#4 知らない記憶(脚本)
〇繁華な通り
アイコ「ふふっ、お待たせ」
蒼井(膝で揺れるスカート)
蒼井(少しだけ鼻にかかったような笑い声)
蒼井(ゆっくりと小首をかしげる、この仕草・・・)
アイコ「せーんせ? どうしたの?」
蒼井(僕は、以前にもこの光景を見たことが・・・ある?)
目の前のアイコに重なるように、一瞬だけ映像が浮かんできた。
〇水たまり
擦り切れた白黒写真のような、ノイズ交じりの誰かの姿。
〇繁華な通り
蒼井(だけど、どこで?)
アイコ「先生・・・?」
蒼井(僕と彼女が出会ったのは、まだほんの半月程前の話だ)
蒼井(この記憶の相手が彼女であるはずはない。だったら、これは・・・この記憶の相手は・・・?)
アイコ「蒼井先生?」
蒼井(僕は・・・何の記憶を・・・)
アイコ「蒼井先生!」
蒼井「っ・・・!?」
アイコ「先生、どうしたの? もしかして具合悪い?」
蒼井「・・・いや。何でもない、大丈夫だ」
アイコ「でも、汗かいてる」
指摘されて初めて、額にじっとりと汗が浮き出ていることに気づく。
蒼井(心拍も上がっているな。心音がうるさい)
蒼井(僕は、何に動揺しているんだ・・・?)
アイコ「蒼井先生、風あたりに行こっか」
〇川沿いの公園
アイコ「ん~! 気持ちいい~」
蒼井(そう・・・だろうか)
海特有の匂いと、湿った風。
どこが心地よいのか僕にはわからない。
アイコ「眉間にシワがよってる」
蒼井「え?」
アイコ「今日の蒼井先生、何だか変」
蒼井「変って、君ね」
アイコ「何を考えてるの?」
蒼井(何を・・・か。 それは僕が聞きたいくらいだ)
蒼井(何故僕は、この景色に・・・既視感を抱いているんだろうか)
正体不明の奇妙な懐かしさに、不安にも似たもどかしさがよぎる。
蒼井(頭が重い。ここに・・・いたくない)
アイコ「深呼吸して」
蒼井「え?」
アイコ「蒼井先生・・・考えたくないことを考えてるって顔してた」
アイコ「そういう時は、深呼吸だよ」
蒼井「僕は別に・・・」
アイコ「いいから。大きく息を吸って・・・静かに吐いて・・・」
お手本のように、僕の隣で深呼吸を始めるアイコ。
気づけば僕は、つられるように深く呼吸を繰り返していた。
アイコ「そうそう、先生その調子。 今度はそのまま目を閉じて」
蒼井「あ、ああ・・・」
〇黒
アイコ「そのまま静かに呼吸を続けて」
アイコ「頭の中が、ゆっくり空っぽになっていくのを感じて」
蒼井(頭が、ぼんやりしてくる)
アイコ「波の音が耳に届いて、潮の香りがして、風が肌を優しくなでていくでしょ」
蒼井(心地・・・いい)
〇川沿いの公園
アイコ「気分、良くなった?」
蒼井「・・・ああ。悪くない」
心なしか、体も軽い。
蒼井(この感覚を、何と解釈すればいいのだろう)
蒼井(鬱陶しいとさえ思っていた彼女の声が、耳に心地よかっただなんて)
蒼井(相手は、ただのヒューマノイドなのに)
アイコ「蒼井先生には、もっと安らぎが必要なんだと思うな」
蒼井「安らぎ?」
アイコ「先生を見てると、心配になるの。 いつも気を張ってるように見える」
蒼井「そんなつもりはなかったが」
蒼井(いや、実際ヒューマノイドたちの粗を見つけようとやっきになっていた部分はあるのか・・・)
蒼井「まさかヒューマノイドに指摘されるとは思わなかったな」
アイコ「どうして?」
アイコ「わたしは気づくよ。だって先生を見てるもの。蒼井先生のことなら、何だってわかるように、見てる」
蒼井「ば、馬鹿を言うな」
アイコ「バカな事なんかじゃないよ」
アイコ「それくらい、蒼井先生のことが好きってことなんだから」
蒼井「軽々しく言われても、困る」
アイコ「困る、かぁ・・・ふふっ。 もう嘘だとは言わないんだね!」
蒼井「・・・!」
言われて初めて気がついた。
蒼井(僕は、どうして・・・)
アイコ「蒼井先生は、どこかでは信じてくれてたんだよね、きっと」
前みたいに『ただの勘違いだ』と言えばいいのに、言葉が出てこない。
蒼井(何故否定しない? できない?)
蒼井(ヒューマノイドが感情を持ち得ることなど、あるはずがないのに)
アイコ「信じてみたい。 けど、信じきれないって顔してる」
蒼井「だって君は・・・君たちヒューマノイドは、所詮ただの機械でしかないのに」
アイコ「もっと・・・可能性を信じてはいかがでしょうか」
蒼井「・・・え?」
アイコ「あなた方人間が作り出したヒューマノイドという存在の、可能性です」
蒼井(きゅ、急になんだ?)
アイコ「あなたの言う通り、我々ヒューマノイドの『感情』表現は、プログラムと模倣の積み重ねでしかないのかもしれない」
アイコ「けれど、厳密にいえばそれは人間も同じようなもの。感情とは、偏桃体が体に発する信号の現れにすぎませんから」
アイコ「だとすれば、人間とヒューマノイドのソレに何の違いがあるのでしょう?」
突如変わったアイコの声色。
どこか硬質な声と瞳は、教室に並ぶ無機質なヒューマノイド達とまったく同じものに感じられた。
蒼井(それに、今の話はどこかで・・・)
アイコ「なーんて、受け売りなんだけどね」
〇川沿いの公園
???「全ては──の言葉の受け売りですが」
〇川沿いの公園
蒼井(い、今の記憶は・・・!?)
アイコ「ふふっ・・・蒼井先生ってば、鳩が豆鉄砲くらった~みたいな顔になってるよ? どうしたの?」
蒼井(どこかで聞いたことがあるはずだ。 僕は誰かと同じ話をしているんだから。 相手は・・・主任か?)
アイコ「も~先生ってば聞いてる?」
蒼井(あ、頭が痛む。これ以上思い出せない・・・けど・・・!)
蒼井(あれが主任の言葉なのだとしたら辻褄が合う。やはり主任は、この子に特別なプログラムを施しているだろうということだ)
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