怪人と家出娘(脚本)
〇空
まったく変な世の中になっちまったもんだ。
昔は悪の怪人なんて、ただ力の限り街で暴れたりヒーローと戦うだけでよかったのに。
今ではどこの秘密結社も「怪人ランク制」なんて薄ら寒いシステムを導入してしまったせいで
怪人は皆その日の成果を追い求め、悪行ポイントを競うサラリーマンみてーな存在になっちまった。
〇公園のベンチ
犬神「秘密結社エックス所属怪人犬神、先月の悪行ポイントはたったの8」
犬神「相変わらずランクは最低のDのままか」
手元の怪人ランクカードに表示された自分の凄惨な評価に軽くため息が出る。
犬神「ま、先月やったことなんて居酒屋で絡んできたチンピラぶっ飛ばした事と」
犬神「釣り銭返さねぇ自販機蹴り飛ばしたくらいだ。この査定結果も当然か」
〇黒
俺の名前は犬神。
30年前に秘密結社エックスで作られた人造怪人だ。
獣の牙ような鋭く刺々しい黒い体、獲物を竦ませる真紅の隻眼。
昔は『黒狼』なんて呼ばれて世間で恐れられ、殺し以外の悪行は何でもやった暴れん坊だった。
けれど8年前。怪人の力で世界を変えようとする他の秘密結社共が次々と台頭、スポンサーの奪い合いとなり
その結果、当初の世界征服という熱い信念は捨て去られ
今ではどこの結社も自分の組織を存続させる事を第一に考え、スポンサーに強い力をアピールすることを重視するようになった。
そんな下らない状況に俺の中で燃えていた熱い悪の魂はあっという間に消え去り
今日も人間の姿に化けては特にやる事もなく公園のベンチで黄昏れている。
〇公園のベンチ
犬神「あ~あ、今日はどうしようかね。 金も無いし適当に現金輸送車でも襲うか」
犬神「いや、目立った事してヒーローの相手すんのだるいから適当に金持ってそうな奴から財布でもスるか」
などと今日もやる気の無い思考を巡らせていると、突然横から声をかけられる
「あ、犬神。 またこんな昼間から公園に来てる」
マイ「犬神って毎日公園にいるね。 悪の怪人ってヒマなの?」
犬神「犬神さんだ。 さんを付けろガキ」
こいつの名前はマイ。
1週間前にこの公園で知り合った人間の娘だ。
名字は知らない。
こいつは自分の事をあまり語らないが、どうやら数日前に自分の家から逃げ出してきたらしい。
首の痣を隠すような長い髪。
夏場なのに長袖長ズボン。
何も聞かずとも家出の理由は何となく解る。
マイ「怪人に敬称なんか付けないわよ」
犬神「ったく、生意気なガキだぜ」
犬神「それで、何か用かよ?」
マイ「別に用は無いわ。ご馳走買ってきたからベンチで食べようと思っただけよ」
そう言うとマイは俺の横にちょこんと腰をかけた。
右手にはワックのハンバーガーが大切そうに握られている。
犬神「それがご馳走か。 普段どんな食事してんだ?」
マイ「家では大体食パン一斤かカップ麺1個だった」
マイ「それに比べてこのハンバーガーは素晴らしいわ。パンの間にお肉が挟まってるんだもの」
犬神「......そうかよ」
マイ「ねぇ犬神」
犬神「あんだよ?」
マイ「せっかくご馳走を食べるのに周りが静かじゃ味気ないわ。また何か怪人の話を聞かせて?」
犬神「またかよ......」
マイとこの公園で初めて会った時、このガキは初対面にも関わらずいきなり俺に「何か楽しいお話をして」なんて抜かしやがった。
「笑い方を忘れてしまったから楽しい話をして」と。
面倒だと感じた俺はこう返す。
「俺は怪人だ。さっさと失せないと食っちまうぞガキ」
するとマイは怯えるでも逃げ出すでもなく、無表情で言った。
「痛いのは嫌だからすぐ楽にしてね」
その言葉と表情を前に、俺はそれ以上何も言い返せなくなりマイの言うとおりにこのベンチで話をしてやったのだ。
しかし悪の怪人に楽しいお話なんて出来る訳もなく、過去に行った悪行やヒーロー達との戦いについてだけ話してやった
マイはそんな血生臭い話も薄く笑って聞き続けた。
それ以来この家出中のガキに妙に懐かれるようになってしまったのだ。
犬神「今更だが俺の話なんて聞いて面白いのか?」
マイ「面白いわ。ヒーローの話はテレビやネットに幾らでも流れてるけど怪人の経験談なんてなかなか聞けないもの」
犬神「そうかい。 つっても俺の話なんて似たようなものしかないぞ?」
話のネタに困っているとマイが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
マイ「ねぇ犬神。 ずっと気になっていたのだけど」
犬神「ん?」
マイ「犬神の右目って」
犬神「ああ、義眼だよ」
マイ「生まれつきなの?」
犬神「いや、こいつはヒーローとの戦いでやられたんだ」
マイ「そう。 きっと強い相手だったんだんでしょうね」
犬神「ハッハッハ! いーや、これをやった相手はまるで弱いザコヒーローだったよ」
マイ「どういうこと?」
犬神「よし、今日はそいつの話をしてやろう」
〇荒廃した街
あれは9年ほど前。
まだ俺がバリバリ悪事を働いてた頃だ。
その時俺は秘密結社エックスの名を世界に轟かすべく、派手に暴れまわっていたんだが
そんな俺の前に1人の見慣れないヒーローが立ちふさがった。
格好だけは一丁前だったが、ぎこちない構えや震えていた足からそいつが新米ヒーローだってすぐに気がついたよ。
「それで犬神はそのヒーローをどうしたの?」
もちろん手加減無しで叩きのめしたさ。
相手はずっと防戦一方だったな。
すぐにでも戦闘不能にできると思ったよ。
だけどあることが起って状況は一変した。
きっと混乱の中ではぐれた親を探してたんだろうな。1人の子供が泣きながら俺達が戦っていた場所の近くまで来ちまったんだ。
そのガキを見た瞬間。それまでガチガチだった新米ヒーローの動きが変わった。
相変わらずこっちの攻撃は全部命中してた。
だけど泣いている子供を背にした瞬間、そいつは俺からどれだけ殴られても決して一歩も退かず
それどころか傷付きながらもどんどん前に出てきやがるんだ。
〇黒
たった1人の人間が発するその気迫に、その圧に俺は呑まれた。
得体の知れない恐怖に背筋が凍ってピクリとも体は動かなくなった。
奴が最後の気力を振り絞った渾身のパンチは無防備な俺の顔面に直撃。その衝撃で右目は潰されちまった。
「それからどうなったの?」
傷ついたヒーローは気力も限界に達して気絶。深手を負った俺も撤退。結局それ以来ヤツとは会ってない。
けれど、この義眼に触れるたびに思い出すんだ。
あの日、急に強くなった新米ヒーローの事を。守るべき者のために人がどれ程の力を発揮するのかを。
〇公園のベンチ
犬神「懐かしい話だ。ヤツもヒーローを続けているならもう立派なベテランだろうな」
マイ「......面白かった」
犬神「そりゃ良かった」
マイ「ありがとう犬神。 最後に面白い話が聞けてよかった」
犬神「最後?」
マイ「うん。もうすぐ私のお財布が空になっちゃうから」
犬神「それじゃ、家に帰るのか」
マイ「そうね、そろそろ帰らなくちゃ。 あの最低な家に。そしたらまた──」
またーー
マイが何を言おうとして止めたのか俺には何となく解っていた。
犬神「なぁ、もしよかったら」
言いかけた言葉が途中で止まる。
今、俺は何を言おうとした?
マイ「何?」
犬神「いや、その......つまり」
言い淀んでいた次の瞬間、俺は急速に近づいてくる危険な気配に気づき周囲を警戒する。
〇炎
「伏せろマイ!」
次の瞬間、公園の噴水付近で爆発が起き、その爆炎の中から1人の異形が現れる。
アポロ「秘密結社ゼット所属〜 ランクAのアポロ様参上だぜ〜」
犬神「アポロだと!? 他社のトップ怪人が何でこんなとこに」
アポロ。
頭と尻尾から常に炎を出している赤角の極悪怪人。
女子供も平気で手に掛ける残虐野郎だ。
アポロ「あ~? 何だその匂い......テメーも怪人かよ〜」
犬神「秘密結社エックス所属の犬神だ」
アポロ「犬神〜! 知ってるぜ〜。落ちこぼれの犬神だろ〜!」
犬神「(マイ、立てるか? 立てるならすぐ逃げろ)」
小声で問いかけるも後ろのマイは首を横に振る。
さっきの爆発音で腰が抜けちまったのか、くそっ!
犬神「アポロ、ここはエックスの活動エリアだ。勝手な真似はするんじゃない」
アポロ「そう警戒するなよ〜。ここには栄養補給に寄っただけなんだ〜」
犬神「栄養補給?」
アポロ「そ、栄養補給。 さっき隣町で暴れたから疲れちまってよ〜。 人間の1人か2人つまみ食いしたらすぐに消えてやるよ〜」
マイ「ヒッ!」
アポロ「お〜ちょうどいいのがいるじゃん! 子供って美味しいんだよな〜」
犬神「聞こえなかったのか」
怪人犬神「さっさと失せろと言ってるんだ」
俺は怪人態になり戦闘態勢をとる
アポロ「ハァ~? やる気かよテメ〜」
マイ「犬神、勝てるの?」
怪人犬神「さぁな......」
とは言ったものの相手はAランク。
ほぼ確実に......負ける。
アポロ「死ねよバ〜カ!」
アポロが瞬時に間合いを詰め、強烈な炎を纏わせた拳を放つ。
反応出来ない。
頭を砕かれる!
時間稼ぎも出来ないか。
情けねぇ。
死の一瞬、時の流れはスローになり様々な思考が脳内を駆け巡る。
ここで俺が倒れたらマイはどうなる?
マイもこいつ殺されるのか?
そもそも何で俺は数日前に会ったばかりのガキのために必死になってんだ?
いや、理由なんてどうでもいい。
もう解ってるだろ?
俺はこいつを──
〇荒廃した街
〇荒廃した街
〇炎
怪人犬神「このガキは絶対殺させねぇ!!」
アポロ「ぐおぉおおおっ!?」
あの日のヒーローの姿が脳裏に浮かんだ瞬間、避けられなかったはずの攻撃は左頬を掠り
いつの間にか繰り出していた俺のクロスカウンターがアポロの右頬に突き刺さっていた。
怪人犬神「消えろおおお!」
アポロ「馬鹿な! この俺が!一撃でぇええええ!?」
自分でも驚くほどの万力の力を込めて左拳を打抜き、アポロは天高くぶっ飛ばされて何処かへと飛んでいった。
怪人犬神「へっ! スカッとしたぜ」
〇公園のベンチ
犬神「はぁ......はぁ.......」
マイ「犬神、大丈夫?」
犬神「......なんとかな」
マイ「頬から血が出てる。 ごめんね、私のせいで。 あと──」
マイ「ありがとう。 助けてくれて」
ったく、苦労したってのに何だその泣きそうな顔は。
犬神「バーカ、俺は悪の怪人だぞ。 人間のガキなんざ助けるかよ」
犬神「そんな事よりだ。 俺が今日行う悪行を聞け」
マイ「......え?」
犬神「マイ、今から俺はお前を攫う!」
マイ「は?」
犬神「臭いお前を熱々の風呂に入れ、綺麗な服を着せ、美味い料理をレストランで腹いっぱい食わす!」
犬神「そしてお前は贅沢の味を知り、悪の虜となるのだ!」
マイ「犬神......」
マイ「人攫いって悪い事よ?」
犬神「はっはっは!」
犬神「怪人が悪い事して何か問題あるかよ?」
マイ「ふふっ、あはは!」
マイ「ないわね!」
こうして怪人と家出娘の奇妙な共同生活が始まった。
次の日、他社の怪人を倒した事で悪行ポイントが100も加算されていたが
不思議なことに何故かマイを攫った事に関してはポイント加算はされていなかった。
完
この作品で注目したいのは、怪人のどんな行いに高ポイントが付くのかはっきりとしていないところです。
もちろん、それは「悪いこと」につくのでしょうが、結果として主人公は少女を守ったように、ポイントはついても善悪の基準はあいまいです。
誰にとって正しい行いなのか、簡単に判別できない世の中が、この作品のポイント制によく表れていたと思います。
この人情味に溢れた犬神さん、とっても好きになりました。この優しすぎる性格ですと、怪人社会では生きづらいでしょうね。。。マイちゃんとの新生活も振り回されっぱなしでしょうしw
守る人が出来た時人間は強くなると言いますが、そう考えると犬神さんはとても人間らしい怪人さんなんですね。
マイちゃんも犬神さんに出会ってよかったです。