三毒の道(脚本)
〇渋谷の雑踏
この世は、毒に満ちている──
×××「毒を・・・ 毒をくれ・・・」
〇アパレルショップ
貪欲な女「あのワンピース、いいわねぇ。 頂くわ」
店員「ありがとうございます」
貪欲な女「あとは、これと・・・あ、そのネックレスも いいわね」
店員「こちら、ザンビアのエメラルドのみで 作られたネックレスでして──」
貪欲な女「頂くわ。 じゃ、お会計してくださる?」
店員がクレジットカードをスキャンすると、
残高不足のエラー音が鳴った。
店員「申し訳ございません・・・ こちら、お使い頂けないようでして」
貪欲な女「ええっ!? そんなはずは──それじゃ、このカードで」
店員「すみません、こちらも・・・」
貪欲な女「そんな・・・ じゃあ、ちょっと待っててちょうだい」
店員「お、お客様!?」
〇銀行
貪欲な女(すぐに新しいカードが作れて良かった。 限度額まで引き出したし、安心ね)
貪欲な女「ほんと・・・ 欲しいものがたくさんあって困っちゃうわ」
×××「そうだ、もっと・・・ 貪るのだ・・・」
貪欲な女「うふふ・・・」
〇ホストクラブ
キャバ嬢「えーっ! これ、限定のやつじゃん。 もらっていいの?」
嫉妬深い男「もちろんだよ〜。 キミもナンバーワン目指すならこれぐらい 持っておかないと」
キャバ嬢「やだ〜嬉しいんだけど! ありがとう〜超大事にする!」
女は男の手を握った。
嫉妬深い男「はわわ・・・」
金持ちの男「おーい、早くこっち来いよ」
嫉妬深い男(なっ・・・!? なんだコイツ、急に割り込んで・・・)
キャバ嬢「あーん、ちょっと待ってて? いまプレゼントもらって──」
男はおもむろに女の胸元に札束を
差し入れた。
金持ちの男「プレゼントがなんだって?」
キャバ嬢「なんでもな〜い。 すぐ行くねっ」
嫉妬深い男「・・・・・・」
〇ビルの裏
嫉妬深い男「あークソッ!!!!!! 何なんだよアイツ、金持ちだか何だか 知らねーけど・・・」
嫉妬深い男「オレはあの娘の最初の客なのに。 これまでいっぱいプレゼントだって・・・」
嫉妬深い男「オレが・・・!! オレのほうが好きなのに・・・!!!!!!!!!!」
×××「瞋(いか)るのだ・・・」
〇男の子の一人部屋
無知な男「『ドブスのクセにブランドバッグ持ってんじゃねぇよ』」
無知な男「『お前みたいな人生送るぐらいならコバエのほうが幸せだわ』 ・・・っと」
無知な男「へへへ・・・ 感謝しろよ、僕がわざわさわ教えてあげたんだから」
×××「愚かなり・・・」
〇モヤモヤ
こうして──
ある者は貪り続け、その欲望に苦しみ・・・
ある者は瞋りの炎で身を焼き・・・
そしてまたある者は愚かさにより
身を滅ぼす・・・
×××「それでよい── いや、それがよいのだ」
×××「我を形成するのは、人間どもの毒・・・」
〇屋上の端
×××(貪瞋痴を垂れ流す者どもの多いことよ)
×××(こうして三毒を得た我は、 ますます力を増して──)
カサッ・・・
×××「・・・?」
???「あっ!!」
×××(子供・・・? しかし、我の姿は見えぬはず)
???「いたー!!」
×××「・・・?」
子供は駆け寄ると、×××の毒々しい身体に
躊躇することなく抱きついた。
×××「・・・っ!!」
???「やっと会えたね。 ずっと探してたんだよ?」
×××「我を? となると・・・ただの小童ではないな」
×××「貴様、一体──」
凛音「きさま、じゃない! 凛音でしょ」
×××「・・・・・・ 何の用だ」
凛音「迎えに来たの。 おうちへ帰ろう?」
×××「おかしなことを言う小童だ。 我に棲家などあるものか」
×××「あるとすれば、この世── 貪瞋痴にまみれたこの世こそが我の棲家よ」
凛音「・・・凛音と帰るの、やだ?」
×××「話の分からぬ者だ・・・ やはり小童は好かぬ」
凛音「きらい?」
×××「・・・ああ、嫌いだ」
凛音「・・・ひっく・・・」
×××「ふん、そのように泣いたところで 何も変わりはせぬぞ」
???「じゃあ、これは?」
×××「・・・!?」
×××「貴様は──」
凛音「久しぶり。 元気だった?」
×××「・・・・・・」
凛音「ちょっと、そんな怖い顔しないでよ」
×××「・・・何の用だ。 また我に説法でもするつもりか?」
凛音「あはは、説法だなんて──」
凛音「・・・・・・ やっぱり、思い出せないのね」
×××「・・・?」
凛音「あなた、自分のことどう思ってる?」
×××「なんだ、藪から棒に」
凛音「いいから答えて」
×××「答える義理などない」
凛音「・・・じゃあ、あなたが本当は人間だって 言ったら?」
×××「何?」
凛音「あなた、本当は人間なのよ」
×××「くだらぬ。 貴様の妄言に付き合う気はない」
凛音「妄言って──」
×××「失せろ」
凛音「くっ・・・すごい毒気・・・」
×××「人間の身体では数分と保たぬぞ」
凛音「人間の身体ならね」
×××「──!?」
凛音「あなたにはどんな風に見えて── ううん、聞くまでもないわね」
凛音「その顔を見ればわかる」
×××「貴様もこちら側だったのか」
凛音「だった、よ。 正確にはね」
凛音「・・・っ、はぁ・・・」
×××(一体、これは──)
凛音「お願い、目を覚まして。 穢れた言葉や感情に流されないで」
×××「・・・・・・」
凛音「思い出して! あなたの名前は──」
×××
×××「!!」
×××「わ・・・ われ・・・」
×××「お・・・お・・・」
×××「お・・・俺は──」
〇ホールの舞台袖
観客の歓声。
熱気に包まれたステージ。
スポットライトをその身に浴びて、
激しいパフォーマンスを繰り広げている
彼らを──
俺は、こうして舞台袖で眺めている。
──ドンッ。
×××「あっ──」
蒼波 星耶「おい、そんなトコで突っ立ってんじゃねえよ」
×××「す、すみません!」
蒼波 星耶「・・・お前、次出番?」
×××「い、いえ・・・ 袖で勉強させてもらってて・・・」
蒼波 星耶「なぁんだ、そっか。 なら──」
蒼波 星耶「邪魔だから引っ込んでろよ」
×××「・・・!!」
蒼波 星耶「どうせ台詞ねぇんだろ? つーか、役名だってねぇじゃん」
×××「そ・・・それは・・・」
蒼波 星耶「あ。 つーかオレ、お前の名前も知らねぇわ」
×××「あ! 俺、名前は──」
蒼波 星耶「どけ、名無し」
×××「・・・・・・」
蒼波がステージに登場すると、
歓声がさらに大きくなる。
×××(名無し、か・・・)
〇劇場の舞台
演出家「ストップストップ!!」
演出家「そこの──おい、お前! お前だよ、原始人のやつ」
×××「あっ── は、はい!」
演出家「主役より目立つなよ。 お前の舞台じゃないんだからさぁ」
×××「は・・・はい・・・ すみません」
演出家「っていうかこの場面──」
演出家「よし、お前もういいや」
×××「えっ?」
演出家「いいっつってんだよ。 はい、お疲れー」
×××「や、その・・・ 僕この役がもらえて嬉しくて──」
演出家「はぁ?」
×××「で、ですから、その・・・ 舞台に上がりたいんです!!」
演出家「聞こえなかったのか? いらねぇんだよ、お前」
×××「──っ」
〇女性の部屋
×××「・・・・・・」
???「ただいまー」
×××「・・・おかえり」
凛音「えへへ、面倒くさいから制服のまま 帰ってきちゃった」
凛音「廃棄のお弁当もらってきたから食べよ」
×××「・・・俺は、いいや」
凛音「えっ、大丈夫? 体調悪い?」
×××「いや・・・」
凛音「あ、稽古がハードとか? 殺陣とかあるんだっけ」
×××「・・・・・・」
凛音「公演日、バッチリ休み取ったからね」
×××「・・・出ないよ」
凛音「えっ?」
×××「俺・・・出ない。 出なくていいんだって」
凛音「そんな・・・! だって、役もらったときあんなに喜んで──」
×××「名無しだから、俺」
凛音「・・・え?」
×××「役名だけじゃなくて、役者としての俺も 名無しなんだ」
×××「誰にも覚えてもらえない俺は・・・ いてもいなくてもいいんだよ」
凛音「そんなことない!」
凛音「そんなこと・・・ないもん・・・」
×××「・・・・・・」
〇屋上の端
×××「・・・・・・」
『蒼波くんの舞台、楽しみー!』
『チケット争奪戦だよね』
『転売ヤーまじ滅びろ』
『星耶って彼女いるってホント?』
『はーまじウザ』
『朝起きたらアイツ死んでないかな?』
『タヒね』
『生きてるだけでメーワクなんだって』
×××「はは、ドロドロしてんなぁ・・・」
俺はスマホを放り投げた。
×××「・・・・・・」
×××「はは、人間なんてそんなもんだよな。 ドロドロしてるやつばっかで──」
×××「・・・なんて、分かってるつもりだったのに」
柵を乗り越えて、深く息を吐く。
一気に高さを感じて足が震えた。
〇女性の部屋
大好きだよ
〇屋上の端
×××「ごめんな、凛音・・・」
×××「でも俺もう、無理なんだわ・・・」
苦しみからの解放・・・
いや、それだけじゃない
こうすれば、アイツらは・・・
嫌でも俺の名前、見ることになるから──
〇屋上の端
×××「・・・・・・」
凛音「あなたを失って、私もあなたと同じ道を 辿ったわ」
凛音「それが、さっき見せた姿よ」
×××(堕ちた、ということか)
凛音「あなたがそうなってしまったように・・・ 私もあなたと同じ怪人になろうと思ったの」
凛音「でも──」
凛音「それじゃ、あなたの魂を救えない・・・ だって私が好きなのは×××だもん」
凛音は怪人の名前を口にした。
だが──
×××(・・・分からぬ)
怪人の耳には届かない。
×××(だが、先ほど脳裏に浮かんだのは── あれは我の記憶なのか?)
凛音「・・・私、諦めないから」
×××「・・・?」
凛音「あなたを取り戻すまで、私は──」
凛音「あなたと戦う」
×××「──!!」
×××「・・・フッ」
×××「ならば、我も応えよう。 ひとりの怪人として──」
かつての恋人と対峙した名もなき怪人
彼が歩むのは、解毒の道か?
それとも、さらに深い三毒の道か──
煩悩の中でも強いのが「心の三毒」=貪瞋痴ですね。他にも「五欲」や「十悪」があるので、世の中の悪を食らって強大化する怪人トリオのストーリーでも始まるかと思いきや、凛音の登場により優しい着地でほっとしました。毒を消滅させることはできなくても愛情で薄めることはできるかもですね。
欲の多さは人間の悲しい性ですね。時に欲は向上心ともなりうるだけに、自身でその欲情を上手くコントロールすることが必要なんだなあとあらためて感じました。
人間である私達は承認欲求も含め常に様々な欲求を抱えて生きている。それは、時には向上心だったり希望という明るい道に繋がるが、彼のように自滅に追い込まれることもある。考えさせられる深い作品でした。