怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

エピソード20(脚本)

怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

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〇廃ビル
  廃ビル内の廊下を慎重に歩く。
  足音を立てないように、けれど素早く。
  スワと合流したいが、下手に音を出すと男に見つかるかもしれないので名前は呼べない。
  緊張感の中、注意深く足を進めていく。
  すると、突然背後からパシャっとカメラのフラッシュが焚(た)かれた。
茶村和成「おまっ・・・こんなときに写真撮るな!」
由比隼人「ちげーよ! さすがに俺もこの状況じゃ撮らねえよ!」
茶村和成「じゃあなんで!」
由比隼人「シャッターボタン触っちゃったんだよ! 電源オンになってるの気づかなくて!」
  小声で言い争ったあと、お互いに乱した息を整える。
  由比がカメラの電源をオフにするのを確かめ、ため息を吐いた。
茶村和成「・・・マジで気をつけろよ」
  頭を抱えながら由比に忠告する。
  しかし、由比は前を向いたまま固まって頷きさえもしなかった。
茶村和成「? ・・・なに見て・・・」
  廊下の奥、下り階段の手前に立つ男。
  血走った目が仮面越しに俺たちを見ていた。
  後ずさる俺と由比に、男の狂気に満ちた双眸(そうぼう)が向けられる。
  フラフラと近づいてくる男の手には、やはり大きな鉈(なた)が握られていた。
  刃に、窓から差し込む月明かりが反射する。
由比隼人「ど、どうするよ!?」
茶村和成「とりあえず逃げるしかないだろ!!」
  俺と由比は一斉に走り出した。
  といってもこの先は行き止まりだ。

〇荒れたホテルの一室
  止むを得ず、由比が拘束されていた一番奥の部屋に戻って扉を閉める。
  そのまま鍵をかけようとするが、老朽化した鍵は錆(さ)びついていてなかなか閉まらない。
  廊下から聞こえてくる男の足音は、徐々に近づいてきている。
由比隼人「早く早く茶村!」
茶村和成「分かってる!」
  やっとのことで鍵を閉めて、部屋の奥まで下がった。
  男の足音が部屋の前で止まる。
  俺は扉をじっと見つめた。
  ガチャ、とドアノブが動いた。
  だが、鍵がかかっているので扉は開かない。
  ガチャ、ガチャガチャガチャガチャ
  ガチャガチャガチャガチャガチャ
  ガチャガチャガチャガチャガチャ
  ガチャガチャガチャガチャガチャ
  乱暴な音が部屋に響き、俺と由比は身を寄せ合ってその様子を眺めた。
  まだ扉は開かない。
  しばらくすると音が止んだ。
  沈黙。
  それでも、じっと扉を見つめ続けた。
  ガン!
「ヒッ」
  重い破壊音がして、扉に鉈が突き刺さった。
  規則的に何度も、何度も何度も鉈が突き立てられる。
  隣にいる由比はもはや半泣きだった。
  ちらりと後ろの窓を確認する。
  ・・・ここは最上階。
  とても飛び降りられる高さではない。
茶村和成(クソッ・・・!)
  ボロボロになった扉に男は思いっきり体当たりをした。
  轟音とともに扉が壊れ、舞い上がる埃の中をのっそりと男が部屋に入ってくる。
  角に追い詰められた俺たちは、声を上げることもできずに男を見上げた。
  目の前で男の動きが止まる。
  そして次の瞬間、男が鉈を振り上げた。
  「グルァアギャギャギャッ!!」
  鉈を振り回しながら襲いかかってくる男をなんとか避ける。
  一撃でも受けたら、致命傷は間違いない。
  男は叫び声とともに身体を揺らしている。
  口元からは絶えず唾液が滴っていた。
由比隼人「わあっ!?」
  暴れる男の鉈を避けたとき、由比がバランスを崩して転んだ。
  倒れた由比に、男が鉈を振りかざす。
茶村和成「由比!」
  やばい、と思ったとき、キーンと高音の耳鳴りが響いた。
  男の背後に、あの少女が立っていた。
  少女は男に敵意をむきだしにしている。
  男が苦しげな声を上げて、手にしていた鉈を落とす。
  俺はその隙に鉈を蹴り飛ばし、男から遠ざけた。
  「ギャ、イイ゛イ゛ア゛アア゛!」
  男は頭を押さえながら呻(うめ)いており、俺たちの方を見向きもしない。
茶村和成(今だ!)
  その隙をついて、男の頭に全力の回し蹴りをお見舞いする。
  「ヘ、ヘヘ、アヘヘヒハアァ」
  男は笑い声を上げたあと、パタリと倒れた。
  しばらくの沈黙が流れる。
  男が動き出す気配はない。
  額から流れる汗を拭い、息を吐く。
  そして、なおもそこにいる少女に目を向けた。
  腰が抜けたのか、動けなくなっている様子の由比のそばに少女がかがむ。
  小さな手が由比の顔の前にかざされた。
由比隼人「へっ——」
  ぱちんと少女の指が由比の頬を叩く。
  だがその指は、額をすり抜けただけだった。
  拍子抜けした声を出した由比を見て、ずっと無表情だった少女が微笑む。
  その瞬間、由比ははっとした表情を浮かべた。
  少女の身体が少しずつ透き通っていく。
  そのまま静かに、少女は姿を消した。
  終わった、のか・・・?
  俺は長い息を吐いて、ぼうっとしている由比のもとへ歩いた。
茶村和成「大丈夫か?」
由比隼人「あ・・・、おう」
  俺を見上げた由比の目が大きく見開いた。
由比隼人「茶村!! 後ろ!!」
  後ろを振り向くと、倒れていたはずの男が俺のすぐそばで鉈を振り上げていた。
  咄嗟(とっさ)に腕を身体の前で交差させる。来るであろう衝撃に、反射的に目を瞑(つむ)った。
  ゴッ
  「ギャッ!」
  一向に予想した衝撃が来ず、こわごわと目を開けると、男の足元に転がる大きな瓦礫が目に入った。
  鈍い音を立てて男の巨体が倒れる。
諏訪原亨輔「はあっ・・・はあっ・・・間に合った・・・!」
  男の背後から現れたのは、息をきらしたスワの姿だった。
  遠くからパトカーのサイレンの音が響く。
  「もう大丈夫だ」と微笑んだスワを見て、安心からか、俺はその場でへたりこんでしまった。

〇荒廃したホテル
  スワは、俺と別れたあとすぐに助けを呼びに行っていたらしい。
  到着した警察により男はすぐに逮捕された。
  殺人事件で指名手配されていたようだ。
  もう夜も遅かったため、その日はとりあえず全員家に帰された。
  由比とスワは、親にこっぴどく叱られたらしい。

〇小さい会議室
  男の遭遇した次の日の放課後。
  俺と由比とスワの3人は、学校帰りに警察に話をしに向かった。
  通された部屋で待っていると、見覚えのある人物が入ってくる。
茶村和成「八木さん・・・と薬師寺!?」
薬師寺廉太郎「やっほー、茶村」
由比隼人「あ、茶村の・・・」
茶村和成「八木さんはともかく、なんでお前がここにいるんだよ」
茶村和成「いつ帰ってきたんだ?」
薬師寺廉太郎「今さっきだよ」
  俺と薬師寺がやり取りをしているあいだ、由比はじっと薬師寺を見つめていた。
  それに気づいた薬師寺は、由比に向かって微笑む。
薬師寺廉太郎「たしか君とは、はじめましてだよね?」
薬師寺廉太郎「俺は薬師寺廉太郎」
由比隼人「は、はじめまして。 由比隼人です」
  薬師寺と由比が会釈をする。それを見てからら八木さんは、テーブルを挟んだ椅子に腰を下ろした。
  そして八木さんの隣に、当然とばかりに薬師寺も座る。
茶村和成「・・・で、お前はなんでいるんだよ」
薬師寺廉太郎「まあまあ、細かいことはいいじゃん」
  ニコニコと笑う薬師寺はそこから動くつもりはないらしい。
  ため息を吐いて、俺たちは昨日あった出来事について説明した。

〇小さい会議室
八木要「・・・この、ところどころに出てくる女の子ってのは」
  メモにペン先をトントン、とあてながら八木さんが呟(つぶや)いた。
由比隼人「信じられないかもしれないですけど、本当なんですよ!」
八木要「あー、それはわかってるんだが」
由比隼人「・・・へ」
  八木さんはけだるそうに頭をかいて目線を薬師寺へと向けた。
  その目線に気づいた薬師寺は微笑みながら由比に尋ねる。
薬師寺廉太郎「由比くんだっけ。 その子、見覚えなかった?」
由比隼人「・・・・・・」
由比隼人「・・・実は」
  少しの沈黙のあと、由比はゆっくりと話し始めた。
由比隼人「その子の顔を見るまでずっと思い出せなかったんですけど」
由比隼人「・・・俺、小さいころ内気で・・・友達いなくて、よくひとりで公園で遊んでて」
  語られる幼少時代の由比の姿は、現在の由比からはとても想像できなかった。
由比隼人「そのときに、きまって現れる女の子がいたんです」
由比隼人「めちゃくちゃ元気な子で、毎日一緒に遊んでいるうちに俺もつられて明るくなっていきました」

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