけが中央で激しくブレ始めた。
  皆、その黒目だけを追い、沈黙したまま微動だにせず、異様な映像から目が離せない
  やがて、目は中央で焦点を完全に喪失した。
  次の瞬間、眉の上辺りがゆっくりと肉が裂けて血が溢れていく
  どこからともなくミチミチと肉が裂ける音が聞え、グググと顔がゆっくり上がる
  その次の瞬間だった
  ・・・ぃ・・・っ・・・イヤァァァ~~~ッッ!!
  4つの目がこちらを睨みつけてる
  ビデオの映像なのに
  目が合う感じがしてたまらない
「なっなんだよこれ!!」
  狼狽する一同
  叫びのような、呻きのような声を漏らし
  髪を振り乱したり、顔を必死で背ける。
  それでも残酷に映像は流れ続けた。
  目を逸らすことが出来ない
  どこに居ても彼女の視線が突き刺さる
「これ・・・何・・・?ねぇっ?!」
「しょうもねーっ! どうせ作り物だろ!」
  泣き出した女性陣を見て
  男達は手当たり次第に怒りをぶつけた。
  だが、誰もが顔を青く強張らせている
「なんだコレっつってんだよ!!」
「し・・・っ・・・知るかよっ!」
  やがて男達は行き場のない感情を
  動画を提案してきた風山に向けた。
  彼のせいだと言わんばかりに。
「もう良いって!! どうせ、まだ来てない荒田とかと 組んでやってんでしょ!ねぇ?!」

〇カラオケボックス(マイク等無し)
  一同が風山に詰め寄ろうとしていた。
  彼を取り囲むように人が集まる。
「どうしたの綾子・・・? さっきから・・・・」
荒田 綾子「もう・・・死んでるから」
「えっ・・・・?」
風山 修(やめろ・・! 言うんじゃない・・・!!)
  風山は止めるよう目で必死に呼びかける
  しかし、綾子はそれを見ても構わず
  睨み返すような顔つきで続けた。
矢島 天騎「死んだって何だよ・・・!? 誰が死んだって言うんだよ?!」
荒田 綾子「彼・・・武はもう死んでるの」
矢島 天騎「待てよ・・・・! 嘘だろそんなん!?」
音川 恵「綾子って・・もしかして荒田君と・・?」
荒田 綾子「うん・・・結婚してる。 高校の時から付き合ってたから。 みんなには言いにくかったんだけど・・」
荒田 綾子「その変な動画を見つけてすぐに同窓会を開こうとか言いだして・・・」
大輔 斗莉王「偶然って事はねぇのかよ・・・?」
荒田 綾子「動画を見てわかったでしょ・・・?! 武はみんなの連絡先を探してる中、いきなり変死したのよ・・・」
荒田 綾子「岡本友子を探すって言った直後に・・! みんな本当は思い出してるんでしょ?! どうしてこんな動画があるのかも!」
旭川 涼「もうやめてっ! イイ加減ウザイッて!」
  それまで静観していた涼は張り裂ける様な怒声を上げ、一同はそれに反応して彼女の方を振り向いた。
  怒りに満ちている涼の顔。
  恐れの波で体が小刻みに震えてくる。
  カタカタと青白く凍えて揺れている。
  会場は誰一人微動だにしない。
  動画の中では、過去の自分たちが対照的に盛り上がっている。
  誰も動けないから、永遠と無機質に動画が流れていて音声だけが会場に反響する。
  残酷な歓声が、幾度も静寂を切り裂く。
「友子・・・・・」
  友子が罰ゲームを受ける度に、動画の中で巻き起こっている異様な歓声。
  誰もがそれを直視できないでいた。
  会場に残っている空席に視線がいく
  全員が参加できる事なんて、そう簡単な話しではないのに異様に気になってくる。
音川 恵「今日来てないのって・・・ 荒田君と・・・友子・・・・。 後・・ひとりで全員・・・だね」
  恵は誰も座らない席を眺めて言った。
  クラスの人数分用意されている席
  それが3人分、空席のままだった。
橋田 勇晃「後ひとりは・・・清津君だよ・・・。 この動画の撮影者・・・」
風山 修「清津って、荒田と同じ写真部の?」
橋田 勇晃「そう・・・。 存在感は薄い方だっから、居ないの気付かれなくても仕方ないけどさ・・・」
矢島 天騎「来てないヤツが一人や二人どうした。 そんなのフツーだろ。 こんだけ揃ってるだけで凄いじゃん」
音川 恵「私思い出したよ! 確か荒田君あの日は急な休みで・・・ 変わりにカメラを回していたのよね?」
橋田 勇晃「そう・・・・。 で、この動画撮影してから死んだけどね」
矢島 天騎「は?ふざけんなよ・・・! 話を盛ろうとしてんなよ!」
橋田 勇晃「ふざけてないよ」
橋田 勇晃「動画見てわかってるんだろ!? 僕だってそうだよ・・・! 君も!みんなも!」
風山 修「恨み・・・なんて言うのかよ・・・?」
旭川 涼「変な事言わないでよ!」
大輔 斗莉王「いじめてたやつが言うなよっ!」
旭川 涼「本当ウザイッ! もういいかげんにして!」
音川 恵「ちょっと落ち着いてよ!」
旭川 涼「どうして、こんなくだらない事思い出さなきゃいけないのよっ!」

〇教室の教壇
旭川 涼「は~いタバスコジュース♪ 超おいし~んだから」
  さっきまで会場の笑い声を誘っていた動画の中の歓声が、狂気じみたものに変わり果てて一同を責め立てる様に響いていく。
  当時の自分たちが「いじめ」だとは
  一切思っていない。
  今、こうして客観的に見れるようになったから「いじめ」だったと感じるだけで
  あの頃は、誰もそう思っていなかった。
大輔 斗莉王「あ~あ~あ~!! 早く飲まないから!! アハハハハ!!」

〇ホールの広場
旭川 涼「みんな・・・いじめてたじゃん・・」
音川 恵「えっ・・・! 人の事言えんの・・・?!」
旭川 涼「あなたこそ・・・! みんなもそうだよ・・・」
  涼が冷たく睨み返すと、恵は何も言い返すことができずに顔を伏せてしまった。
  そのまま凍てつくような視線が全員に向けられていく、静かに鋭く。
  視線の氷針に貫かれ、誰も動けない。
風山 修「何がだよ・・・! やってたのお前だろ!!」
大輔 斗莉王「そうだ!涼! お前だけだろ!友子いじめてたの!」
旭川 涼「・・・・・」
旭川 涼「傍観者も・・・・同じよ・・・。 いじめをしてるのと・・・同じ」
  一同の怒りが涼に集まる中
  彼女の反論でその集中する怒りが一気に渦の様に回り出し、波立っていく。
  誰もが自分の責任ではないと
  自分は関係ないんだと言いたかった
  だが、涼の言葉がそれすら許さない
「なんでだよ・・・! 俺は何もしてねぇ・・・!」
「そうよ・・・! 私だって友子には何もしてないわ・・!」
旭川 涼「あなた達・・・・」
旭川 涼「ただ見ている事自体が 「イジメ」の参加者って事に・・・ どうしてわからないの・・・?」
「違う・・・いじめは・・・ いじめていたのは涼だよ・・・!」
旭川 涼「違うの・・・? みんなそうやって、違うと思ってる? じゃぁ、どうして止めなかったの?」
旭川 涼「あなた達は何もせずに見てるだけ。 そうやって楽な立場に居て、一緒に笑ってまでいたくせに・・何が違うの?」
「だから・・・・・」
旭川 涼「助けようとした?止めようとした? 直接手を出していなければ、 本当に無関係だなんて本気で思ってるの?」
旭川 涼「ねぇ・・・知ってる・・・?」
旭川 涼「関係ない顔して知らないふりをして・・・。 でも、それこそがイジメ・・・」
  涼の圧倒的な言葉の重みに
  誰も反論できず沈み続けた・・・。
  イジメを一つのゲームとして、誰もが遠目でそれを見ていた最低な過去。
  誰もがその過去を噛みしめていた。
風山 修「そう言えば・・・荒田のやつ・・ 全員に声掛けに行ってたんだよな・・」
  会場全体が重く沈みこんだ中、風山がふとそう漏らすと、みんな空席の方を見た。
  埋まらない空席は3つ・・・。
  荒田・・・清津・・あと一人は・・・
大輔 斗莉王「なぁ・・・全員声かけたんだよな・・ ・・・って事はさ・・・」
「やめてよ!!」
  誰もがそれを考えたくない様子だった。
  言ってしまうと現実になりそうな気がして仕方ない程、嫌な気配がしてきている。
旭川 涼「来るよ・・・。 来ていない三人のうち二人は死んでいる訳でしょ?最後の一人は友子しかいない」
  最悪の空気だ。
  会場内にはどうにもできない不穏さが沼の様に広がって、ドロドロと溜まっていく。
風山 修「な・・・なぁっ・・・! 一回これでお開きってどうかな? 後のヤツはもう良いだろ・・・?」
大輔 斗莉王「そ・・・そうだな! そうしようぜ!! 飲み直したい人とかは2次会で!」
  異様な空気で誰もが暗く佇んでいたが
  風山が出した咄嗟の提案に、みんなの顔が一気に変わっていった。
  蜘蛛の子を散らした様に、みんな最小限の挨拶程度で会場を去っていく。
  全てなかった様に、何も残らなかった。

〇綺麗なダイニング
風山 修「ただいま・・・」
東江 美香「おかえり~!」
風山 修「あ~疲れたよ!もう!」
  抱き合う二人
  風山は同窓会の後味悪い感じを消す為か、美香と長いキスをした。
東江 美香「あっそうだ・・・。 さっきね、女の人が尋ねてきたよぉ?」
風山 修「え・・・っ? 女の人・・・・?」
東江 美香「うん・・・・。 岡本友子って言う人」
東江 美香「ずっと下向いてて顔わかんなかったけど 知り合いな・・・」
  彼女の言葉はもう届いてなかった。
  つい先程の最悪が湧き上がり、フラッシュバックしたものに嗚咽がしそうだった。
東江 美香「・・・・って・・・!ねぇ?! 聞いてる?!」
風山 修「・・・え?・・・あ・・・うん。 ごめん・・・!」
  風山は我に返った。
  同級生の悪いいたずらの可能性もある。
  そう言い聞かせ、震えを必死で抑えた。
東江 美香「ねぇ・・・? 大丈夫・・・?」
風山 修「あ・・・あぁ。 同窓会でちょっと疲れただけだから」
東江 美香「あ・・・・。 そう言えばその女の人が・・・」
東江 美香「「最後に来る」って・・・ そう伝えてくださいだって・・・」
風山 修「さ・・・い・・・ご・・・?」
東江 美香「どう言う意味? まさか浮気相手じゃないでしょうね?」
  疑いながらもじゃれ様とする彼女。
  何とか応えようとするが、込み上げてくる恐怖で笑顔を作るのも上手くいかない。
風山 修(待てよ・・・・最後って・・・? って事は・・・他の人の所に・・・!? そうなると、一番最初は・・・・)
風山 修(涼・・・・!! まさか・・・・?!!)
  まとわりついていた美香を強引に引き剥がし、風山はスマートフォンを取る。

〇ファンシーな部屋
旭川 涼「ほんっと・・・今日は最悪だったわ ねぇ・・・聞いてるの・・・?」
「ごめっ・・・! バイトの休憩終わりなんだ! またな!」
旭川 涼「たくっ!何よ! 彼女の話の途中で切りやがって!」
旭川 涼「誰かな・・・・こんな時間に・・・」
旭川 涼「あの・・・・だれ・・・ですか?」
旭川 涼「あ・・・ちょっと連絡が・・・ 用なら後で・・・・」
「やっと会えた・・・」
旭川 涼「え・・・あの・・・ちょっと・・・」
「~~~~~~っ!!」
  目の前の女はゆっくりと顔をあげ
  その全てを彼女にさらけた。
  どこか遠くで鳴っている電話の音。
  崩れ落ちていく彼女を見下すように、一人の女が玄関に佇んでいる。
「私ね・・・すごく苦しんだの・・・。 もうダメなの・・・。 苦しくて苦しくて・・・」
「ねぇ?聞いてるの・・・? 本当に苦しい・・・死ぬより辛い・・・」
「私は今も・・・・あなたに イジメられっぱなしなの・・・。 ねぇ・・・謝って・・・」
「苦しくて苦しくて・・・ 私を楽にしてよ・・・ねぇ?」
「もう死んじゃったの・・・? もっと苦しんでよ・・・。 私はもっと苦しかったのに・・・ねぇ?」

〇綺麗なダイニング
風山 修「くそ・・・!出ない・・・! まさか本当に涼を・・・?」
東江 美香「もう!突き飛ばしておいて何なの? さっきから変だよ? 何かあったんでしょ?」
風山 修「いや・・・。 ちょっとゴメン。 行くところがあるから今日は・・・」
東江 美香「えっ・・・?! ちょっと・・・!」
東江 美香「もう・・・何だって言うの・・?」
「やっぱり浮気・・・? でも、顔が青くなってた気がする・・・ 何かあったのかな・・・」
  心配そうにする美香を置いて、風山は車を涼の家まで走らせた。

〇ファンシーな部屋
風山 修「ハァ・・・ハァ・・! 涼・・・涼っ!!」
  少し空いていた玄関から呼びかける。
  電気の消えた空間。
  手前側だけ物の輪郭が浮かんで見える。
  扉の隙間から揺らめくように漂う寒気。
  白んだ空気が足元に溜まっていた。
風山 修「涼・・・・・・・」
風山 修「・・・・っ・・・!」
  玄関から少し入った通路で、突っ伏して固くなっているものを彼は確認した。
  薄寒い空気が足元をすり抜けていき、小刻みに震えだすと、もう止まらなかった。
  見たくもないのに目を離す事ができない
風山 修「く・・・くそっ!!」
  風山は胸ポケットから携帯電話を取り出して恵にかけた。
  次は彼女なんじゃないか・・・
「もしもし・・・? どうしたの」
風山 修「恵・・・・良かった・・・ 大丈夫みたいで・・・」
「え・・・?何が・・・? どういう意味・・・・?」
風山 修「涼が・・・・死んでる・・・」
「え・・・・っ・・・」
風山 修「とりあえず俺が行くまで誰も家に入れるな!わかったな?!」
「う・・・うん・・」

〇女性の部屋
  呼び鈴が手招きをしている。
  恵は玄関のドアノブの前に立ち
  静かに汗をにじませていた。
  板一枚向こうに居るのは風山か・・・
  それとも・・・?
  怖くて扉を開ける事ができない
  再び鳴る呼び鈴は脅迫めいた感じだった。彼女は手をガタガタと震えさせ、冷たい汗をダラダラと流し硬直していた。
「俺だ・・・!恵・・・!!」
  風山の声だ・・・!
  彼女は一気に安心してドアを開け放った。
風山 修「はぁ・・はぁ・・・っ・・ 大丈夫だったか・・・!」
  風山は肩で息をしていた。
  よほど急いできたらしい。
  嫌な恐怖心が彼の顔を見て、彼女はどれほど和らいだだろう。
  今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「よかった・・・」
風山 修「え・・・っ? それはこっちのセリフだよ・・・」
音川 恵「うん・・・」
音川 恵「でも・・・ 本当に友子が・・・?」
風山 修「それは何とも言えないな・・・・ だけど、涼は確かに・・・」
「・・・・・」
風山 修「とにかくここを出て話さないか?」
音川 恵「うん・・・そうだね」

〇車内
「涼・・・本当に友子が・・・? ねぇ・・・教えてよ・・・」
  恵は携帯電話の液晶を見ながら
  目に浮かべた涙をポツポツと落としていた
「なぁ?恵・・・ 友子の住んでいる所って知らないか?」
「えっ・・・知らないけど」
  恵は風山の質問で涙が止まった
  まさか、友子の所へ行こうと言うのか?
  自分達に復讐しにきているのに・・・?
「同窓会開く為の参加者名簿である程度わかると思ったんだけど、載ってなくてな」
「うん・・・けど・・・ 私達狙われてるんだよ?」
「大丈夫・・・ 俺はどうやら最後らしいからな」
「俺はどうして俺が最後なのか・・・ それが知りたいんだよ。 友子の事も・・・」
  車の中は黙った二人をあざ笑うかの様にガタガタとした音だけを反復させていた。
「なぁ・・・ 友子って順番を守るやつだったか?」
「・・・多分」
  恵は風山の自信なさげな発言に、若干苛立っている様子だった。
  風山は口を固く閉ざして黙り込んでいる
「私達・・・・ 友子の事どうして忘れてるんだろね・・」
  言い知れぬ重圧感がシートベルトを固める様に二人に覆いかぶさる。
  キシキシと、息が苦しくなる程に
  涼は偶然死んだだけじゃないのか?
  本当に友子が復讐を始めたのか?
  迷いは車の速度に合わせて飛び交う
「で・・・どこに向かってるの?」
「俺の家に・・・・ っても、何かてがかりがある訳じゃ・・」
「荒田君のところは・・・?」
「・・・・! そうか・・・、この同窓会は荒田がみんなの居場所を探して・・・」
「じゃぁ・・・住所録は・・・」
「まずい・・・! もし住所録が友子の手に渡ったら・・・」
「どう言う意味・・・? もう涼の居場所がわかってるんなら 他の人の所だって知ってるんじゃ・・」
「いや・・・涼はいじめのリーダー的な存在だったから知っていたんじゃないか?」
「涼が言ってただろ・・・? 「いじめは見ていた人も加害者」って つまり、クラス全員が加害者だって・・」
「そんなのわからないよ・・・ でも、もし涼からだとしたら・・・」
「考えても仕方ない! 確かめるしかないだろ!!」

〇明るいリビング
「なんで誰も出ないんだ・・・!」
「綾子ちゃん・・・!! 私だよ・・・!綾子ちゃん!!」
  風山と恵は何度も呼び鈴を鳴らした。
  何の反応もなく、扉一枚を隔てた向こうに巣くっている闇が今にも溢れ出てきそうだ
「あ・・・開いてる・・・」
  風山が焦ってドアノブを回すと、扉は簡単に開いてしまった。
  光のない空間が一気に二人を包んでいく
「鍵がかかってない・・・?」
  風山はクツを脱ぎ、そろそろと手探りで電気のスイッチを探した。
  続けて恵も恐る恐る家に入った。
  家の中は二人の足音が異様に響くだけで
  人の残り香さえないようなほど静かだ
音川 恵「綾子ちゃん居る~~?」

〇明るいリビング
  恵の背後でスイッチを押す音がした。
  全てがされけ出された様に、床に倒れている綾子の姿が目に飛び入った
「・・・ぁ・・・や・・・っ・・」
  一点を凝視している綾子の目は、完全に瞳孔が開ききっていていた。
「私・・・死にたくない・・・」
  恵は涙を赤い目に潤ませた。
  立場が逆転した友子と自分達を惨めに痛感しながら・・・
「・・・ない・・・、住所録が・・・ 遅かったのか・・・!?」
「どうして・・・? どうしてこんな・・・・」
「こうなったらこっちから行ってやる・・ どうせ番が来るんだ・・・! 友子の居場所を・・・突き止めてやる!」

〇昔ながらの一軒家
  風山はある一軒家の前に居た。
  偶然、同級生の橋田から「ここかもしれない」と送られてきた場所だった
  卒業名簿も個人情報保護法で見れず、
  風山達にはほかに手掛かりがない。
  橋田はどうやら荒田経由で岡本友子の住所を知りえたと言う事だったが・・・。
  今は全くの別人が住んでいると言う事だ
風山 修(ここか・・・確かに・・・ 表札は「吉田」って書いてあるな・・・)
  これ以上の手掛かりがなかった為、風山は仕方なくその家の住人に話を聞こうと考えた
吉田 葉那「はい・・どちら様でしょうか・・?」
  夜遅くの訪問にも関わらず、全く嫌な顔せずその女の人は優しい笑顔で応対してくれた。
風山 修「すいません・・・、以前こちらに岡本と言う方が住まわれていたと思うんですが・・ 何かご存じないかと思いまして・・・」
  女性は明らかに「岡本」と聞いて反応を示していた。
  何か知っているのは間違いないようだ
吉田 葉那「すみません。 よそ様の事なんで、誰にでもお話しする訳にはいかなくて・・・」
吉田 葉那「岡本さんとはどう言ったご関係ですか?」
風山 修「えぇ・・・っと・・・」
  彼女のごく普通の問いかけに、風山はたじろぐしかなかった。
  自分の常識で考えてもこれはマズイ
音川 恵「同級生です・・・! 友子ちゃんとは・・・高校の時に一緒で」
  風山が返答に困っているところに、恵が絶妙なタイミングでそう言った。
  それを聞いて家主も表情が変わる
吉田 葉那「そう・・・高校の時の・・・ ここでお話しするのも何ですから どうぞ、上がってください」
  そっと微笑む彼女の後をついて行く二人
  フワっと舞う夏の風が、柔らかな草を抜けていくと夜空が少し青澄んで見えた

〇豪華なリビングダイニング
  彼女は二人を招き入れた。
  きれいなリビングにあるソファー。
  そこに二人は座るよう招かれた。
吉田 葉那「夫はちょうど一週間前から出張なんで、今は私一人なんです」
  ニコニコしながらコーヒーと茶菓子を並べて、彼女もソファーに腰をかける
風山 修「寂しくはないんですか?」
  全くどうでも良い質問を風山はしていた
  この家の雰囲気や、彼女の柔らかい空気感がそうさせたのかもしれない。
吉田 葉那「そうですね・・・。 でも、今月中には帰って来ますし・・・」
吉田 葉那「あっ、つい関係ない話を・・・」
風山 修「え、こちらこそ・・・」
風山 修「こんな遅くにお伺いして・・・。 すみません・・・」
吉田 葉那「いえ・・・ 確か岡本さんのお話しでしたね・・・」
  風山は緩みきった顔に緊張感を戻し、顔を引き締め直した
吉田 葉那「この家・・と言うか この場所なんですけどね 購入前に説明があったんですよ」
音川 恵「説明・・・・?」
吉田 葉那「前に住まれていた人の事・・・ 本来はそう言う話ってされないですよね」
吉田 葉那「だけど、しなければいけないケースがあるみたいなんです・・・」
  二人は黙っていた。
  物件購入の際に、前の住人についての説明がされるなんて事があるのかと・・・
吉田 葉那「お二人は心理的瑕疵と言う言葉は聞いたことがありますか・・・?」
音川 恵「しんりてき・・・かし・・・?」
風山 修「何らかの事情で欠陥や傷がある・・・ 「かし」って言うのは、傷とか欠陥とか そう言う意味だ」
音川 恵「じゃぁ・・・心理的って・・・?」
吉田 葉那「ここで一家心中があったんです・・・」
音川 恵「一家心中・・・?!」
吉田 葉那「不動産屋の方からそう言われました・・ 新聞にも小さいけど載ってしまったから 隠すことはできないからと・・・」
風山 修「その一家心中はいつ頃の話ですか?」
吉田 葉那「確か・・・大体今から十年ぐらい前で 大きな火事があったそうです。 犯人は母親と言う事らしいですが・・・」
吉田 葉那「詳しい話は不動産屋の方がご存じだと思います」
音川 恵「火事・・・って事は・・・ 火を放って・・・?」
風山 修「なぁ・・・十年ぐらい前だとすれば・・ 友子はその時に・・・?」
吉田 葉那「いえ・・・娘さんは無事だったらしく 大学へ通う為に引っ越したとか・・・ そこまでは不動産屋の方が話てくれました」
音川 恵「一家心中があったなんて聞いたら・・・ 私、住めないかも・・・」
吉田 葉那「普通そうですよね・・・ 私も最初はそうでしたが、不動産屋の方が良い方だったので・・・」
吉田 葉那「こんな話に難い内容を包み隠さず、ちょっと話過ぎかもしれないとは思いましたが 誠実さに安心して購入ができました」
風山 修「そうだったんですか・・・。 なら、不動産屋の方に話を聞いた方が もっと具体的にわかりそうですね」
吉田 葉那「そうですね。 私もこここを購入するに当たって受けた説明以上の内容は知らないので・・・」
風山 修「そうですね・・・。 ありがとうございました」
  風山は座ったまま軽く会釈すると、手をつけていなかったコーヒーを一口含んでから飲み席を立った
吉田 葉那「あ・・・そうそう。 ついこの間もあなた達と同じ様な感じで「荒田」と言う方が来られましたよ」
  帰ろうとしている風山を見送ろうとついて来ていた彼女がふとそう言った。
音川 恵「えっ・・・?」
風山 修「あ・・・荒田が・・・ここに・・・?」
風山 修「そうか・・・あいつも住所がわからないからここに来たって事か・・・」
音川 恵「とにかく不動産屋に行ってみない? もう、閉まってる時間だと思うけど・・・」
  恵の冷静な分析に、風山は少し慌てて止めていた足を再び出口へと向けた。
吉田 葉那「あの・・・一つよろしいですか?」
  背後からそう声がして
  出ようとする二人は再び足を止めた。
吉田 葉那「その岡本さんの事なんですが・・・」
吉田 葉那「心中事件で死体は母親しかあがらなかったそうなんです・・・」
風山 修「・・・・」
吉田 葉那「父親は心中事件の少し前に死んだらしくて・・・。長女は事件以後、誰一人その姿を見ていないそうなんです・・・」
風山 修「でしたら・・・ 死んだんじゃないんでしょうか?」
吉田 葉那「えぇ・・・、でも・・・。 住所の変更や大学の入学手続きはされたらしくて・・・」
吉田 葉那「火災後の家の処分や手続きはされたって言う話なんですよ・・・ だから・・・死んではいないと・・・」
  何か気味悪さを感じずにはいられない話だと二人は思ったが、深く考えないようにそれぞれ言い聞かせていた
風山 修「わかりました・・・詳しくは不動産屋の方から改めて聞いてみます。 色々とありがとうございました」
音川 恵「ありがとうございました・・・ おやすみなさい」
吉田 葉那「おやすみなさい」

〇車内
  二人は暖かさに満ちた家を名残惜しみながら後にした。
  しかし、車の中に戻った二人は再び顔を怖がらせていた。
  消去したいはずの話は、余計な想像を膨らませる材料でしかない。
「なぁ・・・恵。 どう思う・・・?さっきの話・・・」
  無言と無音に耐え切れなくなった風山は聞きたくないはずの質問をつい口から出してしまった。
「どうって・・・・」
  恵は顔をしかめ、体をビクっと震えさせてるとやや怒った感じを言葉に含ませていた。
「ちょっと言いにくいんだけどさ・・・」
「やめて!」
  風山が何を言おうとしているのか、恵にはすぐにわかる事だった。
  そして、それを口にして欲しくない。
「・・・・・」

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コメント

  • 作者さんの名刺代わりの作品というだけあって、そのままドラマになりそうな読み応えがあるプロットで、様々なテクニックが随所に駆使されている渾身の一作ですね。読者にはっきりとシーンを見せずに想像させることで際立つ恐怖感と、スチルで直接的に視覚に訴える恐怖感とのバランスが巧みでした。読み返すたびに新たな発見がありそうな作品だと思います。

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