音色を探して

72

さらなる成長(脚本)

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〇児童養護施設
  「杉の森学園」に入って二週間。私はさらに成長をしていた
  私は簡単な言葉、自分にとって都合の良い言葉を覚え始めていた
  「いい」、「やー」、「なに」「おしえて」、「ほしい」など。言葉は覚えると便利なものだった
  ただ、「たちつてと」「らりるれろ」など苦手な発音もあり、言葉を覚えることの妨げにもなっていた

〇簡素な部屋
  壁を楽しそうに叩いていた翌日は、スタッフがマラカスを持ってきてくれた。
  私が泣き叫んだ日の夕方、スタッフの間で私の事について話し合ったらしい
  私が「音楽」を好きなのか嫌いなのか。実は密集している場所が苦手なのではなど。そして試しに渡されたのがマラカスだった
  私はそれでシャカシャカとリズムをとってとても楽しんだ。すると数日後はタンバリンも渡された
  私は音の鳴る物が好きな人として、関わられるようになった

〇行政施設の廊下
  変化していくのは私だけではなかった。
  スタッフもだんだん私の扱いに慣れてきた。何を好むのか、苦手な事は何なのか
  私は運動が好きだった。走ることから始まったが、ボールを使って遊ぶこと、それにこの頃は木にも登ったりした
  ただし木登りは、その都度注意を受けていた。二週間前まで歩行器を使ってたのだから、心配するのは当然だが

〇簡素な部屋
  運動を楽しみ、楽器も楽しむようになった私。楽しみが増えて嬉しかったが、「音楽」の日の事が気になっていた
  私がパニックになる数秒前に流れていた音。ピアノの音。「ピアノ」を知らない私。楽器を知った私
  私はもう一度あの音を聴きたくなっていた。もしもまた「音楽」があったら
  きっとまた騒がしくなるだろう。でも私はあの音の正体、音の出し方を知りたかった
  私は次の「音楽」に参加するために、何度もイメージをした。騒がしい雰囲気になっても、しっかり音を聴き続けられるように

〇行政施設の廊下
  私のところには、時々訪ねてくる特定の人がいる。
  この岡田さんもその一人。相談員という人で、病院にいた頃から何度か会っていた。
  「杉の森学園」に移った初日も来てくれていたが、今日はその日以来の再開だ。
  もっともこの当時の私は、岡田さんの事をよく分かっていなかった。時々来ては色々話しかけてくる人。そんな感じかな

〇簡素な部屋
岡田さん「こんにちは。みあさん「杉の森学園」には慣れましたか?」
  「運動」の時間が終わり、ベッドで横になっていた時に、岡田さんがスタッフと一緒にやってきた
  岡田さんは事前に、私の成長具合についてスタッフから聴いていた。
  しかし、ベッドから立ち上がり、歩いて近づく私にかなり驚いていた
  私は私で、病院にいた人がやってきたので困惑していた。岡田さんの目の前に行くと、指をさした
みあ「なんで?」
  何でいるの?という意味だが、そこまでは話せない当時の私
岡田さん「えっ、あー、様子を見に。しゃべれたの?」
  まだ全然だったが、私は自信満々にうなずいた

〇簡素な部屋
  二週間前から大きく変化した私。岡田さんは何度も驚きながら、スタッフからもお話を聴いて、色々メモをとっていた。
  多分きっと、岡田さんは困ってもいただろうけど・・・
みあ「ねー、なにー、なにすきー、なにいやー」
  私は私で好き勝手に覚えたての言葉を連呼していたから
  それでも帰る時の岡田さんは、とても喜んでいて、来た時よりも元気になって帰っていった
  私は岡田さんと会った事をきっかけに、ボランティアさんに会いたい気持ちが、より高まった

〇児童養護施設
  同じボランティアさんが来る頻度は、だいたい月に一回程度。他にも行事が色々あり、毎月のプログラムが決められている
  しかし私は運が良かった。たまたま園内のお祭りが2ヶ月後にあったのだ。
  お祭りでも「音楽」が少し行われるため、それまでの間にボランティアさんが来る「音楽」が、増えてていたのだ

〇音楽室
  3日後さっそく「音楽」があった。私は何度もイメージをしてながら、この日を待っていた
ボランティアの人「みあさん、今日は「音楽」があるけど参加する?お部屋で休む?」
  前回泣き叫んだ私に、心配そうに問いかけた
みあ「いく、いくよー」
  この日のために何度もイメージしたんだから当然だ

〇音楽室
  ボランティアさんがピアノの椅子に腰をかける。先輩達はその前に集まる
  私はボランティアさんの後ろに立った
スタッフ「みあさんはそこがいいの?」
  私は大きくうなずいた。ボランティアさんの後ろに立って何をどうやって鳴らしているのかを、しっかり見たかったのだ
  前回の事から、わりとすんなり許してもらえた

〇音楽室
  「音楽」が始まった。ピアノはボタンのようなものを押すと、音が鳴るようだ
  しかしボランティアさんは、それを両手の指で行っていた。指がダンスをしているようだった
  よく見ると、押しているボタンの場所によって音が違う。そして、同じボタンは何回押しても同じ音がしていた
  私はピアノを覚えたくなった

〇水玉
  両手で指をダンスさせて弾く「音楽」。私は自分の両手を前に出して、必死に真似をした
  もちろん上手くはいかない。でもそれでも良かった。曲を覚えることが目的ではない。指の動かしかたを知りたかったから
  周りの音は、前回同様に騒がしかったが、この時は全然気にならなかった
  ボランティアさんの真似して、両手の指を動かす私に、何人かのスタッフは笑っていたが、そんな事も気にならなかった

〇音楽室
  「音楽」が終わると、スタッフとボランティアさんが話しをして、私に少しピアノを触らしてくれる事になった
  私はボランティアさんが弾いた「音楽」の真似ではなく、鍵盤の端から端までを鳴らしてみた
  私は時間が許される限り、鍵盤を繰り返し鳴らして、音を覚えるようにした

〇簡素な部屋
  部屋に戻ると、目を閉じて「音楽」の時間に見たことを、もう一度思い返した
  イメージの中にある鍵盤を、端から端まで鳴らしてみる。
  しっかり覚えていた。両手の指を動かすこと。そこには練習が必要だった
  私はボランティアさんの弾いた曲の中で、もっとも簡単そうだった一曲のみをイメージして、弾く真似をを何度も行った

〇水玉2
  やがて、イメージしている曲の流れと、指の動きが完全に一致するようになった。
みあ「フゥー」
  大きくため息をつくと、ふと頭の中に昔聴いた事のある「音楽」が流れた。
  私はさっそく、その「音楽」をピアノで弾くための練習を始めた
  音は頭の中にしっかり入っている。しかし指は全然ついていかない。
  右手とその指、左手とその指、それぞれが踊り方を分かっていないからだ。私はそれからずっと、この曲の練習をしていた
  頭の中で音楽をイメージして、床やベッドに置いた、見えない鍵盤を使って

〇音楽室
  一週間後、再び「音楽」の日がきた。私は再びボランティアさんの後ろに立って参加をした
  まずは頭の中の鍵盤が、しっかり合っていたか音の確認をした。
  続いてボランティアさんの手に合わせて、私もイメージでピアノを弾いた
  その日の「音楽」が終わった直後、今度は私からせがんだ
みあ「ひかせてー」
  ボランティアさんとスタッフは、笑いながら受け入れてくれた

〇水玉2
  椅子に座り、あらためて弾こうとすると、不思議と心臓の鼓動が大きくなった
  私は目を閉じて、気持ちを静めた。そしてそのまま弾き始めた。練習していたあの曲を
  この時に弾いた曲。それはカーペンターズの「Yesterday once more」だった
  少しゆっくりだったけど、しっかりイメージ通り弾けていた
  それはとても素敵な時間だった

〇音楽室
  弾き終わると、周りの静けさに驚いた
  皆、驚いていたのだった
  箸も使えずスプーンでご飯を食べている私が、いきなりカーペンターズの曲を弾いたのだから
  数秒後、私はたくさんの拍手と歓声を浴びた

〇花模様
  私は人から誉められる事にも、嬉しさを感じていた

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