怪人もふもふ物語(脚本)
〇美しい草原
僕の名前はクロスブレイド。
草原を駆け回ったり、体を鍛えたりするのが大好きな、若い魔人の一人だ。
〇洞窟の深部
かつて世界は闇に覆われていたという。
魔人は地下深くに追いやられて、人間という種族が地上を闊歩していたからだ。
しかし魔王様の決起により状況は一変する。
魔王ダブルデビルに率いられた魔人軍団が人間界に侵攻し、地上を取り戻したのだ。
それらは僕が生まれる前の出来事であり・・・。
〇美しい草原
僕が知っているのは、現在の平和な世界のみ。
明るい太陽の下、僕たち魔人は毎日のんびり過ごしている。
炊事・洗濯・掃除から武器や城の建造まで、全て魔人の代わりに、人間たちが働いてくれていた。
〇警察署の食堂
ある日。
日課のトレーニングを終わらせて、宿舎の食堂で甘いおやつを食べていると・・・。
友人のデッドスコーピオンが話しかけてきた。
デッドスコーピオン「おい、聞いたか?」
デッドスコーピオン「魔王様が近々、もうひとつの世界に攻め込むらしい」
クロスブレイド「もうひとつの世界?」
僕の頭に浮かんだのは、かつて僕たち魔人が暮らしていたという地下世界。
しかし今さら暗い穴蔵に戻るはずもなく、全くの見当外れだった。
デッドスコーピオン「俺も詳しくは知らんのだが・・・」
デッドスコーピオン「俺たちの世界と似た別の世界があって、そこには魔人がいなくて、人間が勝手に暮らしてるそうだ」
デッドスコーピオン「だから、そこも俺たちで支配してやろう、って話だとか」
クロスブレイド「そんな世界があるのか・・・」
デッドスコーピオン「なんでも『ヘイコウセカイ』とか『イセカイ』とかっていうらしい」
いかにも「聞きかじってきた」という口調であり、彼自身その言葉の意味は理解していない感じだった。
クロスブレイド「無理するなよ、デッドスコーピオン」
クロスブレイド「こういう話は僕たちじゃなく、クレバーコールドあたりの専門分野だろ?」
賢い友人の名前を挙げてみると・・・。
クレバーコールド「呼びましたか?」
そのクレバーコールドが、音もなく現れた。
神出鬼没も彼の特徴の一つであり、知り合ったばかりの頃は僕たちも驚かされたが、すっかり今では慣れていた。
デッドスコーピオン「おお、いいところに来たな」
デッドスコーピオン「解説してくれ、『ヘイコウセカイ』とか『イセカイ』とかの話」
クレバーコールド「ああ、異界侵攻作戦の噂ですね」
クレバーコールド「ファイヤーソウル様が次元の穴を開くことに成功したので、先遣隊の派遣が決まったのですよ」
ファイヤーソウル様は魔王様の片腕とも呼ばれており、妖術長の任に就いている。
とにかく凄い魔人であり、確かに彼の妖術ならば、新しい世界へ渡ることも可能だろう。
納得すると同時に、クレバーコールドの言葉には、少し気になる部分もあった。
クロスブレイド「先遣隊・・・?」
クレバーコールド「おや、それも知らずに騒いでいたのですか」
クレバーコールドが、意味ありげな笑みを浮かべる。
クレバーコールド「まだ開けられる穴は小さく、大規模部隊の派遣は無理だから、少人数の先遣隊が送られるのです」
クレバーコールド「メンバー編成は若手中心という話ですから、おそらく私たち3人も選ばれるでしょうね」
クレバーコールド「他人事ではないのですよ」
デッドスコーピオン「他人事じゃないなら、ますます理解しておきたいな。『ヘイコウセカイ』とか『イセカイ』とか・・・」
クレバーコールド「きちんと説明するなら長くなりますが、よろしいですか?」
デッドスコーピオン「ああ、構わんぞ」
クロスブレイド「いや、よろしくないよ」
僕の方がデッドスコーピオンより小声であり、被さって聞こえなかったのだろうか。クレバーコールドには無視されてしまう。
クレバーコールド「では、まず最初に・・・」
クレバーコールド「お二人は、多世界解釈の概念をご存知でしょうか?」
クレバーコールド「これを理解するためには、量子力学を勉強する必要があり・・・」
〇警察署の食堂
クレバーコールド「・・・というように、私たちの世界とよく似た別の世界が存在すると考えられてきました」
クレバーコールド「そして今回、そんな並行世界の一つへ行けるようになったのです」
クレバーコールドの説明が終わった頃には夜になっており、デッドスコーピオンは途中で脱落、完全に居眠りしていた。
〇砂漠の基地
それから数日後。
先輩魔人のシルバースカルに率いられて、僕たち数人の若者が、ファイヤーソウル様の居城に集合していた。
シルバースカル小隊長「それではファイヤーソウル様、よろしくお願いします」
妖術長ファイヤーソウル「はいはい、早速・・・」
妖術長ファイヤーソウル「ファーク・ディメンシーヴァ・フォーラミニス!」
いつも通りの陽気な声でファイヤーソウル様が呪文を詠唱すると、僕たちの前に魔法陣が浮かび上がる。
妖術長ファイヤーソウル「若き魔人たちよ、いってらっしゃい!」
妖術長ファイヤーソウル「新天地で思う存分、暴れてくるのですよ!」
ファイヤーソウル様に送り出されて、僕たちは魔法陣に飛び込んだ。
すると、次の瞬間・・・。
〇住宅街
目の前に広がっていたのは、異様な光景だった。
小屋にしては大きく、城にしては小さな建物が、所狭しと並んでいる。
駆け回れるような草原も大地もなく、狭くて灰色の通路の上を、人間たちが歩いていた。
デッドスコーピオンも困惑の声を上げている。
デッドスコーピオン「なんだ、ここは・・・?」
クレバーコールド「ここが異界、つまり、もうひとつの世界です」
クレバーコールド「その住宅街でしょうね、この辺りは」
冷静に解説するクレバーコールド。
一方、この世界の人間たちも、こちらの存在に気づいて・・・。
通行人「きゃあっ!」
通行人「ひーっ!」
通行人「怪人だ! 怪人が出たぞー!」
どうやら僕たちを怖がっているらしい。
僕たちの世界ならば、人間たちは大人しく魔人に従うものなのに・・・。
そしてデッドスコーピオンが、僕とは違う点を気にしていた。
デッドスコーピオン「『怪人』って何だ・・・?」
クレバーコールド「この世界の人間は、どうやら私たち魔人をそう呼ぶようですね」
クレバーコールド「ほら、この世界には魔人なんて存在しませんから」
デッドスコーピオン「なるほど、魔人の代わりに怪人が存在する世界か・・・」
クレバーコールド「いや、事前の調査では、それも実在しないはず」
クレバーコールド「でも概念だけは存在するのでしょうね、怪人という概念が」
僕たち3人が、そんな会話をしている間に・・・。
シルバースカル小隊長「さあ、お前たち! 暴れろ! 人間たちを殺して回るのだ!」
「はい!」
シルバースカル先輩が号令を発して、早速それに応じる者もいた。
通行人「いやーっ!」
通行人「助けてくれーっ!」
通行人「いっ、命だけは・・・!」
人間が脆弱なのは、僕たちの世界と同じらしい。
たった一撃で、次々と死んでいく。
クロスブレイド「なぜ人間の命を奪う必要がある・・・?」
目の前の惨状が理解できず、僕は呆然と立ちすくんでいた。
魔人と人間は平和に共存できる関係のはず。僕たちの世界こそが、その証ではないか。
魔人の庇護下で暮らすことが人間にとっての幸せだ。そんな幸福をこの世界にも与えるために、僕たちは来たのではないのか・・・?
クレバーコールド「どうやら勘違いしていたようですね、あなたは」
クレバーコールドが、ポンと僕の肩を叩く。
クレバーコールド「私たちの世界の平和も、根底にあるのは恐怖による支配です」
クレバーコールド「魔人を恐れるからこそ、人間は魔人に隷属するのです」
クレバーコールド「この世界でも、その再現をするためには・・・」
クレバーコールドの声が、かつてないほど冷たくなる。
クレバーコールド「・・・まずは恐怖を振り撒かなければならないのです」
デッドスコーピオン「俺には難しい話だが、とりあえず俺たちも行動しようぜ」
デッドスコーピオン「せっかく来たのに、このまま見てるだけじゃダメだろ?」
デッドスコーピオンがそう言ったタイミングで、まさにシルバースカル先輩の叱責が飛んできた。
シルバースカル小隊長「そこの3人! 私の命令が聞こえないのか?」
シルバースカル小隊長「お前たちも人間を殺せ! それが我ら先遣隊の役割だ!」
〇住宅街
人間を殺せと言われても、僕は躊躇してしまう。
ちょうどその時、また別の人間が視界に入ってきたが・・・。
今度の者は、四つ足の生き物を二匹、従えていた。
フワフワの体毛に包まれた、見たことのない生き物だ。
食肉となるような牛や豚とは、明らかに違う。
デッドスコーピオン「なんだ、あれは・・・?」
デッドスコーピオンも、僕と同じ疑問を感じたらしい。
クレバーコールド「犬と呼ばれる愛玩動物、いわゆるペットですね」
デッドスコーピオン「愛玩動物・・・?」
クレバーコールド「人間は本来、ただ愛でるために動物を飼うのですよ」
クレバーコールド「私たちの世界みたいに奴隷になってしまえば、そんな余裕もなくなりますけどね」
博学のクレバーコールドが答えてくれる間、犬を見つめていた僕の体に電流が走る。
どうやら犬というものは、人間以上に庇護欲をかき立てられる生き物のようだ。
しかし、僕とは違う感覚の者もいた。
「死ね!」
犬「キャン!」
通行人「きゃあっ!」
他の魔人たちが、犬と飼い主を襲ったのだ。
子犬「ワンワン!」
悲しげに吠える残った一匹にも、魔の手が伸びようとしており・・・。
クロスブレイド「ダメだ!」
僕は強烈な胸の痛みを感じていた。
犬を殺させてはならない、という想いが胸いっぱいに広がる。
既に一匹は手遅れだが、せめて二匹目だけでも・・・!
クロスブレイド「ダブル・ブレイド・ブーメラン!」
熱くなると同時に、頭の一部は冷静だった。
この距離からでは、飛び道具でなければ間に合わない。
そう考えて、胸に張り付いた二本の刃をむしり取り、それぞれブーメランとして投げつけたのだ。
「ぐわっ!」
犬を襲おうとしていた魔人が、二人とも命を落とす。
しかし、これで問題が解決したわけではなかった。
犬のもとへ駆け寄る僕に対して、シルバースカル先輩の怒号が降りかかる。
シルバースカル小隊長「何のつもりだ、クロスブレイド! 魔人軍団を裏切るつもりか?」
続いて彼は、僕と犬とを見比べて・・・。
シルバースカル小隊長「そうか、犬族の遺伝子か!」
シルバースカル小隊長「確か狼だったか? クロスブレイドは魔人作製の際、それが使われていたから・・・」
遺伝子とか、魔人作製とか、僕には意味のわからない言葉だった。
一方、物知りなクレバーコールドは、呆れた表情になっている。
クレバーコールド「それは失言ですね、シルバースカル小隊長」
クレバーコールド「私たち魔人は、生まれながらにして魔人なのです」
クレバーコールド「その建前は貫いてくださいよ」
シルバースカル小隊長「クレバーコールド! 貴様、どこまで知っている・・・?」
クレバーコールド「あなたのような粗忽者の下では、危なくて働けません」
クレバーコールド「私は一足先に帰らせてもらいましょう。失礼!」
クレバーコールドもファイヤーソウル様みたいな術が使えるのだろうか。
光に包まれて、彼は姿を消してしまう。
デッドスコーピオン「おいおい、何がどうなってる・・・?」
シルバースカル小隊長「惑わされるな、デッドスコーピオン!」
シルバースカル小隊長「クレバーコールドは敵前逃亡し、クロスブレイドは裏切り者となったのだ。つまり・・・」
シルバースカル先輩が僕を睨みつける。
シルバースカル小隊長「やつを殺せ、デッドスコーピオン!」
そして・・・。
〇住宅街
空が赤くなる頃。
僕の足元には、二人の死体が横たわっていた。
もちろん僕も無傷ではなく、それを癒やそうとするかのように、あの子犬が寄ってきて、ペロペロと舐めている。
子犬「クーン、クーン・・・」
クロスブレイド「ありがとう、犬」
もはや僕は、魔人の世界には戻れない。
この世界で生きていくしかない!
そう決意しながら、しばらく僕は、ただ黙って子犬を抱きしめるのだった。
(おわり)
タイトルに反して、シビアな世界だった!
助けた犬と一緒に、強く生きて〜(T_T)
怖い怪人であっても「もふもふ」の可愛らしさには勝てなかったのか、それとも主人公の怪人だけが異質だったのかはわかりませんが、これがきっかけとなって攻撃が中断したことは確かです。
争いをなくすことについて、現実世界と掛け合わせて色々と考えさせられました。
同族だからこそ守ろうとしたのか…いや、人間を殺した時に違和感を感じていたし、優しさが出てしまったのですね…。
魔人には不向きな性格だったのですかね…もふもふかわいい…。