ゴーストシンガー

深都 英二

読切(脚本)

ゴーストシンガー

深都 英二

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〇宇宙空間
椎名 蓮 「俺は今、人生最大の決断を迫られている」
椎名 蓮 「こんなはずじゃなかったのに・・・」
  すべてはあのDMから始まった──

〇SNSの画面
  1ヶ月前──
椎名 蓮 「ん?DMか?」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「ワールド・アメージング・ミュージックの葛見です」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「動画サイトの「歌ってみた動画」を見ました」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「ぜひうちの事務所でプロデュースさせてもらえませんか?」
椎名 蓮 「うそだろ!本当にこんなことあるんだ!」
  連絡してきたのは、葛見 和哉。
  数々の人気アーティストを手がけている有名音楽プロデューサーだ。
椎名 蓮 「おいおい!マジかよ!」
椎名 蓮 「これがスカウトってやつか!」
椎名 蓮 「やっと俺にもチャンスが来たぞ!」
  そこからは、とんとん拍子に話が進んでいった。
  事務所やレコード会社の人の反応も良かった。
  すべてが順調に進んでいる──
  そう、思っていた。

〇開けた交差点
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「蓮くんには、来年デビューしてもらおうと思ってる」
椎名 蓮 「ありがとうございます!」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「まずは業界や歌のことを学んでもらわないとな」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「そこで、今日は仮野 栄光(かりの えいこう)に会ってもらう」
椎名 蓮 「仮野 栄光・・・?」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「この業界じゃ知らない人はいないぐらいすごい人だ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「彼に色々と教えてもらうといい」
椎名 蓮 「はい!」

〇巨大なビル
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「ここがうちの音楽スタジオだ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「ここでレッスンをしたり、レコーディングをしている」
椎名 蓮 「でかっ!」
椎名 蓮 「すごいですね。さすがワールド・アメージング・ミュージックの音楽スタジオ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「うちは都内に複数の音楽スタジオを持っているが、ここに入れるのは「特別な人間」だけだ」
椎名 蓮 「そうなんですね!」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「さあ、早速中に入ろう」

〇大ホールの廊下
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「一番奥の部屋に仮野がいる」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「話は通してあるから、あとはよろしく頼むよ」
椎名 蓮 「え?」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「予定が詰まっててね。私は失礼するよ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「何かあったら連絡してくれ」
椎名 蓮 「わかりました」

〇無機質な扉
椎名 蓮 「ここかな・・・」
  トントンッ
椎名 蓮 「失礼します。葛見さんの紹介で来ました」

〇ラジオの収録ブース
仮野 栄光「ああ、君が例の・・・」
仮野 栄光「葛見プロデューサーから話は聞いてるよ」
椎名 蓮 「椎名 蓮です!よろしくお願いします!」
椎名 蓮 (この人が葛見さんが言ってた仮野さん?)
椎名 蓮 (普通のおっさんにしか見えないけど・・・)
仮野 栄光「早速だけど、ちょっとワンフレーズ歌ってくれる?」
椎名 蓮 「え?」
仮野 栄光「歌声を生で聞きたいんだ」
仮野 栄光「軽くサビだけでいいから」
椎名 蓮 「わかりました」
仮野 栄光「なるほどな」
仮野 栄光「たしかにピッタリな人選だ」
椎名 蓮 (褒めてもらえたのか・・・?)
仮野 栄光「ま、とりあえず座ってくれ」
椎名 蓮 「はい!」
仮野 栄光「じゃあ、改めて自己紹介をしよう」
仮野 栄光「俺は仮野 栄光だ。君の担当を任された」
椎名 蓮 「よろしくお願いします!」
仮野 栄光「それで?どこまで聞いてる?」
椎名 蓮 「え?」
仮野 栄光「君のデビューのことだよ」
椎名 蓮 「来年のデビューに向けて、業界や歌のことを勉強する必要があると・・・」
仮野 栄光「その通りだ」
仮野 栄光「だが、デビューといっても、普通のデビューじゃない」
椎名 蓮 「え?」
仮野 栄光「これを見てくれ」
  ダブレットには、若い男の宣材写真が映っていた。
椎名 蓮 「これは?」
仮野 栄光「そいつは、うちの事務所が売り出し予定の俳優だ。来年の夏に正式デビューする」
椎名 蓮 「へぇ・・・そうなんですね」
仮野 栄光「デビューと同時にドラマ主演。おまけに主題歌も歌うことになった」
仮野 栄光「だが、一つ問題がある」
椎名 蓮 「問題?」
仮野 栄光「こいつの歌は素人のカラオケレベルでな。プロの実力とはほど遠い」
椎名 蓮 「なるほど・・・」
仮野 栄光「そこで椎名くん」
仮野 栄光「君に白羽の矢が立った」
椎名 蓮 「え?」
仮野 栄光「君には、こいつの「ゴーストシンガー」になってもらう」
椎名 蓮 「え!」
椎名 蓮 「あの・・・すみません」
椎名 蓮 「ゴーストシンガーって何ですか?」
仮野 栄光「え!」
仮野 栄光「おいおい、ゴーストシンガーも知らないのか?」
仮野 栄光「葛見プロデューサーから何も聞いてない?」
椎名 蓮 「聞いてません・・・」
仮野 栄光「マジかよ・・・」
仮野 栄光「仕方ない。じゃあ説明するぞ」
椎名 蓮 「お願いします!」
仮野 栄光「ゴーストライターは知ってるだろ?」
椎名 蓮 「曲や歌詞を別の人が作るってやつですよね?」
仮野 栄光「そう。ゴーストシンガーは、それの歌バージョンだ」
椎名 蓮 「はい?」
仮野 栄光「歌の吹き替えをして、俳優やアーティストの代わりに歌う仕事だよ」
椎名 蓮 「え!何ですか、それ?」

〇コンサート会場
仮野 栄光「有名なのは、ミュージカル映画の歌唱シーンの吹き替えだな」
仮野 栄光「主演俳優の代わりに、歌が上手い別人が歌うってやつだ」
仮野 栄光「ゴーストシンガーはこの業界じゃ普通のことだ。別に驚くことじゃない」
椎名 蓮 「でも、あんまりそういう話って聞かないですよね」
仮野 栄光「公にしてないからな。業界でも未だにタブー視されてるし」
仮野 栄光「契約内容にもよるが、基本的にゴーストシンガーが表に出ることはない」
仮野 栄光「口止め料を含む契約金をたんまりともらってるからな」
椎名 蓮 「なるほど。「実は〇〇のゴーストシンガーです」みたいな暴露がないのは、そういう理由なんですね」
仮野 栄光「そういうことだ」

〇ラジオの収録ブース
仮野 栄光「本題に戻すぞ」
仮野 栄光「来年デビューする、この新人俳優」
仮野 栄光「さっきも言ったように、こいつの歌は売り物になるレベルじゃない」
仮野 栄光「でも、本人は俳優だけじゃなく、アーティストもやりたいと言ってる」
仮野 栄光「聞いた話によると、スポンサーのお偉いさんの「お気に入り」らしい」
仮野 栄光「つまり、何が何でも売り出す必要があるってわけだ」
仮野 栄光「そこで、ゴーストシンガーを使うことにした」
椎名 蓮 「それで・・どうして俺が?」
仮野 栄光「単純な話だ」
仮野 栄光「君は、こいつに声が似てる」
仮野 栄光「しかも歌が上手い」
仮野 栄光「君の歌声には、人を惹きつける魅力がある」
仮野 栄光「だから椎名くん。君をゴーストシンガーとして採用することにした」
椎名 蓮 「ちょっと待ってください!」
椎名 蓮 「つまり俺は、ゴーストシンガーとしてデビューするってことですか?」
仮野 栄光「そうだ」
椎名 蓮 「そんな・・・」
仮野 栄光「まあ、いきなり言われても驚くよな」
仮野 栄光「でも、そう落ち込むことじゃないぞ」
仮野 栄光「俺は長年ゴーストシンガーをやってるが、この仕事もなかなか楽しい」
椎名 蓮 「仮野さんもゴーストシンガーなんですか!?」
仮野 栄光「自分で言うのもなんだが、この業界で俺のことを知らない人はいない」
仮野 栄光「どのアーティストのゴーストシンガーをやってるかは、本人と一部関係者しか知らないけどな」
椎名 蓮 「そういえば、葛見プロデューサーが言ってました」
椎名 蓮 「本当にすごい人なんですね・・・」
椎名 蓮 「仮野さんは、誰のゴーストシンガーなんですか?」
仮野 栄光「・・・そうだな」
仮野 栄光「邦楽で好きなアーティスト、言ってみて」
椎名 蓮 「え?」

〇コンサート会場
椎名 蓮 「岡津 玄米(おかず げんまい)が好きです」
椎名 蓮 「「Gohan」は何度聞いてもいいですね」
椎名 蓮 「KINGAN(きんがん)もよく聞きます。「白目」は名曲ですよね」
椎名 蓮 「ボーカルの窓口 開(まどぐち あける)に憧れてます!」

〇ラジオの収録ブース
仮野 栄光「残念なお知らせがある」
椎名 蓮 「え?」
仮野 栄光「それ、歌ってるのは俺だ」
椎名 蓮 「・・・はい?」
仮野 栄光「そいつらは俺が吹き替えしてるアーティストだ」
仮野 栄光「歌声は全部、俺なんだよ」
椎名 蓮 「ちょ、ちょっと待ってください!」
椎名 蓮 「全部ってどういう意味ですか?」
仮野 栄光「そのまんまの意味だよ」
仮野 栄光「デビュー当時から俺が代わりに歌ってる」
椎名 蓮 「冗談ですよね?」
仮野 栄光「まあ、普通はそういう反応になるよな」
仮野 栄光「百聞は一見に如かず」
仮野 栄光「特別だぞ」
椎名 蓮 「え?」
  それは間違いなく、岡津 玄米の歌声だった。
  続けて歌ったKINGANの「白目」も、完璧な歌声コピーだった。
仮野 栄光「どうだった?」
椎名 蓮 「すごい・・・そっくりだ・・・」
仮野 栄光「そっくりも何も、俺が歌ってるんだからな」
椎名 蓮 「頭が混乱してきました」
仮野 栄光「表には出てこないが、ゴーストシンガーは確かに存在する」
仮野 栄光「俺みたいに複数のアーティストを掛け持ちしてるやつもいるしな」
椎名 蓮 「まさかそんな世界があったなんて・・・」
椎名 蓮 「未だに信じられません」
仮野 栄光「信じるも信じないも、事実だからな」
仮野 栄光「よく考えてみろ」
仮野 栄光「曲も歌詞も作れて、歌も上手いなんて天才が、この世にゴロゴロいるわけないだろ」
椎名 蓮 「そう言われればそうですが・・・」
仮野 栄光「君はどうやらこの世界に夢を見てるみたいだから、ついでに教えてやる」

〇ライブハウスのステージ
仮野 栄光「歌が上手いやつっていうのは、掃いて捨てるほどいる」
仮野 栄光「でも、そういうやつらがみんなデビューして売れるとは限らない」
仮野 栄光「歌が上手いのと、売れるっていうのは別物なんだよ」
仮野 栄光「どんなに曲が良くても、歌が上手くても、売れずに辞めていったやつらはたくさんいる」
椎名 蓮 「それはたしかに・・・」
仮野 栄光「もちろん、圧倒的な才能を持った天才はいる」
仮野 栄光「でも、売れるやつみんながそういうわけじゃない」
仮野 栄光「じゃあ、そういう「天才じゃない」やつらが売れるために必要なのは何だと思う?」
椎名 蓮 「やっぱり見た目とか運ですか?」
仮野 栄光「それも大切だが、それだけじゃない」
仮野 栄光「売れるために大切なのは、キャラクターとプロモーションだ」
仮野 栄光「どういうキャラクターで、どう売り出していくか」
仮野 栄光「商品と一緒だよ」
仮野 栄光「見せ方次第で、商品の売れ行きは変わってくるだろ?」
仮野 栄光「どんなに良い商品でも、売り方が悪かったら売れないのと一緒だ」
椎名 蓮 「商品って・・・」
仮野 栄光「アーティストは「商品」だよ。その音楽もまた然り」
仮野 栄光「消費者が金を払って音楽を消費する」
仮野 栄光「ビジネスなんだから、売れることがすべてだ」
椎名 蓮 「もっと夢のある世界かと思ってました」
仮野 栄光「残念ながら、君が思っている以上にこの世界はシビアだ」
仮野 栄光「自分の好きな音楽だけをやりたい、なんて甘い考えのやつは生き残れない」
仮野 栄光「ドラマなどのタイアップが絡んでくると、自分のやりたい音楽と全く違うものをやらなきゃいけない時だってある」
仮野 栄光「金をもらって音楽をやるっていうのは、そういうことだよ」
椎名 蓮 「厳しい世界ですね」

〇テレビスタジオ
仮野 栄光「あと、オーディションってあるだろ。受けたことある?」
椎名 蓮 「はい。何度か受けましたが、全然ダメでした」
仮野 栄光「気にするな。あれはいわゆる「出来レース」」
仮野 栄光「優勝者はすでに決まってることが多い」
椎名 蓮 「え?そうなんですか?」
仮野 栄光「もちろん本物のオーディションもある」
仮野 栄光「だが、話題性や宣伝のためにオーディションという形を利用しているものも多い」
椎名 蓮 「それは知りたくなかったな」
仮野 栄光「最近よくあるのは、動画サイトやSNSを使ったプロモーションだな」
仮野 栄光「動画サイトで素人の歌い手のフリをさせて、バズされてからデビューさせる、とかな」
椎名 蓮 「やらせじゃないですか!」
仮野 栄光「プロモーションだよ」
仮野 栄光「一度話題になれば、あとは勝手にSNSで世間が盛り上げてくれる」
仮野 栄光「みんな「バズったもの=良いもの」って思ってるからな」
仮野 栄光「人気があるもの、話題のものにすぐ食いつく」
仮野 栄光「その人気や話題が、実は仕掛けられたものだなんて疑いもせずに」
仮野 栄光「いいねの数や再生回数。それだけで音楽の良し悪しを判断するやつらが多すぎる」
仮野 栄光「まあ、おかげでプロモーションはやりやすいけどな」

〇ラジオの収録ブース
仮野 栄光「話が逸れたな」
仮野 栄光「ゴーストシンガーは業界では周知の事実だが、同時にタブーでもある」
仮野 栄光「だから、この話は決して漏らすんじゃないぞ」
仮野 栄光「間違ってもSNSなんかに書くなよ」
椎名 蓮 「わかってますよ・・・」
椎名 蓮 「そもそもゴーストライターですら、都市伝説的な扱いでみんな信じてないですし」
仮野 栄光「その通り。世間にとっては、目に見えていることが真実なんだ」
椎名 蓮 「でもそれって、騙してるってことですよね?」
仮野 栄光「騙してる?」
椎名 蓮 「ゴーストシンガーを使うってことは、本当は本人は歌ってないんですよね」
椎名 蓮 「それって騙してるのと同じじゃ・・・」
仮野 栄光「・・・」
仮野 栄光「世の中にはな、知らなくていいことがあるんだよ」
仮野 栄光「特にこの業界には、そういうことが山ほどある」
仮野 栄光「決して表には出ない、クレジットにすら載らない人の力で成り立ってることがたくさんあるんだよ」
仮野 栄光「アーティストは俺たちゴーストシンガーの歌で売れる」
仮野 栄光「俺らもアーティストが売れればそれでいい」
仮野 栄光「本当のことを明かしたところで誰も幸せにならない」
仮野 栄光「そうだろ?」
椎名 蓮 「でも、アーティストの人たちは不満じゃないんですかね」
仮野 栄光「不満?」
椎名 蓮 「ゴーストシンガーを使わずに、自分の声で歌いたいって思ってる人もいるんじゃないですか?」
仮野 栄光「そりゃ初めは渋ってたさ」
仮野 栄光「まあ、人によるがな。あっさりと受け入れたやつもいたよ」
仮野 栄光「でも、結局はみんな納得して受け入れている」
仮野 栄光「そうじゃなきゃ、この世界じゃやっていけないってことがわかってるのさ」
仮野 栄光「そのぐらい、この世界で売れるのは難しいんだ」
椎名 蓮 「そんな・・・」
仮野 栄光「それはゴーストシンガーにも言えることだ」
椎名 蓮 「え?どういうことですか?」
仮野 栄光「初めからゴーストシンガーになりたいやつなんていない」
仮野 栄光「当たり前だよな。自分が表に立って歌いたいに決まってる」
仮野 栄光「でもさっきも言ったように、どんなに歌が上手くても売れるとは限らない」
仮野 栄光「アーティストとゴーストシンガーは、複雑な利害関係で成り立っているんだ」
椎名 蓮 「なるほど・・・」
仮野 栄光「さ、ここまで聞いて、決心はついたか?」
仮野 栄光「ゴーストシンガーの話。君が思ってるより悪い話じゃないぞ」
仮野 栄光「俺はこの仕事に誇りを持っている」
仮野 栄光「アーティストを陰で支える仕事だ。やりがいもある」
仮野 栄光「ぶっちゃけ報酬もいい」
仮野 栄光「口止め料も含めると、人気アーティストのゴーストライターであれば年収1000万円も夢じゃない」
椎名 蓮 「ゴーストシンガーになったら、表舞台に出ることはできないんですよね?」
仮野 栄光「ああ。そういう契約だからな」
仮野 栄光「ただ、ゴーストシンガーとはいえ、プロのアーティスト」
仮野 栄光「動画サイトで歌ってる素人とは雲泥の差だぞ」
仮野 栄光「お遊びでこのまま楽しく音楽を続けるか、本気でプロのアーティストになるか」
仮野 栄光「よく考えるんだな」

〇宇宙空間
椎名 蓮 「俺は今、人生最大の決断を迫られている」
椎名 蓮 「こんなはずじゃなかったのに・・・」
椎名 蓮 「ゴーストシンガー・・・決して表には出ない、誰かの代わりの仕事」
椎名 蓮 「この話を受ければ、デビューできる」
椎名 蓮 「だけど、本当にそれでいいのか?」
椎名 蓮 「俺は・・・」

〇ラジオの収録ブース
仮野 栄光「決まったか?」
椎名 蓮 「はい」
椎名 蓮 「せっかくのお話ですが、お断りします」
椎名 蓮 「俺、歌うことが好きなんです」
椎名 蓮 「だからこそ、誰かの代わりじゃなくて、自分で歌を届けたい」
椎名 蓮 「自分の力で売れたいんです」
仮野 栄光「せっかくのデビューのチャンスを棒に振ることになるんだぞ。それでもいいのか?」
椎名 蓮 「デビューはしたいです」
椎名 蓮 「でも、ただデビューできればいいってことじゃないんです」
椎名 蓮 「この世界は、そんな甘いもんじゃないってこともよくわかってます」
椎名 蓮 「このまま音楽をやってても、成功する保証なんてどこにもない」
椎名 蓮 「それでも、諦めたくないんです」
椎名 蓮 「歌うことが好きだから」
椎名 蓮 「アーティストになるのは、俺の夢だから」
椎名 蓮 「どれだけ時間がかかってもいい」
椎名 蓮 「音楽と本気で向き合って、自分がどこまでできるか試してみたい」
椎名 蓮 「誰かのゴーストシンガーじゃなくて、自分の歌で売れたいんです」
仮野 栄光「・・・そうか」
仮野 栄光「わかった」
椎名 蓮 「色々と教えていただき、ありがとうございました」
椎名 蓮 「なんとかやってみます」
  椎名がゆっくりと立ち上がり、部屋を出ようとした。
仮野 栄光「待て」
椎名 蓮 「何ですか?」
仮野 栄光「合格だ」
椎名 蓮 「え?」
仮野 栄光「これが最終審査だったんだよ」
椎名 蓮 「一体どういう・・・」
仮野 栄光「ゴーストシンガーの話を持ちかけて、君が乗るかどうかを試していた」
仮野 栄光「君のアーティストとしての本気度を試したってわけだ」
椎名 蓮 「えー!」
仮野 栄光「君は自分の力で売れたいと言った」
仮野 栄光「その覚悟、気に入った」
仮野 栄光「合格だ。おめでとう!」
椎名 蓮 「じゃあ・・・デビューできるんですか?」
仮野 栄光「ああ。来年デビューだ」
椎名 蓮 「それは、ゴーストシンガーとしてではなく・・・」
仮野 栄光「君自身が、アーティストとしてデビューするんだ」
仮野 栄光「さっきも言ったけど、君の歌声には人を魅了する力がある」
仮野 栄光「自信を持っていいよ」
椎名 蓮 「ありがとうございます・・・!」
椎名 蓮 「でも、どこまでが本当の話なんですか?」
仮野 栄光「君をゴーストシンガーとして採用するって話以外は、全部本当だよ」
椎名 蓮 「え?じゃあ仮野さんが、岡津 玄米や窓口 開のゴーストシンガーってことも・・・」
仮野 栄光「あれは冗談だ」
椎名 蓮 「でも、歌声そっくりでしたよ」
仮野 栄光「あれは、あらかじめ録音した音源をこっそり裏で流してたんだよ」
椎名 蓮 「なんだ!やっぱりそうですよね」
仮野 栄光「後日、契約手続きをするから事務所に来てくれ」
仮野 栄光「今日はもう帰っていいよ。お疲れさま」
椎名 蓮 「本当にありがとうございます!」
椎名 蓮 「がんばります!」
  椎名は深々と頭を下げ、部屋を出ていった。
仮野 栄光「ふう・・・」
仮野 栄光「どうせそこから見てるんだろ」
仮野 栄光「ほら、出てこいよ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「あれ?何だ、バレてたか」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「いやー意外だったよ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「せっかくのゴーストシンガー候補だったのに」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「まさかアーティストとして採用するとはな」
仮野 栄光「不満か?俺に任せるって言っただろ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「いや、歌は上手いしな」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「合格でいいよ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「それに俺は好きだよ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「ああいうバカ正直で、真っ直ぐなタイプ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「この世界は、裏のあるやつばっかりだからな」
仮野 栄光「そうだな」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「でもお前は、ああいうの苦手なタイプだろ?」
仮野 栄光「苦手だよ。昔の俺を見てるようで」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「ああ、お前も昔はあんな感じだったもんな」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「「歌が好きなんです!」「俺の歌で売れたい!」ってキラキラした顔でさ」
仮野 栄光「・・・昔の話だ」
仮野 栄光「あいつには、俺と同じ道を歩んでほしくない」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「いいのか?本当のことを言わなくて」
仮野 栄光「世の中には、知らない方が幸せなこともあるんだよ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「それもそうだ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「あいつ、この世界でやっていけると思う?」
仮野 栄光「さあな。それを何とかするのがプロデューサーの仕事だろ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「もちろん。責任を持って売り出すつもりさ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「で、この「お気に入りくん」のゴーストシンガーはどうする?」
仮野 栄光「めんどくせーな。どうせ社長からの頼みだろ?」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「そう。社長から「よろしく」って言われちゃってるんだよね」
仮野 栄光「ゴリ押しってバレない程度にやれよ」
仮野 栄光「最近は世間もそういうのに敏感だからな」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「ゴリ押しでもしないと、売れないんだよ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「歌が下手なくせに、本人はアーティスト気取りだからな」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「まあ、主題歌を歌わせて、一発当てさせれば満足するだろ」
仮野 栄光「まったく理不尽だよな・・・」
仮野 栄光「コネのあるやつが簡単に売れて、本当に実力があるやつが売れずに消えていくなんて」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「何を今さら。世界は生まれた時から理不尽なんだよ」
仮野 栄光「そうだな・・・」
仮野 栄光「まあ、安心しろ。もうこいつの歌声コピーは完了してる」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「さすがだな!」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「やっぱり頼りになるよ、仮野先生!」
仮野 栄光「その呼び方、やめろ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「別名「人間変声機」」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「一度声を聞いただけで、対象人物の声質や話し方、歌声まで完全にコピーできる能力」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「お前は、この業界には欠かせない存在だよ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「お前がどれだけのアーティストを支えているか世間が知ったら、大ニュースになるな」
仮野 栄光「そんなことになったら、俺もお前も消されるけどな」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「ハハッ!それはそうだ!」
仮野 栄光「さ、俺はこれからライブで忙しいんだ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「さすが売れっ子のゴーストシンガー」
仮野 栄光「お前はこれから、あの椎名 蓮をしっかりサポートしてやれよ」
仮野 栄光「あいつが売れるのはお前次第だからな」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「ああ、わかってるよ」
  仮野が部屋を出ていった。
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「ちゃんと売りますよ」
葛見 和哉(音楽プロデューサー)「うちの大事な「商品」だからね」

コメント

  • 芸能人は私達に夢を売るのが仕事といいますが、できればアーテイストの歌声は売り物としてとらえたくないですね。ただ誰かの歌声に心癒されるとすれば、その人の姿などはどうでもいいことかもしれないですが。真実と隠された真実がうまく交わって、とてもいいお話でした。

  • 彼の歌うことに対する真っ直ぐな想いに、私もとても共感して、応援したくなりました。華やかな世界では偽りも多いのでしょう。しかし本物であれば、それを超えることができると信じています。

  • 本当にありそうな話で、とても面白かったです!どこまでが真実かはわかりませんが、多かれ少なかれ芸能界はなんらかの力が働いてたりするんでしょうね!知らなくていいこともたくさんありそうです笑

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