透明色の raison d'etre

いしころ

烏羽(脚本)

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〇大きな日本家屋
  翌朝──
月白雪乃「着いたよ、烏羽邸」
浅葱明日香「うっわ・・・ すっごい大きな家・・・!!」
  圧倒的な存在感を放つ、歴史を感じさせる趣のある巨大な邸宅。
  門からこの玄関にたどり着くまでにとても広い庭をだいぶ歩いた。
  スーツ姿の男達が、そこかしこで睨みを効かせてくる。
浅葱明日香「歓迎は・・・されてないみたいだね・・・」
月白雪乃「アレが基本だから、あんまり気にする必要ないよ。 ちゃんと許可は取ってる」
烏羽組構成員「月白さん、お疲れ様です。 お嬢の元へ行く前に、頭領の元へ顔出して行ってください」
  そう言うと、男はジロリと明日香の方へ視線をやった。
烏羽組構成員「・・・また新顔ですか。 素性は知れているんでしょうね? お嬢に何かあったら──」
月白雪乃「ご心配なく、うちの班員はみんなちゃんとしてる子達なので。 それに・・・」
月白雪乃「万が一誰かがあなた達の『お嬢様』に手出ししようとしたら、あなたのところの『式』が黙ってないでしょう」
  雪乃の毅然とした態度は、男に言葉を飲ませるのには十分だった。
  男はスーツの襟元をわざとらしく正すと、頭を下げた。
烏羽組構成員「・・・失礼しました。 一応の確認という事でひとつ、ご容赦いただければ。 どうぞ、こちらへ」
月白雪乃「これも、おおよそいつものお約束の流れ」
浅葱明日香「えええ・・・」
「さ、行こう」
  雪乃に続いて、灯も烏羽邸へと入っていった。
  圭子は庭で、体格の良い男と何やら話し込んでいる。
  露骨に向けられる警戒や敷地内に居る男達の屈強な姿に圧倒され萎縮しそうになる自分を、明日香は頬を両手で叩くことで律する。
浅葱明日香(私のドッペルゲンガーの噂を知っていた人たち・・・ 今日色々話を聞けば、また何か分かるかもしれない)
浅葱明日香(行こう)
  拳を握り込み、雪乃の真似をするように背筋を出来るだけ伸ばして明日香も雪乃、灯に続いた。

〇屋敷の大広間
  烏羽邸 応接の間
  長い廊下を歩き、この屋敷の主人たる烏羽家当主に会うための応接の間に足を踏み入れたその瞬間。
  どこよりも張り詰めた空気に、部屋の最奥部に座る人物の威厳を否応無しに肌で感じさせられた。
月白雪乃「こんにちは、頭領。 公安隊遊撃部隊13班班長、月白雪乃、以下3名、お邪魔しております」
月白雪乃「明日香ちゃん、この方が、この辺一帯の行き場のない能力者とかをまとめてる烏羽組の頭領、烏羽大和さんだよ」
烏羽大和「1週間ぶり位か、月白さん。 話は部下から聞いた、例のドッペルゲンガーの片割れ、捕まえはったんやと?」
  不思議なイントネーションで紡がれる言葉は棘は感じずとも重みがあり、じっくりと圧に押し潰されるような錯覚さえ覚えた。
月白雪乃「捕まえたは語弊がありますね。 保護して、現在はうちの班に所属してもらっています」
烏羽大和「噂話ばっかり集める酔狂な公安隊員と思うてたけど、運だけはいいみたいやな」
月白雪乃「お陰様で。 彼女が、そのドッペルゲンガーの当事者の、浅葱明日香ちゃんです」
月白雪乃「譲っていただいた、火薬式の銃は彼女に使ってもらっています」
浅葱明日香「こ、こんにちは」
烏羽大和「はい、こんにちは。 なんや、えらい普通の子やな 旧式の銃使うなんて、どんな独特な子かと思ったわ」
烏羽大和「この子が、月白さんの探してた手掛かりになるんかいな」
  言葉選びはむしろ軽い方なのに、少しも男には隙というものが見られない。
  明日香は緊張で嫌な汗が背中をつたうのを感じた。
月白雪乃「それはまだなんとも。 彼女自身、ドッペルゲンガーの件は何も知らず、突然巻き込まれたような形みたいなんです」
烏羽大和「それで、噂の出所である『烏羽』に話をもう一度聞きに来た、いうことやな。 もう話はまとめて式に持たせた」
月白雪乃「はい。 度々すみません、ありがとうございます」
烏羽大和「別に何遍来ても構いはせんのやけどね、月白さんよ」
烏羽大和「そっちの用事ばっかり追いかけて、ウチとの交換条件、忘れてもろたら困りますよって。 そのあたりだけ頼むよ」
月白雪乃「それは勿論! そっちもちゃんと動いていますので!」
烏羽大和「そーか。 そんなら、ええわ」
浅葱明日香(交換条件・・・?)
  心当たりのない単語に僅かに首を傾げた明日香の様子を目敏く見つけた様子で、頭領は雪乃へわざとらしく話しを振った。
烏羽大和「ところで月白さん、あんた、ドッペルゲンガー探しの件もウチとの交換条件の件も、なーんも部下に話とらんみたいやね?」
月白雪乃「っ、・・・ つい昨日それで失敗をして、みんなに怒られてしまいました。 あとできちんと全て説明しますので、ご心配なく」
烏羽大和「頭が考えとる事を必ずしも全部部下に話さなあかんわけと違う。 ただ、隠してる事を悟られたら、信用は一気に底につく」
月白雪乃「はい・・・ なので、私は隠さず全部話す事を選ぶことにしました。 頭領のようには、どうも、いかないようなので」
烏羽大和「おや、私が何か隠しているかのような言い草やね? ・・・まぁええやろ。 今日はゆっくりしていき」
月白雪乃「ありがとうございます」
烏羽大和「旧式の銃を使う物好きなんてもうそんなに居らんし、また弾と別の銃を式かその辺の部下に預けとくわ」
烏羽大和「帰りに受け取っとき」
月白雪乃「それは助かります。 何から何までありがとうございます」
烏羽大和「それでは私はこの辺で。 月白さん、おきばりやす」
  ゆっくり立ち上がり退室する頭領の後を、数名の構成員が付いていった。
  張り詰めていた空気はあっという間に緩み、明日香は久しぶりに存分に空気を吸いこんだ。
月白雪乃「良かったね、明日香ちゃん。 使える銃が増えるよ」
浅葱明日香「もっと怖い人だと思ってたけど、案外と友好的だった・・・ ・・・威圧感はすごいけど」
蘇芳灯「実は私もまだあの威圧感には慣れません・・・」
月白雪乃「あ、あはは・・・ まぁでも、それくらいじゃないと烏羽組の頭領は務まらないんだよ、多分」
蘇芳灯「明日香さんの銃の出所も、ここだったんですね」
浅葱明日香「私はてっきり、公安の備品かと思ってたわ」
月白雪乃「基本、本部は遊撃部隊にはリソース割いてくれないし、そもそも旧式の銃なんてものはもう倉庫にも眠ってないでしょうからね」
月白雪乃「ああいう、ちょっと変わり種な武器関係はここに聞くのが一番なんだ」
蘇芳灯「ちなみに、その見返りは?」
月白雪乃「銃の見返りは、ノーチラスで焙煎したコーヒー豆を何回かに分けて5キロ分だったかな」
浅葱明日香「え、意外と平和的・・・」
月白雪乃「もともと使う人もなくて倉庫を圧迫してただけらしいのと、頭領がうちのコーヒーをすごく好きなのとでね」
月白雪乃「まぁ多分それは建前で、譲歩してくれてるんだと思う。 私が班長になった頃からずっと、なんだかんだで助けてくれてるんだよね」
  明日香は先程の人物を思い出してみる。
  張り詰める緊張感を纏う威厳のある人物だったが、なるほど確かにどこか柔らかい雰囲気が無いわけではなかったかもしれない。
  が、やはり、圧倒的な威圧感しか印象には残っていなかった。
蘇芳灯「じゃあ、今度の焙煎はいつもより気合い入れてやりますね!」
浅葱明日香「!?」
月白雪乃「うん、よろしくね、灯ちゃん」
浅葱明日香「え、焙煎って、灯がやってるの!?」
蘇芳灯「そうですよ。 テラを練出して炎を操るのは私の十八番ですので」
蘇芳灯「学校が終わった後夕方から夜まで、ノーチラスで私バイトしてるの、言ってませんでしたっけ?」
  どうやら灯はテラで火性に干渉するのが得意なタイプらしい。
  明日香は、初対面で見た燃え盛る日本刀を思い出し、納得した。
  しかし、ノーチラスで放課後にバイトまでしているなんて。
浅葱明日香「初耳だ・・・」
蘇芳灯「あ、でも、明日香さんが13班に入ってから昨日まで私は修学旅行で居ませんでしたもんね」
月白雪乃「明日香ちゃんは日が浅いしね。 まだまだ伝えきれて無いこともたくさんあると思うけど、ひとつずつ色々伝えていくね」
月白雪乃「とりあえず、今日ここで、あと1人いるうちの班の準班員を紹介したら、13班メンバーは一応全員だよ」
  まだまだ自分の知らないメンバーが山ほど居たらどうしようと身構えていた明日香だったが、どうやらその心配はなさそうだ。
浅葱明日香「どんな人?」
月白雪乃「百聞は一見にしかず、だよ! ささ、この部屋に長居しても仕方ないし、早速会いに行こ!」
浅葱明日香「あ、ちょっと、置いていかないでよ」
  この広大な屋敷ではぐれてしまったら、冗談抜きで迷子になること間違いなしである。
  明日香は慌てて2人の後を追い、広い廊下へと出た。

〇古風な和室(小物無し)
  雪乃がコンコンコン、と軽く襖をノックすると、鈴を転がしたような声で返事があった。
烏羽雫「はぁい。 どうぞ、お入りください」
月白雪乃「雫ちゃん、こんにちは! この間は色々情報ありがとうね」
烏羽雫「いいえ。 この間のは、たまたまうちの若い衆の一人が話しとったんを覚えてただけやさかい」
烏羽雫「そちらの方が、例の?」
  烏羽の頭領と同じ、不思議なイントネーションで話す少女は、ゆっくりふんわりと言葉を紡ぐ。
浅葱明日香「こんにちは、浅葱明日香です。 私のドッペルゲンガーについて色々聞かせてもらいたくて」
月白雪乃「明日香ちゃんはこの間の事件現場でドッペルゲンガーが死体で見つかっちゃって、今はもう表向き存在しないことになってるの」
烏羽雫「はじめまして、烏羽雫どす。 そら、えらい目にあわはったなぁ」
烏羽雫「それで、いち早く雪乃はんが保護したんやね」
月白雪乃「あのタイミングでドッペルゲンガーを想定して、近くに事情を知ってそうな『片割れ』がある前提で捜索できたのが良かったんだよ」
浅葱明日香「・・・そもそも、どうして雪乃はドッペルゲンガーを?」
月白雪乃「うん、そうだね、まずその話をするよ」
  雪乃は、自分の記憶を確かめるように、ひとつひとつ、丁寧に話を始めた。

〇渋谷のスクランブル交差点
  当時、雪乃は本部の治安維持部隊に配属されたばかりの新人だった。
  同期の仲間や頼れる先輩に囲まれ、新大特区内で発生する事件を解決したり外から入ってきた異形を駆除したり。
  それなりに充実した公安隊生活を送っていた。
  ある日、尊敬していた先輩の1人が突然街中で暴走し、市民に犠牲者を出すまでは。
無線「やめろ、月白!! 上からの待機命令が出てるのは分かっているだろう、退け!!」
  上からの命令で現場周辺に他の公安隊員が居ない異様な状況下で、雪乃は1人命令を無視して、暴走する先輩隊員と対峙していた。
月白雪乃「しかし! 市民に被害が出ています! 制圧の指示を!!」
無線「待機だ待機!! 規制線の外まで出て大人しく待機しろ、もうすぐ特別部隊が到着する!!」
月白雪乃「制圧なら治安維持部隊でも可能です! 待ってる時間が惜しい、市民の犠牲が膨れ上がる一方です!!」
  距離を取り銃を構えて隙を窺う間にも、暴走する男はテラを無尽蔵に練出しあたりを焼き焦がしていく。
  たまに起こる小爆発で吹き飛ばされる金属片などは、確実に周囲の一般人を傷つけていっていた。
朽葉陽「月白、何をしている! 1人でここにいるのは危険だ、退くぞ!!」
月白雪乃「朽葉班長!! でも、先輩のことを制圧しないと、被害が収まりませんっ!!」
朽葉陽「クソっ・・・ アイツ、何やってやがるんだっ!?」
朽葉陽「月白!! 後ろっっ!!」
  信頼する上官が合流したことによる気の緩みで、対象から目を離したほんの一瞬だった。
月白雪乃「────っ!?」
  ほとんど、反射だった。
  振り向きざまに雪乃が撃った銃は男の頭部に命中。氷柱が頭部に突き刺さった状態で、男は沈黙した。
  その後、遅れて到着した特別部隊によって後処理がなされ、事件はほとんど報じられることもないまま語られることも無くなった──

〇古風な和室(小物無し)
月白雪乃「先輩は、そのまま被疑者死亡で処理された」
月白雪乃「それで、事件の後に、やっぱり先輩の様子はおかしかったって、先輩の同期で私の元上官の朽葉さんと色々調べたんだけどね」
月白雪乃「事件の同日同刻に、地方の恋人のところにいたことが分かったの。 画像も移動履歴もあったから、証拠は充分だった」
月白雪乃「だけどその訴えは上に無視されて、証拠もいつの間にか全部消されて・・・ 地方にいたはずの先輩も結局、消息不明」
浅葱明日香「・・・めちゃくちゃ怪しいじゃない」
月白雪乃「そのままその件は闇に葬られた。 でも私は、あの時の先輩がどうしても先輩自身だったと思えない」
月白雪乃「それに、ここまで隠そうとする公安の上層部も、この件に関わってるかもしれない」
浅葱明日香「それで雪乃は、ドッペルゲンガーについて調べ始めたんだね・・・」
烏羽雫「雪乃はんのことをクビにせんと、遊撃部隊で飼い殺してるのん見ても、なんやきな臭いもんなぁ」
月白雪乃「それで、うちの班員だけだと手が足りないし正規の任務にもできないから、烏羽にお願いして人手を借りてるってわけ」
烏羽雫「その見返りに、うちらは『神殺し』の方法を探ってもろてるんよ」
浅葱明日香「かっ・・・神殺し!?」
烏羽雫「そ。 うちで言うところの、八咫烏やね」
  一人の人間が一体の異形を使役するのとは異なり、死に際に魂を食わせることを条件に代々強力な異形を受け継ぐ方法があった。
  烏羽家も、通称『八咫烏』という烏に似た強力な異形を代々使役して大きくなった家の一つとして有名なのは明日香も知っていた。
  その守護神とも呼ばれる重要な異形を殺す、という発想に、驚きを隠しきれない。
烏羽雫「守護神として烏羽と契約してる烏みたいな異形はな、上手く扱うためにはテラで風性に強く干渉出来なあかんねん」
烏羽雫「でもうちが得意なんは、この家系では珍しく水性。相性悪いねん」
月白雪乃「今のところ長く守護神を持っている家はそう多くないし、潰えた家は全部、『末代が守護神に喰われる』ことに起因してる」
浅葱明日香「じゃあこのままいくと、雫が八咫烏に喰われてお終い、ということになりかねないのか」
烏羽雫「ご名答。 せやから、どうにかしてこの鎖を断ち切る方法を探すお手伝いを、月白さんにしてもろてるねん」
月白雪乃「異形の使役に関する研究とかはどうしても中央に集まりがちで、新大特区の中でしか見られない情報もたくさんあるからね」
烏羽雫「烏羽としても、八咫烏の力を土台にここまで勢力を広げてきた手前、あんまり大々的に神殺しの方法も探らへんしなぁ」
浅葱明日香「そういうことだったんだ・・・」
  ようやく、明日香にも全貌が見えてきた。
  ドッペルゲンガーを探す雪乃、その手伝いをする代わりに神殺しの方法を探す雫。
  両者とも下手な人には依頼できない分、お互いが良い利害関係にあったのだろう。
浅葱明日香「あ、じゃあもしかしてその話し方も、守護神と何か関係が?」
烏羽雫「その通りどす。 よう、気ぃつかはりましたね」
烏羽雫「おかしな喋り方やろう、うちも、お父はんも」
浅葱明日香「不思議というか、なんだかふんわり?してるなぁって 失礼だったらごめんなさい・・・」
烏羽雫「これはね、うちらのご先祖様が最初に異形と契約した時、烏羽の『血』意外に烏羽の魂として『言葉』を鎖に込めたことが始まりなん」
烏羽雫「長く烏羽の家を守る為に、主人とする烏羽の人間をどう見極めるかって話やね」
月白雪乃「知らなかった、そんな経緯があったんだね」
烏羽雫「うちらのご先祖様は、この国の西の方に昔あった都に住んどったらしくてね。 この言葉はそこの文化の名残らしいわ」
浅葱明日香「なるほど・・・!!」
烏羽雫「『言葉』は、表面的には真似できても、根っこの部分はもう存在に刻まれてるようなものやろ?」
烏羽雫「せやから、烏羽と八咫烏を継ぐ人間は、魂にまでこの『言葉』を刻んでるんよ」
烏羽雫「そんなことで、うちが一番得意なテラの練出方法は『言葉』どす」
浅葱明日香「私が練出能力無いから全然知らないだけかもだけど、得意な練出方法とかってあるの? みんな手じゃないの?」
月白雪乃「手は一番オーソドックスだけど、そうとも限らないよ。 私は指先で練出するのが得意だけど、波を読むには額が一番やり易いし」
烏羽雫「うちは『言葉』・・・正確には喉やね。 音出すみたいにテラを練出するねん」
蘇芳灯「私は手のひら全体です。 確か圭子さんは、足の裏・・・でしたっけ?」
浅葱明日香「足の裏!? じゃあテラで起動させる色んな機械、使えないじゃん!!」
月白雪乃「あー、ほら。 だからあの人、物凄く足癖悪いところあるでしょう・・・?」
  自動販売機を足で操作する場面や車のエンジンスターターを足で押してる場面を思い出し、合点がいった。
浅葱明日香「あれ、ただ足癖悪いだけじゃなかったの!?」
月白雪乃「半分は多分ただ足癖悪いだけと思う・・・」
蘇芳灯「圭子さんですもんね」
浅葱明日香「でも、なんだかようやく色々分かってきたよ」
蘇芳灯「私もです。 雪乃さん、話してくださりありがとうございます」
月白雪乃「こちらこそ、最初から全部を話さなくて本当にごめんね」
烏羽雫「それで、今日来はったんは、明日香はんのドッペルゲンガーの噂がどないなものやったかの確認、やっけ?」
月白雪乃「そうそう! もう一度改めて、どんなのだったかをキチンと聞きたくて」
烏羽雫「はぁい。 言うても、そんな特別なことは無いかもしれんけど・・・」
烏羽雫「うちの家の若い衆にな、気配を見分けるのが得意な人がおるねん。 その人が、最近この周辺で、よく似た二つの気配があるー言うて」
烏羽雫「気配と遺伝子とはまた全然ちゃうらしくて、双子でも気配は全然違うらしいから、そっくりな二つの気配は奇妙やったらしいわ」
浅葱明日香「片方が私で、もう片方が・・・あいつね」
烏羽雫「もう片方は割と最近、新大特区の方から来たみたいやわ。 二つの気配は一定以上は近付かんようになっとったって」
月白雪乃「今まで鉢合わせとかがなかったのはそのせいかもね」
烏羽雫「せやねぇ。 近付こうとしても、なんやかんやで足が遠のくんかなぁ?」
浅葱明日香「・・・あ」
月白雪乃「何か思い出した!?」
  なんやかんやで足が遠のく。
  それは、あの日の明日香にも、覚えがあった。
浅葱明日香「私・・・孤児院に行く前に、家に寄ったの。 別に必要なかったんだけど、なんか、何となく、着替えてから行こうかなって・・・」
浅葱明日香「いつもはそんなことないし、面倒だしそんなことしないんだけど・・・ あの日はどうしてか、そうしなきゃいけない感じで・・・」
  家に寄らずに孤児院に行けていればみんなを助けられたかもしれないと何度悔んだか分からない。
烏羽雫「・・・ドッペルゲンガーの存在は、精神に何かしらの作用を与えるんかもしれんなぁ」
  自分の行動が何かに影響されていたという不快感が内臓を揺さぶる。
  自分の知らないところで自分のことが決まっている不気味さ。
浅葱明日香(最近の、ドッペルゲンガーの記憶が私の行動を少しずつ変えてるのも、ドッペルゲンガーの意識が作用してるというの・・・!?)
烏羽雫「色々ここで可能性を考えてもしゃあないやろし、まずは明日香はんのドッペルゲンガーがどこから来たかを探るのはどうですやろか?」
月白雪乃「それなら、新大特区の方に行ってみる必要がありそうだね」
烏羽雫「せやね。 気配がほとんど同じいうみたいやし、雪乃はんの異形は探索に役立つやろなぁ。 うちもいつも通り、式をお貸ししますな」
月白雪乃「うん、よろしくね」
浅葱明日香「・・・準班員って、雫の事じゃないの?」
烏羽雫「仲間に入れてもらえるんは嬉しいんやけど、準班員はうちと違うて、うちの『式』よ」
浅葱明日香「式・・・?」
烏羽雫「昔、使役する人ならぬものの事を『式』と呼んだそうや」
  雫がそう言って自らの影に影に落とすと。
浅葱明日香「!?」
  その影が石を投げ入れた水面のように揺らぐ。
  ずぶり、と泥を分けるような何とも言えない音と共に、その揺らぐ影の中からゆっくりと人影が姿を現した。
烏羽雫「しぃさん、出番やで。 また力、貸したってなぁ」
烏羽シキ「いいけど、私がおらん間にあんまり危ない事せんといてな、雫ちゃん」
浅葱明日香(この感じっ・・・!! 人間じゃ、ないっ・・・!?)
  明らかに人間ではないその気配に、明日香は陸で溺れるような感覚さえ覚え、思わず一歩後退った。
烏羽シキ「どーも、雫ちゃんの使役する異形でーす」
烏羽シキ「そんな怖がらんでも、別に獲って喰いやせんよ」
浅葱明日香「え、ああ・・・ うん、よろしく、ね」
  現れたその姿は、異形と言うにはあまりにも人間じみていた。
  身構えていたその分のギャップで、肩透かしを食らった形になった明日香は、完全に反応が遅れてしまっていた。
烏羽シキ「じゃあ雫ちゃん、行ってくるけど・・・ 何かあったらすぐにちゃんと呼び戻してね?」
烏羽雫「んもぅ、分かってるって。 ほら、大丈夫やから、行ってきて」
月白雪乃「シキちゃん、またしばらくよろしくね」
烏羽シキ「ん」
浅葱明日香「えっと、あの、雪乃・・・?」
月白雪乃「大丈夫、シキちゃん良い子だよ。 お察しの通り人間じゃないけど・・・ それについてはまた追々ってことで!!」
月白雪乃「頑張って真実を見つけ出そうね、明日香ちゃん!」
浅葱明日香「ええええ・・・」
  未知の存在が自分の意識に影響を及ぼしていると言う事実。
  新大特区に手掛かりがあるという可能性。
  想定外の準班員の合流。
  明日香の想像を遥かに超える情報量。
  これからすべき事が少しずつ見えてきた安堵感と、得体の知れないものが自分を取り巻いている不安感。
  色々な感情を抱えながら、明日香も烏羽邸を後にするため、大きい庭へ出た。
  雪乃の凛と伸びた背中を叩いているのはどこかで遊んでいたらしい圭子、それに続き灯とシキが歩いていく背中が見えた。

〇大きな日本家屋
月白雪乃「ほら行こう、明日香ちゃん!」
浅葱明日香(真実の尻尾を、絶対に掴んでやるんだ・・・!!)
  明日香は自分を奮い立たせるように頬を軽く叩くと、班員たちに合流するため、駆け出した。

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